ラディエン侵攻の序曲
フレアバレーの事件から半年、これといって大事件になるような依頼はなく、どちらかといえば依頼者側でどうにかなるものばかりの簡単に終わる依頼で、平和と言っても過言ではない日常が続いていた。
そんなある日、珍しくリドルが依頼を終えても本部の事務所で誰かを待っているかのように事務所の椅子に腰をかけていた。
「リドル、誰かを待ってるの?いつもならジェイスと一緒に出て行くのに」
と、同じく調査隊のメンバーである銀髪の魔法剣士、ケイトが尋ねた。
「ええ、ちょっと」
そんなリドルをケイトはついつい姉のような気持ちでからかいたくなる衝動を抑えきれず、
「ひょっとしてマリエラを待ってるの?」
「まぁ、そうなんですけど」
「とうとう、人目もはばからずマリエラと一緒に家に帰るまでに進んでるのね!お姉ちゃんは嬉しいよ!!」
「ケイトさんは僕の姉さんではないじゃないですか…」
呆れて普通にツッこむリドルの後に彼らが“ヴェンツェル”と呼んでいる本部での事務関係の仕事をしているマリエラ・ヴェンツェルが詳細を話した。
「ケイト、ここだけの話よ?隊長ももう知ってるから言うけど、この間からリドルと一緒に住んでるの」
「一緒に…って、2人で?」
「うちの母親とリドルのお母さんがリドルと付き合ってる事を知って、早く結婚して孫の顔を見せてって言ってきたの。それで、結婚前に一緒に住んだ方がお互いの事が分かっていいだろうからって勝手に家を探してきて荷物もいつの間にか新居に持っていかれてたから仕方なしにって感じなんだけど。メイドも10人いるし、ちょっと多すぎるような気がしてならないのよね…」
「それはちょっと強引だわね…待ち合わせだの何だの手間が省けていいとは思うけど、いきなりそれはリドルも困るわ」
「お互いの母親が乗り気だったんで、誰にも止められないくらい何もかもする事が早かったみたいです」
苦笑いしてリドルがそう言うと、ケイトは気の毒にさえ思えてならなかった。
「ご愁傷さまと言うべきか、喜んであげるべきなのかこっちとしても複雑な心境よ」
「今のところ、何の支障もないからそれはそれでいいんだけどね」
「これ以上2人の邪魔になっちゃうから私はそろそろ帰るわ。お疲れ様」
事務所を出て行くケイトを見送ったマリエラは再び仕事の手を動かし始める。
「マリエラさん、明日美術館に行きませんか?ちょっと観てみたい絵が展示されると聞いたので一緒に来てもらえると僕も嬉しいんですが」
「いいわよ。休みが丁度重なるし、リドルが観てみたい絵ってどんなのか私も観てみたいわ」
休みがなかなか合わず、一緒に一つ屋根の下に住むようになってからも2人揃って出かける事がなかったせいか、マリエラも休みの日の外出に誘ってもらう事は嬉しい事だった。
「待たせてごめんね。もう終わったから戸締りして帰りましょうか」
「下の階の窓の戸締りしてきますね」
リドルが立ち上がって事務所から出ると、階段を下りて1階の窓に鍵をしてまわり始める。マリエラは2階の事務所の窓の戸締りを終え、荷物を持って事務所のドアの鍵をかけて、1階の戸締りを終えたリドルと合流し、本部の入口のドアに鍵をかけるとともに2人は家路についた。
「観てみたい絵ってどんな絵なの?」
「大きな月を剣士が崖の先に立って見つめている絵なんですけど、後姿じゃなくて横顔が少し月明かりに照らされてる角度の姿なんです。月明かりって神秘的に物体を照らし出す不思議な光だなって思ってて、実際に観てみたいと初めて思えた絵なんですよ。その絵は1年前くらいに本の挿絵だったから少し違うところもあるかも」
「確かに普通の灯りと違って、雰囲気が違うわよね。部屋で月明かりだけで外を見てたら違う空間にいるような不思議な気分になる事が時々あるの。本当に不思議…」
大通り沿いを西に向かって歩き、町の出入口に程近い住宅街にある辿り着いた屋敷が2人の住居である。客間が7部屋。その他にメイド10人と調理師4人に、庭師3人が寝泊りする部屋を入れても20を越える部屋数でリドルとマリエラの部屋、寝室は含まれない。
2人は敷地の入口にある門を開けて屋敷の中に入ると、まるでそれを分かっていたかのように、クラシックメイド服に身を纏ったメイドの一人がエントランスで出迎えた。
「お帰りなさいませ。リドル様、マリエラ様」
「ただいま、アンナ」
2人はその一言がハモった事に思わず笑い声をあげた。
「お2人がお揃いで仲がよろしいのを見ていると安心します。お荷物はお部屋にお持ちしますね」
「ありがとう」
アンナと呼ばれたメイドは残り9人のメイドを束ねる若いメイド長で金髪というよりもクリーム色の長い髪を左側に束ね、背丈は170cmほどの穏やかな雰囲気を持った容姿端麗、20代後半に差しかかろうかという妙齢である。
マリエラがアンナに鞄を預けてリドルと共にリビングに向かい、いつも通り夕食を摂ったあとはもともとその屋敷に設置された大きな湯浴み場で湯浴みをして疲れを取って就寝するのが日課となっている。
湯浴みを終えて2人は寝室のベッドに入って横になるとお互いがいる事の安堵からか、睡魔に襲われてウトウトし始める。
「リドル、もう寝た?」
「起きてます。でももう眠くて…」
体を起こし、マリエラに覆い被さるように軽くキスをした。
この屋敷に住んでからの2人の就寝時のこのやりとりはルーティンとして当たり前になっているが故にこのやりとりがないと2人は不安になって忘れないうちにどちらかが催促の意味で声をかけている。
それからリドルはマリエラの首の後ろに左腕を差し入れ、肩に手を添えて右腕を腰に回し、マリエラは体をリドルに向けて横向きになると左腕をリドルの腰に回した。
「おやすみなさい」
「おやすみなさいリドル」
翌朝、眠りから目覚めたリドルはマリエラがもぞもぞする動きに気付いて体を起こした。
「おはようございますマリエラさん!いつから起きてたんですか?」
「おはよう、ついさっき。そろそろベッドから出て準備しましょうか」
マリエラはベッドから出てクローゼットからスモーキーブルーのツーピースと白のブラウスを取り出してネグリジェを脱ごうとした時、ふとリドルと目が合う。
「リドルも早く着替えてね。それから、こっちを向いたらダメよ」
と、マリエラに釘を刺されるとリドルは慌てて背中を向けた。
「僕の服もそっちのクローゼットにあるからまだ着替えないで下さいっ!」
マリエラが視界に入らないようにベッドから出たリドルはクローゼットへ小走りで向かって扉を開けると、紺色のジャケットと白い襟付きのシャツ、ベージュのパンツを手にするとマリエラに背を向けてベッドにそれらを一旦置いて着替え始めた。
2人は着替え終えると顔を洗ってリビングに向かい、既にテーブルに並べられた朝食を食べ終えて出掛ける準備を済ませるとメイドに夕飯迄には戻る旨を伝えて美術館へと向かう。
「マリエラさん」
リドルが彼女に手を差し伸べると、それに応えてマリエラは笑顔で手を繋ぐ。
休みが合わない日がここ一ヶ月続き、2人は一緒に出掛ける事はおろか、手を繋いで出歩く事が随分前に思えてならなかった。
平日の朝と言ってもそろそろ人々が働き出す時間にはいい頃合いで、城下町の軒を連ねた店も徐々に開店しだす。
城に程なく近い場所に建つその美術館は白を基調とした2階建てのまるで神殿のような外観であり、展示物の絵画は触れられないように絵画の前にロープが張られていて、必要以上に近づけなくされている。
美術館に着いた2人は鑑賞に来ている人も殆どない館内へと入って行った。
人物画や静物画が壁に複数掛けられた先へ足を進めて奥へ行くと、リドルが言っていた月と剣士の画が壁に掛けられていた。
その画は少し大きめのキャンバスに描かれており、リドルは魅入られて暫く見ていた。
「素敵な画ね…実際に見るのと人から聞くとでは全然違うわね、リドル」
話しかけられても画を見つめたまま反応しないリドルの顔の前で手を上下に動かすが、マリエラはそれでも反応しないリドルの体を揺すって初めてリドルは我に返った。
「大丈夫?今のリドルおかしかったわよ?どうしたの?」
「この画を見てたら意識が遠くなるというか、意識を持っていかれるような感覚になって…疲れてるのかな」
「だったら家に戻って休んだ方がいいと思うけど。帰りましょうか」
「久しぶりにマリエラさんと休みが重なって一緒に出掛けられる楽しみがすぐ終わってしまうなんて今日1日勿体ないじゃないですか。この後、一緒に買出しに行った時と同じ事したいです。そうしましょう!」
「私は別にいいけど、無理はしないでね」
マリエラはリドルの体を心配しつつ、美術館を後にして昼食にはまだ早いと判断して雑貨店や洋品店に入って時間を潰し、歩き回っているうちに昼食を摂る丁度いい時間帯になり、パンを数個と飲み物を買って公園で食べていると、リドルは以前のように口の端にクリームをつけてマリエラを見つめた。
「わざとでしょ?」
「また拭って下さい」
と、クリームを拭いやすいように近づく。
「仕方ないわね」
リドルは笑顔で催促するとマリエラも笑顔でリドルの口の端についたクリームを指で拭い取ってやる。
「この後はあの丘に行って景色を観てから帰りがてらに寄り道したら夕飯には丁度いい時間になりますね」
「あの時はあまり景色観てなかったけどね」
言われてリドルはその時の事を思い出して慌てふためく。
「あ、あの時は僕がマリエラさんに…何か恥ずかしいです……っ!?」
照れながら言うとリドルは再び意識が遠のくのを感じて片腕をついて体を支えた。
「大丈夫?やっぱり帰りましょう。ゆっくり休んだ方がいいわ」
「すみません、せっかくの休みなのに」
「それよりもリドルの方が大事なんだから。一緒に出掛けるのはいつでもできるわ。少し横になってて」
芝生に横になって青い空を見つめるリドルは自分の身に起きている異変をうっすらと感じていた。
美術館であの画を見てからおかしな事になっている事態にー
その横でマリエラはゴミの片付けをして捨てに走って行き、すぐに戻ってきた。
「立てる?」
手を差し伸べられ、体を起こしてマリエラの手を握って立ち上がったリドルは少し頭が重く感じていたが、心配をかけさせまいと平静を装った。
「ありがとうございます。少し楽になりました」
「でも、明日の依頼は誰かに代わってもらう事も考えないと」
「そうなると、ジェイスに小言を言われそうですけどね」
苦笑いをするリドルにマリエラは呆れつつ、
「ジェイスには私から言っておくから余計な事は考えないで、自分の体の事だけを考えて」
「分かりました。十分に体を休ませてから明日どうするか考えます」
マリエラはその言葉に少し安心して、リドルと共に家路についた。リドルは寝室で就寝時に着ているパジャマ替りの七分袖の少しゆったりとしたシャツに十分丈のパンツに着替えてベッドに入ると物足りなさを感じる。
無理矢理に眠りにつこうと暫く寝返りを何回かしているうちにいつの間にか眠りに入り、目を覚ましたのは日も暮れた頃だった。
ふと右側を見ると、ベッドの中でリドルの手を握って椅子に座ったままリドルの側に突っ伏して眠ってしまったマリエラの姿があった。
「マリエラさん、マリエラさん」
体を揺すり起こすとマリエラは目を覚まし、目を擦った。
「リドル、起きてたの?」
「今起きたところです。あの…ありがとうございます」
「ううん、私にはこれくらいしかできないから。夕飯は食べられそう?」
「少しくらいなら。あまり食欲がなくて」
「ここでいただきましょう。私もそうする」
「マリエラさんがいてくれたら寂しくなくて嬉しいです」
「持って来るわね。わざわざメイドの子を使う程の事ではないから」
そう言ってマリエラは夕飯を取りに寝室を出て、大きなトレイに2人分の夕飯を持って戻ってきたのは10分ほど後の事だった。
「ありがとうございます。夕飯を食べたら明日はいつも通りに仕事に行けそうです」
「よかった。でも本当に無理はしないでね」
「心配性ですね、マリエラさんは。僕はもう大丈夫ですから」
「好きな人の心配をするのも…私の役目なんじゃないの?」
俯いて寂しげな顔で呟くように言ったマリエラの様子に慌ててリドルは失言したと咄嗟に思った。
「すみません、変な事言って。マリエラさんをバカにしてるとかそういう意味で言ったわけじゃ…」
「分かってる!分かってるの!このままリドルがどこかに行ってしまいそうな気がして…怖いの」
リドルはマリエラの手を握りしめて言った。
「僕はどこにも行きません。あの丘で言った言葉は僕の本当の気持ちだし、この命が尽きるまでマリエラさんの傍にずっといます。だから不安になる事も、怖がる事もないんですよ」
リドルは優しい眼差しでマリエラを見つめた。
「うん…私の方こそ変な事言ってごめんなさい」
「この話はおしまいにして夕飯食べよう、マリエラさん」
「そうね。そうしましょう」
2人は夕飯を食べた後に湯浴みをして床に入って小一時間経った頃、リドルがふとベッドから出て寝室を出て行こうとしたその時、目を覚ましたマリエラが声をかけた。
「どこに行くの?」
その声に反応しないままリドルが出て行こうとする足を止めようとしないのを察知したマリエラは呼び止める。
「リドル!」
引き止めようとベッドから出て追ってきたマリエラに振り向いたリドルは左手を突き出すと、風の魔法でマリエラを吹き飛ばす。彼女の体がベッドに着地してバウンドしたのを見るまでもなくリドルは寝室を出て行った。
「リドル…どうして…?」
ベッドに入る前の言葉とはまるでうって代わっての行動にマリエラは愕然とするしかなかった。
「リドル様、こんな夜更けにどちらへ行かれるのですか?寝室へお戻り下さい」
階下への階段へと向かうリドルの背後からカンテラを手にしたアンナが声をかける。
「リドル様……!?」
一旦は足を止めるが、ブツブツと何かを呟いている事に気付いたアンナが咄嗟に魔防の魔法を発動させようと呪文の詠唱をするが、足元から竜巻が起こり始めたと認識した時にはアンナの体は竜巻と共に天井に届きそうな高さにまで上がり、竜巻が消えると床に叩きつけられた。
ドスン、と尋常ではない大きな音を聞きつけたメイド達が部屋から音がした方へ駆けつけると、灯りが消えたカンテラの傍で倒れているアンナの姿を見ると異常事態である事はすぐに把握した。
「アンナさん!大丈夫ですか!?一体何が…」
「ベル、シーナ、リドル様の後を追って!リドル様の身に何か起きてるわ」
「はい!」
ベルと呼ばれた長い黒髪を後で一つの三つ編みにして纏め、背丈はそれ程高くない最年少のイザベルと輝く金髪をイザベルと同じように三つ編みにして纏めたイザベルより4歳ほど年上のシーナはリドルに気付かれないように後を追う。追っているうちに2人はラディエン城方面へと向かっている事に気付いた。
「シーナさん、リドル様に何があったんでしょうか…?」
「マリエラ様と外出された時に何かあったとしか考えられないわ…リドル様がどこに向かっているかが分かれば原因が判明するかもしれないわね。とにかく後を追うわよ」
その頃、ジェイスは久々に呑みに行って相変わらず酔いつぶれかけたレヴィンに肩を貸して城に連れて行くその途中、1人で歩くリドルとその後を追っている2人組の女性の姿を見て気にならずにはいられなかった。
「レヴィン、ちょっと寄り道するぞ」
「えー?どこに行くんだよ?」
「事件の現場、かもな」
「厄介ごとかよー!今の俺は使い物にならない酔っ払いだぜぇ…」
「緊急だ。このまま行く」
この後、念のためにオーディンを持ってきていてよかったとそう思う出来事が起こるとは知る由もないジェイスはレヴィンを連れて3人の後を追った。
行き着いたその場所は美術館である事に疑問を抱きながら美術館の中へと入る。奥まった場所には月に照らされた剣士の画が展示されているエリアに大勢の魔導士らしき男女が犇めきあっており、その中にリドルの姿も見える。
「1日目でこんなにも集まるなんて、すごいなぁ!こんな画のどこがいいんだろ。人間ってやっぱり分からない生き物だね~」
そんな事を言ったのは見た目は5、6歳くらいの男児で導師服を着ていた。円柱型の柱に身を隠しながら様子を窺いつつふと、少し離れた柱に視線を移すとリドルの後を追っていた2人組もその様子を見ている。
「さぁ、みんなの魔力ここに集まれ~!」
不意にその言葉が聞こえた方を見ると、導師服の子どもが両手で掲げられた水晶が青白い光を放つ。
その直後、集まっていた大勢の魔導士らしき者達はバタバタと地面に崩れ落ちた。
「ディアナに報告に行ってこよ~っと」
水晶を持って美術館の外へ向かう導師服の子どもの姿が曲がり角で見えなくなったのを見届けたジェイスはレヴィンに言った。
「俺はあの子どもを追う。お前はあの人達と一緒にひとまずリドルを安全な場所に」
「あ、ああ。気をつけろよ」
導師服を着た子どもを追って美術館の外へ出て辺りを見回すジェイスに何処かから呼びかける声があった。
「誰をお捜しかしら?」
声がした美術館の屋根に振り返ってみると、脚を組んで座っている黒いロングウェーブの髪型で胸元や太股の露出が高い女が導師服の子どもと一緒にいた。
ジェイスは一目で人間ではないと察知して腰につけた皮製の箱からクリスタルを取り出して宙に上げた直後に右側に現れた魔法陣に腕を差し入れ、
「目覚めよ、オーディン!」
一振りの大剣を両手に構えるとその女は感心したように呟く。
「神器使いか。それ程の物を扱える人間がいたなんてこの世界もまだまだ捨てたもんじゃないわね」
「すごいすご~い!お兄さんオーディンの剣持ってるんだね~」
導師服の子どもがはやし立てる言葉に耳を貸さず、剣に意識を集中させる。
「はあーっっっ!!」
掛け声と共に剣を振り下ろすと刀身から緋い光を放つ刃が2人に向かって行く。
「うわわわわっ!!!」
2人がいた場所は無惨にも真っ二つに崩れ、女はそれを避けるが、導師服の子どもは避ける時にバランスを崩して水晶を落としてしまいそれはガシャン、と音を立てて砕け散った。
「ディアナ、どうしよう…怒られちゃうよう」
「この神器使いの首を持って帰ったらあの方も赦して下さると思うわ」
「そうなの?だったら僕に殺らせてよ」
「いいわよ。気の済むまで可愛がってあげてから首を持って来なさいな」
「は~い!ディアナは寝て待ってて。睡眠不足は美容の敵だから」
「ほんと、あなたはいい子ね。いい報せを待ってるわ」
女が姿を消すと導師服の子どもはジェイスに狂気めいた笑みを浮かべて言った。
「そういう事だから、今日はお兄さんの命日になっちゃうよ。悪く思わないでね」
右手をジェイスに向けると空から無数の光の槍が広範囲に彼に向かって降り注ぐ。
(避けられない!)
そう思った瞬間、攻撃は何かによって弾かれていた。
「大丈夫ですか?間に合ってよかった!」
目の前にはリドルを追っていた2人組のうちの1人がマジックシールドを展開して攻撃を弾き返していた。
「ありがとう、助かった」
「私のマジックシールドは長時間保ちません。今のうちに体勢を整えて下さい」
「そうさせてもらうよ」
そう会話を交わす間にも導師服の子どもの攻撃は止む事がなく、再びジェイスは剣に意識を集中させてマジックシールドから少し体をずらせると光の槍が右肩を掠め、痛みに耐えながら剣を振り下ろした。
「うおぉぉぉぉぉっっ!!」
剣から解き放たれた光の刃は導師服の子どもに向かって行った。それは1度目に放ったものより威力が大きく、導師服の子どもを飲み込む程の光は美術館は中央からほぼ真っ二つにされた。
その攻撃にたじろいだ導師服の子どもはギリギリで避ける事が精一杯だった。
「きゃっ!?」
「すまない、これ以上の長居は無用だ。ここから撤退する」
素早く剣を元のクリスタルに戻して腰の皮製の箱に収めると、彼女を左肩に担いで大通りへ向かう。少し先にはリドルを背負ったレヴィンと彼女と一緒にいたもう1人の女性の姿が見える。
「リドル様のお屋敷は大通りの西にある住宅街にあります」
「分かった」
ジェイスは彼女を担いであの子どもが後をつけていない事を祈りつつ、力の限り走ったのだった。