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第125話 切り札


俺とリエルは場所を変え、

別の部屋に移動していた。


俺が幾度も目覚める部屋よりも広い、

物置のような部屋だ。


「・・・ゼメウスの隙を作り出すところまでの工程は頭に入っておるな?」


リエルが尋ねる。


「・・・当然だ。そこにたどり着くまでに何度死んだか分からないからな」


俺は答えた。


「よろしい。ではあとはそこに、ゼメウスにも通用する魔法を叩きこむだけじゃ」


「・・・ああ。だがそれが何より難しい。そこにたどり着くまでに俺は集束した魔力をほとんど使いきっている」


「それはここから伸ばすしかない。まぁ短い時間でも私と本気でトレーニングすれば、もうひと踏ん張りくらいは出来る様になるじゃろ」


「本気で、トレーニング・・・」


俺はリエルの言葉に戸惑う。

かつてリエルの屋敷で行った、

恐ろしいほどの荒行を思い出したからだ。


「なんじゃその顔。何を震えておる。・・・まさかお主、嫌がっているのではなかろうな」


リエルが言う。


「・・・頑張り、ます・・・」


俺は苦々しく答えた。

あの時、天使の様に優しくしてくれたセブンはここには居ない。

俺は今回マンツーでリエルと特訓せねばならないのか。


「・・・先ほどまで絶望で泣き崩れていたとは思えんほどの緊張感じゃの。まあ良い」


リエルはそう言うと、部屋の中央に移動した。


「魔力の方は努力でなんとかするとして、問題は最後の一撃じゃ。グレイ、正直に言うとお主には魔導士として決定的に欠けているものがある。それが何か分かるか?」


リエルが言う。


「欠けている・・・もの?」


俺は尋ねた。

そんなものは一つしかない。


「ふむ、その顔はしかと理解しておるようじゃの。これまでもそれに悩まされてきたか?」


「・・・ああ。俺には決定打がない。いつもぶち当たる課題は火力不足だ」


「左様。戦場における魔導士の役割とは、つまりは砲台じゃ。お主のように機動力とトリッキーさで戦う者もおるが、やはり殲滅力が必要な場面も多い。時間魔法に、死生魔法。どちらも超高度な魔法じゃが、火力と言う点では今一つじゃ」


「それを克服するために、時間加速や、白魔法の圧縮を生み出した。ゼメウスには効かなかったけどな」


俺は答える。


「・・・接近戦の切り札としては問題ない。じゃが魔導士同士の戦いでは物足りぬ。相手がゼメウスであれば尚更じゃ」


「じゃあどうすれば・・・」


「・・・知らん。前も言ったがお主とゼメウスのユニーク魔法なんぞ、私の管轄外じゃ。お主はどこか爺臭いから、考える魔法も渋いやつが多いんじゃ。もっと若さに任せた、阿保っぽい魔法を考えてみい!」


「爺臭い・・・」


俺はリエルの言葉に地味にショックを受ける。


「・・・良いか、グレイ。私やゼメウスの時代の魔導士に比べれば今の魔導士は総じてレベルが低い。お主も然りじゃ」


「レベルが?」


「そうじゃ。お主も多少は強くなったが、あの時代の猛者たちに比べればまだまだじゃ。しかしそんなお主にはかつての時代と比べても遜色ないような能力がある、それに気が付くのじゃ」


「能力?」


俺は尋ねる。


「そうじゃ。お主は魔力の操作が異常に上手い。ゆえに高度な時間魔法や死生魔法、白魔法の圧縮の様な魔法をも扱う事が出来るのじゃ」


「魔力操作・・・」


俺は呟く。

同じような事をかつてゼメウスに言われたような記憶があった。


「それを念頭に、考えて見よ。自らの強みを活かし、道を作れ」


そう言ってリエルは笑った。


こうして俺とリエルはこの閉ざされた空間での訓練を開始する。



・・・

・・



「・・・何をしている」


鎧姿のゼメウスが口を開く。


「見れば分かるじゃろ?修業じゃ」


リエルが答える。


リエルが胡坐をかく下で、

俺はただひたすらに腕立て伏せをしていた。


「・・・無駄なことを」


ゼメウスが言う。


「無駄か、どうかはこれから分かる」


リエルが答えた。


「・・・好きにするがいい」


そう言ってゼメウスは、

それ以上俺たちに話しかける事も無かった。




俺はリエルの元、

ただひたすらに筋トレを行った。


忘れていたがリエルの修業は超非効率だ。

筋トレと、走り込みの繰り返し。


俺は言われるがままに、

自らの肉体を酷使していった。





「お、おい・・・」


ゼメウスが戸惑った様子で声を掛けたのは、

俺が修業を始めて数日経った頃だった。


「ん?なんじゃ?」


リエルが言う。


「・・・死んでいるぞ?それ」


ゼメウスが言う。


「む?」


ゼメウスの言葉にリエルが視線を落とす。

見ると筋トレ中だったはずのグレイが、

動かなくなっていた。


「むぅ・・・やり過ぎたか・・・。どうやら死に過ぎて、脳内のブレーキが阿保になっておるようじゃな」


リエルが唸る。


「・・・ここでトレーニング過多で死ぬ奴など初めてだ」


ゼメウスが呟く。



「・・・ふ、まぁ良い。どうせやり直すまで、じゃ。ワシもその死に戻り、と言うものに興味があったからの」


そう言ってリエルは自らの顔を片手を当てた。


「・・・届くと思うのか?そいつは弱い」


ゼメウスが尋ねる。


「・・・無論じゃ。貴様は知らんじゃろうが、こやつはワシの優秀な弟子、なのでな」


そう言ってリエルが不敵に笑う。


「・・・弟子・・・無駄なことを・・・」


ゼメウスが呟く。


「・・・ふん。今に見ておれ」


そう言うとリエルは、顔を覆う手に魔力を集束し、

それを一気に解き放った。


リエルの小さな顔が自身の魔法により、吹き飛ぶ。

ゼメウスはその身体が力を失い倒れるのをじっと見ていた。



・・・

・・



リエルの課す訓練に耐えながら、俺は考える。


時間魔法の更なる進化。

その方向性を。


だが当然、そんなに簡単には思い浮かばない。


「また、頭を使っておるな?」


訓練の合間に、

リエルが言う。


「・・・」


俺は答えなかった。


「悪い癖じゃの、爺の」


リエルが言う。


「思考は美徳だぞ」


俺は答えた。


「その思考がお主の殻じゃと言うのに」


リエルがため息をついた。




「・・・リエルの決め技ってなんだったんだ?」


思考に行き詰った俺は尋ねた。


「そんなの答えると思うか?切り札は相手には見せぬから切り札なのじゃ」


「聞いてみただけだ」


「私が得意としていたのは<アイスエイジ>と言う魔法じゃ」


「結局、言うのかよ」


「聞いたのはお主じゃろ!」


「いや、そうなんだけど・・・それはどんな魔法なんだ?」


「<アイスエイジ>はそうじゃのう。シンプルに万物を凍らせる魔法じゃ。範囲内に居る私以外のすべてのものの動きと温度を奪い、死に至らしめる」


「つまり、相手は死ぬ。という事か?」


「なんじゃ?」


「いや、なんでもない。凄そうな技だな」


「発動には時間が掛かる故、めったには使えん。頼りになる前衛が居て初めて撃てる。だがその分、撃てれば勝てる。」


「すごい自信だな」


「切り札とはそう言うものじゃ。戦いにおける心の拠り所となる」


「拠り所、か・・・」


俺は呟いた。

魔法と言うのは本当に奥が深い、と思った。



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