第111話 寄生
「・・・あんた、本当に一人で潜ったのかい?」
「グレイさん、それマジ、無謀すぎるっすよ」
クロエラとティオにそんな事を言われる。
俺はバツが悪くなり、ハハハと笑って誤魔化す。
「・・・図書館迷宮を甘く見ると痛い目に合うよ。天然のダンジョンで言えば、かの有名な『焔の洞窟』や、『古龍山脈』に匹敵するほどだ」
俺はクロエラの言葉に反省する。
「・・・パーティを組んだ方がいいでしょうかね」
俺は呟く。
だがその言葉に反応したのはティオだ。
「・・・今、この時期に新しくパーティを組むのは、問題のあった魔導士か、実力の足りない魔導士が多いっすよ・・・」
ティオが言う。
どうやら優秀な魔導士やそのパーティは、
早い段階で冬の蓄えを終え、
休暇に入っているものらしい。
寒さは体力を奪い、
探索の難度を何倍にも上げる。
この時期に図書館迷宮に入っているのは、
まだ十分な成果が出ていない魔導士が殆どと言う事になる。
「・・・とりあえず募集だけでもお願いできるか?」
俺はティオに頼む。
「分かったっす。明日、募集を掛けておくので昼くらいにギルドに来てください。でも期待はダメっすよ?」
ティオが言う。
「・・・ありがとう・・」
俺はティオに礼を言う。
「グレイさんをぼっちにはしないッス。なんとかしてみますよ」
ティオはそう言った。
ぼっちは止めてくれと俺は思った。
・・・
・・
・
翌日。
気力も体力も回復した俺は、
再び図書館迷宮に挑むべくギルドに向かう。
ギルドにはティオが居て、
俺を待ち構えていた。
少し慌てているような雰囲気だ。
「・・・すんません、グレイさん。ちょっとマズい事になったっス」
ティオが言う。
「どうした?」
「・・・実は募集にプラスになればと思って、グレイさんの肩書を出して募集したんスけど・・・」
たしかにティオの言うとおり、
聖女の騎士と言う触れ込みであれば応募は増えるだろう。
それ自体は喜ばしい事だが。
ティムの表情はそうは言ってなかった。
「・・・その割には人が集まらなくて変に思ったッス。仲のいい魔導士さんに聞いたんすけど、グレイさん、騎士になる前はゴブリン殺戮者って呼ばれてたらしいじゃないスカ。みんなそれにビビッて申し込みすらしてこなかったっスヨ。マジぶっとんでますね」
そう言ってティムは苦笑いした
俺は悲しい気持ちになった。
ここでもまだゴブリンが俺の行く手を阻むのか。
「それは誤解なんだ・・・って今更無駄か。一人も申し込みが無かったのか?」
俺は尋ねる。
「いえ、実は一つのパーティから逆にグレイさんが探索を一緒にしないかって打診が。ただ・・・」
「ただ?」
「あんまり素行の良いパーティじゃないのであまりお勧めはしないっす」
ティムが言う。
「・・・そうなのか」
俺は考える。
素行は悪いと言っても、
図書館迷宮に入るくらいだ。
それなりの実力は有しているだろう。
俺が求めているのは戦闘力じゃなく、
交代で見張りをしたり、
身体を休める時間さえ確保出来ればそれでいいので、
多少素行が悪くても問題はないはずだ。
「とりあえず会わせてくれるか?話はそれからだ」
俺はティムに言う。
ティムはため息をついた。
「そうすか・・・?それならもうあそこでこっち見てニヤニヤしてるっす」
ティムが指さす。
振り替えると、
そこにはこちらを見ながらヘコヘコしている3人組が居た。
・・・
・・
・
「いや、グレイ様。本当に素晴らしい、あの聖女様の騎士とご一緒できるとは非常に光栄です」
そう言って俺をべた褒めするのは、ガブと言う名の黒魔導士だ。
「ガブの言う通りです」
「一生の想い出になりますね」
そう言って中身のない同意をするのはオルテとダリオ。
二人は剣士と拳士だ。
「・・・様は止めてください、今はパーティなので。それに俺自身はただの用心棒みたいなもので、騎士と呼べるようなものではないですよ」
俺は答える。
図書館迷宮に入る前からずっとこの調子、
正直うんざりだ。
「グレイ様は本当に謙虚ですな!ハハハ!!!」
そう言ってガブは笑う。
何か意図があるのか調子が良いだけなのか。
どちらにせよ薄っぺらなその笑顔に、
俺は不信感を増すのであった。
それから俺たちの探索は遅々として進まなかった。
まだ三階層。
一度目のソロ挑戦の半分以下のペースだ。
その最たる理由は――――
「わああああぁ!!!グレイ様!!」
ガブの叫び声で顔を上げると、
ちょうど泥で出来た人型の魔物が、
ガブに襲い掛かるところであった。
「・・・クッ!」
<エアボム>
俺は咄嗟に魔法を放つ。
風の爆発により泥人形は吹き飛び、
壁にぶち当たって崩れた。
間一髪だ。
「ありがとうございます、助かりました!さすがグレイ様ですな!」
そう言ってガブは俺に礼を言う。
彼自身が不用意に歩き、
魔物に襲われるのはこれで三度目だ。
「グレイ様が居れば、恐れるモノはありませんな」
「聖女様の騎士に相応しい実力です」
そう言うオルテとダリオも、
それぞれ魔物に襲われているのを助けた。
これまでの行程で理解したが、
三人の戦闘能力は低い。
ガブの氷魔法は小さな氷の礫を生み出すくらいだし、
オルテの剣術も子供のお遊戯レベル。
ダリオに至っては少し前の戦闘で手首を痛め、
まともに戦えないくらいだ。
どうやら俺は人選を誤ったようだ。
彼らはいわゆる寄生と呼ばれる魔導士だろう。
寄生は他の強い魔導士のおこぼれにあり付くことで日銭を稼ぐ、
場合によってはギルドの規約違反となる行為だ。
さては俺を鴨と見て、応募してきたのだな。
やはりティオの言う事を素直に信じるべきだった。
俺はため息をつく。
四階層からは魔物も増々強くなる。
足手まといを連れては進めないだろう。
俺は三人にここで引き返すよう言うことにした。
「おお、グレイ様!あれを!」
ガブが指を差す。
見ればそこには下層への階段があった。
「いよいよですな!」
「我らの力で必ず成し遂げましょう!」
三人がそんな感じでどんどん先に進むので、
俺は声を掛けるタイミングを逸した。
もう少しだけ様子を見てみるか。
俺は調子よく先行する三人について、
階段を降りるのであった。
・・・
・・
・
二日ぶりの四階層。
遺跡の様な通路の中を、
俺たちは無言で進む。
先ほどまでと違い、
三人の顔からは笑顔が消えている。
だが俺にも余裕はない。
その理由はフロアに満ちる、
謎の気配だ。
「・・・なんでしょう、この濃厚な魔力は」
ガブが言う。
彼も黒魔導士。
不審な魔力を察知する事ぐらいは出来るようだ。
「分かりません。だが、強力な魔力ですね・・・」
俺は答える。
「・・・この図書館迷宮は天然のダンジョンと違い、魔物の移動を阻むものがありません。噂では最下層から強力な魔物が昇ってくる事もあるとか・・・」
ガブが呟く。
10階層前後の魔物でもあれだけ苦労するのだ。
更に下層の魔物とはどれだけ強いのだろう。
俺たちは警戒を強め、歩き続けた。
四階層の途中で、ガブが何かを見つけ声を上げる。
「おぉ!あれは!」
ガブ達が見つけたそれに走り寄る。
俺も一歩遅れて彼らの後を追い、
背中越しにそれを覗き見た。
だが、まさかの光景に俺は声を失う。
「ラッキー!こんなところでくたばってるなんてな」
「おい、この剣。魔力を纏ってるぞ!俺が貰うぞ!」
「ハッハッハ!いただきですな!」
三人が大笑いしながら囲んでいるのは、
力尽き倒れた魔導士と思われる死体だった。
彼らはその亡骸から、
道具や装備をはぎ取っているのだ。
「ちょ、ちょっと!」
俺は慌てて声を掛ける。
俺の様子に気が付いた三人は動きを止め、
こちらを見た。
「あ、グレイ様。安心してください。ちゃんと戻ったら山分けしましょう」
ガブがニタニタと笑う。
俺はその言葉に激高する。
「そんなもの、いるかっ!!」
声を荒げる俺に、三人の表情が強張る。
「グ、グレイ様何を怒って・・・」
「そうです。あ、この剣ですか?それならグレイ様に差し上げます!」
「へへへ、俺たちの分け前は半分でもいいですから」
三人は愛想笑いを浮かべながら、
俺に取り入ろうとする。
だが、俺は我慢の限界だった。
「・・・寄生するだけなら見逃そうと思ったが、死体を穢すとはそれでもあんたら魔導士か・・・」
俺は目を見開き語り掛ける。
三人は黙っていた。
「・・・今すぐ、奪ったものを戻せ・・・この人の事はギルドに伝え、きちんと弔って貰う・・・」
俺は言う。
三人はその指示に従い、
しぶしぶと言った様子でその魔導士の装備や持ち物を戻した。
「・・・ケッ。正義感振りかざしやがって。生きるためには金が必要なんだよ」
ガブが小声で言ったのを俺は聞き逃さなかった。
確かに彼の言う事にも一理ある。
だが、少なくとも俺の目の前でそんな蛮行を許すわけにはいかない。
「・・・パーティを解消しましょう」
俺は三人に言った。
すると三人は途端に雰囲気を変え、
ニタニタと笑いながら俺を囲んだ。
「・・・こんなところでか?それならそれで構わんが、ちゃんと違約金を払ってくれるんでしょうな?」
ガブが言う。
「・・・違約金だと?」
俺は尋ねた。
「当然だ。目的地に達する前にあんたの都合でパーティを解消するんだからな」
「俺たちは先に進みたいんだ。それを止めるならそれなりの金を払って貰わないとな」
オルテとダリオも言う。
先ほどまでのニコニコとした顔ではない。
下劣な顔をしていた。
「・・・お前ら・・・」
俺は答える。
「おっと力づくなんてやめたほうが良いぜ。聖女様の騎士ともあろう方が暴力なんて事が分かったら、どうなるかな?」
ガブが笑う。
「・・・最初からこれが狙いか?」
俺は尋ねた。
寄生をして迷宮内を探索。
そしてパーティ内で揉めたら違約金。
なるほど、良くできたやり方だ。
俺は諦めて、握った拳をほどく。
確かにガブの言う通りだ。
これ以上ロロに迷惑を掛ける訳にはいかない。
金で解決できるなら払おう。
俺は感情を押し殺し、
そう伝えるべく顔を上げた。
すると、
三人は俺ではない明後日の方向を見つめていた。
その顔に浮かぶのは、恐怖。
俺はその視線の先を追う。
そこには一体の魔物が居た。
四足歩行の平たい身体。
太い首の先には爬虫類を思わせる形状の頭部が付いていた。
そしてその全身の肉はドロドロに腐っており、
全身から瘴気を放っている。
「・・・あ、あれは・・・まさか・・・腐竜・・・」
ガブの声が震えている。
「・・・腐竜・・・?」
俺は呟いた。
最強種竜族の中でも異質な存在。
アンデッドと化した竜だ。
腐竜はこちらを見据え、
グルグルと気色の悪い音を発している。
あれは鳴き声なのだろうか。
「に、逃げろ!!!!」
ガブが叫ぶ。
その途端に三人が走り出す。
腐竜はそれを捕捉すると、
口元に魔力を集束し始めた。
「オオオオオオオン!!!
」
三人に向け、
その口元から魔力を纏う息吹を放とうとしている。
マズい。
俺は咄嗟に右手に魔力を集束する。
<時よ>
俺は魔法を放ち、
時間を停止させた。
あの息吹をなんとかしなくては、
周りへの被害を考えているような余裕もなく、
俺は腐竜に対し魔法を放つ。
<フレイムボム>
魔力の集束が不完全だったため、
時間の停止はそこで限界を迎えた。
―――――――バキン。
時間は再び動き出す。
その瞬間、腐竜の頭部が爆発し、
息吹の発射が阻害される。
暴発した息吹は、
その場に大きく広がり、
近くに居た俺はその息吹を吸い込んでしまう。
その瞬間、俺の身体に異変が現れる。
「・・・グッ・・・こ、これは・・・」
俺は腐竜から距離を取るが、
もう遅い。
眼から涙が止まらず、
喉が焼ける様に熱い。
手足も痺れその感覚を失った。
腐竜の息吹。
その効果は何重にも掛かる状態異常だ。
しまった。
俺は涙で滲む目をこすり、
ガブたちを見た。
だがそこで俺は見てしまう。
ガブはこちらを見てニヤリと笑うと、
そのまま一目散に逃げて行った。
「・・・嘘、だろ・・・」
俺はその後を追うことも出来ず、
背後の腐竜に身体を向けた。




