第四話
一月二十六日――――。
この日も前日に続いて晴れだったと思う。
だが、依然として空気は冷たく、肌を切るような寒さだ。
そんな寒空の中、俺と母は道端でタクシーを待っていた。
行き先はもちろん、病院だ。
結局、一晩寝ても母の症状は、改善されなかった。
そのため、今朝の四時半くらいだっただろうか……?
父が俺を起したのだ。
「やっぱり、痛みが激しいみたいだ。だから、今日は学校を休んでお母さんを病院に連れて行ってくれ。学校には父さんが連絡しとくから……」
「わかった。いつもの病院でいいんだよね?」
「ああ、タクシー代とお昼代を置いておくから頼んだぞ?」
「う……うん……」
そうして今に至るわけだ。
母は、ここ数日、まともにご飯というご飯が喉を通っていない。
そのせいもあってフラフラしているが、俺が腕を組んで支えているので問題は無い。
だが、声は昨日より聞きづらくなっていた。
これが俺の第三のミスだった。
ここでもし…もしも、俺に知識があれば他にやりようがあったのだ。
これが実質、最後のチャンスだったのに……。
何度でも繰り返して言おう――――。
本当に俺は無知だったのだ。
―――――――――――――――
俺と母は、かかりつけの病院に着いてから受診の手続きをした。
と言っても、俺は受診の仕方なんて分からないから母に教えてもらいながらだ。
どうにか、こうにか受診手続きを済ませ、内科の待合室まで手を繋いで二人で歩いた。
その時の母の手はとても熱かった。
それに意識はきちんとあるものの、頭の痛さからか俺に体重を預ける感じで歩いていた。
無事に内科の待合室に着き、十分ほど待っていると母の名前が呼ばれた。
「三賀 恵美子さん 診察室へどうぞ」
俺は母を連れ、診察室へ向かった。
そこで待っていたのは二人の看護士と一人の医者だった。
「え~っと……今日はどうなさいました?」
「ノドォがィタクェ…」
「え? 何ですか!?」
その医者の表情や高圧的な態度から推察する限り、「はぁ……めんどくせぇんだよ! とっとと症状言えや!」みたいな感じだった。
母は声がうまく出せていなかったため、変わりに俺が話した。
「母は、喉が痛くて水しか飲めていないんです。それに声もかすれていて……あ、後……四日前にインフルエンザと診断されてから頭の痛み……コメカミがズキズキしてるという状況なんです」
それを聞くなり医者は心音を聞いたり、背中に聴診器を当てた。
「なるほど。そうですか……では、念のため検査と点滴をしましょうか!」
そう医者はまたしてもこちらへ高圧的に語りかけた。
そして、今思えば次の医者の問いかけが意味不明だった。
「検査先にします? 点滴、先にします? どうします?」
いや……アンタが決めることじゃねぇのか?おい。
そういう風に今なら思える。
だけど、あの時の俺は、母に対してどっちにする?と聞いたのだ、
結局、母は「テンテキ」とかすれ声で言い、点滴室で点滴を受けることになった。
――――――――――――――
点滴が開始されてから何分経っただろうか……?
恐らく、まだ三十分も経っていない。
そんな時、母が左手の手首を何回か曲げて俺のことを呼んだのだ。
だが、声は出ないようで紙に書いてそれを俺に見せた。
そこには『喉が沸いたからスポーツドリンク買ってきて』と書いてあった。
そして母はおもむろに財布の入った自分のバックを俺に渡した。
「オッケー。じゃあ、すぐ買って来るね!」
立ち上がろうとしたとき母はカスレ声でこう言った。
「ぁ……自分の分も買ってきなさいよ」
それは数日ぶりに見た母の穏やかな笑顔だった。
そして今度こそ、俺が買いに行こうとすると母が俺の腕を掴んでこう聞いてきたのだ。
「ダッチ……今日の夜ご飯、何食べたい?」
それはあまりに唐突な質問だった。
俺はそれに対して「何でもいいよ。母さんの作るものなら!」と言い、俺はその場を後にしたのだ。
自分が具合が悪いというのにそんなこと心配している場合か!とその当時の俺は思ったのだった。