第101話 配属
俺たちが到着したのはクレレ村。
果実の生産が盛んな、静かな村だ。
「ようこそお越しいただきました、聖女様」
村長に恭しく迎えられた俺たちは、
そのまま村長の家へと案内される。
その日は村長の奥さん自慢の料理を腹いっぱい食べ、
少し話をした後、
そのまま就寝することになった。
翌朝。
いつものように誰よりも早起きした俺は、
ひとり村の中を散策する。
いたるところに果樹園のようなものがあるが、
俺はその果樹園に違和感を感じた。
見れば、多くの果樹園で大木が根元からなぎ倒されていた。
まだ倒れて日が浅いようで、
痛々しい傷跡が残されている。
俺がその光景を見つめていると、
後ろから声を掛けられた。
「貪欲なゴブリンが果実を食べるために木を倒したんだそうです」
振り向くとそこに居たのはロロであった。
「そうなのか・・・」
俺は呟く。
「こう言った爪痕が各地に残されています」
ロロは悲しそうに言う。
ゴブリン大量発生と言う災害。
俺はその被害を目の当たりにした。
ロロは倒れた木の元に座り、
祈りを捧げた。
目を閉じ神に祈るロロの姿は、
朝日に照らされ神々しくすらあった。
俺はロロの祈りが済むまで、
その姿を見つめていた。
・・・
・・
・
それから午前中は、
被害にあった農家の人々の家を周り話を聞いた。
中にゴブリンに襲われて怪我を負ったと言う老人がいたので、
ロロがそれを癒した。
東の大陸一の回復術士であるロロの治療により、
老人の傷は瞬く間に回復した。
彼とその奥さんは目に涙を浮かべ、
何度もロロに礼を言った。
ロロはそれに嬉しそうに答え、
俺もそんなロロを見てなんだか誇らしい気持ちになった。
全ての農家を回り、
村長の家に帰って来る頃にはすでに昼を回っていた。
そろそろブルゴーに向け、帰還する時間が。
俺たちは再び馬車の準備をし、
短かった滞在を終える。
見送りには村のほぼ全員が来てくれた。
「聖女様・・・このような寂れた村に来てくれてありがとうございました・・・」
村長が言うと、
村人全員が頭を下げた。
「そんな止めてください!また来ます!どうか美味しい果物を作ってください」
ロロがそう言って笑う。
その言葉に村人たちは胸を打たれた様子であった。
「・・・教皇様が居なくなられたと聞いてとても不安に思っていましたが、聖女様が居れば安心です。どうか魔力の神の導きがあらんことを」
村長が言う。
ロロはそれに笑顔で答えた。
そして俺たちは村を出立する。
「いかが、でしたか・・・?」
帰りの馬車の中で、ロロがそんな事を俺に尋ねた。
「・・・ん、いや。そうだな。なんだか色々考えさせられたよ」
俺は答える。
「色々、ですか?」
ロロは尋ねた。
「前にも言ったが、俺はカッコいい魔導士になりたいんだ。人々の為に戦うような、そんな魔導士に」
ロロは頷く。
「けど今日、ロロが村の人たちの為に色々話を聞いたりしてるのを見て、人の為にって言うのは、別に戦うだけじゃないんだなと再認識させられたよ。さすがは聖女様だ」
俺は言う。
「そ、そんな・・・私なんて・・・」
ロロは俺の言葉に赤面する。
「この仕事、学ぶことがたくさんありそうだ。改めてよろしく頼む」
俺はロロに言った。
「はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」
ロロは満面の笑みで答えてくれた。
「なるほどな・・・」
俺は呟く。
「・・・なんですか?」
ロロは不思議そうに尋ねる。
「いや、何でもない」
俺はロロの視線から逃れる様に、
顔を逸らした。
口には出さなかったが、
キリカや騎士長たちがロロを守ろうと必死になる理由が、
少しだけ分かったような気がした。
・・・
・・
・
それから俺はロロの元で、
近衛騎士として仕事を続けた。
遠征やブルゴーの中でロロを警護する傍ら、
村を襲う魔物退治や、薬草収集、怪我をした農夫の代わりに農作業など、
とにかく色々な事をした。
それは肩書こそ違うものの、
魔導士として依頼をこなすのと大差なく、
人々から受ける感謝に、
とても誇らしい気持ちになった。
いくつかの遠征のたびに、
俺の他にアンとダリルとバロンが派遣され、
俺たちは共にロロを守るため戦うことになる。
今までは一人か、
ヒナタかアリシアとの二人行動が多かったので、
こうした大人数で仕事をするのが楽しかった。
一週間、一か月と時間は足早に過ぎていった。
そしてある日。
「グレイさん、聞きましたか?」
アンが駆けて来る。
この一か月で彼女はかなり気軽に俺に接してくれるようになった。
「待て、アン!ズルいぞ」
そう言って後から追いついてきたのはダリルだ。
この二人はいつも一緒に行動しているな。
「聞いたって、何をだ?」
俺は尋ねた。
「何って!配属ですよ!正式にキリカ様の隊を離れて、グレイさんの元に配属されることになりました!」
アンが嬉しそうに言う。
「キリカ様に直談判した甲斐があったな!」
ダリルが言う。
彼は涙目で、今にも泣き出しそうな感じだ。
「・・・配属って、どういうことだ?」
俺は訳が分からず、尋ねる。
その時、後ろからもう一つ別の声が聞こえた。
「ククク、主。今日から貴方が正式に我らの主になったと言う事ですよ・・・遂に時は来た」
そこに居たのはバロンであった。
狼狽する俺にアンが言う。
「だから!今日からグレイさんが私たちの上司って事です!宜しくお願いします!隊長!」
慣れない言葉に驚く。
どうやら俺に生まれて初めての部下が出来たようだった。
・・・
・・
・
夜分。
俺は大聖堂を抜け出し、
ブルゴーの街を歩いていた。
宿場町を抜け、通りの先へ。
そこに俺が目指す先がある。
着いたのは、『灰色のゴブリン亭』。
俺の店だ。
俺は扉を開け、
中へと入った。
中は客がまばらで、
店主が退屈そうにしていた。
「いらっしゃ・・・ってなんだ、オーナーか」
「もう少し覇気を出せ、エリク。店主がそんな感じでは来る客も来ないぞ」
俺はそんなオーナーらしいことを言ってみる。
彼の名はエリク。
元はオーナー兼店主だったが、
今は雇われ店主をしてくれている。
「今日も、客足は伸びない・・・か?」
俺はカウンターに座りながら尋ねる。
「ああ、ダメだ。前はもう少し客が居たんだけどな・・・やっぱ名前のせいかも知れないな?」
そう言ってエリクは恨めしそうに俺を見る。
通りの端にあると言う事で元々繁盛店と言う訳では無かったが、
それでも常連に支えられなんとかやっていたらしい。
だが店名が変わったのをきっかけに、
一気に客離れが進んだとのことだ。
「なんとかしないといけないな・・・」
俺は呟く。
「このままじゃ、あんたの借金。減るどころか増える一方だぜ。どうするんだ」
エリクが呟く。
「やはりここはあの人に頼るしかないか・・・」
「あの人?」
エリクが尋ねる。
「ああ、そうだ。この大陸でもっとも頼りになる男がいてな・・・」
俺の脳裏にはあの人の顔が浮かんでいた。




