初ダンジョンへ
「武田さん、起きてください。
武田さん!」
「う〜〜〜ん」
何度目だろうか?
また誰かに起こされているようだが、まだ眠いんだ。
半分寝惚けているが聞き覚えのある声、多分、家政婦さんだろう。
起こしてくれるのは有り難いが、もう少し、もうちょっとだけ眠っていたい。
結局、昨日はお酒も飲めないのに付き合わされ、深夜も過ぎ解放されたのが朝方だった。
ついさっきベッドで眠ったようだが、いったい何時間眠る事が出来たのだろうか?
完全に寝不足の状態、正直、今日は1日ゆっくりと眠っていたかった。
「水無月さん、今日からダンジョンに行かれるのでしょう」
『ハッ』と目が覚めた。
そうだ、今日からクランメンバーでダンジョンに向かうんだった。
僕はベッドから飛び起きた。
「朝食の準備が整っていますから、着替えてからいらして下さいね」
そう言って家政婦は部屋を出て行った。
カーテンを開けると外はまだ暗闇、時間を確認すると午前5時だった。
早くね〜!、寝たのが3時を回っていたから、1時間くらいしか寝てねぇ。
冒険初日から最悪、寝不足で憂鬱だった。
だが、早くしないと遅く集合するのは新人としてどう思われるだろうか?
それにまた伸一さんに、何言われるか分からないし、兎に角、急ごう。
僕は慌てて着替えを済ませリビングへ向かった。
そこには既に3人の姿があった。
やはりベテランの冒険者は違う。
昨日は僕が抜ける時、まだお酒を飲んでいたようだが、どんな状況でも準備万端のようだ。
遅れた事を挽回する為にも、ここは元気良く挨拶しなければ。
「おはようございます。
すいません!遅れました」
「うるせー!」
いきなり伸一さんが怒鳴った。
「すいません、すいません、すいません」
僕は朝の挨拶だから大きな声で張り切って声を出したのに訳も分からず怒られてしまった。
「おはよ、翔人くんも伸ちゃんも五月蝿いよ。
もっと静かにして」
「すまん、姫」
「すいません」
「大きな声は頭に響くんだから、も〜う頭が痛い」
そう言って前のテーブルにうつ伏せになる舞香さん。
そして物静かな亮二さんは、何も言わずに椅子に座り腕を組みドッシリと構えている。
流石だがなと思ったが、暫く見ていても身動きしない。
どうやら眠っているようだ。
「さあ、朝食が出来ましたよ」
そう言って家政婦が食事を運んでくる。そしてそれぞれの前のテーブルに食事を並べて置いていく。
今日の献立は御飯、味噌汁、卵に納豆というシンプルな食事。
「舞香さん、挨拶をお願いしますね」
「しなくてはダメ?」
「団長の仕事だろう」
「頭痛いし、あんまり喋りたく無いんだけど…、はぁ〜、では、頂きます」
「「「頂きます」」」
とても眠いが、これから初めてのダンジョンに向かうと思ったら、ワクワクして眠気が吹っ飛んでいた。
卵はやはり卵かけ御飯かなぁと思いながらも周りを見てみると、
『えええええええっ』
亮二さんは、御飯の丼ぶりに卵と納豆を全てぶち込み、醤油をかけて豪快に食べている。
伸二さんは、卵をコップの中に割り、卵を生のまま飲んでいる。
舞香さんは…、箸を持ったまま止まっている。
頭が前後にコックリコックリしているので、眠っているのだろう。
皆、それぞれの食べ方をしている。
やはり卵といえばシンプルに卵かけ御飯だろう。
僕はそう思う。
一人、卵かけ御飯を食べながら、自分なりに満足していた。
泊まる場所も食事にもありつけて、ただ問題なのは伸一さんだけだった。
この人がいなければ、僕は直ぐにでも入団していただろう。
「何見てんだ!」
「いえ、別に…」
ほら来た。ちょっと目が合っただけで怒鳴ってくる。
僕の何が行けないのだろうか?
ただ単に気が合わないだけなのか。
「舞香さん、ちゃんとお食事食べないと1日持ちませんよ」
「ん〜〜、だって飲み過ぎて頭痛いし、朝までずっと飲んでたから寝不足で、具合悪いし、も〜〜う、動きたくない。
今日のダンジョンは中止にしない?」
えっ、昨日から楽しみにしていたのに中止だって!?
大体、皆、飲み過ぎなんだよ。
冒険者なら冒険者らしくダンジョンに行くの為にも、明日に疲れや体調不良を残してはいけないと思う。
まして二日酔いなんて…。
「おい、姫、休んでいられるわけ無いだろう。
毎日、ダンジョンで稼がないと」
おっ、伸一さんにしては、珍しくいい事を言う。
折角、楽しみにしていたのに、中止になんかにさせないから、とは言っても僕にそんな権限はないので、中止にならない事を祈るだけだ。
「分かっているわよ!
3人だけじゃ、毎日ダンジョンに潜って魔石を稼がないと借金を返せない事くらい言われなくても分かってるわよ、もう」
借金!?
こんな豪邸に住んでいるのだから、裕福な金持ちだと思っていたが、まさかこの家も建てたか、借りてるか分からないが借金なのか。
いくらくらい借金があるのだろうか。
働いても働いても僕の手元にお金が来ないという事はないと思うが、クランの経営は成り立っているのだろうか?
先に借金してダンジョンに潜って稼げば良いと、取らぬ狸の皮算用なのか。
お金も無いのに、こんな豪邸なんていらないし、ましてや家政婦雇うくらいならクランの資金を貯めるべきではないかと思う。
「それじゃ、6時出発だから、皆、遅れないようにね」
二日酔いの為なのか、舞香さんは少し不機嫌になっていた。
そしてそのまま朝食もあまり手を付けずに部屋を出て行ってしまった。
「飯食うのが遅い!!」
「ヒィィィィィィ、すいません、すいません、すいません」
また伸一さんに怒鳴られた。
いつの間にか伸一さんも亮二さんも朝食を食べ終わっていた。
いつの間に…。
「急いで食べなくても良いから、6時出発には遅れないようにね」
「はい」
伸一さんと違って亮二さんは、優しい声をかけてくれた。
「チェッ、ご馳走さん」
そう言って伸一さんは、部屋を出て行った。
「じゃあ、僕も準備があるから先に行くね」
そう言って亮二さんも部屋から出て行った。
「水無月さん、食事はゆっくり食べて良いですからね」
「ありがとうございます」
家政婦のおばちゃんも良い人だ。
伸一さん居なければ、このクランでも上手くやっていけると思うけど、借金か…。
僕は朝食済ませ、ダンジョンに向かう準備に取り掛かった。
と言っても持ち物はサバイバルナイフと胸当て、そしてPC携帯のみだった。
今度は遅れないように早目に玄関でスタンバイして待っていた。
「あら、早いわね」
「はい、ダンジョンが楽しみで楽しみで仕方有りません」
「ダンジョンなんて、そんなに楽しい場所じゃ無いんだけどな」
最初に来たのは舞香さん。
全身タイツのような格好、身体の線がくっきり浮び上がり見る場所を戸惑ってしまう。
舞香さんはそのまま玄関横の倉庫へと入って行った。
僕は見えなくなるまで、見つめていたら不意に後ろから囁かれた。
「何見てんだ、このエロガキ!」
「ヒィィィィィィ」
ゾワゾワとして振り返ると、やはりそこには伸一さんがいた。
「このガキ、姫をエロそうな顔で見つめやがって」
「いえ、そんなつもりは…」
否定はしたけど、舞香さんがあんな格好でいる方が悪いんだ。
そりゃ男だったら誰だって見つめるだろう。
「何してんの、ほら早く準備しないと出遅れるよ」
仲介してくれたのは亮二さん、いつもありがとう。
もし亮二さんが居なければ、僕は殴られているか蹴られているか、最悪、殺されそうになっているかも知れない。
「クソが…」
伸一さんが睨んでくる。怖いよ。
伸一さんは亮二さんに押されながら、舞香さんが入った倉庫へと入って行った。
もう初日から駄目かも知れない。
多分、この調子でやって行く自身がない。
暫くすると3人が倉庫から出てきた。
「ほら、お前の荷物だ!」
「えっ?」
「お前、何も持ってないから身軽だろう。
それに新人は荷物係と決まってるんだ。
これを背負って付いて来い」
伸一さんに渡されたのはリュック、と言ってもかなり大きい。
登山用のリュク以上に大きい気がする。
中身はダンジョンで帰れなかった場合の携帯保存食が3日分、テントなどキャンプ道具一式、予備の武器、傷薬などを詰め込み重さが約50キロあるらしい。
まず僕が背負いきれるか、伸一さんは片手で、ひょいと持ってきたが僕には片手テント持てるはずもなく、これは冒険者としての力の差だろうか。
「このくらいも持てねぇ〜のかよ」
そう言われると腹立たしくなり、こんちくしょうとリュックを背負い立ち上がった。
「やれば出来るじゃねぇか、さては持てないからと言って誰かに持たせようとしやがったな」
「そんな事ありません」
「そうか、フン」
段々、腹立たしくなってきた。
大体、お前も何も持ってないじゃないか。
舞香さんは団長だし女性だから荷物を持たせる訳にもいかないけど、伸一さん、貴方は手ぶらだから持てますよね。
亮二さんだって重装備だから、重そうな大きな盾を持ち、刃の太さは大きいがダンジョンの中で振り回す為か、長さが少し短くなっている。
それを腰に付け、装備も、頑丈そうで重いだろう。
伸一さん、貴方は冒険者で鍛えられているからこの荷物片手で持てるんだから持ってくれても良いんじゃないですか。
僕はまだこのクランに入ると決めた訳でもなく、お試し期間中なんですよ。
だから、ほら、お前が持て!とは恐くて言えなかった。
「何か言ったか!?」
「い、いえ、何も言ってませんよ」
「そうかよ!」
人の心の中を読むスキルとかあるのだろうか?
たまたまだと思うけど、もしかして顔に出ているとか…、気を付けなければ。
「さあ、今日も元気に出発するよ」
朝食の時と違い舞香さんは元気を取り戻したようで、元気良く歩き出した。
「ちょっと待ってください、まさか歩きでダンジョンまで向かうんですか?」
この荷物を抱えたまま、長く歩く事は出来ないだろう。
まず荷物を降ろしたら最後、もう抱えるのは無理だ。
「大丈夫よ、直ぐそこだから」
「直ぐってどのくらいですか?」
「そうね、普通に歩いて10分くらいかしら」
「そのくらいなら、何とか頑張ります」
本当に10分の距離に有るのだろうか?
そのくらいの距離ならば、ここからでも見えても良いはずなんだけど、全然見えない。
普通はモンスターがダンジョンから出て行かないように、巨大な塀で囲まれているはずだけど、そんな建物など周りには無かった。
舞香さんが嘘をついている?
いや、そんな風には見えない。
僕の事を思って10分といえば距離が短く感じるから、頑張れるだろうと思って言ってくれたのか。
兎に角、付いて行くしかなかった。
10分後ーー
「着いたわよ」
「えっ、まさかここ?」
目の前には普通の何処にでもあるような円形の1階建ての建物で、見た目から博物館とか小さなコンサートホール会場に見える。
本当にここなんだろうか?