初心者ダンジョン 2
陽翔と漢字では読みにくいのでカナのハルトに変えました。
建物の中に入ると、いきなり目の前に屯する20人程の迷彩柄の服の男達に驚いてしまう。
一瞬、戸惑ってしまうが、舞香さんが優しい声をかけてくれる。
「大丈夫よ、ハルトくん。
ここを守っている自衛隊だから」
「ここを守る?」
「そう、モンスター達がダンジョンから溢れ出して街に行かないように監視しているの。
私達よりも強いから手を出さないようにね」
「僕から絶対に手は出しませんよ」
性格上、自分から手を出した事は一度もない。
それで冒険者になれるのかと言われると、困ってしまうけど、自分が弱いと知っているからこそ強くなりたいと願っている。
そう、僕をの願いは1つ、誰にも負けない強い冒険者になってやる事である。
その動機は幾つもあるが、今までモテたことの無い僕がモテたいと思ったり、上級冒険者になって使い切れないほどのお金持ちになりたい。
豪華な屋敷に庭園、美人の女性ばかりを集めてハーレムも作りたい。
だから、それまでは途中で潰されたり殺されたりしないように、今まで通り当たり障りのない生活を送り、少しずつ強くなろうと思う。
例え、相手の見た目が弱そうに見えても、僕みたいな駆け出しの冒険者が勝てるほど甘くないだろう。
油断すると足元を掬われるとも言うし。
見た目で判断せず、強くなるまでは絡まれないように注意しないと…。
自衛隊だからと言って直立不動の構えで動かず守っている訳では無かった。
モンスターが溢れる事はないと思っているのか、それともモンスターが溢れ出したとしても、対処出来る余裕が有るのか分からないが、皆、自由気ままな行動を執っている。
タバコを吸いながら喋っていたり、カードゲームや将棋や囲碁、PC携帯で音楽を聴いたり、ゲームをしたり、人それぞれだった。
「まずは受付に行くわよ」
舞香さんの声に、僕は自衛隊が強いと言うことなので、絡まれないように皆の後ろを隠れて付いて行くことにした。
それにしても、荷物が重い。
一体、何が入って入るんだろう。
今直ぐにでも投げ捨てて、楽になりたいという気持ちもあったが、僕はまだまだ下っ端だし、この荷物を捨てたら次は間違いなく伸一さんに殺されると思い踏み止まっていた。
荷物を捨てない理由、それが1番大きな要因だったが、もう1つ理由があった。それは力の差を感じたからでもあった。
伸一さんは、この重い荷物を軽々と持ち上げていた。
伸一さんも多分まだまだ下級冒険者だろうと僕は予測していた。
だってこれから入るダンジョンは初心者クラス。
僕の為に今日は初心者クラスのダンジョンに行くという訳ではなく、普段からこのダンジョンに通っている様子が見受けられるからだ。
何年、この初心者ダンジョンに通っているか?、レベルは?どのくらいかは分からないが、初心者冒険者でも、この荷物くらい軽々持てるようにならなければ、生きてダンジョンから帰ってくる事は難しいだろうと考えた。
それもこれも今まで、部活もせず運動しなかった僕が悪いのだけど、これから鍛える上でも、ただの荷物運びでも十分鍛えられる、そう思って頑張っていた。
すると一人の自衛隊の人が近づいてくる。
僕は絡まれると思い、ついつい体格の良い亮二さんの影に隠れ、近づいて来る自衛隊の人から見えないように移動した。
「よう、伸一」
「おはよっす、梶原さん」
「約束の物は持ってきたか?」
「それは勿論です」
なんだ、伸一さんの知り合いかとちょっと安心した。
だが、自衛隊の人も顔が恐い。
二人が話をしている姿を見ると何だか、違法な取引をしているように思える。
そして突如、呼び出しが来た。
「ハルト!」
「はいっ!」
「ちょっとコッチに来い」
何だろう?
恐い二人の顔が不気味に思えてくる。
もしかして僕は二人にしめられるのか!?
何か気に触る事したか?
いろんな事が頭を巡る。
「早く来んかい!」
行きたくはないが行かなければ半殺しの目に合うだろうし、何かあった時は助けてくださいね、舞香さん。
そういう目を舞香さんに一度向けてから伸一さんの所に向かった。
「遅いんじゃ!ボケ」
「すいません、すいません、すいません」
伸一さんは普段は標準語を使っているが、怒り出すと、どうやら方言が出てしまうようで、そうなったらヤバいと感じ取っていた。
「荷物降ろせや」
「はい」
僕は言われた通りにするしかなかった。
伸一さんは降ろした荷物の中をゴソゴソとかき混ぜ、何かを探していた。
「有った、有った」
そこから出てきたのは円盤状の物体、真ん中に穴が空いてあり、50KGと打刻されていた。
もしかして、これは、ダンベル用のプレートか!?
そして、そのプレートを自衛隊の人に渡していた。
「お、ありがとうな、重さが物足りなくなってきてな、助かったよ」
「いつでも言ってください、梶原さんの為ならなんでもしますんで」
「おう、また頼むぞ。
だから死なないように今日も無事に帰ってくるんだぞ」
「分かってますよ、俺だってまだ死にたくはないですから、それじゃ。
行くぞ!ハルト」
僕は急いで荷物を背中に背負う。
あれ?何だか荷物が軽い。
あっ、クソ。荷物が重かったのは、あのダンベルの重りの所為か。
変な物まで持たせやがって、伸一さんの後ろ姿を見ながら、文句の1つも言いたい所だが言える立場じゃない。
言ったら言ったでどんな目にあわされるか…、考えたくもなかった。
ただ何も言わず付いて行くしかなかった。
部屋の奥には扉とその左脇に受付カウンターが設けられていた。
ギルドの制服と同じ服を着た女性が二人並んで座っていた。
ここもギルド管轄という事か。
「ハルトくん、ここで冒険者ランクを確認するからね。」
「冒険者ランク?」
「そう、ダンジョンに入るには、それに見合ったランクが必要なの、それはいきなり自分の勝てないモンスターを倒そうとダンジョンに潜り、逆に返り討ちにあって死なないように、ダンジョンにもランクを設けられているわ。
ここは初心者用のダンジョンだから冒険者なら誰でも入れるから、受付で確認するだけではいれるはずよ」
皆、受付のバーコードスキャナにPC携帯を読み込ませていた。
「はい、どうぞ」
「はい、次の方」
「はい、いってらっしゃい」
決められた流れ作業のように業務をこなしていくギルド員。
いよいよ僕の番、初めての事で緊張してしまうが、ここまで来て止められることはないだろうと思いながらも内心はドキドキしていた。
『ピッ』
「はい、どうぞ」
問題なく通されてしまったが、もう少し愛想よくしても良いんじゃないのかと思ってしまう。
折角、顔は可愛いのに愛想笑いでもないと台無しだ。
まあ、初めて会ったばかりだし、何度も合う度に顔と名前を覚えられて、愛想よく話が出来ればと思う。
「帰りもちゃんと受付で確認させるのよ。
それでギルドもキチンと帰って来たかを確認しているから」
「分かりました」
確認出来ない者は、死んだと判断されると言うことか、それとも捜索隊を出してくれるのか、皆に付いていけば、そんな事にならないと信じているが、もしもということがあるから怖い。
受付を通り奥の扉が開き中に入ると円形の狭い部屋。
大人が20人が入れる程度の部屋だが、何の部屋だろうか?
舞香さんが、おもむろに壁にあるボタンを押した。
すると扉が閉まり身体がす〜っと落ちる感覚がする。
部屋が下に降りている?
エレベーターか。
そしてエレベーターが止まり扉が開くと目の前は広い部屋。
そこには何組もの冒険者が身支度をしていた。
上に冒険者達の姿が見えなかったのは下に集まっていたからか。
ここは冒険に行く前の待合室といった所か
待合室の先にある暗く不気味なトンネル。
もう目の前はダンジョンで、横幅10メートル、高さも10メートルの半円タイプ。
待合室とトンネルの間には、いつでも閉められるように上から降りてくるシャッターのような物が準備されていた。
緊急時、モンスターの大群が地上に出ようと溢れた場合に使う物のようだが、厚さは1メートルもあり、シャッターというよりかは防災壁と言った方が正しいか。
初心者用のダンジョンでモンスターもあまり強くないだろうけど、そのくらいの厚さがないとモンスターを止める事は出来ないと言う事だろう。
今は開いたままになっているが、もしこのシャッターが動かなくても、地上との行き来はエレベーターしかないし、地上に出れば自衛隊が守ってくれている。
モンスターが地上に出る事は無いんじゃないかと思う。
あとは下に残された冒険者達が、如何に逃げられるか…、助けてくれるのか、切り捨てられるのか、それが問題だと思う。
「普通なら、ここで待ち合わせをしたり、身支度をしたり、足りないパーティメンバーを集めたりするけど、今の私達には必要無いから、そのまま行くわよ」
「はい」
返事はしたものの、目の前の不気味なダンジョンに少し怖じ気付いていた。
この待合室までは、電気がついていて明るくなっていたが、待合室から一歩ダンジョンに足を踏み入れると、そこは電気すら点灯していない暗闇の中、魔法か電灯をつけるのかと思ったら、舞香さん達はそのままダンジョンに突入していく。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ん、どうしたの?ハルトくん」
「明かりはつけないんですか?」
「何言ってんだ!お前はバカか」
「すいません、すいません、すいません」
「伸ちゃん、初めてのダンジョンだから、そんなにキツく言う事ないでしょう」
「だってよ〜」
「だってじゃない!、もうハルトくんが恐がっているでしょう。
暗示スキルは持っている?」
「いえ、持ってません。
ダンジョンだから、火を付けるとか電灯、もしくはライトの呪文で明るくするのかと思いました」
「アホか、冒険者がそんな事するか!
考えて物言え!」
「伸ちゃん!」
「はいはい、分かりましたよ」
「ごめんね、ハルトくん。
ダンジョンに入る前に教えてあげたら良かったわね。
通常ダンジョン内では光や音を出すことは控えているの。
だってモンスターに自分の位置を教えているようなものだから、勿論、自分より弱いモンスターだけなら、光や音を出しても倒せるから、わざと光で照らしている人もいるわ。
その方が明るいから周りも良く見えるし、何より暗闇という恐怖から解消されるけど、私達にはまだそんな力はないの。
一対一なら何とかなるけど集団で来られると逃げるしかないのが現状。
だからクランという組織、大人数でダンジョンに向かえば、絶対クリア出来るはずなの。
この大きさのダンジョンなら、せめて6人居ればダンジョンをクリア出来るはず。
その為にも知名度を上げて、クランのメンバーを集めないといけないけど、今は全く集まらないで先へ進めないのが現状。
だから、速く成長して一緒に戦って欲しいの、期待しているわよ。ハルトくん」
そんな事言われると頑張るしかないだろう。
と言っても今の僕には何が出来るかが分からない。
一歩ずつ進むしかなかった。
「まず、どうすればいいんですか?」
「そうね、まず暗示スキルはダンジョンに入る為には絶対必要だから買うことは出来るかな?」
「はい、なんとか買えると思います」
暗示スキル、販売価格5万円。
今の僕には結構厳しい金額だ。
残り少ない貯金で、どうやって暮らすか?
このクランに入る事が出来れば、食事や住む所に困る事はないけれど、借金だらけのクランなんてどうかと思う。
これでは僕も武器を買ったり、スキルを買ったりしていたら、借金だらけになってしまうのではと考えてしまう。
だけどこれからずっとダンジョンに入るなら必要なスキルだろうだから、これは買うしかないだろう。
先行投資という事で、僕はPC携帯を操作し暗示スキルを買ってしまった。
「はい、買いました」
「そう、それじゃどう?ダンジョンは明るくなった?」
暗示スキルを発動させてみたが、ダンジョン内が少し明るくなったかなと思えるくらいしか変化がなかった。
「あまり変わらないような」
「う~ん、多分まだ手に入れたばかりなら暗示スキルのレベルは1のままだから、あまり変わらないのかも…。
仕方ない、今回は舞香お姉さんが手を繋いであげる。
さあ、行くわよ!」
「ちょっ…」
僕はいきなり舞香さんに手を繋がれ、そして引っ張っられ驚いてしまう。
女性に手を繋がれたのは、いつ以来だろうか?
全く記憶になかった。
女性の手がこんなに小さく柔らかいなんて…、多分、僕は顔が真っ赤になっていると思う。
暗くて自分では分からないが、舞香さん達には僕の顔が見えていたのかも知れない。
その一方で隣で伸一さんが舞香さんに文句を言っていた。
「何でコイツの手を繋ぎながら行っているんだよ!
ほっとけばいいだろう。
そんなんじゃ、戦闘にも邪魔だし置いてくれば良かったじゃないか」
「それじゃ早く冒険者として育たないでしょ!
舞香ちゃんは早く育てて、クランを大きくしたいの!
分かる?」
「それは分かるけど、手を繋ぐ事はないだろう。
紐で引っ張れば良いだろう」
「伸ちゃん…」
二人で僕の事を言い争っていたが、唯一の救いは伸一さんの顔が暗くて見えない事だった。
きっと見えていたら鬼の形相で僕を睨み付けているだろうと想像がつく。
そして僕の後ろからも嫌な雰囲気が漂っていた。
何も言わないが、後ろから来ていたのは亮二さんだった。