第103話 手合わせ
ある日、
いつものように仕事をしていると、
俺はキリカに呼び出された。
「グレイ殿、先日依頼いただいていた件進捗がありましたよ・・・」
「依頼?」
俺は尋ねた。
「お忘れですか?図書館迷宮の件です」
俺はキリカの言葉を聞いて思い出す。
すっかり忘れていた。
「申請の手続き自体は終わりました・・・ただ・・・」
「ただ?」
「図書館迷宮は東の大陸の北方にあるのですが、、その・・・騎士長の一人が・・・」
「どういうことだ?」
俺は尋ねる。
「とにかく、図書館迷宮に入りたいなら直接話に来いと言っています。お手数ですがグレイ殿に足を運んでいただくのが早いかと」
「俺が?・・・それで許可してくれるなら行くが・・・・」
俺は答える。
「ではそうしてください。呼んでいるのはボロミア騎士長です。くれぐれもお気をつけて」
「?」
キリカの言葉が気になったが、
俺はそのボロミア騎士長の元へと向かった。
「失礼します」
俺は扉をノックする。
「入れ」
俺が来るのが分かっていたかのように、
扉の奥から低い言葉が返って来る。
俺が中に入ると、
そこには筋骨隆々の騎士が椅子に腰かけていた。
例の論功式や廊下でその姿を何度か目にした事がある。
だがこうして話すのは初めてだ。
「聖女様の近衛騎士、グレイです。」
俺は挨拶する。
その言葉に、ボロミアのこめかみがピクリと動く。
「活躍しているようだな。グレイ」
ボロミアは低く唸るような声をあげた。
俺はそこで、ある事に気が付く。
「いえ、俺などまだまだ。周囲のサポートがあってこそです」
俺は答えた。
「良い心がけだ。今後もロロちゃ、様とは適度な距離感で励むがよい・・・」
ボロミアはそんな奇妙な事を言いだした。
「・・・ありがとうございます。ところで・・・」
「ん?」
「・・・ボロミア騎士長の声、以前に聞いた事があります」
俺は尋ねた。
「・・・き、気のせいではないか?」
明らかに狼狽えるボロミア。
体格から言っても間違いない。
彼は俺を拉致した五人組の一人だ。
俺が冷たい目で見ていると、
その視線から逃れる様にボロミアが立ち上がる。
「そ、そうだ!グレイよ!そなた『図書館迷宮』に入りたいそうだな!」
「・・・はい、そのお願いをしております。」
「フフフ、そうかそうか。許可してやってもいいぞ」
ボロミアが嬉しそうに言う。
上手く誤魔化せたとでも思ったのだろうか。
「・・・本当ですか?」
俺は尋ねる。
「ああ、本当だとも。ただし条件があるがな」
「条件?」
俺は尋ねた。
「フフフ、なに簡単なことよ。一つ、私と手合わせをしてくれ」
そう言ってボロミアが笑う。
「手合わせ?」
俺は尋ねた。
「そうだ。聞くところによると、元キリカ隊の騎士たちを鍛えているそうではないか。」
「・・・はい。しかし、それは彼らがウチの隊の一員なので・・・ボロミア騎士長と戦う理由はこちらにはありませんが?」
俺は答える。
「・・・フフフ、図書館迷宮は高難度のダンジョンだからな。実力無きものに許可は出せん」
そう言ってボロミアは笑う。
「つまり、貴方と戦うことで力を示せ、と?」
「そうだ!理解が早いな!」
ボロミアが言う。
俺はため息をついた。
僅かな会話でもわかる。
どうやらこの人は話が通じない、
完全脳筋タイプの様だ。
「・・・分かりました。お手柔らかにお願いします」
俺は答え、
ボロミアの部屋を後にした。
・・・
・・
・
「どうしたのですか?浮かない顔をして」
バロンが俺に尋ねる。
「・・・いや、明日ボロミア騎士長と戦うことになってな」
俺の言葉にバロンが驚く。
「どういうことです?」
「いや、実は図書館迷宮に入る申請をしていたのだが、ボロミア騎士長が入るには力を示す必要があるとか何とか言って、聞かなくてな」
俺は答える。
「・・・図書館迷宮?そんな話聞いた事もありません。・・・しかしボロミア様ならあり得る話だと思います」
バロンが唸る。
「どういう意味だ?」
俺は尋ねた。
「ボロミア騎士長は、聖魔騎士団の中でもかなり武闘派ですから。すぐ誰かと戦いたがるのです・・・おそらく今回も図書館迷宮の件はほぼ言い掛かりで、狙いは主との勝負でしょう」
「ああ、そういうことか」
俺はなんとなく主旨を理解する。
「それにボロミア様と言えば、先のゴブリン討伐の件で教皇に処刑されたニクスの元上司です。色々と思うところがあるのかと・・・」
バロンが言う。
「どちらにせよ、厄介な事になりそうだな。分かった、ありがとう」
俺はそう言って自室へと戻る。
特に準備することも無いが、
どうなるか分からないし、
早く寝るくらいはしておくか。
グレイを見送ったバロンは、
一つグレイに伝え忘れたことがある事を思い出した。
だがわざわざ部屋を訪れ、改めて伝えるような事では無いため、
バロンはそれを諦める。
しかしそれはそれで面白いことになりそうだ、とバロンは思った。
「・・・ボロミア様は、ロロを溺愛してるからな、ククク主と戦えばタダの手合わせでは済むまい」
久々にグレイの本気の戦闘が間近で見られるかもしれない。
そんな予感にバロンは思わず頬が緩くなるのであった。
・・・
・・
・
翌日、正午近く。
俺は訓練場へと足を向けた。
だが訓練場で俺を待っていたのは、
ボロミアだけでは無かった。
「来たか・・・?」
ボロミアが言う。
「・・・多すぎませんか?観客が」
俺が言う。
訓練場には大勢の騎士たちが、
グレイの到着を待ち構えていた。
「・・・皆、二人が戦うと聞いて駆け付けたんですよ」
そう言って声を掛けてきたのはアンだ。
その後ろではダリルも笑っている。
「お前たちまで・・・」
俺はため息をついた。
ただの手合わせだと言うのに、
大げさなことだ。
「主・・・ククク、主の力、皆に示すチャンスです」
いつの間にか側にいたバロンが言う。
いや、示すのはボロミア一人で良かったんだけど。
俺はそんな事を思った。
「準備は良いのか?グレイ・・・」
ボロミアが近付いて来る。
昨日とは違い、漆黒の鎧を身にまとっている。
どうやらこれが彼の戦闘服の様だ。
全身に覇気が漲っており、
準備万端と言った感じだ。
「いつでも良いですよ」
俺はため息をついて答える。
こうなればやってやるしかない。
「では始めようか」
ボロミアがそう声を掛けた時、
別の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「グレイさーん!頑張ってくださーい!」
そう言って俺に手を振るのはロロであった。
隣にはキリカが苦笑いをしている。
どうやらこの戦いの噂を聞き付け、
公務の合間に見に来たようだ。
「あ、ぐ・・・ロロちゃ・・・」
俺への声援を聞いて、
ボロミアがうめき声をあげる。
そして恨めしそうに俺を見た。
俺はボロミアに憐みの視線を返した。
「・・・グググ、構えろ!グレイ!」
ボロミアが気を取り直し、
声を掛ける。
その手にはいわゆるハルバードと呼ばれるような長柄の武器が握られていた。
「心配するな、刃は潰してある」
そう言ってボロミアが笑う。
いや、刃は潰してあると言っても当たればたぶんかなり痛いぞ、それ。
俺はそう思った。
俺はボロミアと距離を開けて、
腰を落とし構える。
いつの間にか俺たちを中心に観客の騎士たちが円を作り、
人垣がリングのような形になっていた。
訓練場は徐々に緊張感に包まれ、
これだけ人が居るのに話し声一つ聞こえなくなった。
「・・・来いっ!」
ボロミアの声に反応し、
俺は大地を蹴る。
俺はボロミアの実力を知らない。
騎士長と言うのがどれほどのものか、
まずは様子見だ。
「ぬううううううん!!」
俺の突進に合わせ、
ボロミアがハルバードを振るう。
その重量に見合わぬ、
鋭い斬撃。
刃先の動きを目で追っていたが、
間に合わない。
まずい。
予想よりかなり速い。
俺は自分の見立てが甘かったことを悔い、
始まる前から右手に集束を開始していた魔力を早々に開放する。
<時よ>
ボロミアのハルバードが俺に触れる直前、
時間停止に成功した。
俺はハルバードを避け、
更にボロミアの懐に入り込む。
だが、出来たのはそこまで。
咄嗟の発動で十分な魔力を使えなかったので、
すぐに限界が来る。
――――――――バキン。
耳元で何かが割れる様な音がして、
時間は再び動き出した。
「なに!?」
効果はあった。
ボロミアのハルバードは空を切り、
身体が大きく流れる。
俺に直撃すると踏んで力んでいたのだろう。
俺はその隙を突いて、
右手に魔力を集束し、
魔法を放つ。
<フレイムボム>
小さな爆発が、
ボロミアを包む。
「ぐうううう!!」
だがボロミアは身を固め、
それをガードした。
その行動に俺は驚く。
殺さない様に威力を落としたが、
そんな心配の必要は無かった。
俺の魔法を喰らっても、
ボロミアの身体には傷一つ付いていなかった。
「どうした、グレイ。まさかお前、俺を相手に殺さない様にとか思っているんじゃないだろうな?」
身体から黒煙を上げながら、
ボロミアが言う。
「・・・思ってました。でも必要ないようですね」
俺は笑う。
「騎士長の力侮るなよ。聖魔の騎士を束ねる力だぞ!」
そう言ってボロミアが吠える。
「面白い・・・」
俺は呟いた。
今の俺の実力がどの程度なのか、
聖魔騎士団にどれだけ通じるのか、
ボロミアを相手に試してやろう。
俺は再び、魔力を集束し、大地を蹴った。




