決戦前夜1
一瞬、睡魔に襲われて目を閉じる。が、ハッと飛び起きて窓の外を見ると夕方の空に変わっていた。
眠っていたとしてもほんの1、2時間程だと認識すると未だ寝息を立てているリドルを揺すり起こす。
「そろそろ起きろ。食事に行ってから町長の家に行くぞ」
「ん…あともう少し…」
言った後、勢いよく飛び起きたリドルはジェイスと同じように窓の外を見て胸を撫で下ろした。
「どれくらい寝てたんだろ?」
「俺も寝てたから具体的には言えないけど、まだ陽も落ちてないしそんなに時間は経ってないはずだ」
「そうみたいだね。今のうちに行っておいた方がいいかも」
小さな町とはいえ、飲食店も町民にとっては憩いの場でもある故に混雑する事は目に見えている。少し早い時間ではあるが2人は宿屋の主人にリーズナブルな価格で食事ができる飲食店を教えてもらい、その店に向かった。
町の広場に入口が面している店で子供連れも安心して来られるようで人気があるらしい。その店の入口の隅には手入れの行き届いた花が植えられている植木鉢が置かれており、店主が花好きである事を思わせる。店は白い建物でガラスが上下左右に1枚ずつはめ込まれた赤いドアを開けて中へ入る2人。
見回すと中はそれほど広くないものの、4人掛けのテーブル席が8組とカウンター席が5席ほどある事を把握した。
カウンター席を避けるようにテーブル席についた2人のあとにウェイトレスが注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ」
と10代後半から20代前半くらいの若いウェイトレスが2人に水をサーブする。
「こちらがメニューです。お決まりになりましたらお呼び下さい」
テーブルに茶色の表紙がきちんと装丁されたA4サイズのメニューを2冊取りやすいように置くと、ウェイトレスは一礼をして厨房へと引き返した。
「何食べようかな…」
とリドルはメニューを手にしてページをめくっている。
「決まったか?」
ジェイスも同じようにメニューを見ていたが、すぐに決めたらしく余裕を持ってリドルに訊いた。
「ジェイス…」
「どうかしたのか?」
「言いにくいんだけど…肉が食べられないんだ」
リドルのここにきてそんなカミングアウトをされて一瞬怯んだジェイスだったが、断られるのを覚悟で言ってみた。
「この際、一口だけ肉を食べてみないか?そうじゃないと体力つかないぜ?」
その言葉に少しの間考えてみてリドル。
「一口くらい…ならいいけど、それ以上は食べないよ」
ウェイトレスを呼んで300gの牛ヒレステーキ一人前とサラダとスープを二人前頼み、持って来てもらうのを待つだけになった。
「でも、リドルが肉を食べられないだなんて意外だ」
「両親がそうだったから僕も自然にそうなっただけなんだけどね。それよりあの子が言ってた事気になるよ」
「何か考えがあっての事なんだろうけど一体何なんだ?」
「直接聞くしかないって事だね…本当に何だろう?」
「取り敢えずその話を聞いて協力できる事なんだったら事件解決の可能性もあるってことか…」
「今のうちに本部に連絡しておくよ」
懐から水晶玉を取り出してそれに意識を集中させると、若い女性の姿が水晶玉に映し出された。
「おっそーいっ!随分待ったわよ!」
と、その女性がリドルに向かって怒鳴った。
「わわっ…ヴェンツェルさん、すみません!ちょっと仮眠をとってたらこんな時間になってしまって…」
恐縮してヴェンツェルに謝罪したリドルは気持ちを切り替えて町長宅で聞いた話を的確に説明した。
「確かに被害者が増えるようであれば国をあげての捜査になるわね…町長の娘さんの話に協力してさしあげて。それで事件解決になれば実績になるわよ」
「何とか頑張ってみます…頑張ってみますけど無理っぽかったらすかさずヘルプ要請してもいいですよね?」
「いいけど、そうなるとあなた達の報酬は少し減るって事で大丈夫?」
「い、命には代えられませんからっ!」
「それじゃ、隊長にはそう伝えておくわね。ジェイスにもよろしく」
「はい、お疲れ様です」
本部との通信を終えたリドルはため息をつくと、疲れた顔をした。
「大丈夫か?いつも本部と通信した後は疲れてるな」
「魔力を使って通信してるからね。ヴェンツェルさんと通信してる時は神経も使うし余計にね…あ、これは誰にも内緒だよ」
「俺だってまだ死にたくないからそれは誰にも言わないけど。なるべくヘルプは呼ばないようにしないとな」
丁度そこへウェイトレスが注文したものを全てワゴンに乗せて持ってきてテーブルに並べ始めた。
ステーキは150gを2枚、熱された鉄皿の上で激しく湯気を上げ、かつ食べずとも美味しいだろうと想像させる匂いもテーブルの上に広がった。付け合せのポテトとにんじんもその匂いと共に食べると美味しいだろうと想像を掻き立てられる。
「それではごゆっくり」
料理を全て並べ終えたウェイトレスが一言残して立ち去って行った。
ジェイスは2枚のステーキのうちの一枚の端を一口サイズに切り分けてフォークに突き刺し、リドルに差し出した。
「ほら、口開けないと冷める」
リドルは目の前に差し出されたフォークに突き刺さった一片の肉を見てギョッとする。
「ジェイス、行儀悪いよ」
「早くしないと俺が食べるぞ」
その言葉に誰も見ていない事を確認してから差し出された肉を口にした。初めて食べる肉の旨み、臭みがなく柔らかい食感に驚かずにはいられなかった。
「肉って…こんなに美味しいものだったんだ…」
「だろ?」
ジェイスは自分が食べる分の肉を切って口に入れた。
「新鮮な肉を使ってるし、下ごしらえもきちんとしてる。文句の言いようがないな」
まるで料理評論家のような感想を漏らす。肉を食べてサラダを食べていたリドルはじっとジェイスを見つめ、
‘肉をもっとよこせ’
と目で訴え、それに気づいたジェイスは肉を再度一口サイズに切り分けてフォークに突き刺して食べさせた。それが2~3回繰り返される度にリドルは幸せそうな顔をしては野菜を口にする。
不意にウェイトレスがテーブルに近づいて来て、皿を一枚テーブルに置き、
「よろしければお使いになって下さい」
屈託のない笑顔で言われ、その一言で今までの端から見れば恥ずかしい行動をウェイトレスに見られていたのだと2人はすぐに感づいた。
‘見られてたー!?’
2人は同じ事が脳裏に同時に浮かび上がる。
「あ、ありがとうございます」
ジェイスは顔から火が出るんじゃないかというくらい顔が熱くなりながら彼女に礼を言った。
「仲がよろしいんですね」
笑顔そのままでウェイトレスは立ち去った。
持って来てもらった皿にジェイスは一口サイズに肉を5枚ほど切り分けてリドルに手渡した。
「これだけあれば足りるか?」
「うん。やっぱり見られてたね…だから行儀悪いって言ったのに」
「一切れ食べた後に子犬が食べ物を催促するような顔されたらやらない訳にもいかないだろ?」
そう言われて恥ずかしくなったリドルは慌てて反論する。
「子、子犬って…僕はそんな顔してないよ」
「してた、してた。もっとくれないのかーって子犬みたいな顔してたぜ?」
「うぅ…」
ジェイスに少々からかわれながら、そう返されては反論の余地もなくリドルは黙って肉を口にした。
そんな事があった間にも客が少しずつ増えてきて店内が賑やかになりつつあったのを見たジェイスは、あまり店に長居はできないと判断して、
「客が増えてきたからあまり長居はできないな」
遠回しにリドルに早く食事を終えるように促すとリドルもそれを察してか少し食べるスピードを上げる。それから少しして2人は完食して会計を済まし店を出ると外はすっかり暗くなっていた。
広場には食事に来ているらしいグループや子供連れが歩いて祭りでも行われるのかという程の賑っているその場から町長の家へと向かって2人は歩き出す。
さすがに町長の家付近になると人影も殆どなくなり、左右に立ち並ぶ家の中からの灯りが微かに外を照らしている。
程なく町長の家に着き、再びリドルがドアをノックするとドアが開き、アリシアが顔を覗かせるとリドルの顔を見るなり腕を掴んで家の中に引き込んだ。
「!?ちょっと…」
「私の部屋に来て下さい!姉さん達も待ってるから!」
訳が分からず強引に2階の部屋に連れて行かれながらリドルはジェイスに向かって、
「少し待ってて!すぐ戻る!」
「あ、ああ…」
そういい残したリドルは呆気にとられたジェイスの姿を見送った後に空しくパタン、と音を立てて閉められたドアの向こうに消えていった。