フレアバレーのドラゴンライダー
翌日の朝、調査隊本部で合流したジェイスとリドルは依頼者であるドラゴンライダー、カイル・デウスから移動手段や報酬金の事を書面で確認すると調査隊の本部を出てレンタルホース、所謂貸し馬店に向かう。
ラディエンから旅行に行く時は馬や馬車での移動は少なくない。そのレンタルホースは最大一週間まで借りる事ができるが、馬の扱いに慣れている者でなければ借りる事ができない。
幸い2人は乗馬もでき、多少なりとも馬に関する知識があることで馬を借り、ラディエンを出発した。
「今回は馬で移動できる事が一番嬉しい事だね」
「ラディエンからフレアバレーまで歩いて1日半かかるらしいし、依頼者が急ぎだっていうから当たり前と言えば当たり前だ」
フレアバレーはラディエンの北東に位置する中規模の断崖が切り立った町である。町の名前の由来はドラゴンがまだ複数いた時代、クレバスから炎が噴き出していた事からその名残でついたらしいと資料に記述されている。
人間がフレアバレーからドラゴンを追い出すまで、ドラゴン達は平穏に暮らしていただったろうにと思う反面、人間にとっては畏怖の存在であるが故に仕方ないのかもしれないと一日中フレアバレーの資料に目を通していたジェイスは複雑な気持ちになっていた。
「ジェイス、顔色がすぐれないようだけど?」
「フレアバレーに元々いたドラゴン達が人間の勝手で追い出された事が気に入らないと思ってただけだ」
「ドラゴンも今となっては絶滅危惧種だからね。でもドラゴンライダーがいるって事は共存できてる証だしドラゴンを迫害するような事はないから心配する事はないよ」
「昔の事をとやかく言っても仕方ないのは分かってるけど、知らなければいい事も知ってしまうのは辛いもんだな」
「そうだジェイス、休日は何してた?」
フレアバレーの話ばかりしていては、ますます気が滅入るだろうとリドルは話題を変えて振ってみた。
「一昨日は騎士団の同期と一緒に呑んだから昨日は湯浴みに行ってから図書館に行って一日中フレアバレーの資料を読み漁ってた」
「図書館はいつも通りなんだね。騎士団の同期の人と久しぶりに会えて良かったじゃないか」
「まあ、な。こいつがまたちょっとクセがあるが、いい奴だ。この間ヴェンツェルさんと酒場で呑んだらしい」
「ヴェンツェルさんと呑んだなんて…何かある意味すごいというか、心臓の強い人だ」
苦笑いしながらリドルはリヴェルを感心する。
「ヴェンツェルさんもかわいいところはあると思うけど、置かれてる立場が立場だけに俺達に弱みを見せたら嘗められると思ってあんな風に振る舞ってるだけなんじゃないか?」
「そうかも知れないけど、僕はヴェンツェルさんの事をバカにするような事はないから」
その言葉を聞いてふとジェイスは試しにリドルに訊ねた。
「ここだけの話、ヴェンツェルさんをどう思ってる?」
いきなりの思わぬ質問にリドルは顔を赤くさせて慌てて返す。
「ど、どう思ってるとか、いきなり何を言い出すんだよ!僕達の大事な仲間だよ!そ、そう、仲間なんだから…」
「ヴェンツェルさんを好きな気持ちは俺にもよーく分かった。誰にも言わないから安心しろ」
「ジェイスー!これ以上からかったら本気で怒るよ!!」
「分かりやすい反応するから心の内を見透かされるんだ。相手が俺じゃなかったら泣かされてたかもな」
「何で僕が泣かされなくちゃならないのか納得いくように説明してほしいんだけど」
「それはだな…リドルが小動物みたいな可愛さがあるから可愛さ余っていじめたくなるけど俺と組んでるからそれができないって調査隊の皆が言ってた」
その場凌ぎの適当な理由を言って誤魔化してみる。その理由が受け入れられるとは到底思えないが、その言葉にリドルが口を開いた。
「それって調査隊のマスコット的な存在ってこと?嬉しいんだけど泣かされるのは嫌だからその時は守ってくれるよね?」
「魔法が使えるんなら軽く手加減して自分の身を守ればいいだろ?」
「守ってくれるよね!相棒なんだからさ!!」
さっきまでの弱気な表情はすっかりどこかへ消え失せて寧ろ断ったら魔法でブチのめすと言わんばかりの迫力でジェイスを問い詰める。その殺気にも似た圧をかけてくるリドルからはジェイスが口にした“小動物みたいな可愛さ”は全く見受けられず、「その時俺がいれば守るから変に圧をかけてくるのは止めてくれ」とジェイスは有無を言わせず承諾させられた。
そんな事がありながらも、馬に休憩を取らせつつフレアバレーに着いたのは陽が落ちかかる頃で酒場では宴が盛り上がる最中の時間帯に近かった。幸いにも街道には小さい森があった程度で薄暗い中を道なりに走らせ、真っ暗になる前に着いたことに2人は胸を撫で下ろしていた。
馬から下りて引き馬をしながら前もってカイルからの書面にあった馬厩がある宿屋に向かう。
町の喧騒から少し離れた場所にその宿屋はあった。宿屋の建物も団体客に対応できるようにしているのか3階建で普通の宿屋よりかなり大きい外観で、木造で馬房の入口がむき出しの簡易な馬厩は建物の出入口から2~30m程離れた場所に約20頭の馬房が完備されており、既に4頭が馬房に収められていた。
2人は空いている馬房に馬を収めて受付でチェックインを済ませると酒場へと向かった。夜になるとどこの町でも人気が多く見られる。酒場で呑む事が目的の労働者や旅行者が一日の終わりには呑まなければ気が済まないという理由からかもしれない。
宿屋程ではない大きさではあるものの、二階建てで他の立ち並ぶ酒場より大きい酒場に2人が入ると1階に所狭しと置かれたテーブル席には大勢の客で埋め尽くされていた。
1階に空席がなさそうだと判断した直後に店員に声を掛けられて2階の空席に案内してもらい、メニューを開いてみると、羊料理を主に提供されているらしく仔羊の香草焼きと仔羊と野菜の煮込みとパンとワインをそれぞれ二人前頼んだ。
「羊の肉ってどんな味なんだろ?楽しみだなぁ」
肉の味を覚えたリドルはまるで旅行に来た観光客が未だ口にした事のない名物料理を楽しみに待っているそれと同じである。
「仔羊は成羊よりクセがないから食べやすいと思うけどな。香草焼きだったら臭みもあまりないんじゃないか?」
騎士団所属時にたまたま口にした仔羊や成羊はそれ以来気に入ってはいるものの、なかなかその機会がなかっただけに久々に食べられる事を内心楽しみにしていた。
その時、2階に一人の青年が現れた。ダークブラウンの髪、精悍な顔つきをしたレンジャーのような出で立ちをして周囲を見渡している。ジェイスがその青年と目が合うと直感的に依頼者だろうと勘付いた。そしてその青年も勘付いたのか2人がいるテーブル席に近づく。
「ラディエンの調査隊の方ですか?」
「もしかして依頼者の…」
「カイル・デウスです。本格的に動く前に一度顔合わせだけでもしておこうと思って、ここに来て会えてよかった」
「ラディエンの調査隊のジェイス・アルディードとこっちがリドル・グランディムです」
ジェイスとリドルは立ち上がり、自己紹介をして依頼者に非礼のない態度を示す。
「どうぞ、席について下さい。詳しい話は明日しますので。それじゃこれで」
と、急いで階段を駆け下りて行くカイルの姿を見送った。
「あの人がドラゴンライダー…」
「人間なんだろうけど、そういった雰囲気とはまた違うような気がする。ドラゴンと共存しているせいからなのか…?」
単にドラゴンと共存している故に普通に人と接していた雰囲気が少し違うように思えたのは気のせいかもしれないと思い過ごすしかなかった。
暫くして注文した料理をテーブルに並べられるとリドルは目を輝かせた。カナラスで食べた肉とはまた違う趣の料理に興味津々な面持ちである。
「香草焼きって骨を持って食べるようになってるんだね」
「食べる部位によったり、店にもよると思う。この店は骨付きで提供してるのか。」
塩のみで味付けされている香草焼きは一皿に4本のラムチョップで提供され、煮込みは白い平皿に仔羊のブロックをカットされたものが一皿に5切れ程、それと共に煮込まれて柔らかくなった野菜と付け合わせのマッシュポテトが一緒に盛り付けられていた。
「ジェイスと一緒に仕事してて、ほんとによかったなぁって思うんだ」
「何だよ急に?」
「今まで食べた事がないものを食べられるのが仕事中の楽しみになったし、今も食べた事がない羊料理を食べられるしね」
「仕事してるとそれくらいしか楽しみがないのは確かなんだよな…いつかはヴェンツェルさんと一緒にここにくればいいんだし」
「もう!いい加減にしないと本気で怒るよ!」
サラッと何気なく言われたジェイスの言葉にリドルは少し顔を赤らめて怒る態度を示すが、内心嬉しそうに見えるリドルを見てジェイスは相棒でありながらも歳も大して変わらないが可愛く見えて思わずからかってしまいたくなる衝動にかられてしまう。
「こんな場所で暴れられたら困るから今日はこれくらいにしておく」
「“今日は”って、これからもからかうのは止めてもらいたいんだけど」
と、無意識に煮込みを口にすると料理の美味しさに怒りは治まったようで、口数が極端に減った。
(この間食べた牛肉とはまた違う感じで柔らかいし、もうこの際怒る事なんてどうでもよくなってきたなぁ…)
(美味いものは人を黙らせるというが、ほんとだな。何かあれば摂りあえず美味いもの食わせてればいいか)
料理を食べて幸せそうにしているリドルの姿を見てジェイスはそう思わずにはいられなかった。
一通り料理を食べ終えて酒場から宿屋へ戻った2人はやはりカイルの事が少し気になっていた。
「あのさ、カイルさんの事なんだけど」
「やっぱり気になるか」
ベッドに腰を下ろして向かい合って話をするが、依頼主の事でもあるせいかなかなか言い出しにくい。 意を決してジェイスが口にした。
「依頼主の事をどうこう言うつもりはないが、あの人本当に人なんだろうかって思うんだ」
「僕もカイルさんを見て何となくそう思ったんだ。何か違和感があるというか…」
「…馬鹿な事考えずに早く寝るに限るな」
「そうだね。カイルさんに失礼のないようにしないといけないし」
と、2人は話もそこそこに移動の疲れもあり、床に就くとすぐに眠りに入っていった。
翌朝2人は身支度を整えて宿屋を出発し、リドルはカイルが住んでいる場所が記された地図を見て確認した。ドラゴンと一緒に住んでいるため、町外れの崖の上に住居を構えているのだと前もってヴェンツェルからも説明があった。
そこまでの道程は馬での移動も全く問題ないくらい現在では整備されており、2人が短時間でそこに辿り着くのは容易い事だった。カイルが構えている崖の上の住居の敷地は思っていたより広大で、左手にあるドラゴンが住んでいる竜舎も想像より遥かに大きくカイルの住居はそれに比べてこじんまりとしているが、1人で暮らしているには大きいくらいの屋敷と言っても過言ではない大きさである。
その屋敷の入口近くに馬を停めて住居の出入口に向かおうとしたその時、竜舎の方から人影が走り寄って来た。
「おはようございます!」
カイルに呼びかけられると2人は足を止めた。
「おはようございます。昨日はわざわざ酒場まで来て頂いてありがとうございました」
とジェイスはカイルに一言告げるとカイルは笑顔で答えた。
「いえ、ここでは何ですからどうぞ中へ」
家の中の応接室に案内されてソファーに促されて腰を下ろし、少しすると10歳にも満たない顔がそっくりの少年2人が紅茶を持ってそれをジェイスとリドルの前に置いた。
「驚かれたと思いますが、この子達は僕の師匠の子どもなんです。師匠と僕はドラゴンで移動して物資の配送を生業にしていましてね、数日前に師匠が配送の途中でドラゴンと一緒に行方不明になってしまって…できる事はやってみたんですが、どうにも手掛かりが掴めず依頼をお願いしたわけです」
「最後に配送した先は分かっているんですか?」
「ええ。ここから東に10kmくらいの崖の麓に建ってる屋敷があるんですが、その日はそこだけの配送だったので、配送先で何か起こったのは分かっていても決め手になる証拠もなくて困っているんです」
リドルの問いに対してカイルの衝撃的な発言にジェイスは黙ってはいられなかった。
「どうしてそこの主が怪しいと?」
「その配送先へドラゴンで向かって、屋敷をくまなく調べさせてもらったんですが僕のドラゴンが師匠のドラゴンの匂いがここで途切れていると言ってきかないし、証拠がない限りその配送先の主を咎める事ができなくて歯がゆい気持ちですし、この子達も毎日父親の帰りを待っている状態です」
「ドラゴンと会話ができるんですか?」
「“血の盟約”と言って、お互いの血を身体に入れるといっても、ほんの少し口にするだけで主従とまでは言いませんが契約を結ぶと思っている事をドラゴンに念として飛ばせば、口を開かずとも会話する事ができます」
ジェイスとリドルはカイルの発言で彼に対する違和感の意味が理解できた。そのドラゴンの血が違和感の正体だったのだと。
「少し厄介で時間がかかるかもしれませんが、この子達の為にもこの依頼に尽力をつくさせてもらいます」
ジェイスは、そう力強くカイルに宣言したのだった。