第104話 騎士長
ボロミアは雄たけびをあげながらハルバードを振り回す。
その攻撃の全てが、
轟音を放ちながら体すれすれのところを通り過ぎていく。
魔法と体術の融合。
これが俺の今の戦闘スタイルだ。
黒魔導士は魔法の発動に溜めを必要とするため、
近接が苦手と言う常識は俺には当てはまらない。
そして今の俺が有する武器はもう一つ。
「ぬああああああ!!!」
幾度も幾度も、
ハルバードは振るわれる。
だが、その刃は一度も俺に到達していなかった。
「・・・貴様・・・」
攻撃が当たらないことにボロミアは苛つき始める。
俺が有するもう一つの武器、
それはこの回避力だ。
強敵との連戦に次ぐ連戦。
数々の命のやりとりを経て身に付けた危機察知能力。
それが今、はっきりと自分のものとなったことを理解した。
「ああああ!!!」
ボロミアがハルバードを突く。
振りが大きい。
俺はそのハルバードを躱すと、
再び懐に潜り込み魔法を集束させた。
<ライトニングボルト>
雷撃魔法を鎧に伝導させる。
防御力が高いのであれば、
内部にダメージを与える。
だが。
「そんな魔法が俺に効くかァ!」
気合一閃。
俺の魔法を受けながらも、
ボロミアはハルバードを振るう。
至近距離に居たため、
刃先こそ当たらなかったものの
振り回された柄の部分に巻き込まれ、
俺は吹き飛ばされる。
「ぐっ・・・!」
受け身を取り、
すぐさま立ち上がるが、
俺はハルバードが当たった左上腕に痛みを感じた。
直撃では無かったはずだが、
俺の左肩から先にはもはや力が入らなかった。
ボロミアは荒い呼吸に肩を上下させながら、
俺を睨みつけている。
「頑丈すぎるだろ・・・」
俺はそんな事を呟く。
改めて騎士長と言う役職が伊達では無いのだと言う事を
思い知らされた。
「どうした!諦めたか!」
ボロミアが叫ぶ。
だが、その表情はとても楽しそうだ。
くそ、これだから脳筋は。
俺はそんな事を思った。
「・・・とにかくあの鎧を破らない事には攻撃のしようがないな・・・」
時間を止めても火力不足。
時間を加速させても鋼鉄の鎧には効果が薄いだろう。
死生魔法はこんな衆人環視の中では使いたくない。
一体どうすれば。
その時俺は、ふとゼメウスの言葉を思い出した。
――――――――黒魔法と白魔法。バランスよく鍛えていくことをお勧めするよ。その二つをバランスよく使う事で、君の力は更に上がるはずさ。
「師匠からのアドバイスは、素直に聞いてみるか・・・」
正直、どうなるのかはまったく分からない。
だからどうにか突破口になれば、
くらいの気持ちだった。
俺はそう呟くと、
魔力の集束を始める。
それはこれまでの魔法とは異なる、
白魔法の魔力だった。
「・・・白魔法だと?」
ボロミアが驚く。
無理もない。
今の今まで俺は黒魔法を使っていたのだ。
理論上は俺が白魔法を使うことなどありえない。
そうは思いながらも、さすがは騎士長だ。
俺の変化に警戒心を高め、
グッとハルバードを構え直した。
俺は魔力を集束する。
ここで放てば自己強化の白魔法が発動する。
だがそうはしない。
俺がこれまで使用してきた黒魔法と同様に、
自己強化の魔法に更に魔力を注ぎ込み、
それを強く強く圧縮した。
俺の手の中で、
白魔法が幾重にも折り重なるように展開されていく。
俺は自分の右手が、
重くそして固くなっていくのを感じた。
「な、なんなんだ・・・それは・・・」
ボロミアが俺の魔力の変化に驚いている。
だがすぐに危険を察知したのか、
彼自身も白魔法を展開し、
自分の身体をより硬固な魔力で包んだ。
鎧に加え、自らの肉体そのものを強化したのだろう。
「何をしようと、この鎧は破れんぞ!!!」
そしてボロミアは、
ハルバードを片手に持ち、
俺に突っ込んでくる。
先ほどまでよりも格段に速い。
ボロミアの白魔法には速度向上の効果も付与されていたようだった。
「ぐ・・・まだ・・・だ」
俺は初めて使う白魔法の圧縮を、
コントロールしきれていなかった。
まだ足りない。
この魔法はもっと高める事が出来る。
だがボロミアはもう目の前まで、
迫っていた。
「・・・くっ」
俺は魔法の完成を諦め、
右手に溜めた魔力を展開する。
強力な自己強化が、
俺の右手を中心に全身に広がる。
「ぬおおおおおおおお!!!!」
ボロミアがハルバードを振るう。
「があああああ!!!!」
俺もそれに合わせ、
強化された右拳を振るう。
俺の拳と、
ハルバードが交錯する。
その瞬間、
俺の拳はボロミアのハルバードをへし折った。
「・・・っ!?」
獲物を失ったボロミアの身体に、
俺の拳が到達する。
必死で放った俺の拳は、
意図せず完全なクロスカウンターとなった。
ドゴンと言う金属を叩く低い音が鳴り、
そのままボロミアは吹き飛ぶ。
「ぐあああああ!!!」
俺は自らの拳の勢いで、
その場に前のめりに倒れる。
「・・・ぐっ!」
慌てて立ち上がろうとするが、
足に力が入らない。
慣れない魔法の行使により、
身体の感覚が少しおかしいようだ。
だが、俺の焦りとは裏腹に、
吹き飛ばされたボロミアは大の字に倒れ、
そのまま動かなかった。
見れば鎧は俺が拳を当てた部分から大きく壊れ、
ボロミア自身は白目を剥いて気絶していた。
その瞬間、
それまで静かに戦いを見守っていた騎士たちが沸く。
万雷の拍手の中、俺はただ茫然としていた。
「勝った・・・のか・・・・?」
俺は呟く。
その時、全身に激痛が走った。
我慢できないほどの痛みに、
俺はその場で意識を失った。
遠くで俺の名前を呼ぶ、
ロロの声が聞こえた様な気がした。
・・・
・・
・
「騎士長に勝つなんて・・・」
アンが絶句している。
「・・・ククク、あれが主の力だ」
なぜかバロンが胸を張る。
その目は興奮で少し血走っていた。
「俺たち、すごい人の隊に居るんだな・・・」
ダリルが呟く。
「今更、気が付いたのか?ククク、主は偉大だ・・・」
バロンが笑う。
「ちょっと、バロン!笑ってないで二人を運ぶの手伝って!」
ロロが声を荒げてバロンたちを呼ぶ。
三人はその声に従い、グレイとボロミアを治療室へと運んだ。
アンとダリルは気絶するグレイに対し、
これまでとは異なる想いで視線を向けるのであった。
・・・
・・
・
次に目覚めたのは、ベッドの上だった。
「ここは・・・」
俺は呟く。
「・・・起きたか」
低い声が聞こえて隣を見ると、
同じくベッドに寝かされたボロミアが居た。
痛々しい包帯の跡がある。
「あ・・・えと・・・」
俺は言葉に詰まる。
大丈夫かと聞くのもおかしい気がした。
彼を倒したのは自分なのだ。
俺が狼狽えていると、
ボロミアの方から口を開いた。
「・・・色々すまんかったな・・・」
それは彼らしくない、
萎らしい台詞だった。
俺は突然の謝罪に戸惑う。
「すまんかったって・・・それはこちらの台詞です」
俺もボロミアに対し、謝罪をする。
手合わせとは言え、
つい本気になってしまった。
「いや、真剣な立ち合いの結果だ。傷の事は謝らんでいい。私が言っているのは、そなたへの態度の事だ」
俺は黙って聞いていた。
「ロロちゃんは聖女見習いの頃から良い子でな。よく聖魔騎士団のところに顔を出してくれていた。私にとっては孫みたいなものだ」
たしかカリュアドも彼と同じ様なことを言っていた。
「教皇が居なくなってからと言うもの、何故だか知らんがやけにあの子の事が気になってしまってな・・・あの子の想い人であるそなたに、その・・・年甲斐もなく嫉妬してしまったのだ。許して欲しい」
ボロミアは再び頭を下げた。
「そんな・・・気にしないでください」
俺は答えた。
「図書館迷宮だったか・・・もちろん許可は出そう。・・・加えて、これから何かあった際には私が力になると約束しよう」
そう言ってボロミアは微笑んだ。
そこでようやく俺も緊張を解く。
「・・・ありがとうございます。貴方もとても強かった。その、とても楽しかったです。戦っていて」
俺は言う。
「楽しかった、か。ハッハッハ。・・・グレイ。そなた自分をどう思っているか知らんが、そなたも恐らくこちら側の人間だな」
そう言ってボロミアは笑った。
俺はその言葉に面食らう。
こちら側と言うのはどういうことだろうか。
俺は嬉々として戦うようなタイプじゃないぞ、決して。
「だが、まぁ。・・・喜んで受けよう。私も楽しかった」
そう言ってボロミアは笑う。
近衛騎士の一件で、
敵ばかりだと思っていた聖魔騎士団でも、
きちんと向き合えば話の分かる人はいるのだ。
良かった。
俺は安堵する。
「それからグレイよ・・・」
「はい?」
俺は尋ねる。
「・・・この私に勝ったのだ。この後の事も覚悟しておくのだな?」
ボロミアが言う。
「覚悟、ですか?」
俺は尋ねる。
「・・・そなたに色々な意味で興味がある騎士長は私だけでは無い。五人の騎士長の中でも私は最弱。すぐに次の騎士長が君を倒しにくるだろう」
そう言ってボロミアは不敵に笑う。
彼が突然何を言い出したのか、
俺には理解出来なかった。
「・・・どういう事ですか?」
俺は尋ねる。
「ロロ様と添い遂げたければ、我らすべての騎士長を倒して見せよ、という事だ」
そう言ってボロミアは笑う。
俺はもはや何も答えず、
ボロミアに背を向け、
眠りについた。




