第102話 再興の兆し
<エアボム>
アンが魔法を放つ。
迫るアンの風魔法に対し、
俺も魔力を集束する。
<エアボム>
同じ魔法を正面からぶつけ、
風の爆発を相殺した。
「・・・なっ」
アンが驚く。
無理もない。
風魔法は彼女の得意属性なのだ。
「おりゃあ!」
訓練用の木造りの斧を振るうダリル。
俺はその斧を、回避する。
「まだまだあああ」
ダリルはその剛腕を活かし、
重量のある斧を何度も振り回す。
だが俺にその斧は掠りもしない。
確かに迫力はあるが、
俺に当てるにはスピードも正確さも足りていなかった。
「ハッ!」
俺は斧を回避し、ダリルの胸に拳打を放つ。
ダリルはその衝撃に動きが止まるものの、
歯を食いしばり俺に斧を振り下ろした。
「ほう」
俺はバックステップでその斧をも回避する。
<エアニードル>
俺の着地を狙い、アンが再び魔法を放つ。
俺は魔力を集束すると、
アンの魔法が到達するよりも速く魔法を展開した。
<フレイムストリーム>
俺を中心に生まれた炎の渦が、
アンの風の棘をはじき返す。
そしてそのまま俺は、
アンに魔法を放った。
<フレイムボム>
「きゃあ!」
アンの足元が爆発し、
アンが吹き飛ばされる。
魔法を放った直後の硬直で回避が遅れたようだ。
「うあああ!」
拳打のダメージから回復したダリルが再び俺に迫る。
俺は右手に魔力を集束し、
ダリルの腹を打つと同時に魔法を放つ。
<エアボム>
拳打の衝撃に加え、
更に魔法がダリルの腹を撃つ。
これには耐え切れず、
ダリルは膝を追った。
「よし、それまでだ」
俺は二人に声を掛ける。
「・・・く、くそ」
ダリルが腹を抑えながら悔しそうにする。
「どんだけ魔力の集束が速いんですか・・・」
アンも立ち上がり、こちらに歩いてくる。
「二人とも、良くなってきたぞ。アンは躊躇がなくなったし、ダリルの耐久性も上がってきてる。・・・訓練の成果だな」
俺は言った。
「はぁ・・・手加減されてこれじゃ、訓練になりませんよ」
アンがため息をついた。
ダリルもうんうんと頷く。
「主の実力がようやく分かってきたようだな、二人とも」
声を掛けたのはバロンだ。
「バロン、ズルいわよ。貴方だけ戦ってないじゃない」
アンが言う。
「クク、主と戦うなど俺には出来ん。それに俺には、主から課せられた別の課題があるからな・・・」
そう言ってバロンが手に魔力を集めている。
それはバロンが適性を持つ白魔法では無く、
極微力ながら黒魔法の魔力であった。
バロンが俺の魔法を学びたいと言うので、
黒魔法の使い方を教えてみたのだ。
だが、ここから魔法を放てるほどに魔力を集められるようになるには、
とても険しい道のりとなるだろう。
普通は白魔法の適性がある場合、
黒魔法の魔力など発生させることも難しいらしい。
そう言った意味では魔力を生み出すことが出来るようになったバロンは、
かなり頑張っている方だろう。
前例もなにも無いので、
これが実を結ぶかは未知数だ。
だがひとまず、バロン本人は満足そうなので良しとしよう。
俺たちはロロの警護の任務が無い時間は、
こうして訓練をして過ごしていた。
今まで人に教えると言ったことが無かったので、
俺自身も色々発見がある機会だ。
俺は今だに立ち上がらないアンとダリルに声を掛ける。
「さて、着替えたら飯にしよう。今日は俺が奢らせてもらう」
「ホントですか?」
アンが嬉しそうに言う。
「借金王なのに太っ腹ですね」
ダリルが笑う。
誰が借金王だ。
「ああ、今日は実は大事な日なんだ・・・」
俺は笑う。
「大事な日?」
アンが尋ねる。
「そうだ。とりあえず、着替えたら大聖堂の入り口に集まってくれ」
俺はそう言って先に訓練場を後にした。
・・・
・・
・
「ここって、グレイさんの・・・?」
「そうだ」
俺たちが訪れたのは『灰色のゴブリン亭』だった。
「なぜここに?少しでも自分の店に貢献しようと言う腹積もりですか?」
ダリルが言う。
「・・・ダリル、文句があるなら先に帰るか?」
俺は笑顔で尋ねた。
「さっ、早く行きましょ!楽しみだなぁ!」
ダリルは慌てて店に飛び込んだ
調子のいいやつだ。
「だが、すぐに驚かせてやる・・・」
俺たちはダリルの後に続くように、
店の中へと入った。
開店時間の間際のため、
まだ客は入っていなかった。
「おう、来たな」
そう言って笑顔で俺たちを出迎えてくれたのは、
エリクであった。
「どうだ、仕上がりは?」
俺はエリクに尋ねた。
「・・・ああ。オーナーの言う通り、半端じゃない」
エリクが神妙な顔でそう言った。
俺は予想通りの反応に思わずニヤリと笑う。
「なんですか?」
アンが尋ねる。
「いいから、先に飯にしよう」
俺たちは席に着く。
「シェフのおススメで」
俺は言う。
エリクはその言葉にニヤリと笑う。
「あいよ!おすすめ!四人前!」
エリクは厨房に向かい声を張り上げる。
「あれ?店主さんが作るんじゃないんですね」
ダリルがそんなことを呟いた。
「ああ、ちょっとな」
「?」
俺の言葉にアンが首をかしげる。
やがて、料理が次々と出来上がる。
エリクが料理を机の上に並べてくれる。
肉、野菜、魚。
どれも美味しそうな料理ばかりだ。
「うわあ!凄い、あっという間だ」
アンが声を上げる。
手際の良さも流石だ。
「いただきます!」
ダリルが我慢できないと言った様子で、
料理を食べ始める。
どれ。
俺も食べるとするか。
実はかなり楽しみにしていた。
「!!!」
料理を口にした瞬間、
俺たちは揃って絶句する。
「美味い!!!」
ダリルが叫んだ。
「本当ね!こんな美味しい料理、食べたことない!」
アンも次々と料理を口に運ぶ。
「むぅ・・・」
こういった事ではあまりリアクションの無いバロンも思わず、
唸り声をあげる。
うん、俺も彼らと同意見。
これらの料理はどれも素晴らしい出来だ。
俺たちは無言で、
次から次へと料理を口に運ぶ。
手が止まらない。
俺たちは満腹になるまで料理を食べ続け、
やがてすべての皿が空になる。
ダリルは残ったタレを皿ごろ舐めようとしていたが、
アンにそれを止められしょんぼりしていた。
「最高の料理ですね・・・正直、ブルゴーの中でもこんなに美味しい料理を出す店はありませんよ?」
アンがうっとりと声を漏らす。
「そうだな、まさかここまでとは思わなかった」
俺が答える。
「・・・これ、誰が作ってるんですか?」
ダリルがエリクに尋ねる。
エリクは俺に視線を送り、
俺も頷くことでその視線を肯定した。
「おーい、シェフ!美味かったってよ!」
エリクが厨房へ声を掛けた。
すると奥から、一人のエプロンを付けた男が姿を現す。
俺はニヤリと笑う。
「楽しんでいただけたようで光栄です」
そう言って丁寧にお辞儀をしたのは、
当然のごとくシルバだ。
「シルバさん!」
アンが叫ぶ。
ダリルとバロンも驚いている。
「ほっほっほっ。グレイ殿に助けを求められた時は何事かと思いましたが・・・役に立てそうで良かったです」
シルバは笑う。
「役に立つどころの話じゃないですよ」
俺はそう言って、苦笑する。
なんでもこなす完璧超人のシルバ。
彼が料理を作ればこうなるのは当然の帰結だ。
「ね、これならお店、繁盛するんじゃないですか?」
アンが言う。
「当然だ。シルバさんが居る限りな」
そう言って俺は高笑いする。
シルバさんは短い間ならば、
と俺の誘いを受けてくれた。
彼が居るうちに料理人を育て、
メニューを開発してもらえれば、
うちの店は安泰だ。
持つべきものは友。
俺はそんなことを思った。




