第11話 ダンジョン
結論から言うと、
俺はゴブリン討伐を止めることにした。
やはり<ゴブリン殺し>と言うのはいただけない。
なによりカッコ悪い。
俺はカッコいい魔導士になりたかったのだ。
幸いにしてこの数週間で狩ったゴブリンは数百にも及ぶ。
ラミアさんが心配していた、岩山のゴブリンの間引きもある程度出来ただろう。
最後の方は岩山周辺のゴブリンの数もだいぶ減っていて、
エサの臭いをかなり広範囲まで拡散しないといけないくらいだったし。
大丈夫、まだ戻れる、大丈夫だ。
そんな風に自分に言い聞かせながら、
俺は今日も朝一番から、魔導士ギルドに来ていた。
心に決めたことは守る。
とにかくゴブリン以外だ。
それ以外ならなんでも良い。
俺は掲示板を凝視した。
・ポーションの素材集め 10,000ゴールド
・一角ウサギの巣穴捜索、および駆除 10,000ゴールド
ここ最近はゴブリン討伐で1日2~30,000ゴールドを得ていたので、どうしても金額が少なく見える。
う、これはやる気が出ないぞ。
一角ウサギも乱獲すれば同じことが出来るかも知れないが、
今度は<うさぎ殺し>なんて称号が付きかねない。
それだけはダメだ。
字面が悪すぎて、<ゴブリン殺し>よりヤバイやつにしか思えない。
俺はむしろ動物を愛でる男なんだ。
そんなことを考えつつ、
掲示板を眺めていると後ろから声をかけられた。
「おはようございます、グレイさん。何をそんなに悩まれているんですか?」
振り向くとそこにはラミアさんが居た。
俺は彼女に挨拶をする。
「・・・実はゴブリン以外の依頼書を探していまして」
俺が説明をすると、
ラミアさんはすべてを察したような表情をした。
「・・・なるほど、分かりました。それではグレイさん、ダンジョンに行かれてはどうですか?」
ラミアさんは人差し指を立てて俺に提案する。
「ダンジョンか・・・そうか」
すっかり頭から抜けていたが、
魔導士の仕事の内容は主に2種類ある。
一つは依頼書。
ゴブリンやウサギ狩りのように魔導士ギルドに寄せられた依頼を個々に達成し報酬を得るもの。
そしてもう一つは今、ラミアさんが提案してくれたダンジョン攻略だ。
ダンジョン攻略には成功報酬と言うものはないが、
ダンジョンの中でしか手に入らないようなアイテムや素材が手に入る。
それらは市場に流せば高い値段で売れるため、
上手くやれば依頼書以上の稼ぎになるのだ。
おまけにダンジョンは依頼書と異なり、
ランクによる受注制限がない。
自分が望みさえすれば、
例えばAランク相当の超難関ダンジョンに挑むことも可能なのだ。
「図書館に、この近辺のダンジョンの一覧があります。それらを調べてから行くのをおすすめしますよ」
俺は図書館に向かった。
・・・
・・
・
魔導士ギルド・フォレス支部公式資料『フォレス周辺のダンジョンに関する資料』
ダンジョン名:「フォレス原生林」
ランク:A
主な魔物:樹龍、キラーマンティス、シルバーウルフ、雷ウサギ、グリズリーキング・・・等
ダンジョン名:「暗闇の廃鉱山」
ランク:C
主な魔物:吸血コウモリ、オーク、オークジェネラル、オークキング
ダンジョン名:「水底の遺跡群」
ランク:C
主な魔物:リザードマン、キラーフィッシュ、水竜
ダンジョン名:「忘れ人の磐宿」
ランク:D
主な魔物:吸血コウモリ、オーク、ゴブリン
図書館で資料を読み、向かうダンジョンを検討する。
こんなところで死ぬわけには行かないので、
安全を取りつつそれなりの利益が出るところが良い。
となると選択肢はおのずと限られてくる。
「よし、ここにするか」
俺は資料を閉じ、受付に向かった。
「あ、グレイさん。早いですね。もう決まったんですか?」
俺の姿を見るなり、ラミアさんが話しかけてくる。
「ええ、決めました。今回は『暗闇の廃鉱山』に行ってきます」
俺の言葉を聞いた瞬間、ラミアさんの顔が青ざめる。
「ち、ちょっと待ってください。グレイさん、本気ですか!?」
あまりの剣幕に、俺は少し驚く。
「ほ、本気ですけど・・・何か問題ありますか?」
「大ありです!グレイさんはまだEランクじゃないですか!それを2つも上のランクに設定されているダンジョンに行くなんて自殺行為は看過できません!!いくらゴブリンをたくさん倒せてもダンジョンはまた別物ですよ!」
「いや、別に自殺行為だなんて・・・」
俺は彼女の勢いに負け、言い訳も出来なかった。
ランクはEだが俺の登録証に登録されている能力値はC以上だ。
問題ないと判断したのだが、まずいのかな。
「確かにダンジョンはランク規制がありませんので、行く行かないは自己責任です。でも魔導士ギルドだってなんでも許すわけではないんです!皆さんの命より大事なものなんて無いんです!」
ラミアさんは半ば涙目に近い。
どうしたものか。
登録証の中身を見せて説明できるなら早いのだが、
それを行うのはご法度だ。
俺はラミアさんに、ゆっくりととにかく丁寧に、
お金が必要なことと、安全を最優先にして決して無理はしないことを説明した。
ラミアさんが機嫌を直し、
少しずつ俺の話に耳を傾けてくれるようになったのは、
もう昼前のことであった。
最後に彼女の心を後押ししたのは、
「ダンジョンに行けないのであれば、またゴブリン狩りを再開するしかありません」
という俺の言葉であった。
「ホントのホントに無理はしないって約束できますか?破ったら二度とグレイさんの窓口担当はしませんよ!」
そう言って何度も念を押してくるラミアさんを宥めて、
俺はダンジョンへ入ることを魔導士ギルドに申請した。
こうして登録することにより、
不帰となった場合に家族に連絡をしてくれるのだ。
俺に報告するような身寄りは居ないが。
少し手間取ったが俺はダンジョンへと出発することにした。
「暗闇の廃鉱山」は例のゴブリンの岩山を越えた山脈の一部にある。
かつて魔鋼の採掘場として栄えた鉱山の跡地で、
今ではオークの住みかとなっているため、
魔導士以外に近づくものは居ない。
資料によると、全10階層からなるダンジョンだ。
このランクのダンジョンにしては浅い階層だが、
ラミアさんによると広く浅いダンジョンであるため
それなりに探索には時間が掛かるそうだ。
中で確実に、1日か2日はキャンプとなるだろう。
一応、野営用の装備は揃えてあるのでそれを持ってきていた。
あとは中で調達する必要があるだろう。
俺は初めてのダンジョンに、胸を高鳴らせていた。
すっかり歩きなれた岩山を越えると、
ゴツゴツとした岩山はやがて木に覆われた深い山となる。
「暗闇の廃鉱山」の入口は、この山脈の一角にあるのだ。
俺はテクテクと歩き続ける。
長い道のりを歩いてようやくたどり着いた地図の先には、
「忘れ人の磐宿」と同じ、大きな扉があった。
これがダンジョン「暗闇の廃鉱山」の入り口だ。
すると入り口の前に、人影があるのが見えた。
ローブに包まれているが背格好からすると女性のようだった。
フードを下ろしており、顔はよく見えない。
彼女はこちらに気が付くと、
射貫くような鋭い視線を俺に向けた。
「・・・ダンジョン?」
あまりにも端的な言葉だったが、
彼女は俺にダンジョンに入るのかと尋ねているようだ。
俺は首を縦に振った。
「あぁ、今から入るところだ。あんたもそうだろ?」
俺の質問に、彼女も首を振って答える。
「そう、でも困っていた。これを開けてくれると助かる」
彼女はそう言うと、ダンジョンの扉をコンコンと叩いた。
俺は疑問を感じる。
「開けられないのか?」
「ん。私の魔力では少し足りないみたい。せっかくここまで来たのに、無駄足になるところだった」
俺の質問に彼女はそう答えた。
ダンジョンの扉は魔導士で無ければ開けられない。
それは厳密にいうと、
魔導士の魔力を動力として開く仕組みがこの扉には施されているため、
それを動かす魔力を有している者しか開けられないということになる。
ちなみにこの扉は何故か世界各地のダンジョンに設置されている。
数百年も前からあるダンジョンも、
新たに発見されたダンジョンにも等しくこの扉を備えているのだ。
この扉こそがダンジョンを外界から隔てる要素の一つであり、
ダンジョンをダンジョンたらしめるものとも言える。
俺は彼女に代わり、扉に魔力を流し込む。
すると扉はギギギと唸りながら、左右へとその口を開けた。
中から湿った空気が噴き出してくる。
「ありがとう」
俺に礼を言うと、彼女はすぐにダンジョンに入ろうとする。
俺は慌てて彼女に声を掛ける。
「お、おいあんた!待てよ」
俺の声に彼女は歩みを止める。
再び射貫くような視線をこちらに向ける。
「・・・もしかしてお礼が必要?感謝はしているけど、私は一文無しなので、もしそう言われても困る。お礼できるようなものはこの身体しかない。けどこんな白昼の野外では残念ながら出来れば容赦して欲しい」
彼女はとんでもない事を言い出した。
「ば、馬鹿。誰がそんな鬼畜なこと言うか!ってか待て待て歩き出すな!あんた魔法も使えないのにダンジョンに潜るつもりなのか?あんた本当に魔導士なのか?」
俺の言葉に、彼女は首を振る。
「失礼な。私が魔導士であることは間違いない。ただ魔法は上手く使えない。でも問題は無い、私にはこれがある」
そう言って彼女がマントをめくって見せたのは、腰に差した剣であった。
彼女の背丈には不釣り合いに思える武骨なロングソード。
俺が驚いた表情を浮かべると、彼女は満足そうに笑った。
「お先に」
そう言って彼女は軽快にダンジョンを降りていった。
「・・・なんだってんだよ」
彼女のキャラクターに押され、
俺はしばらくその場で呆けていた。
・・・
・・
・
「暗闇の廃鉱山」の中は、名前の通り薄暗い通路が続いていた。
遥か昔に設置されたランタンのような魔道具がわずかに坑道を照らすだけで、
場所によっては足元の確認すら怪しい場所もある。
必然的に探索の歩みは遅くなり、
俺はまだ第一階層をさ迷っている状況だった。
このままでは10階層踏破に何日かかるか怪しいものだ。
つくづく野営道具を持ってきて良かったと思う。
ラミアさんとの約束通り無理はせずに、
ある程度の収穫があったら帰還することにしよう。
俺はそう思いながら探索を進めた。
行程の途中、
坑道の途中にある脇道に小部屋が見えた。
俺は思うところがあり、
息を潜め小部屋の中を窺う。
すると小部屋の中から複数の魔物の声が聞こえた。
「グギャギャ」
「グル」
「グギャググギャ」
間違いない。
これはオークの鳴き声だ。
俺は荷物を置くと、意識を集中する。
鳴き声の質からすると、おそらく3頭。
オークはゴブリンに比べると、個々の戦闘能力が高い。
仲間を呼ぶことは無いが、常に1頭以上で行動し、
連携を取りながら攻撃を仕掛けてくる知能を持つ魔物だ。
3頭であれば、Dランクそこそこの魔導士でも倒せるような強さと言われる。
俺はEランクではあるが、はたして戦えるか。
今の俺の実力を試すにはうってつけの相手と言えよう。
これで苦戦するようであれば、このダンジョンは俺には高度過ぎる。
早々に帰還したほうが身のためだ。
俺は小部屋の入り口に近づくと、
掌に魔力を込めた。
<フレイムボム>
俺は鳴き声を頼りに、魔法を放つ。
小部屋の中央で爆発が起こり、
オーク共の鳴き声があがる。
「ゲギャ!!!!」
「ギャギャ」
爆発の炎に照らされて、
オーク達の姿があらわになる。
そこには二頭のオークが立っていた。
どうやら一発目の魔法で上手く一匹は倒せたようだ。
あちらも俺を捕捉したようで、
おのおの武器を取り戦闘態勢となる。
俺は続けて魔法を放つ。
<フレイムランス>
槍上の炎が地面からせり出し、
螺旋を描きながらオーク達に迫る。
オーク達は必死で避けるが、
俺の魔法の方が早い。
一頭が炎に包まれ悲鳴を上げる。
「グギャア」
生き残った一頭は、
錆び付いた剣を握りしめ俺に切りかかる。
死に物狂いの表情。
オークの醜い口元から涎が垂れるのが見える。
俺はオークの剣撃をステップで避ける。
よし、見える。避けれるぞ。
距離が開いたところに、
すかさず魔法をねじ込む。
<ファイアボール>
俺の掌から生まれた火球が、
オークの頭部に直撃する。
オークは瞬く間に火だるまとなり、
その場で唸り声をあげながら悶え続けた。
やがてオークは力なく倒れると、
そのまま動かなくなった。
「・・・ふぅ」
俺はようやく息を吐く。
そこで初めて、自分がとてつもない量の汗をかいていることに気が付いた。
自分の胸の鼓動がうるさく聞こえるほど、俺は緊張していた。
水竜を除けば、これが生まれて初めての魔物との正面からの戦闘だ。
だが、それに勝利した。
俺は戦える。
暗闇の中で俺は嬉しさから拳を握りしめた。
不意に小部屋の中が青白い光に包まれる。
暗闇に慣れていた眼には眩し過ぎる光。
目を細めてそちらを見ると、
そこには石版が地面からせり出していた。
石版の上には水晶がちりばめられており、
その水晶が魔方陣の形を成していた。
魔法転送装置。
入り口の扉と同じく、ダンジョンがダンジョンたる理由の一つだ。
これはダンジョンと外と繋ぐ魔道具で、
魔力を込めると外部へ強制転移される。
現代の魔法では再現する事が出来ない超高度の魔力技術の結晶だ。
「ここが安全地帯だったか」
ダンジョンのところどころに、魔法転送装置は設置されている。
そしてその周辺は魔物を一度殲滅すれば、
しばらくは魔物の寄り付かない安全地帯となる。
だがなぜ魔物が寄り付かないのか、
どれくらいの時間、安全なのかはまったく解明されていない。
ただ昔から、そういうものだと決まっているのだ。
ダンジョンにはダンジョンのルールがある、と書いた研究者もいたくらいだ。
俺はその安全地帯でしばらくの休息を取ることにした。
すでに「暗闇の廃鉱山」に入ってから数時間が経過しており、
先の見えない暗闇に俺は疲労感を感じていた。
先はまだまだ長い。




