第X話
本編は次話からスタートします。
「おい、知っているか」
豪雨の道中。
暇を持て余し、
穏やかな雰囲気の輸送用の馬車の中で、
戦士風の格好をした男が言う。
乗り合わせた者たちの視線が彼に集まる。
「何を?」
戦士の正面に座っていた、若い魔導士が尋ねる。
「へへ。ある魔導士の噂だよ。西の都はその話題で持ち切りだぜ」
馬車の中がザワザワと騒がしくなる。
ここは西の都からは遠く離れた馬車の中。
西の都の話題など知らないのが当然だ。
その光景を見て、戦士は面白がって語り続ける。
「へへ、知らねぇのは無理もねぇか。この一件はギルドが情報統制をしてるらしいからな。だが人の口に戸は立てられねぇ。この話の始まりは、西の都の近くの山岳地帯に火龍が現れたってところからだ」
戦士の言葉に馬車は笑いに包まれる。
「ハッハッハ!嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ!炎龍と言えば竜族の中でも上位種だ。それこそSクラスの魔導士に依頼を出すか、近隣のギルドの力を結集して討伐隊を組むレベルだろうが」
「そんな情報が外に出てないわけないだろ!」
鬼の首をとったように彼を責め立てる人々。
だが嘲笑に晒されている戦士は、
いまだ余裕のある薄ら笑いを浮かべている。
「ヘヘ。信じられねぇよな、俺も信じられねぇぜ。だがよ、これを見たらどう思うよ?」
戦士の手には一枚の鱗が握られていた。
相当な魔力を含んでいる様で、赤く輝いている。
あまりの美しさに、馬車の中の全員が感嘆の声を漏らす。
「・・・それは炎龍の、鱗か?」
不意にそれまで一番端の座席で黙っていた黒装束の男が口を開いた。
「ああ、その通りだ!噂を確かめるため、俺は西の都の山岳地帯にわざわざ足を運んだんだ!そこはギルドの調査班により厳戒体制が敷かれていて近づくことも出来なかったけどよ、その近くで奇跡的にこいつを見つけたんだ!」
馬車の中は静まり返る。
炎龍の鱗など、
市場に出ればどんな値段が付くかも分からないお宝だ。
不意に、気弱そうな僧侶風の男が叫ぶように言った。
「だ、だが炎龍が現れたと言うのならどうやって追い払ったと言うのですか。西の都でそんな大規模な戦闘があったという話など聞いてませんよ!」
戦士は待ってましたと言わんばかりに話を続けた。
「大規模な戦闘なんて起きてねぇよ。なぜなら炎龍は噂の魔導士が倒しちまったんだからな」
馬車の中は、一気に大騒ぎになった。
「馬鹿な!そんなことがあり得るか!」
「炎龍だぞ、無名の魔導士が戦える相手ではないだろ!」
戦士はもはやその光景が面白くて仕方がないと言った様子だ。
大笑いしながら叫ぶ。
「ハハハ!とにかくその魔導士はよ、ギルド職員が止めるのも聞かず炎龍に立ち向かい、そして翌朝に炎龍の亡骸とともに街に帰還したんだとよ。正面から倒したのか、謀略か、それとも偶然の結果か。そこが分からねぇから皆が面白がって噂になってんだろうが」
馬車の熱狂が最高潮に高まる。
戦士は満足したようで、
ニヤニヤと笑いながら座席に戻った。
「・・・あんた、名前は?」
正面に座る若い魔導士が、戦士に声をかけた。
「ゴウセル・レッドフィールドだ。そういうお前さんは?」
「俺の名前はグレイだ。ただのグレイ、家名はない」
二人が名乗り合うと、
不意にその二人の前に一人の男が立っていた。
先ほど炎龍の鱗に気が付いた、黒ずくめの魔導士だ。
「さきほどの鱗を、もう一度見せてはくれないか」
黒ずくめの魔導士はゴウセルと名乗る戦士に片手を伸ばした。
フードに隠されて顔は見えないが意外と若い声だ。
「ぼ、僕にも見せてくれますか・・・」
そうして後から集まってきたのは、
先ほど声を荒げた見るからに気弱そうな僧侶だ。
「おいおい、見たいのは分かるが名前くらい名乗れお前ら」
戦士は得意そうに言う。
「も、申し遅れました、僕はガウェイン・ホワイトです」
弱々しい僧侶が答える。
「私はジュラだ」
黒ずくめの魔導士も同時に名乗る。
「ジュラ・・・?」
それに反応を示したのは、先ほどグレイと名乗った若い魔導士だった。
「あんた・・・もしかして・・・」
グレイがそういって言葉を紡ごうとしたその時、
馬車が不自然に大きく揺れた。
そして不気味な地響きのような轟音があたりに響いた。
「な、なんだ!!!」
ゴウセルが叫ぶ。
その言葉にかぶせるように、御者が叫んだ。
「皆さん!た、大変だ!地滑りです!今すぐに逃げてください!!!」
その声をきっかけに、
馬車の乗客は豪雨の中へと飛び出した。
馬車の外は、
もはや暴風雨と言うほどに雨風が吹き荒れていた。
今は気味の悪い地鳴りは止まり、
不自然なほどの地震が起きていた。
「不味いぞ、山が揺れ出している。崩れる・・・」
黒ずくめのジュラが言う。
「おい、御者!避難するぞ!どこへ行く気だ!?」
ゴウセルが叫んだ。
「お、お待ちください!私の馬が、馬車が!!あれが無いと明日からの生活が・・・!」
「だ、ダメです。命が惜しくないんですか?」
ガウェインが御者を引き留める。
だが時すでに遅く、
御者は馬と馬車に向かい駆け出していた。
その時――――――
凄まじい轟音が響き、地崩れが起きる。
草木はなぎ倒され、地面が崩落する。
「マズいぞ!おい!!早く逃げろ!」
誰かが叫ぶ。
馬と馬車の真上から、山が崩れ出し迫る。
大量の木片と岩石を含んだ、真黒い土石流。
細い山道に逃げ場はない。
誰もがもうダメだと思ったその時。
不意に後方から黒い影がひとつ飛び出した。
黒い影は崩れ落ちる土石流の前に躍り出ると、
片手を伸ばしその掌に魔力を集束する。
落雷の様に激しく輝く影の右手。
その瞬間、荒れ狂う土石流の全ての動きが完全に静止した。
土石流だけではない。
豪雨が、暴風が、そして驚きの表情を浮かべる乗客たちの動き全てが止まっていた。
その静止した時間の中で動いているのは、ただ一人。
先ほど飛び出した黒い影の主だけ。
彼は特別な力を持った魔導士であった。