次のクランへ
「ん〜〜〜〜、ん〜〜〜〜〜」
先程から僕は唸り声を上げながら悩んでいた。
僕と遥は無事にギルドに着き、いつもながら朝から冒険者達で混み合っている1階を、堂々と横切る遥に付いて、ようやく紹介所まで来たのだが、クランのランクはアルファベットのZから順々に上がっていき最高位のA、ダブルA、トリプルAと続いていくのだが、僕に紹介されたのはクラン最下ランクのZ、戦闘経験も無いし、レベルは1のままだから仕方ないと言えば仕方ないのだが、問題は遥に紹介されたクランがランクXだった事だ。
僕に紹介されたランクの2つ上。
遥とは、それほどレベルの違いは無いし、戦闘経験だって、スキルだって、あまり変わらないはずなのに、何で紹介されるクランに差が出てくるのか?
受付のギルドのおばちゃんに聞いてみると、
「それは戦闘経験もあるし、女性だからですかね」
「女性というだけで何で良いクランに入れるのですか?」
「それは冒険者になる女性が少ないからでしょう。
男性ばかりのクランに、顔が悪くても女性がいるだけで男性達は女性に良い所を見せようと張り切るから、どのクランでも女性を加入させようと募集が多いの。
勿論、私達ギルドが推薦するクランだから、女性がクランメンバーに襲われないように厳選しているから安心してね」
「顔が悪くても…」と僕が言いかけた所で後ろから蹴りが飛んできた。
『ブペシ』
お陰で蹴られた反動でカウンターに腹を強打し、その場に崩れ落ちた。
僕は暫く呼吸が出来なくなり、その場で苦しんでいた。
「大丈夫ですか?」
ギルド職員は優しい声をかけてくれるが、遥の方を見ると、こちらを睨みつけ身体が小刻みに揺れているのが分かる。
相当怒っているらしい。
冗談を言おうとしただけなのに、そんなに怒らなくても…。
しかし困った。
折角、パートナー契約を結んだというのに、これでは別々のクランに入る事になってしまう。
まあ、それは仕方ない事だろう。
縁が無かったということで、僕には、まだパートナーという存在は早かったのかも知れない。
遥には別のパートナーを探してもらおう。
「嫌よ。折角、パートナー契約したのに直ぐに解散なんて」
「だって仕方ないだろう。
入れるクランのランクが違うんだから」
「じゃあ、私も最低ランクのクランに入るわ」
「何言っているんだ、遥。
ランクの高いクランに入れるんだぞ。
ランクの高いクランに入れば、給料だって多いだろうし、レベルの高い人も多いだろうから、それ相応のダンジョンに潜って、自分のレベルだって直ぐ上がるだろうし、いい事ばかりじゃないか。
僕なら喜んで、ちょっとでもランクの高いクランに入るけどな」
「ちょっと!それはないんじゃない。
折角、パートナー組んだのだから、一緒のクランに入ろうと思っているのに」
遥の話は有り難いが、僕の為に折角のチャンスを棒にふるのはどうかと思う。
僕の事なんか気にしなくても良いのに…。
もしかして僕に気が有るのか?
だからパートナーを組んだり一緒のクランに入ろうと言っているのか?
しかし遥を見てもそんな素振りを見せない。
ただ単に友達といった感覚で話しかけてくる。
僕は今まで異性を好きになったことがない。
好きという感情が分からないのかも知れない。
あまり他人と喋らないし、学校以外でまず外に出ることはないし、いまいち他人の心の中なんて分からないし、直接相手に聞くよりも自分から好きだと伝えたい。
だけど、結局、ごめんなさいと言われるのが怖くて言えない自分がいる。
今の状況を崩したくないし…、もっと遥の事を知る事から始めないと、裏切られたら最後、ずっと後悔しそう。
今は友達という感覚でいいのではないか。
これは遥の為に言っているんだ、そう自分に言い聞かせた。
「遥の為に言っているんだぞ。
少しでも高いランクのクランに入る事が出来れば、その分、自分の成長も早いはずだ。
僕みたいに下っ端から始めるよりかは、一流の冒険者になる為の近道なんだぞ」
「そ、それでも折角パートナーになったんだし、他に知り合いなんていないし、同じクランに入るわ」
そう言われて遥は僕を見つめていた。
本当に僕に惚れているのでは?と勘違いしてしまいそう。
男は皆、バカだからそう思う人が殆どではないだろうか?
暫く無言で見つめ合っていたが、遥がふと視線をそらす。
いい、女性のほんのさりげない仕草に惚れ惚れしてしまう。
このまま抱きついても何も言われないのではと勘違いしそうになるが、目の前にはギルド職員がいるし
、周りの目も気になる。
ましてや、ここで抱きついて遥が嫌がったらどうする?
遥の方が強いから、殴られたら怪我だけでは済まないかも知れない。
それこそ警察沙汰になったら目も当てられない。
ここは理性を保って自重しないと。
僕は冷静さを取り戻していた。
「遥がそれで良いなら同じクランに入ろう」
「ええ、良いわよ」
ようやく、お互いの意見が決まりギルド職員にクランを探してもらう。
「それじゃ、2人一緒っていうことで良いわね」
「「はい、お願いします」」
返事は2人揃ってハモってしまった。
ギルド職員は少し残念な顔をしながら、クランを探し始めていた。
ギルド職員は、ギルドでの思惑があっただろうけど、遥は僕というコブ付きで悪かったな、本当は女性だけ求められていたのだろうけど、残念だったねと心の中で呟いていた。
ギルド職員のおばちゃんはパソコンのキーボードを叩き、僕の入れそうなクランをピックアップしてくれた。
殆ど前回、薦めてくれたクランと同じだが、勿論、僕と遥が入ったクランは除かれている。
そして僕は出された書類の1つを手に取り確認していた。
これも前回、悩みに悩んでシャドウクランに決めたが、その悩んだ別の1つ、オロチクラン。
名前だけは強そうに思えるが、実際はどうだろうか?
僕が入れるクランなので強くはないと思うが…、書類に目を通す。
団長は佐藤 龍人、18才。
僕と同じ歳か。
構成員は、あと3人、んっ、同級生か。
どうやらこのクランは、同じ高校の同級生みたいだ。
男性2人に女性2人か…。
「あら、丁度良いんじゃない」
後ろから見ていた遥が声をかけてきたが、
「何が丁度良いんだ?」
「だって私達が入っても男女3人ずつになるし、なんて言ったって同じ歳だから話しやすいかなぁと思って」
確かに同じ歳という事で話しやすいかも知れない。
冒険者としては、先輩かも知れないけど年上の先輩から威張られるよりかは、同じ歳と言う事もあって言いたい事を言えるだろうし、大分マシに思える。
「もう、ここでいいんじゃないの?」
遥は薦めてくるが、僕もここで良いかと決めていた。
同じ意見なので問題ないか。
直ぐにギルドのおばちゃんに紹介状を書いてもらい、オロチクランの地図を貰った。
「えっ!」
地図を見て僕は驚いた。
オロチクランの住所がかなり遠い。
ギルド大阪支部から北へ30キロ、それも山の中。
嫌な予感はしていたが、こんな所へ行くにはバスかタクシーかしかない。
遥の方を向き、「勿論、バス…」でと言いかけ時、遥は、ニッコリと笑いながら、「勿論、徒歩よ」と言われ「はい」としか答えられなかった。
お金がないとはいえ、僕には多少のお金はある。
だが、まだダンジョンもろくに潜れない僕がお金を稼ぐにはまだまだ時間がかかるだろう。
それまで何とか今あるお金で食い繋がなくてはならなかった。
遥の方はお金ゼロ、食う事にも困るほど緊迫していた。
だから食べ物を買う事以外に、お金をかける事を極力嫌がった。
しかし、徒歩となると僕の体力が持つかが心配になってくる。
やはりここは料金の安いバスにでも乗るべきではないのか?
というよりかは、はっきり言って30キロも歩きたくない。
「なあ、遥、本当に歩くのか?」
「当たり前じゃないの。
たった30キロくらい冒険者なら歩けなくてどうするの。
ダンジョン内を彷徨っていたら、30キロなんて、あっという間に歩いてしまうんだから、このくらいなら鍛錬だと思って歩きなさい」
遥の言う事は、ごもっともだ。
ダンジョン内を歩くとなると30キロくらい歩けなくてどうするんだ。
僕と遥はオロチクランの拠点に向かって歩き始めた。
まずは淀川沿いを上流へと向かって歩く。
この辺りも大阪の中心部なので、人通り、車通りが多い。
発電池の発明のお陰で環境問題がかなり克服された事は明らかだが、僕の住んでいた田舎と違って都会だから、緑が少なく周りはコンクリートに囲まれていた。
僕からすれば自然の無い所で暮らすには、いささか抵抗がある。
コンクリートに囲まれた生活よりかは、自然の山の中で一人孤独に暮らしていけたらいいなあと思う方であった。
こんなご時世でも、川には川船が往来し川遊びに楽しむ人々がいる。
いつ何処でモンスターが現れるか分からないのに、そんな事、気にしないのだろうか?
それ以前に川遊びするお金があるなんて、お金がある所にはあるのだろう。
貧乏な僕達に少しくらいお金を恵んてれないだろうか?
そう思いながら川船を横目に川の上流を目指し歩いていく。
途中で橋を渡り川を横切り、進路を北に変えた。
何度かの休憩を取りながら進んで行くと、人通りは少なくなり道は山へと続く砂利道に変わっていた。
本当にこの道であっているのだろうか?
不安が過る。
ここまで来て道が間違ってましたでは済まされない。
何故なら既に僕の足は限界を迎えようとしていたからだ。
足は怠く、自分で歩いている感覚がない。
息はしんどく、先程から『はあ、はあ』と言いながら、自分がどれだけ運動していなかったのかが悔やまれる。
休憩する時にペットボトルに入れた水も既に飲み切り空になっている。
水を飲んだ分だけ、汗が滝のように流れていた。
遥はどうなんだろう?
僕の隣を歩く遥を見ると、流石、レベル3の冒険者…と思いきや、息は上がっていないようだが、大量の汗をかきながら黙り込んで歩いている。
歩き始めた時は、喋りかけてきていたが、今は沈黙を保っている。
遥も女性だし体力はそれほど無さそうで、それなりにきつそうに見えた。
僕は道が間違っていないか地図を確認した。
携帯PCで現在位置と地図を確認すると、道は間違っていないようだ。
しかし、この先は山へと向かう狭く何もない一本道。
目の前は鬱蒼と生い茂る森の中。
迷う事はないと思うが、既に日が暮れ始めていた。
一体、ここまで何時間かかったのだろうか?
地図が正しければ、残り3キロほどだが、これから山の中に入り、次第に上り坂となる。おまけに今から暗くなっていくだろう。
そんな所でモンスターや獣に襲われたら、今の僕達では逃げる事も戦う事も出来ないだろう。
どうするべきか?
「なあ、遥?」
「なに?」
「このまま山の中に入ると日も落ちて暗くなるから危ないと思うんだけど」
「まさか、幽霊が出ると思っているわけ?」
「違う!暗闇の中、モンスターや獣に襲われないか心配しているだけだ」
「あら、そんな事、心配していたの?
そんな事、心配しなくても大丈夫よ。
モンスターなんて、そんなしょっちゅう出くわす訳でもないし、モンスターが出現したら直ぐに討伐されるはずだからいる訳ないじゃない。でも獣は出るかも知れないわね。
兎や猪とか…、出てきたら今日の晩御飯に丁度良いのに」
遥の目は、既に肉マークになっているようだ。
遥は辺りをキョロキョロしながら獲物を探しながら、森の中へと進んで行く。
俺だけなのか?度胸の無い男と言われそうだけど、初めての場所、初めての森の中、警戒するのは当たり前じゃないのか?
遥は女なのに僕より度胸があり、たまに本当は男ではないかと思ってしまう。
そんな遥に頼りがいを感じている僕は情けない男なのだろうか?
そんな事を考えながら、遥の後を追った。
すると次の瞬間、遥は道を逸れ険しい森の中に飛び込んだ。
「ちょっと…」
突然の事に僕が言いかけた時には既に遥は森の中に消えていた。
一体、何が起きたのか?
僕にはさっぱり分からなかった。
女性一人を森の中に行かせるのはどうだろうか?
僕も後を追うべきか悩んでいると、後ろから『ガサガサ』と森から草木を分けて道へと出てくる物がいる。
咄嗟に僕はナイフを構えた。
獣ならまだ良いが、もしモンスターなら今も自分では歯が立たないだろう。
ナイフを構えたのは良いが、戦う事も逃げる事も難しいだろう。
なら、今の内に何処かに隠れるか?
その前に森に入った遥はどうなったのだろうか?
モンスターの気配に気付いたから、先制攻撃を仕掛ける為に森の中に入ったのだろうか?
逃げるなら反対方向へと逃げるはずだし、まさか返り討ちにあって次は僕の番か。
いや、遥はまだ生きているかも知れない。
ここで逃げたら助けられる命も助けられなくなる。
それにここで逃げたら後で絶対後悔するだろう。
なら、せめてモンスターに一太刀浴びせて奇跡を願うしかなかった。
僕はナイフを構え、森の中から出てくる物に、いつでも飛び掛かれるように姿勢をとった。
甘い考えかも知れないが、この一太刀でモンスターが倒せたら、いやせめてモンスターが僕の攻撃に驚いて退いてくれれば良いか。
『ガサガサ』
音は段々と近づいてくる。
何もしていないのに汗が身体中から溢れ出ていた。
汗でナイフが滑りそうだ。
さあ、何が出てくるか?
巨大なモンスターでない事を祈った。
一度、汗を拭き取り、僕は駆け出していた。
森の中から出てくるモンスターに、出て来た瞬間に先制攻撃を仕掛けたかったからだ。
緊張の所為か身体が重い。
いや、ここまで来た体力がピークを迎えようとしているかも知れない。
ならば尚更、この一太刀は外せない。
身体の動きが鈍い。
だが、タイミングはバッチリだ。
モンスターが出て来た瞬間、攻撃を仕掛けられそうだ。
僕は走りながら大きくナイフを振りかぶった。
そして森の中から出てきたのは…、
「えっ!」
モンスターではなく遥だった。
だがここまで来て僕の勢いは止められなかった。
遥は僕に気付き驚いていたが、
「なに?なに?なに?」
あの遥の驚いた顔が目に焼き付いたまま、勢いのあまり遥に衝突した。
「いたたたたた」
気付くと僕は地面にうつ伏せで倒れていた。
ぶつかった衝撃で頭がまだクラクラする。
クラクラ感が治るまではそのままの姿勢でいるか。
それにしてもモンスターと思ったら遥かよ。
モンスターじゃなくて良かった…、というより遥は大丈夫だろうか?
勢いあまって遥にぶつかってしまったが、まさか僕が持っていたナイフで遥を刺してはないだろうか?
僕は右手に持っていたナイフを確認するが、ナイフがない!
手探りで辺りを探すがナイフがない。
というより何か柔らかい物があるのだけど、これはなんだろう?
暫く触っていると、遥の声がした。
「ハルト、いつまで触っているのよ!」
「えっ!?」
僕は一気に青ざめた。
まさか、今、触っている物は…。
僕は上半身を起こし確認すると、やはり遥の胸。
僕の右手が防具の隙間に入り込み胸を触っていた。
遥の胸って意外と大きなと思った瞬間、
『バシッ!』
僕の頬にビンタが飛んできた。
どう言い訳しようと胸を触ったのは間違いなかったが、このままではお互い亀裂が入ったままぎこちなくなってしまう。
兎に角、僕は遥に謝り、弁明した。
1時間に及ぶ僕の弁明に遥は納得したのか、それとも呆れたのか、うっとうしいと思ったのかは分からないが、その場はなんとか収まった。
まだ遥は怒っているようだけど…。
因みに僕のナイフは、振りかぶった時に汗で滑り、近くの木に刺さっていた。
遥に当たらなくて良かったとそこでまた冷や汗をかいた。
そして遥が森の中に入った理由は、兎がいたらしく今、手元には血抜きされた兎が一匹。
遥は今日のご飯はお肉だと喜んでいた。
先程まで怒っていたのに、今はお肉で喜んでいる。
このまま遥の胸を触った事は忘れて欲しいと思った。
そんなやり取りをしている間に随分と時間をくってしまった。
日は落ち辺りは既に暗い闇に変わっていた。
僕達は暗視スキルを発動させ、オロチクランの拠点へと急いだ。
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
ということで今年になって初めての投稿になります。
読んでくれた方、いつもありがとうございます。
間を開けての投稿となりますが気長にお待ちください。