ダンジョンへ
次の日、朝食を終えた僕達はダンジョンに潜る事になっていた。
「さあ、今日からダンジョンに潜るが、身体の調子はどうかな?」
「昨日、ゆっくりと休めたので問題ないです」
「私もすこぶる元気だよ」
遥の場合、元気過ぎて何をやらかすか、そちらの方が心配。
「健康管理も冒険者の心得の1つだから、ちょっとでも身体の調子が悪い時は、自分に言ってくれ。
足手まといとかではなく、ほんの些細な事で身体の感覚がズレ、それが原因でモンスターに殺られる可能性もあるからな」
「分かりました」
「は〜い」
「よし、それでは出発準備に取り掛かってくれ。
そうだな…、30分後にまたこのリビングルームに集合でよろしく」
「はい」
「は〜い」
僕達は一旦、それぞれの部屋に戻り準備にとりかかった。
と言っても僕の装備は無いので、直ぐに準備が終わってしまった。
残りの時間、どうするかな?
部屋に居ても仕方ないし、外を散歩するか?
いや、周りは森に囲まれている。その森の中から突然、モンスターとか出てきたら今の僕じゃ、倒す事も防ぐ事も出来ないし、一人孤独に死んでしまうかも知れない。
やはり外に出るのは止めよう。
それにしても森の中に、この建物が建っているがモンスターに襲われないのだろうか?
ここに来る途中もモンスターに出会う事はなかった。
そもそも町中でもモンスターに出会う事無かったし、もしかするとモンスターが地上に突然、現れるなんてデマではないの?
そう思うと小さな音でもビクついていた自分が情けなく思う。
ギルドで聞けば良かったのだろうだが、今は山の頂上。
遥か、他の人が知らないか聞いてみるか。
このまま部屋に籠もっていても、何もする事がないので集合場所のリビングルームに向かう事にした。
というか、早くダンジョンに行きたくて、行きたくて仕方なかった。
数多くの冒険者達が亡くなっているダンジョンで不謹慎かもしれないが、楽しみで仕方なかった。
次の日に待ちに待った楽しい出来事を待ちきれず、夜も眠れなくなる。
実際、昨日も楽しみで疲れもあったが、眠ったと思ったら直ぐ起きての繰り返しだった。
ただ単にモンスターが襲ってくるのではないかと心配して、ちょっとした物音にビクついて目が覚めていただけかも知れない。
前回は真っ暗闇で戦う事も出来ず、団長の舞香さんを傷つけてしまった。
僕の中の黒歴史の1ページに刻む事になった事件。
生きていれば、その内、また何処かのダンジョンで出会う事もあるから、その時、謝ろうと考えていた。
会えればだけど…。
あの伸一さんと亮二さんがいるから、会いたくない気持ちの方が大きいけど。
暗視スキルもレベル2になっているし、多少は周りが確認出来るようになっている。
これでも団長から駄目だと言われれば仕方ないし、その時は諦めて暗視スキルのレベルアップに力を注ぐしかないのだけど、頭の中はダンジョンに行きたい、行きたい、行きたい、そして早くレベルを上げて一流の冒険者達と肩を並べるくらい強く、成れるなら冒険者のトップと呼ばれるくらい強くなりたい。
そうなればお金持ちになれるし、女からモテモテになれる。
ハーレムだって夢じゃない。
それだけを考えていた。
長い廊下を進み、待ち合わせのリビングルームに着くと団長の龍人さんが1人ソファーに腰掛け、防具を磨いていた。
「おや、何か忘れ物かい?」
「いえ、準備と言っても僕は何も持ってなくて、このナイフと防具だけだから」
「なるほどな、それじゃ皆が来るまでソファーに掛けて待ってな」
「はい」
僕は団長の反対側の席に座り、団長の動きを見ていた。
「ただ防具を磨いているだけなのに、そんなに見られると恥ずかしいんだが」
「あっ、すいません」
「いや、謝る事ではないんだが、それに同じ年齢だから、そんなに丁寧に言わなくても、もっと友達感覚で話しても良いんだが」
「すいません、これが僕の喋り方ですから」
「それに直ぐ謝る癖も直した方が良いぞ」
「すいません…あっ」
「まあ、最初だからな、その内、慣れてくるだろう。
まだ、集まるには時間があるし、何か聞きたい事とか無いか?」
団長は防具を磨きながら話しかけてきた。
聞きたい事は色々あるが、まずは、
「あの〜、ダンジョンの外でもモンスターが出るって本当なのですか?
ニュースでは良くモンスターが出現したと報じられますが、実際、見た事がないので本当かなと思って」
「それは事実だ。
だが、それはダンジョンのレベルの高い地域の周りでしか、まず起こる事はない。
何故ならレベルの低いダンジョンではダンジョン内のモンスターを出現させるのが精一杯で、ダンジョン外部まで影響を及ぼす事がないからだ。」
「それじゃ、レベルの低いダンジョンの周囲なら安全と言う事ですね」
「定期的にダンジョン内のモンスターを狩っていればの話だけどな。
レベルが低いからと言って放置するとダンジョン内のモンスターが溢れ出し、外へと影響を及ぼして来る。
だから冒険者はダンジョンに潜り、モンスターを狩らなければならないんだ」
「なるほど、なら、この辺りにあるダンジョンはレベルが低いから外でモンスターを見かけなかったと言う事ですか?」
「その通り。
ここにあるダンジョンは僕達が定期的にモンスターを狩っているから、モンスターが外に出現する事はないし、ダンジョンがこれ以上、成長する事もない。
これがギルドから今の僕達に与えられた任務だからね」
納得した。
建物は頂上にあるといっても、周りは森の中、見張りくらい立てるだろうと思っていたが、森の中は普通の獣しか居ない。
その必要はないと言う事か。
「あの〜、もう一つ。
僕、暗視スキルがまだレベル2なんですが、ダンジョンに潜る事は出来ますか?」
「なんで、そんな事を聞くんだい?」
「前のクランの時、暗視スキルがなくて足手まといになってしまったから…、もし、足手まといになるようならダンジョンには潜らず暗視スキルのレベルを上げようと考えていました」
「なるほどな、だが大丈夫だよ」
「えっ、だって暗視スキルレベル2では輪郭が何となく分かるくらいしかないですが」
「大丈夫、大丈夫。
ダンジョンに行ってみれば分かるさ」
何が大丈夫なのか分からないが、ダンジョンに行って見るしかないようだ。
聞きたい事は、いっぱいあったはずなのに、いざ聞こうとすると思いつかない。
次からは、ちゃんとメモしよう。
それからは話す事がなく、時間を持て余していた。
お喋りな人なら、ずっと会話が続くのだろうけど、僕はどちらかというと話の苦手な方。
聞きたい事を聞いたら話が途切れてしまう。
団長も同じ部類なのか、今はまた武具の手入れをして黙り込んでいる。
団長から話す事は無いのだろうか?
まだ会ったばかりで完全に打ち解けていないし、慣れてきたら気さくに話し掛けてくれるのだろうか?
うん、居心地が悪い。
何もする事がなく、ただ黙って座っているだけだと気まずい。
仕方がないので僕も防具の手入れをするか。
とは言っても手入れをするほど大した物を持っている訳でもないし、ナイフでもピカピカに磨いてみるか。
まだ使った事のないナイフなので、そんなに汚れているわけない。
少し布で拭くと曇りのない鏡のように輝き始めた。
綺麗なナイフは自分の心まで曇りを取り払って、清々しい気分にさせてくれる。
思わずナイフを磨きながらニヤケてしまう。
遠目に団長の顔が引きずっているように見えるのは気の所為だろうか?
暫くすると皆が続々と部屋に集まってきた。
その内の知らない女性から僕は声をかけられた。
「ハルト、早いわね」
「あ、あ、はい」
誰だろう。
誰かに似ているような、それでいて声も聞いた事あるような、誰だっけ。
僕の名前を知っていると言う事は知り合いだろうけど、誰?と聞くのはあまりにも失礼すぎる。
顔を見ながら必死で思い出そうとするが思い出せない。
「さて、全員揃ったようだしダンジョンに向かうか」
団長の声がかかるが、遥が来ていない。
いや、僕を入れて丁度6人、人数はあっている。
オロチクランのメンバーが4人、それに僕と、知らない女性…。
「まさか、遥か!」
「今頃、何言っているのよ」
「だって顔が全く違うし、誰だか分かんなかったんだよ」
「パートナーなのに、なんで分かんないのよ」
「見た目がまるで別人じゃないか。
ん、まさか化粧しているのか?」
「当たり前じゃない。
女性は素顔では人前に出られない者なのよ」
「昨日までしていなかったじゃないか」
「あら、昨日もしていたわよ」
「えっ」
「何も化粧は綺麗に魅せる為だけじゃないのよ。
襲われないように、小汚く男性のように化粧する事も出来るのよ」
なるほど、と納得している場合じゃない。
「化粧は匂いでモンスターを呼び寄せたりしないのか?
それに冒険者は汗をかいたり汚れたりするから、化粧しても無駄じゃないのか?」
「大丈夫よ、そんな冒険者の女性達に作られた化粧品だから、ねぇ〜」
オロチクランの女性メンバーに遥は同意を求めていた。
オロチクランの女性メンバーも化粧をしているだろうか?
見た目じゃわからないし、ずっと見ていると失礼だし、男性陣から嫌がらせが来るかも知れないので、あまり見る事はしなかった。
「え〜っと、痴話喧嘩は終わったかな」
「「痴話喧嘩じゃないし!」」
僕と遥は息があったようにハモってしまった。
「まあいいさ、それじゃ、出発しよう」
団長は立ち上がり先頭を歩いていく。
それに付いて行くかのようにオロチクランのメンバー、そして僕と遥が付いていく。
いよいよダンジョンに向かう。
内心、嬉しさと緊張で心臓の音が身体中をドックンドックンと鳴り響いていた。
暗視スキルが必要はないとはどういう事だろう?
ダンジョン内に電気が灯っているとか、光石で光って明るいとかしか想像できなかった。
まあ、団長も言っていたが行って見れば分かる事だし、今は遠足気分で何も気にせず、ただ浮かれていた。
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