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人間嫌い

作者: セレソン28

 源蔵が小学生の時、枯山水かれさんすいの説明をしていた社会科の田沼先生が、年齢を重ねると段々と人間嫌いになって、結局、こういうものが好きになるのだ、というようなことを言っていた。

 その時はそういうものかと思っていたが、還暦かんれきを過ぎた今、源蔵も田沼先生の気持ちが少しわかるようになった。

「おっさん、見廻みまわりの時間だぜ」

 源蔵にそう言ったのは、同僚どうりょうの白岡であった。同僚、といっても、年齢は親子ほど違う。

「おお、そんな時間かね」

「おれは仮眠すっから、シクヨロ!」

 白岡の言いぐさが乱暴なのはいつものことだ。それに、源蔵が定年後の再就職先に選んだ警備保障けいびほしょう会社では、白岡の方が先輩でもある。

 だが、たまにカチンとくる。今もそうだった。それに規則では、一人が巡回している間、もう一人は仮眠してはいけないはずである。

 源蔵が何か言い返そうとした時には、白岡は仮眠所に入ってしまっていた。

 仕方なく、「では、行ってくるよ、先輩」とひとごとのようにつぶやいた。

 源蔵は護身ごしん用の警棒をこしに差し、大型の懐中電灯を右手に持って、詰所つめしょを出た。

 この建物は数社のオフィスが入った雑居ビルで、源蔵たちのいる詰所は地下一階の通用口の横にある。荷物を積んだトラックなどが入りやすいように、車道より入口を下げてあるのだ。

 そのゆるいスロープ越しに、外の様子が見える。通過する車のヘッドライトが、細かい雨粒を照らし出した。

(朝には晴れるといいが)

 源蔵は明日、久しぶりに孫に会いに行く予定だった。できれば近所の公園で遊んでやりたい。

(まあ、雨なら雨で仕方ない。ゲームでも付き合ってやろう)

 そんなことを考えながらエレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。最上階から順に階段を降りながら見廻るのである。

 最上階から二階分ほどくだったところで、源蔵は忘れ物をしたことに気付いた。緊急連絡用のトランシーバーを詰所に置いてきたのだ。

(しまった、わしとしたことが。一旦、戻るか)

 面倒だが、何か突発的な事態が起きた時、一人では対処できない。エレベーターに向かおうとした、その時である。

 源蔵の胸を、激しい痛みがおそった。

「うううーっ!」

 あまりの痛みに、立っていられない。心臓麻痺まひ、という言葉が脳裏のうりをよぎった。

「だ、誰かっ!」

 叫ぼうとしたが、それ以上声が出ず、源蔵の視界が暗転あんてんした。


「う、うーん、ああっ」

 源蔵が目を開くと、そこは病院のようだった。

「気が付かれましたか?」

 そう言ったのはベッドの横にいた医師だった。

「わ、わしは、どうしてここに?」

「急性の心筋梗塞しんきんこうそくですね。発見時の処置が遅ければ、危ないところでした。見つけてくれたお仲間が、がんばってくださったようですよ」

「え?」

 医者と入れ替わるように、白岡が顔をのぞかせた。

「おっさん、良かったな。寝る前にトイレに行こうとして、おっさんがトランシーバー忘れてるのに気が付いたんだ。なんかあった時困るだろうと思って探しに行ったら、ぶっ倒れてるのを見つけてビックリしたぜ。すぐに救急車呼んだけど、間に合わないといけないと思って、AEDってのをやったんだ。研修では習ったけど、実地にやるのは初めてだから、ちょっとビビったけどさ」

 白岡はそう言いながら、照れくさそうに笑っている。

(田沼先生。わしはやっぱり、石ころや砂より、人間の方が好きだよ)

 源蔵は毛布から手を出し、白岡の手を握った。

「ありがとな、先輩」

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