第五話
同日、1月26日 午前11時――――。
俺は病院の外にある自販機でスポーツドリンクと自分のお茶を買っていた。
その当時は120円で飲み物1本が買えた時代だ。二本で合計220円。
その金額を紙にサッと書きとめておく。母はこういう細かい支出も管理していたからしっかり書いておかないと後々、ブーブー言われるのが目に見えていた。
なんでそんな小さい額を書くかって? まぁ、主婦だから当然じゃね?
……という風に過去の俺ならそう言いそうだが、その理由は別にある。
その理由っていうのは、過去に父が会社を辞め、無職になってお金に困った事があったからだ。
まぁ……要は、有る資金をうまく使うために母は、主婦なりの努力をしていたのだ。
自動販売機はレシートなんて出てこないないから、めんどくさい事この上ない。
こんな小金如きに価値があるもんかね……?
そんな文句を心の中で吐きながら、俺は、再び点滴室へと向かったのだった。
母が待つ点滴室へ二本のペットボトルを持ちながら向かっていると看護士や医師がバタバタと俺を追い越し、点滴室の方へかけていく。
無性に嫌な予感がした。
別に確証が俺にあったわけじゃない。
ただ、駆けて行く人数が普通じゃなかったのだ。
俺もその医師たちの集団を追うように点滴室へ急いだ。
すると、緊迫しているような声が聞こえてきた。
「三賀さん? 恵美子さん! 聞こえますか? 私の事、わかります? まずいな……佐藤さん、救命に連絡入れて!」
俺は呆然と外に立ち尽くすしかなかった。
なにせ、数秒後には母が乗せられたベットが点滴室から出てきたのだから……。
正直、俺には何が起こったのか分からなかった。
だが、診察室に居た看護士が俺を見つけて事態を冷静に伝えてくれた。
「あ! 三賀さんのご家族の方ですよね?」
「は、はい! 母は……母はどうしたんですか!?」
多分、あの時は相当、困惑していたと思う。
「つい、先程、容態が急変しまして……今、処置を行うために救命センターへ運んでいますのでそちらの方に行って頂けますか?」
「わ、わ、わかりました」
俺はその後、相当なスピードで院内を駆けてその救命救急センターに向かった。
センターに到着した後、俺は父へと電話を掛けた。
しかし、仕事中ということもあってなかなか繋がらない。
「なんで繋がらねぇんだ! 出ろよ!!」
正直、何回コールしたかわからないが、遂に父が電話に出た。
「あ、もしもし……?」
「父さん! 母さんが! 母さんが!!」
「……? 大、落ち着け。何があった?」
至って父は冷静だったが、異常な事は理解していただろう。
なにせ、俺が母の携帯から父に電話を掛けているのだから……。
冷静に俺は事と次第を伝えた。
「母さんの容態が急変して今、救急救命に運ばれて……俺どうしたらいいか分からなくて……」
「え……そんな…………。わ、わかった! 救急救命センターだな……? すぐに向かうからそこで待ってろ!」
そこで通話は切れた。
しばらくの間、俺はその場を動けなかった。
俺の心を支配していたのは恐怖だった。
もし、母が死んだら……どうしようという恐怖だ。
しかも、それを追い討ちするように処置室から「三賀さん! 目を開けて! 頑張って!」という声まで聞こえる。
でも、母さんなら大丈夫!
そんな不確定的な、クモの糸を掴むような僅かな可能性を信じて俺はなんとか持ちこたえていた。
あの言葉を処置室から出てきた看護士から聞くまでは――――。
その言葉は、俺も想像すらしていなかった言葉だった。それは今でも忘れられない――――。
「なんでこんなになるまで病院に連れてこなかったの!」
その一言だった。今でも正直、その言葉は俺の心の傷になっている。
俺は口には出さなかったが、こう思った。
「一日前に門前払いしたのはそっちじゃねぇか!!!」
言い返そうとしたが、今は母の処置を最優先にしてもらいたかった。
いや…………本心から言えば言えなかったのだ。俺は臆病だったのだ。
故に俺はその場でただ、祈るしかなかった。
「どうか……どうか、神様お願いします。母さんを助けてください。神様、お願いします。助けてくれたら何でもします。だから、俺から母さんを取らないでください……」と。