初心者ダンジョン 3
この感じ、身に覚えがあった。
高校生時代に感じた同級生達の視線にソックリなんだ。
妬みや嫉妬、人をバカにしたような蔑んだ目つきで人を見る悪意ある冷たい視線。
僕は自分が人と関わりたくない、そしてイジメの対象にならないように独りで皆との距離をとっていたから、そう感じたのかも知れない。
だから友達と呼べる者は居たが、心を許される親友と呼べる者は居なかった。
そんな事は今更どうでも良いのだが、まさに今、感じている視線はそう言った人に害をもたらすような視線を感じていた。
後ろは、まだ入り口から出たばかりでモンスターなどいるはずない。
後ろに居るのは亮二さんだけだ。
待合室で屯していた冒険者達には知り合いはいないから、冒険者からではないはず。
あの何も言わない大人しそうな亮二さんが?
亮二さんと思いたくはなかったが、他に考えられなかった。
一体どんな顔をしているのか恐くて後ろを振り向く事は出来なかった。
まさか、いきなり後ろから刺されるという事は無いと思うが気になって仕方ない。
後ろから聞こえてくるのは『ガチャガチャ』と防具の擦れる音だけが鳴り響いていた。
そんな中、舞香さんと伸一さんの言い争いが始まった。
「そんな奴の手なんか、握らなくても紐で引っ張ればいいやんか」
「伸ちゃんは黙っていて!
足元も見えない暗闇で転んだらどうするのよ」
「だけどよ、それじゃ戦闘になった時、戦えないだろう」
「その時は、ちゃんと手を離すから大丈夫よ」
「あ〜、クソ」
明らかに僕の所為で伸一さんの機嫌が悪かった。
このままでは僕の所為でクランに亀裂が生じてしまい、戦闘に支障が出る恐れがある。それに伸一さんからの後々が恐いと思ったから、僕は舞香さんに手を離すように言ったのが、
「あら、照れてるの?
私は気にしないから一緒に行きましょう」
いやいや、僕が気にするって。
それに照れてる訳じゃなく、二人が恐いんだって。
舞香さんは、周りが気にならないんだろうか?
僕は無理やり手を離そうとするが、女性だとしても流石、冒険者。
僕の力では抜け出す事は出来なかった。
「舞香さんは、女性なのに何故そんなに強いのですか?」
「それは冒険者だからよ、フフフッ。」
笑っているようだけど、僕には真っ暗闇で見えないので、声で判断するしか無かった。
「ねぇ、ハルトくん。何故、冒険者が一般人より強いのか分かる?」
「それはモンスターを沢山倒しているからですか?」
「それもあるけど、ダンジョンに入る冒険者はダンジョンの影響を受けていると言う事」
「えっ、それはどういう事ですか?」
「ダンジョンの周りの生物がモンスターに変化するって言う話、聞いた事ない?」
「随分前にテレビで見たような…」
「それは人間にも言えることで、特にダンジョンに潜っている人達はダンジョンからの影響をまともに受けていると言えるわね」
「それじゃ、ダンジョンを潜っている冒険者もいずれはモンスターに変わるというのですか?」
「それは分からないわ。
今までそんな報告を他の冒険者からもギルドから聞いた事無いけど、でも、もしそれが本当なら冒険者がモンスターになった時点で報告出来ないから分からないわね、その内、知り合いが変化したモンスターに、ばったりダンジョン内で出会うかも知れないわよ」
自分がモンスターになるかも知れない。
そんな話、聞いた事が無かった。
今はモンスターを討伐している立場だが、将来的には狩られる立場になると言う事だろうか?
その時はどんな感じだろう。
意識はあるのだろうか、それとも意識はなく身体が勝手に動き冒険者達を襲うようになるのか?
僕が悩んでいると笑い声が鳴り響く。
「ぷっ、ハハハハハ」
「クックククク」
「フフフッ、ごめんね。
さっきの話、嘘では無いんだけど、現役で何十年もダンジョンに潜っている人も居るけどモンスターにはなっていないから多分、大丈夫よ。あくまで噂だからモンスターにはならないと思うわよ」
「そ、そう何ですか!?」
安心したのが半分、ちょっとバカにされた事に腹が立ったのが半分、中途半端な返事になってしまった。
でも、そのお陰でさっきまで殺伐とした空気が一掃され、元のチームへと戻ったような気がする。
そのあたりは計算された事なのか、流石が団長と言わざる得ない。
「さあ、モンスター探しにレッツゴー!」
相変わらず元気な舞香さんは、僕の手を引っ張りながら奥へと進んだ。
歩く感じ、地面は普通の地面を綺麗に真っ平らに均らしているようだ。
いや、均すというよりかは、何度も冒険者が通って踏み固められているように感じた。
その所為か、通路の端に行くと地面は凸凹、たまに大きな石があり、それに転けそうになると舞香さんに注意するように言われてしまった。
見えないから注意しようがないのだが、なるべく真ん中を歩くように心がけた。
そしてついに分かれ道。迷路の入口とも呼ばれ、迷う事なく行って帰って来れるかがカギとなる。
ここは初心者用のダンジョンだからギルドが地図を作成して渡しているし、そこまで入り組んだ迷路ではないはず。だが自分の居場所が、今、何処なのかを分からなければ地図を持っていても意味がない。
道が分からず、野垂れ死ぬか、それともモンスターに殺られてしまうかのどちらかだろう。
その点、何度もダンジョンに潜っている舞香さん達に付いて行けば迷う事はないだろう。
…そう思いたい。
「分かってるわね!ダンジョン攻略が目的じゃなく…」
「レベルを上げる事だろう、分かってるって」
「それと借金返済だよ」
「そうそう、だから今日もモンスターを狩りまくろう!
ハルトくんも、ちゃんと付いてきてね」
「はい」
「チェ!甘いんだよ」
「伸ちゃん、何か言った?」
「べ〜つに」
やはり僕は嫌われているようだ。
舞香さんと仲良くしているからか?
この所為で、新しく入ったメンバーは辞めていくのではないかと思い始めていた。
分かれ道は右へ行くか?左に行くか?
舞香さんは突き当りを左へ曲がった。すると直ぐに舞香さんが、
「亮ちゃん!」
「おう!」
亮二さんが直ぐに前へと飛び出した。
大きな体格なのに、意外と俊敏に動いていた。
だが、僕には暗闇の中、何が起こっているのか分からなかった。
時折、聞こえてくる激しい音。
『ドン』
『カ〜ン』
「伸ちゃん、そっち!」
「分かってるって!」
『ゴン』
『カッ、カッ、カッカッ』
何が走っているような音、音的にそんな大きなモンスターではない。
小さなモンスターが小走りに走っているような足音だ。
「ハルトくん、私も参戦するから、ここでちょっと待っていて」
そう言うと僕の手から舞香さんの手が消えた。
その瞬間、なんて心細いんだろう。
何も見えない暗闇の中、1人取り残された気分。
こんな事なら早く暗視スキルを買ってレベルを上げておけば良かったと後悔してしまう。
ただでさえ怖い暗闇なのに、何処から来るか分からないモンスター、そして僕の苦手な幽霊が出そうで怖かった。
いつまで続くのだろうか?
長い。こちらにモンスターは来ないと思うけど、真っ暗の中、気が気ではなかった。
そして、暫く経つと音が止まった。
自分の感覚では長く感じたが、実際は短い時間だったのかも知れない。
「よし、ネズミ狩り、終わり」
「えっ、ネズミ?」
ネズミと聞いてイメージしたのは、あのすばしっこい10〜20センチのネズミをどうやって倒したのか不思議だった。
ネズミだと倒すと言うより罠にかける方が早いだろうと思ってしまう。
「ああ、ハルトくん、ネズミと聞いて馬鹿にしたわね」
「い、いえ、そんな事はないですよ」
顔に出ていたのか?僕から見えなくても舞香さん達から見れば普通に表情が見える事を忘れていた。
「ここのネズミは大きいんだからね。
身体だけでも50センチは有るんだから」
「そ、そんなに大きいんですか?」
そんな大きさ、もうネズミと呼べないのではと思ってしまうが、モンスター化した動物はどう変化するか分からない。
ネズミがモンスター化して大きくなったとしても不思議ではなかった。
「魔石は小さいけど、肉は食べられるから高くで売れるんだよね」
「ネズミを食べるんですか?」
「ネズミだって大事な食料なんだよ。だから大事に持っていてね」
「えっ」
ネズミが食料と言う事にも驚いたが、舞香さんが僕のリュックにネズミを括り付けていた。
僕が返事をする前に巨大ネズミを舞香さんから渡されてしまった。
まあ、断る事は出来ないけど。
確かに戦闘はまだ出来ないから、僕が荷物係になっている訳だが、血抜きをしないと肉が不味くなると言う事で、リュクに括り付けた巨大ネズミは、今だに血が滴り落ちている。
これじゃ、血に釣られたモンスターに僕が狙われるのではないかと内心ヒヤヒヤしてしまう。
モンスターが来たら舞香さん達が助けてくれると思いたいが、この暗闇の中、何処からモンスターが来るのかも分からない。
今まで、これほど恐怖した事は今まであっただろうか?
なにせ、自分の命がかかっているんだから…。
今、また舞香さんが手を引いて引率してくれている。
この手が僕にとってどれだけ頼りがいがあるか。
周りの冷たい視線は否めないが、せめてダンジョン内、もしくは暗視スキルが上がり周りが見えるようになるまでは、このままにして欲しいと願った。
それから何度かネズミとの戦闘があった。
その分、僕のリュックにはネズミが吊り下げられ、今は5匹のネズミが血抜き中。
段々と背中のリュックが重さを増していた。
ここの初心者ダンジョンの1階ではネズミが1匹ずつしか出現せずに、難なく戦闘をこなしているようだ。
たまに複数で襲ってくる場合もあるそうで、油断せず警戒しながら進んでいる。
「慣れたものですね」
「そんな事ないよ。まだ1階部分だし、ネズミも1匹ずつしか出てきてないし」
「複数出てきたら勝てないのですか?」
「ん〜〜、そうだね。1匹なら、その1匹全員で集中出来るから怪我することなく倒す事が出来るけど、2匹になると亮ちゃんが1匹を抑えている間に、私と伸ちゃんが1匹を倒す事になってるんだけど、どうしてもどちらかが抑えきれず2匹に襲いかかられて、誰かが怪我をしてしまう。
3匹になると1人が1匹を相手にしなくてはならなくなるから、皆、大怪我してしまうから逃げるしかないわね。
だから、最低でも6人のパーティが組めれば、初心者ダンジョンなんて攻略出来ると思うんだけど」
どうせ、僕はまだ周りも見えないし戦えないから戦力外ですよ。
でも、絶対強くなって見せますから、見捨てないでくださいね。と心の中で誓った。
「さっきの待合室で待っていた人達を誘えばよかったのでは?」
「ダメダメ、クランにも入っていない野良なんて、何か問題があるとしか言えないわ。
それに報酬の問題とか出てくるし、うちは今の状態を維持しているので精一杯だから」
そうだった。
このクランは借金まみれで金銭的に余裕がなかった。
…あれ?
それじゃ、僕の働いた分はキチンと給料出るのだろうか?
不安が過ぎった。
だが、そんな事を考えている暇はなかった。
噂をすれば影がさすとは良く言ったもので、それは直ぐに現実となった。
僕達のパーティは突然2匹のネズミに襲われた。
「2匹なら何とかなるわ。
いつも通り亮ちゃん、1匹任せたわよ」
「おう!」
「伸ちゃんと私で残りの1匹を早く仕留めて、亮ちゃんの支援にまわるわよ」
「了解」
僕はただ見ているだけ…、と言うか見えないので、黙ってその場に立ち尽くしたまま、戦闘が終わるのを待っていった。
『ガチャン』『タッタッタッタッ』『ガキン』
「そっち行ったわよ!」
「分かってる!」
「早くしないと亮ちゃんが抑えきれないわ!」
「分かってるって!」
僕には音と声しか聞こえない。
何が起きているのか?
僕も手伝う事が出来れば…。
まだ戦えない自分が悔しかった。
そしてそんな僕に忍び寄る影が近づいてる事に気付いていなかった。
「危ない!!」
舞香さんが突然叫んだ。
何が危ないのか、僕には分からなかった。
そして誰かが走って近付いて来る音が聞こえてくる。
『タタタッ、タタタッ』
「ハルトくんーーーー!」
と、舞香さんが叫びながら走って来て、いきなり僕を突き飛ばした。
一瞬、何が起きたのか全く分からなかった。
僕は押された衝撃で飛ばされ転び尻もちをついた。
「イタタタタタッ、いきなり何ですか?」
見えない僕は周りの状況が全く把握出来ていなかった。
『ドスッ』「ウッ!」
近くで鈍い音が聞こえ、舞香さんの微かな声が聞こえたような気がした。
「「姫ーーーー!」」
亮二さんと伸一さんの叫び声が聞こえ、こちらへ走って来る音が聞こえていた。
「姫、大丈夫か?」
「姫!?」
二人の慌てぶりから、とんでもない事が起きたと予測した。
僕は頭をフル回転させた。
舞香さんは危ないと言って、僕を突き飛ばした。
何が危ないのか?
僕に危険が及んだから…、モンスターが僕を狙っていたのか?
それを庇おうとして、舞香さんが…、それはあくまで予想だ。
現実を聞くのは恐いが…。
「もしかして、僕を庇おうと舞香さんが…」
「ああ、その通りだよ!
だから、お荷物だと言ったんだよ!」
「それで舞香さんは?」
「ネズミに体当たりされて、気を失っているだけだ。」
「伸ちゃん、戦闘はもう不可能だよ」
「そうだな、モンスター除けを撒くんだ!」
「分かった」
そう言うと亮二さんが、僕のリュックの中を探していた。
そして何かを取り出し、周りに撒いていた。
『臭っ!?』
何の臭いだ?
鼻が曲がる。
だが、モンスター達も、この臭いが嫌なのか『チュウ、チュウ』と言いながら遠ざかって行った。
戦闘は何とか終わった。
舞香さんに謝らなければ…。
「ごめんなさい。僕が…」
と言いかけて、伸一さんが話しを遮った。
「いいや、許さねぇ!だから言ったんだよ!甘い、甘すぎるんだよ!
自分の身は自分で守れない奴が、いきなりダンジョンに入るなんて所詮、無理だったんだよ!」
「ごめんなさい、次は1人で戦いますから」
「次はねぇ!」
「えっ!」
「言っただろう!
姫は俺達の大事な人だと。それを傷付けられて黙っておけるか!
今すぐ消えろ!」
「えっ」
「今すぐ、俺達の前から消えろと言ってるんだ!」
「でも、ここから帰れないし」
「そんな事が知るか!
帰れなければ、モンスターに殺られて死ぬだけだ。もう二度と顔を見せるな!見せたら俺が殺す!
亮二、姫を抱えてくれ。撤収する」
「分かったよ、伸ちゃん」
亮二さんと伸一さんが遠ざかる音だけが聞こえていた。
暗闇の中、僕は何も出来ずにただ立ち尽くしていた。