古き屋敷の主の秘密
カイルが師と仰ぐ人物と使役しているドラゴンの謎の失踪。その証拠がはっきりしないまま容疑者である可能性がある配送先の屋敷の主の存在はこの事件を解決するには厄介だった。
知らぬ存ぜぬと言われればそれまでで物事が全く進展しない。ならば再度屋敷の中を調査させてもらうしかほかならない。
「カイルさん、その配送先の家の中を今度は俺達が直接調査させてもらうわけにはいかないでしょうか」
「配送先の住人の許可があれば可能ですが…もう少ししたらそこへ案内します。僕も隅々まで調べたわけではなくて。何せ個室だけでも10部屋ある屋敷ですから」
「客人が多く訪れる、という事なんでしょうか?何か怪しいな…」
と、リドルが考え込んだ。
客人が多い、という事は貴族か、国の要人である事は確かだと思われた。そんな身分の人物の屋敷に行ったきり、巨体のドラゴンも失踪したとなれば屋敷の主以外の誰かも関わっている可能性もなきにしもあらずである。
「この失踪事件は複数の人間が関わっている可能性があります。僕みたいに上級魔法を使える魔道士が転送魔法でどこかにカイルさんの師匠とそのドラゴンを移動させて隔離している事もあり得ると考える余地はあるかと」
「何の為に?師匠は恨まれるような人じゃないのに…」
ふとジェイスの脳裏に嫌な言葉がよぎる。だがその可能性もゼロではない。
「人身売買の対象になった事も視野に入れておいた方がいいかもしれません。現在ではドラゴンの存在も珍しいし、それに加えてドラゴンを意のままに操る人間はそれこそ希少価値の存在。早く見つけ出さないと国外に出られてこの事件が管轄外になればこちらも身動きが取れなくなってしまう。それにこの子たちにも早く父親に会わせてあげないと」
2人にそう言われて、カイルもその可能性が高いとふと思うところもあった。
「お2人の言う事が当てはまる可能性もなくはないのです。先日、町で配られていた瓦版に師匠の事が載っていたようですし。それを見て計画を企てたのかも」
「なら、今すぐその屋敷に行って事の真相を明らかにしに行きましょう!案内してもらえますか?」
ジェイスは立ち上がりながらカイルに言った後にリドルも立ち上がる。2人はほぼそれが確実だろうと踏んでいた。
「もちろん案内します!リッド、エラン、お父さんを連れて帰って来るからいい子でお留守番しててくれるか?」
「カイル兄ちゃん、お父さんと絶対に帰ってくるよね?」
「僕たち、カイル兄ちゃんの言うとおり、ちゃんとお留守番して待ってるから」
双子はカイルに対して一縷の望みを持って見つめた。カイルはしゃがんで2人を両手に抱きしめ、
「約束する。少し遅くなるかもしれないけど、必ず連れて戻って来る。それまでもう少しの辛抱だ」
これで終わらせる、とカイルは強く心に誓った。1人ではどうにもできなかったこの出来事を信頼を置いても大丈夫だろうと言える調査員と出会えてよかったかもしれないという思いが確信に変わっていった。
3人は双子に見送られて、カイルはドラゴンに乗って2人の視界に入る速度で上空からの道案内をし、2人はそれを馬に乗って追うように屋敷へと向かった。麓に着くまでにも途中で一度森を通って行かなければならなかったが一本道の街道になっていた事も幸いして迷う事なく引き続き屋敷がある森を通って屋敷が建っている麓に辿り着いた。
そこは不自然に切り開かれた敷地で、なおかつ古い屋敷が建っている。客人が訪問するためか、馬を停めておく場所も確保されている。ドラゴン1頭と馬2頭を停めるには十分すぎる広さだった。
3人は屋敷の扉の前に立つとともに緊張の面持ちになる。
ジェイスが屋敷の扉を3回ノックすると、少し待つと屋敷の主と思われる貴族風の身なりの整った30代前半くらい、肩までかかるくらいの髪型で人当たりの良さそうな人相の男性が出てきた。
「どちらさまでしょうか」
「ラディエン国直属の調査員の者ですが、こちらで物資の配送員とドラゴンが失踪したので調査してもらいたいと依頼を頂いたので、改めて調査させてもらうために来させてもらったのですがよろしいですか?」
ジェイスはなるべく相手を刺激しないように屋敷の主に告げた。さすがに国の公務で来ている者を追い返すには気が引けるのか、承諾せざるを得ず3人は屋敷の中に入る事ができた。
(この屋敷に何があるか分からない以上は気を緩める訳にはいかないな)
そんな事を思いながら、ジェイスは調べていい場所を訊いてみる。
「調査してはいけない場所が特になければ全て調べさせて頂きます」
「ええ。隅々まで納得いくまで調べてもらっても構いません。この屋敷には何も怪しいものはありませんし」
何事もないかのように言っている屋敷の主の姿はリドルはますます怪しく思えてならなかった。
(何が何でも失踪の証拠を掴んでこの人には罪の償いはしてもらうよ)
3人は手分けをして2階にある個室を調べ始めた。ベッドの下や机の引き出しの中、本棚に至るまで調べてみるがこれといった手掛かりらしいものは見つからず、ジェイスが調べる部屋で個室は最後となり調べてきた部屋と同じように調べ、本棚から何気なく一冊の本を取り出したその時本棚に今まで見た事のない魔法陣が描かれているのを目にしたジェイスは調べている部屋を出てリドルとカイルを呼んだ。
「この本を本棚から取り出したら本棚に魔法陣があったんだが、何か分かるか?」
リドルがその魔法陣をみて確かめる。
「古代…文字…?何だろう…こんな魔法陣見た事もない」
その魔方陣は普通の魔方陣と同じように円形のものではあるが、二重の円の中心に六芒星が描かれ、その六芒星の三角形の中に古代文字のような読み取れない文字が書き込まれていた。
ジェイスは手にした本の表紙、背表紙、裏表紙を見ると裏表紙に描かれた魔法陣とそれが同じものである事に気付く。
「まさかとは思うが、その魔法陣とこの本の魔法陣を合わせると連動してどこかにつながる魔法陣が出てくるって事は…」
「やってみる価値はあるかも」
リドルは他の本を本棚から引き出し、ジェイスが本棚に描かれた魔法陣と本の裏表紙に描かれた魔法陣が重なるように合わせると、部屋の床にその魔法陣が光を帯びて浮かび上がった。
「まさかが現実のものになるなんてな」
「転送魔法の類とかではないんですか?この魔法陣の上に乗れば…」
魔法陣に近づこうとするカイルの腕を掴んでリドルは制止した。
「この魔法陣が必ずしも転送魔法のものとは限りません。本にこの魔法陣の事が何か書かれてないか調べてからの方が得策です。罠であるとも言えなくないですから」
リドルが本のページを捲りだして20数ページ、そこに魔法陣の絵とともに説明文が書かれていた。
「あった。……やっぱり転送魔法の魔法陣だ。一体どこにつながってるんだろ…カイルさんの師匠とドラゴンがいる場所だといいんだけど」
‹カイル、聞こえる?屋敷に貴族みたいな人と何だか怪しい男が屋敷の中に入って行ったよ›
「僕のドラゴンから今連絡があって、貴族風の男と怪しい男がこの屋敷に来たそうです」
カイルの言葉に2人はアイコンタクトを取ると、部屋のドアの左右に分かれて壁越しに廊下からの様子を窺う。
「とりあえず、この魔法陣の事を問いただす必要があるようだな」
「魔法陣の転送先の案内をしてもらわないとここに来た意味もないしね」
「これで師匠を助けられるかもしれないって事ですか?」
「連中が口を割らない限りはまだ分かりません。でも関わっている事は確かだと思います。カイルさん、俺達が今日でケリをつけますよ。あの子達の為にも」
「僕達に任せて下さい」
「ありがとうございます…お2人に来て頂いて本当によかった」
1人ではどうにもならなかった事を自信を持って解決すると言い切るこの2人に一縷の望みを見出した。
暫くすると階段を上る複数の足音と話し声が近づいてきた。ジェイスはオーディンを使う事はないだろうと護身用に下げたミディアムソードを鞘から抜き、リドルは身動きを封じ込める影封じの詠唱を始める。カイルはリドルの背後でショートソードを抜いて待ち構えた。
3人は固唾を呑んでドアが開くその瞬間を待つ。
ガチャ、と音を立ててドアが開き部屋の中に男が入ってきたその時、ジェイスは男の喉下にミディアムソードの切っ先を突きつけた。
「この魔法陣がどこにつながってるのか、つながった先に何があるのか説明してもらおうか」
ドアを開けたのは紛れもないこの屋敷の主人である。さすがに凶器を突きつけられているせいか、命の危険を察知して声を震わせて言った。
「こ、この…ま、ま、魔法陣は…ある倉庫につながって…ます…」
屋敷の主人の後ろにいた貴族風の男と何かの業者らしい男が逃げようとしたところをリドルは見逃すはずもなく
「影封じ!」
2人の男はその場で指一本動かせられない状態になり、ちょっとしたパニックに陥った。
「か、体がっ!」
「おい、俺達に何をした!」
「あなた達に逃げられると困るので少しの間身動きを封じさせてもらいました。隠している事を全て話してもらいますよ」
リドルは2人の男の足止めに成功すると急いで部屋に戻る。
「ジェイス、こっちは大丈夫だよ」
「こっちも素直に口を割ってくれた上に魔法陣の転送先の案内をしてくれるそうだ。早く行こう」
4人が魔法陣の上に乗ると瞬時に屋敷の主人が言った倉庫の中らしい場所に立っていた。周囲には家畜に与える干草が山積みにされて草の匂いが立ち込めている。
魔法陣から約30mほどの直線距離の位置に地下へと下りる階段へと向かい、降りるとまるで囚人を収監する檻が目の前にあった。
その中にはカイルと同じようにレンジャーのような姿をした男性とドラゴンが壁にもたれて憔悴したように頭を垂れていた。
「師匠!」
カイルはその牢に駆け寄り、鉄格子を掴んで呼びかけた。その声に反応してゆっくりと頭を上げたカイルの師は口を開いた。
「カイル…か…よくここが…分かった…な」
「今、開けます!おい!早くここを開けるんだ!」
屋敷の主人が牢の端にある仕掛けを触ると鉄格子が上に上がると同時にカイルは彼に駆け寄り、肩を貸す。
「無事でよかった。リッドとエランも待ってます。帰りましょう」
「留守の間…世話をかけたな…」
「いえ…それよりガルデの具合は?」
「こいつも心配ない…俺達人間よりずっとしっかりしてる。寧ろ…励まされたくらいだから…な」
ガルデと呼ばれたドラゴンはカイルの顔を見つめた。
まるで大丈夫だと言っているかのように。
「さあ、お前達の目的を洗いざらい吐いてもらうぞ。何故この人とドラゴンをこんな所に閉じ込めた?」
ジェイスは牢の仕掛けの傍にいる屋敷の主人に剣の切っ先を突きつけて近づく。
「隣国のダーナストラの人身バイヤーに…頼まれたんだ…ドラゴンライダーとドラゴンをよこせば…この森を切り開いて羊牧場の規模を拡大できるほどの資金を準備すると言われて…」
「それで引き受けた、か。自分の欲に溺れて他人が不幸になる事はお構いなしって思う奴は人間の風上にも置けねえな」
ジェイスは屋敷の主人を睨みつけ、剣を振り上げる。
「ジェイス!それくらいにしてた方がいいよ。僕は一旦、カイルさん達を家に送り届けたらすぐに戻るから」
「ああ。連中は戻ってくるまでに縛り上げておく」
リドルは転送魔法の呪文を詠唱し始め、檻の中の3人と1頭は姿を瞬時に消した。
それを見届けるとジェイスは屋敷の主人を連れて屋敷に戻り、その言葉通りリドルの魔法で未だ身動きの取れない2人と屋敷の主人を縄で縛り上げ、リドルが戻ってくるのを待つだけだった。
一方、カイル達を送り届けたリドルは本部へ依頼遂行の完了を伝えると同時に町の自警団に誘拐の実行犯を引き取りに来てもらう旨を言った。
「これでよし、と。僕はまたあの屋敷に戻って馬を取りに行って来ます。カイルさん、それまで後はお願いします」
「ありがとうございます。気をつけて戻って来て下さい。僕のドラゴンにも戻ってくるように伝えておきます」
リドルは再び呪文を唱えて姿をその場から消すと屋敷の前に着き、中に入って2階へと向かう。魔法陣が浮かび上がったその部屋の隅に3人の男が縛られ、それを椅子に座って見張っているジェイスの姿があった。
「お待たせ。本部にも連絡したし、自警団にもこの事を言って犯人を引き取りに来てもらわないといけないから戻ろう」
「ああ。そうだな」
2人は屋敷を出て、馬に乗るとそれを待っていたかのようにカイルのドラゴンが翼を羽ばたかせて空へと舞い上がる。馬を再びカイル達のいる家へと向かった。
日が沈みかける頃にカイル達の家に辿り着き、馬を下りたリドルは眩暈を感じてその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫か?」
「ちょっと、頑張りすぎたかな…これくらいで立てなくなるなんて、僕もまだまだだね」
駆け寄ったジェイスはリドルに肩を貸し、挨拶しに行った先で2日程カイル達の家で休ませてもらう事になり、その事もフレアバレーを発つ前に本部にも報告済みである。
本部に戻る道中でふとリドルが溜息混じりに呟いた。
「戻ったらヴェンツェルさんに叱られるかなぁ…」
「全く、何の心配してるんだよ」
「心配かけたからその事で叱られるんじゃないかなぁ…なんて」
「ヴェンツェルさんが脈ありだろうがなかろうが叱るだろうな」
「やっぱり?やっぱりそう思う?」
「馬鹿な事言ってないで、これから先無理は一切やらない事だけを考えてくれよ」
「う~ん……検討しとく」
「いや、そこは無理しないって言い切るところだろ」
半ば呆れて言葉を発するジェイスにリドルは悪戯っぽく笑った。