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With Bluesky  作者: 白都里 優侑
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異形の足音

 まだ朝日が昇るか昇らないかの時刻。


 そのせいか、気温も低く少し肌寒いくらいの薄暗いカナラスの町に二つの人影があった。町長の家に辿り着いたその人影はドアが開けられると吸い込まれるように中に入っていった。


「リドルさんは上でエレナにお化粧をしてもらってきて下さい。ジェイスさんはリビングで私達と待っていましょう」


 クレアに促されてリドルは2階のエレナの部屋へ、ジェイスはクレアとアリシアと共にリビングへ向かった。

 リビングには町長夫妻も起きて待っており、ジェイスはリドルが戻ってくるまで色々と頭の中で作戦を考えていた。実際の戦闘となると予想だにしない事も起こりうる事を想定して戦闘時の対応パターンをいくつか直前に練り上げてから戦闘が余儀なくされる現場へ出発する。

 リドルもそれは承知でジェイスと組んで調査隊の仕事に参加している。王国専従の魔道士として従事していた頃に比べると新鮮すぎてむしろ色々な光景を目の当たりにしているうちに、今までにない発見もある驚きの連続で仕事を終えて帰るとそれを書き記すほどであった。


「犯人の姿を誰一人として目撃していないのは何とも言えない事ですが、よろしくお願いします。ただ、命の危険を感じたその時は躊躇せず町に戻ってきて頂きたい」


 町長はジェイスに訴えかけるように言った。2人を信頼していない訳ではない事はジェイスにも分かるが、何であれ一度目の戦闘で依頼を完了させる事を信条としているジェイスにとって逃げ道になるであろうその言葉を依頼者から言ってもらえる事は逆に有難い言葉でもあった。


「ありがとうございます。無理と無茶は違うものだと心得ています。必ず犯人を暴いて連れ帰ってきます」


「人の命は何物にも代えがたい尊いもの。それを奪う事は決して許されざる行為です。町の者からも厳重な処罰をという声も上がっております。町長である前に人としてそれは当然の報いだと思います」


 神妙な表情で話す町長の言葉には町人が殺された事で目に見えない犯人に対して静かに耐え難い怒りが込められている事がひしひしと感じられ、町長がどれだけこの町人を大事にしているかその一言が期待を裏切るわけにはいかないと決意を固める決め手となった事は違いなかった。

 それから少し経ってリドルがエレナに化粧を施され、クレアの服を着てウィッグも被ってエレナと共にリビングに姿を現し、出発時には町長一家に家の前で見送られて2人は森へと向かった。


「いつも通り、戦闘パターンはいくつか考えてるんだよね?」


「もちろん。考えてなかったら俺達の死を意味するからな」


「犯人の手掛かりが全くないのは不安だけど、臨機応変に対処なのは仕方ないのか…」


「戦場に決まったパターンはない事もある。それこそ敵に不意をつかれる事はワンパターンな戦い方をしている人間にとってはかなりの痛手だ。前に所属してた小隊の隊長の教えのおかげで俺はいくつもの戦場を潜り抜ける事ができたし、感謝してる。そうでなければお前にも会う事はおろか、こうして調査隊で一緒に仕事をする事はなかったと思う」


「それに、最強の武器のおかげでもあると僕は思ってるよ」


「こいつは…そうだな。それもあるな」


 リドルが言うジェイスが所有する“最強の武器”とはどういう原理なのか謎のまま解明されていない涙型のクリスタルを指していた。大きさは大人の掌より少し小さめでジェイスにとっては手放す事など考えられない“最強の武器”である。

 彼がそれを所有する事になった経緯は誰にも話してはいない。話す必要はないと考えての事だ。鎧を身に着けていても剣を腰に提げていないのはそれを持っている為だった。

 

 やがて森の入口に辿り着き、いよいよ犯人と対峙する時が来たと高鳴る胸の鼓動を感じながら森に足を踏み入れた。

 しん、と静まり返った森の中は気温がより低く感じられ肌寒い。人の手で造られた道を外れて獣道の木々を掻き分けながら2人は並んでただひたすら歩く。リドルは帰り道が分かるように予めエレナから渡されていた白い紐数本を一本ずつ一定の距離を歩いては木の枝に結び、尚且つウィッグとワンピースの裾が木の枝に引っかからないように細心の注意を払って歩かなければならなかった。


 歩き続けているうちに周りを見渡すと明るくなってきた時間になっている事に気付くと同時にふと、殺気を背後から感じたジェイスが立ち止まる。


「リドル、今殺気を感じた。援護を頼む」


「分かった」


 と、リドルは小声で呪文の詠唱を始めるとジェイスは腰に巻いているベルトに通した皮製のボックス型の小物入れに入れているクリスタルを右手で掴んでいつでも取り出せるようにタイミングを計りながら襲撃に備えている。


 その瞬間、ジェイスの右肩のショルダーガードから衝撃と何かが乗った重みを感じて前方にその正体の影に視線を移すと頭部から頚までは長髪の女性、体躯は細身の大型の肉食動物のような異形の生物が目の前に立ちはだかっていた。目つきは人間のそれではない。


「!?こいつが事件の犯人なのか…?」


「今、物理攻撃防御の魔法をかけたからこの後からダメージを受けてもそんなにないはずだよ」


「助かるぜ。さっきので結構衝撃あったからな…今度はこっちから行くぞ!」


 クリスタルを取り出し軽く上に放り投げると消失したその瞬間、魔方陣がジェイスの右側に浮かび上がる。その魔方陣の中に右手を差し入れ、抜き出したのは一振りの大剣。それを両手に持ち構えた。


「目覚めよ!オーディン!」


 その声に呼応するかのように刀身が淡く光を放ち、柄に埋め込まれた蒼い石が輝く。


 どこからどう見ても化け物と呼称せざるをえない生物はネコ科の肉食動物のように獲物を狙う時の、まるで線で描かれた円を歩くようにジェイスに顔を向けながら様子を窺っている。

 ジェイスも今まで対峙した事のない相手にどう出ればいいか斬りかかるタイミングを窺いながら、化け物から顔を背けられなかった。その化け物の前足には大きく鋭い爪が刃のようにも見える。


(少しでも隙を見せたらあの爪の一撃が来る…オーディンでこいつの攻撃をかわせても、こっちの攻撃を受け流されたら終わりだ)


 静かな睨み合いが続く。その化け物は痺れを切らせたのか、まさに肉食動物と同じ唸り声を上げ始めてジェイスに飛びかかった。飛びかかって来たと同時にジェイスも化け物に斬りかかる。

 振られた剣の軌道からは決して逃げる事ができないその位置から化け物が姿を消していた。


「ジェイス、後ろ!」


 リドルの声に瞬時に反応して振り下ろされた前足の鋭い爪をオーディンで受け止めて流す。攻撃をかわした時のオーディンから伝わる衝撃は手が少し痺れる程度ではあったものの、リドルに物理攻撃防御の魔法をかけてもらっていなければ手が痺れて剣を握る事すらままならなかったかもしれない。

 そしてまた睨み合いが始まった。

 リドルは呪文の詠唱を始める。化け物の意識を他所へ逸らせて隙を作るしかジェイスの攻撃のチャンスはないと考えた。


(こんな厄介な化け物、一体どこから出てきたんだ?闇の眷属とか魔族とか、おとぎ話じゃあるまいし…そんな事があってたまるか!)


 再びその化け物が唸り声を上げたその時―

 化け物の長い髪の一部がパラっと切り落とされた。リドルが発動させた魔法風の刃(エアスラッシャー)が命中していたのだった。

 化け物はその切り落とされた髪に意識が逸れ、その隙をジェイスは見逃す筈もなく全速力で間合いを詰めて化け物の頭部にオーディンを振り下ろした。

 その瞬間―

 断末魔の声を上げ、斬られた箇所からは大量の黒い霧のようなものが化け物の体から噴水のように勢いよく噴き出し終えるとその体は塵のようになって跡形もなくなった。


「何…だったんだ?これ…」


 今まで見た事もない相手を何とか倒し、ジェイスは無意識に口に出していた。


「僕にも分からない。ただ言える事はこの世に存在してはならないものだった、ということなんだと思う」


 リドルも異形の生物の存在に夢でも見ているのかと思わざるをえなかった。2人はてっきり犯人は同じ人間だと思い込んでいたのがまさか人ならざるものだったとは思いもしない結果にただ呆然となるばかりだった。


「とにかく森から出て町長にこの事を報告しに戻ろう」


「そうだね…」


 ジェイスはオーディンをクリスタルを上に放り投げた時と同じようにすると再びそれはクリスタルの形に戻り、腰の小物入れに収めた。2人は帰り道の目印に木の枝に結んだ白い糸を辿って森を出た。ジェイスは見上げた青空を見て久しぶりに見た空のように感じてならなかった。町へ続く街道を歩いて生きて帰る事の大切さを改めてリドルはしみじみ思う。

 

 無事に町に辿り着き、町長の家で事件の犯人の事を説明すると町長一家は信じられないとばかり口にしていた。それもそのはずで悪魔や魔族はおとぎ話の中の存在としてしか認識されていない生物が現に森にいた事など誰が信じるだろうか。

 嘘を言っても始まらない。何が起こっているのかこれも調査しなければならなくなってきたと気が引き締まる思いだった。

 リドルは化粧を落として着替え終え町長宅を出ると疲れたように口を開いた。


「本部に戻る前にヴェンツェルさんに報告しておくよ」


「ああ、頼む」


 懐から水晶玉を取り出して集中すると、ヴェンツェルの姿が浮かび上がった。


「ヴェンツェルさんおはようございます。さっき依頼を完了しました。事件の犯人は人ならざる化け物でした」


「化け物?そんな物存在するわけないじゃない」


「詳しい事は戻ってから報告します。もう、僕達も何がなんだか分からなくて」


「分かったわ。お疲れのようだし、そんなに急いで戻らなくていいわよ。気をつけて戻ってきなさいね」


「はい」


 報告を終えて水晶玉を懐に戻したリドルは大きく一つため息をついた。


「国がどうとかじゃなくて、この世界全体に何か異変がおきてるかもしれないね」


「国を越えての調査になるかもしれないな。そうなると俺達だけじゃ手に追えなくなってくる。次の依頼もあんな化け物が関わっていなければいいんだが」


 一抹の不安を抱えながら2人は町を後にして調査隊の本部へ向かって歩き出した。


 






 


 










 





 


 

 




 


 


 

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