第109話 手掛かり
「改めて、私はクロエラ。この子の祖母だよ」
ティオの祖母、クロエラは俺に挨拶をする。
すでにギルド職員は引退したと聞いたが、
身にまとう凛とした雰囲気から、
まだまだ強い精気を感じさせる人だ。
「実は・・・」
俺が本題を切り出そうとすると、
クロエラが俺を制す。
「待ちな。とりあえずスープが冷める前に、飯でもどうだい?ホントにここのスープは最高なんだよ?少ないけど飲んでいきな」
そう言って、
俺を椅子に座らせるクロエラ。
彼女は口は悪いが、
とても世話焼きだった。
結局その後、スープと、サラダと、パンと。
クロエラに勧められるまま、
食後にデザートまでいただいてしまった。
宿で簡単な夕食を済ませていたから、
完全に食べ過ぎだ。
「・・・もう食べられない・・・」
俺は満腹の腹を擦る。
そんな俺を見てティオもクロエラも笑っていた。
「・・・それで?魔導士さんが私にどんな用事だい?タダ飯くらいに来たわけじゃないんだろ?」
その言葉に、
俺は身を起こす。
食べさせたのは貴女では?
とは言わなかった。
「・・・はい。実は図書館迷宮でとある本を探しているんです・・・」
「・・・あそこで本を?まぁ別に珍しい事じゃないけど。一冊の本を見つけ出すのは大変だよ・・・」
クロエラが言う。
「ええ。それは今日一日で痛感しましたよ。ましてや地下の階層には魔物も出ると聞いています」
「ああ、あんたの言う通りだ。一階はまだ平和な方かも知れないね。少し潜ればすぐに魔物たちが本探しを邪魔してくるだろうさ」
そう言ってクロエラはお茶を飲む。
「・・・それで、あんたが探しているのは、どんな本なんだい?やはり魔導士だから魔術書かい?・・・つまりは私にその本の事を聞きに来たんだろう?」
クロエラが尋ねる。
話が早くて助かる。
「・・・『永遠の挑戦者』と言う本です」
俺は答えた。
その言葉に、クロエラがピクリと反応した。
「・・・あんた・・・よくもまぁ、そんな懐かしい本を・・・」
クロエラが笑う。
「懐かしい?その本をご存じなんですか?」
俺は思わず尋ねた。
「まさか、あの本の事、何も知らないで、探しているのかい?」
俺の反応にクロエラが驚く。
「ええ。探すように言われただけなので。・・・その本は何か特殊な本なんですか?」
俺は尋ねた。
俺の質問に、クロエラが眉間に皺を寄せる。
「・・・特殊、か。ああ。そう言った意味ではとびきりの特殊な本かも知れないね・・・」
「それは、どういう・・・?」
俺は尋ねた。
「・・・あれはもう何十年も前か。私が新米のギルド職員だった頃だ。魔導士の間に、ある噂が流れてね・・・」
「噂、ですか?」
「ああ。噂の出所は一切不明だったが・・・『永遠の挑戦者』という本が図書館迷宮のどこかに眠っている。そして、その本は真に強い者にしか読むことが出来ないと言う噂がね」
「・・・強い者、ですか。それは・・・」
「そうさ。なんとも冒険心をくすぐる噂だろ?・・・当時は腕自慢の魔導士や騎士達がこぞって図書館迷宮に訪れたもんさ」
クロエラは懐かしむように目を細める。
「・・・それで、『永遠の挑戦者』は発見されたんですか・・・?」
俺は尋ねる。
「いや、結局見つかったと言う話は聞かなかったよ。だが・・・」
「だが?」
「・・・『永遠の挑戦者』を探して図書館迷宮に入った当時のSクラス魔導士が一人、行方不明になったんだ」
「行方不明?Sクラスの魔導士がですか?」
「・・・ああ。当時は大騒ぎになってね大規模な捜索班を組んで彼を探したが見つからなかった。・・・結局、探索の末に迷宮の奥に迷い込んで、死んでしまったんだろうと言う結論になったんだが・・・」
俺は頷くことで、相づちをうった。
「・・・それから3年後、彼は見つかったのさ」
クロエラは言った。
「3年?」
「ああ。そうさ。何度も探したはずの階層の通路に彼は倒れていた。発見した時にはすでにこと切れていたが、問題になったのはその死に様だね」
「死に様、ですか」
俺は尋ねる。
「ああ。彼の身体には無数の傷、それに魔法でつけられたような、激しい戦闘の後がくっきりと残っていたんだよ」
クロエラは厳しい表情で言う。
「戦闘・・・」
「・・・おかしな状況だったが結局大した調査もされずに彼は弔われた。それ以降『永遠の挑戦者』に関する噂は徐々に聞かなくなり、今じゃただの古いオカルト話になっちまったって訳さ」
クロエラはそう言ってお茶を飲んだ。
「・・・そんなん俺、全く知らなかったよ」
これまで黙って聞いていたティオが呟いた。
「今の若いギルド職員は、知る由もないさ」
クロエラは笑った。
「・・・ありがとうございます。とても参考になりました」
俺はクロエラに礼を言う。
「グレイさん、もう良いんスカ?」
ティオが尋ねる。
「ああ。クロエラさんもありがとうございました」
俺は頭を下げる。
「・・・気を付けて行きな。ついでにもう一つ。あんたがもしも本当に『永遠の挑戦者』を探したいなら・・・そのSクラス魔導士が最後に発見された場所を探して見るのが良いかもね」
クロエラが言う。
たしかに彼女の言う通りだ。
無作為に探すくらいなら、
そこに行ってみる方がいいだろう。
「・・・そうしてみます。図書館迷宮のどのあたりだったんですか?」
俺は尋ねる。
「・・・第15階層の北側。強力な魔物が出るから注意しな。そこはとある魔導士に関する本が集められた区域さ」
クロエラは言う。
俺はその言葉に、
心臓が強く鼓動するのを感じた。
「・・・その魔導士と言うのは・・・もしかして・・・」
俺は尋ねる。
「・・・ゼメウスさ。大魔導ゼメウス。彼に関するありとあらゆる本がそこに保管されているよ」
クロエラは答えた。
・・・
・・
・
翌日から俺は再び図書館迷宮へと挑んだ。
今度は無作為に書架を探したりはせず、
下の階層への階段を探し、先に進む。
だが思わぬ障害が、俺の行く手を阻んでいた。
『回復魔法大全』
『魔力の神と信仰』
『大魚シン』
『天空の花畑に関する調査報告書』
『逆引き精霊魔法』
『聖魔騎士団の歴史』
『蜘蛛の女王クイーンタラテクト』
とても魅力的で、
今すぐ手に取って読みたくなるような本たち。
それらを無視して先に進まなくてはならない。
本好きの俺にはつらい状況となった。
「くそ・・・いつか必ず読みに来るからな・・・」
そう言って俺は気になる本があれば、
手元の地図に印を付け、先を急いだ。
第4階層を越えると、
図書館の雰囲気は一変する。
きちんとした建物と言うより、
遺跡然としたものへと変わる。
岩作りの神殿の様な場所に、
不自然に書架が並べられていた。
そして、そこから探索の難易度は一気に跳ね上がった。
「キュラアアアアアアア!!!」
鳴き声を上げ、飛び出してくる巨大な猿型の魔物。
キラーエイプだ。
俺は魔力を集束し、
キラーエイプを迎え撃とうとする。
<フレイム―――>
だが、その瞬間キラーエイプの真後ろにある書架が目に入り、
魔法を止める。
「・・・クッ!」
<エアボム>
俺は掌打と同時に、
魔法を発動させキラーエイプを吹き飛ばす。
キラーエイプはそのまま壁に激突し、
動かなくなった。
「・・・ここじゃ炎魔法は使わない方が良いな・・・」
俺は呟く。
本に燃え移れば、
カラカラに乾燥した古書たちは一瞬で燃え広がるだろう。
そうすればたちまち火の海で自分が危険だし、
なにより歴史的に貴重な本を傷付ける訳にはいかない。
俺は戦闘には十分に注意をすることにし、
更に図書館迷宮の奥深くへと向かうであった。




