クランへの道
「ちゃんと冒険者に成れたんだね」
向かい側で行われていた冒険者登録を見ていたのか、クラン紹介所のおばちゃんが、僕が近づいて来るのを見て、愛想笑いをしながら話しかけてきた。
「はい、無事に冒険者になる事が出来ました。
ですから...」
「はい、はい、分かってますよ。
PC携帯を翳して下さい」
僕は読み取り機にPC携帯を翳した。
『ピッ』
「はい、ありがとうございます。
それではクラン紹介にあたって何かご希望する事などは有りますか?」
「そうですね...、まずは僕みたいな初心者でも入れるクランで...、少人数が良いですね。
引きこもりがちだったので、コミュニケーションとる自信がないので。
あと出来ればレベルがあまり変わらない人が多くいる所が良いですね。
足手まといには、なりたくないので。
それから出来ればクランに宿泊施設が有る所が良いですね。
家賃や光熱費などバカになりませんから。
あ、あとお試し期間なんかが有る所が良いですね。
自分に合わなかったら、直ぐ脱退出来るし。
う~んと、あとは...」
「ちょっ、ちょっと待ってください。
あまり多く条件を付けると、条件に当てはまるクランが無くなってしまいますよ」
「あ、そうなんですか。
それじゃ、取り敢えずそれだけにしようかな」
「宿泊施設なら、このギルド会館にも有りますが如何ですか?
冒険者になったばかりの方の優遇措置ですが、素泊まりで1日1000円で泊まる事が出来ます。
冒険者登録1年を越えた冒険者は1日3000円になります。
こちらをご利用されては?」
1年間は1日1000円か...、大阪という大都市では確かに安いが1カ月間、住むとしたら3万円、それに食事代か...。
国から支給されるのは1ヶ月10万円、今、手元にあるのは今まで貯めていたお金30万円、それを切り崩して使わないといけない。
最初からモンスターを倒して、お金を稼げるとは思ってないので、なるべく無駄遣いはしたくない。
国から月に10万円支給有るから、ギルド会館に泊まれば寝る場所の心配は無くなるし、あとは食事の心配だけすれば良いから、何とか遣り繰り出来そうな気がする。
でも必要な道具、武器や防具を買っていったら、お金なんて直ぐ飛んでいってしまうだろうし、武器や防具の手入れにもお金がかかるだろう。
出来れば削れる所は削りたい。
クランに無料宿泊施設がなかったら、ギルド会館を使うという事で良いか...。
「とりあえず、さっき上げた条件でクランって有りますか?」
「分かりました。
お調べしますので、お掛けになってお待ち下さい」
僕は暫く廊下の真ん中に置いてある椅子に座り、クランを探してもらう間、待つことになった。
少しずつだが、エレベーターから降りてくる人の数が増えてきていた。
人の多い所は苦手だから、混み合う前に用事を済ませ、とっとと逃げ出したかった。
「武田さん」
「あ、は~い」
返事をしながら心の中では『早っ』と思っていた。
調べると言ってから、1分も経っていないのではないか?
そんなに早いなら、その場で待っていても良かったのではと言いたくなるが、おばちゃんに呼ばれたので椅子から立ち上がり受付に向かった。
「先程言われた条件に合ったクランを検索した所、5件見つかりました。
どのクランも人数は5名以下、まだ出来たばかりのクランなので冒険者達のレベルは10以下、クランの本拠地が一軒家だからメンバーは一緒に暮らしているみたいね。
どのクランも初心者からベテランまで来る者拒まず、お試し期間も1週間有りますよ。
どれに致しますか?」
クランの詳細の書かれた用紙を渡された。
あの条件にヒットするクランなんて、あまり無いだろうと思っていたが、意外に5件も見つかるなんて、どれにするか迷ってしまうな。
僕は渡された資料に目を通していく。
どれどれ...、え~っと、
1件目、クラン名 ネガティブ。
はい、『ブッブ~』、クラン名が悪いからパス。
冒険者なんだからマイナス思考は止めて、前向きに行こうよ。
目標に向かって夢見るのが冒険者じゃないのか?
そんな事じゃ冒険なんて出来る訳がない。
せめてネガティブじゃなくてポジティブの方が良かったんじゃないの?
クランは名前で決まるわけではないけど、『クラン、ネガティブ所属...、』自分の自己紹介を思い浮かべると、周りの反応は今の自分と同じ反応だと思う。
僕はクラン名を見た瞬間、内容を確認せずにそのクランの書類をテーブルの上にそっと置いた。
うん、見なかった事にしよう。
2件目、クラン名 四面楚歌。
う~~~~ん、これも微妙~。
周りは敵だらけということか?
確かにダンジョンの中に潜れば、周りはモンスターだらけなので敵だらけにはなるが、ダンジョン以外、街の中でも敵だらけと言いたいのか?
自分達以外すべて敵、それじゃ人間不信になってしまいそうな感じなのでパス。
そっとテーブルの上に書類を重ねる。
3件目 クラン名 オロチ。
名前は強そうで格好いい。
ちょっと引かれてしまうが、空想に夢見る少年という感じがして名前が恥ずかしいかもしれない。
詳細に目を通すとリーダーは同じ年、他のメンバーも同じ年齢だった。
リーダーが中学生か高校生なら、夢見見るだけで終わりそうなのでパスする所だが、リーダーが年上ならリーダーシップをとって頼りになれば考えても良いが...。
他に良いのがあるかも知れないので、取り敢えず保留で。
パスした書類とは反対側に書類を置いた。
4件目 クラン名 シャドウ。
影という事か?
誰にも気付かれず動き、モンスターも気付かれない内に倒してしまうみたいな、そんなイメージを想像してしまう。
話の苦手な僕にとって、誰にも気付かれないのは凄く魅力的だ。
リーダーは24才、メンバーはたったの4人、少なくて最高。
もう、ここで良いんじゃないと思うが、最後の1つも見てみよう。
5件目 クラン名 ネコジャラシ。
可愛い名前だど、僕にとってはあまり魅力を感じなかった。
だって名前から言って、強そうでは無いからだ。
イメージ的に猫好きな人が集まり、ダンジョンにはあまり行かずに猫と戯れる的な、そんなイメージが思い浮かぶ。
早くレベルを上げて一流と呼ばれる冒険者になる為には、のんびりしている暇などない。
となれば、オロチかシャドウの二択か...。
お試し期間があって、直ぐにクランから脱退出来るとしても、このクランに入って良かったと思え、多大なる功績を上げてクランに貢献し、僕の存在がクランにとって無くてはならない存在となり、気付けば古参者となっているようなクランを早く見つけたい。
そういうクランを一発目で引き当てたい。
二者択一、どちらを選ぶか...。
暫く二つの書類を並べて悩んでいると、
「おい、早くしろよ!」
と、後ろから声をかけられた。
後ろを振り返って見ると、そこにはいつの間にか僕の後ろに3人が列になって待っていた。
さっきまで誰も居なかったのに、僕が来るのが早かっただけか?
それとも混む時間帯が有るのか分からなかったが、後ろに並ばれるとのんびりと考える時間などなかった。
「すいません、すいません」
僕は謝りながら、『ままよ』
ここは運任せ、オロチとシャドウの2枚の書類を裏返しシャッフルする。
そしてその内の一枚を選ぶ。
「すいません、これでお願いします」
そのまま受付のおばちゃんに手渡す。
『しまった、選んだのはいいが、どちらを選んだのか見てなかった』
後ろから急かされ慌てていたので、自分で確認していなかった。
選ばなかった方を見ようかと思ったら、
「それじゃ、シャドウだね。
これが紹介状と地図になるから、これから頑張るんだよ」
「あ、ありがとうございます」
僕は書類をもらい、後ろの人へ場所を譲った。
後ろの人は僕が譲っても、僕を睨み付けていた。
そんなに待たせてないだろうと言いたい所だが、気の弱い僕はそんな事言えるはずもなく、ただひたすら謝る。
「すいません、すいません、すいません」
許してくれるかどうか分からなかったが、多分、もう二度と会うことは無いだろうと思い、その場を立ち去った。
クランに向かう前にまずは装備を整えなければならない。
僕はエレベーターに乗り2階にある売買所に立ち寄る事にした。
2階で降りると、まず人の多さに驚く。
1階程ではないが、見た限り100人以上は居そうだ。
上の階と同様にフロア1面が見渡せるようになっており、真ん中に通路が一本通って右側にスキル、左側に装備品を展示していた。
レジはエレベーターから降りて直ぐ左手にあり、紙切れを持った冒険者達が長い列を作っていた。
レジを見ているとどうやら見本を見て、購入する場合はカードを取ってレジに並びカードと引き換えにレジ裏にある倉庫から現物を持って来ている。
スキルの場合はPC携帯に入れるだけなので、読み取り機に翳すだけのようだ。
まあ、スキルの場合、ここで買わなくてもPC携帯で直接買えるのでスキルを買う人はあまり居ないようで、ただスキルの確認をしているようだった。
まずはスキルの方から見てみるか。
案内板には手前から、~10万、~20万、と10万ずつ高くなっている。
一番奥は...、1億円~、一体いくらの値段が付いているのか想像もつかない。
現状では絶対買えない金額。
それだけレアなスキルが有るという事だろう。
まずは安い所から...、~10万を見てみると、殆んどが生活スキルばかりだ。
プチファイヤー、火を付けるのに便利、ライター代わりに。
プチドライ、濡れた物を乾かします、ドライヤー代わりに。
プチウォーター、喉が乾いても大丈夫、直ぐに水が飲めます。
戦闘スキルといえば剣道初段、剣の腕前が上がります。
剣道の段位、そのままなのでは、と突っ込みたくなる。
初段なんてとって本当に剣の腕前が上がるのだろうか?
剣道場に通った方がマシなのではと思ってしまう。
どれもこれも微妙~、戦闘にあまり期待出来ないスキルだ。
それに値段が1つ5万円。
一度、手に入れてしまえば便利なスキルだが、今は手持ちが少ない。
どれもこれも欲しいけど、直ぐに買える値段ではなかった。
お金を貯めて1つずつ買いたしていけば良いか。
1番気になる1番高いスキルを見てみると、ASKの文字が...、要価格相談って事か...。
異空間ボックスや早熟スキル、テレポート等、剣豪や賢者、勇者、それはスキルなのかと言いたくなるけど、確かに有れば便利そうだと思う。
持っている人が少なく貴重だから、レアな商品として売り出されているようだ。
そして不意に壁に貼ってある張り紙に目がいく。
(提示されている金額は、買い取り価格でも有ります)
販売価格と買い取り価格が同じとは、どういう事だろうか?
同じ金額にしてしまうとギルドに入る儲けが無いのではないか?
別に手数料を取られるのだろうか?
後で店員かギルド員に聞いてみることにしよう。
そしてスキルはある程度見たので装備品を見てみる。
武器、防具が無いとモンスターを倒す事など出来るはずもなく、絶対に必要な装備だ。
モンスターを倒せばレアな装備品等もドロップするようだけど、確率的に低い数字で実際は、1000匹に1つくらいの割合で滅多にドロップしないらしい。
それまで無謀にも素手で戦うのか?
僕はそれほどバカではない。
初期装備は必要だと思う。
だが、やはり高い。
武器は安い商品で、刃先の長さ20センチで鉄製のサバイバルナイフ、それでも10万円の値段が付いている。
高いのはネームブランド入りのオリハルコン製刀剣、魔石入りだ。
金額は...、桁を間違えたかと思ったが10億円。
誰が買うのだろうか?と思ってしまう。
防具の安いのは、やはり革製品。
それでもフル装備セットなど買える値段ではなかった。
単品でも売ってあるが帽子、身体、腰当、手、足の部分がそれぞれ5万円、それに追加オプションで肩当てや肘、膝当てなどがあったが、今の手持ちで全部は買うことは出来ない。
散々悩んだ挙げ句、武器がないとモンスターを攻撃する事も自分を守る事も出来ないので、鉄製のサバイバルナイフ10万円と防具、どの部分も必要だけど、まずは胸当て5万円。
1番の致命傷はと考えて頭か心臓かどちらかだと思う。
まあ、他の部分でも深く切られると、出血多量で死んでしまうだろうけど、1番に守らないといけないのは、この2ヵ所のどちらかだろう。
どちらも必要だけど、2つ買うことは出来ない。
頭か胸か...、散々悩んだ挙げ句、頭だけ被っていても格好悪いから胸にした。
お金が貯まったら買い足していくということで...。
レベルが上がるまでは無理をしないようにすれば何とかなるだろうと考えていた。
2つの紙を取りレジへ向かった。
先程まで女性レジには長い行列が出来ていたのに、今はほとんど並んでいなかった。
もうすぐお昼となる頃、冒険者達は早くダンジョンに向かわないと今日の稼ぎが少なくなってしまう。
多分、ほとんどの冒険者達はダンジョンに向かったはずだ。
レジに並んで僕の番がやって来た。
「いらっしゃいませ」
「す、すいません。
こ、これを...」
別に悪い事をしている訳ではないけど、ついドキマギしてしまう。
他人とあまり喋らない所為か?
いや、販売員さんが可愛いからだ。
ギルド員の制服に身を包み、ショートヘアでメガネの似合う可愛いお姉さん。
ちょっと年上くらいか?
めっちゃタイプなメガネっ子。
ずっと見ていたけど、変質者と思われてしまうので目を反らしてしまう。
「お買い求めですね、ありがとうございます。
2点で15万円になります
よろしければ、こちらにPC携帯を翳してもらって良いですか?」
「あ、はい」
返事も少し上擦ってしまった。
「緊張なさってるのですか?」
「あ、いえ、その~、ここ、初めてなので」
「あ、そうなんですね。
これからも御贔屓にお願いしますね。」
僕はPC携帯を翳す。
『ピッ』
「お支払いありがとうございます。
そうですね、何度も通えばその内慣れてくると思いますので、是非また、いらしてください」
そんな事、言わなくても貴女に会いに来ますよ、と言いたいけど僕にそんな事言う勇気が有るはずもなく。
「はい、ありがとうございます」
そのまま去ろうとしたら、
「お客様!」
店員のお姉さんが呼び止めた。
これは恋の始まりなのかと期待したが、
「商品の受け取りがまだ終わっておりませんよ」
あっ、そうだった。
支払いだけ済ませ商品を受け取っていなかった。
店員のお姉さんが奥に行き、商品を持ってきてくれた。
「商品はこちらでお間違えないでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
商品を受け取り、大分緊張が解れたのか?
聞きたいことをすっかり忘れていた。
「そういえば販売価格と買い取り価格が同じなのはどうしてなんですか?
やっぱり手数料とか取られるんでしょうか?」
「いえ、手数料等は頂きません。
何故かと言いますと、発現したスキルをコピーして販売しているからです」
「コピー?
誰かが習得したスキルを複製しているということですか?」
「はい、個人差によってレアなスキルが習得出来たり、または数多く習得出来る人等がいます。
そのスキルを複製させてもらって販売していると言うことです」
「じゃあ、僕もスキルは買わずに発現するかも知れないという事ですね」
「それはなんとも言えません。
個人差なので発現する人もいれば、発現しないかも知れません。
どちらか分からないなら買った方が早い。という見解で。
ギルドはその複製で、冒険者達のスキルの手助けを行ってますので、もし何かレアなスキルが発現した場合はギルドに販売して頂けると助かります。」
「その売ったスキルは、自分はもう使えなくなるのでしょうか?」
「そういう事は有りませんが、ほとんどの方は売ったお金で冒険者稼業を辞めて、優雅に暮らしていますよ」
そうだよな、超レアなスキルが発現すれば1億円はする。
1億円有れば、国からの支給と合わせて直ぐにでも冒険者を辞めても良いかも知れないと思ってしまう。
発現したらの話だけど。
僕は親切に教えてくれた店員のお姉さんにお礼を言って別れた。
心の中でまた会いに来ますと言いながら。