ホ、悪役令嬢は悪役らしく
フェルエナ視点の閑話になります
「やっと落着いたわね」
セルルカが煎れてくれた温かい紅茶を頂きながら、溜息をつき。
執務に一区切りをつける。
あの襲撃から三日、ようやく仕事などが出来るように成った。
「はい、ところでミィニアお嬢様が捕えた者達ですが、やはり肝心な事は知らないようです」
でしょうね。
でも、誰が送って来たかなんて、考える間もなく解ってしまう。
ミィニアは何かを掴んでいるみたいだけれど、あの子、教えてはくれないから。
「計画を早く進めないとね」
「その事ですが、フェルエナさま本当によろしいのですか?」
セルルカは少し聴くのを躊躇っているようだ。
私が領主になり、呼び方を変えたが、彼女の中ではいつ迄もお嬢様なのだろう。
「いいのよ、元から結婚に幻想を抱いていなかったし。計画が進めば、子供も出来る事になるしね」
ミィニアにお姉ちゃんと夜ばれた時は、つい計画を忘れてしまいそうに成ったけれど。
「この領地を継ぐのはミィニアだから、セルルカ。覚えて起きなさい」
「お姉ちゃんと呼ばれて、計画を忘れた人に言われたくは無いですが、計画自体には賛同しております」
う、忘れてはいませんよ。
「そ、それよりもガラテアさんはそろそろ戻って来られるかしら」
ガラテアさんに託した帝国への手紙。
帝国がどんな反応を示すかで、今後の私、いえこのカシムの運命が変わる。でも、王国では私の望みは叶えられない。
このカシム一帯の領土は少し、いえ、実はかなり厄介な事情を抱えている。
北と南と西は帝国領。唯一、東が王国と接してはいるが地図で見るなら、カシムは帝国に突き出た杭の様に書かれている。
帝国がこの領地に手を出さなかった最大の理由は、地龍ズムがあるのだけれど。それ以外にも、接する南北の帝国貴族の数が多すぎて纏める事が大変なだけに、態々、このカシムに兵を送り込み拡大は必要もないとされていたからです。
だが、地龍ズムが退治され交易ルートがカシムに戻るのは、正直、南北の貴族たちには面白い話ではないでしょう。
例え南北が交易に適さないルートだったとしても、地龍ズムが現れて三十年、商人たちが自分らの領地を交易で得ていた利権は決して小さなものではない筈なのだから。
王国にしても見捨てていた領地のルートが復活すれば、この領地の特異性を思い出すだろう。
王国と帝国は現在は落ち着いて交易をしているが、幾度となく戦争を起こし、今も小競り合いを繰り返している。
南北の土地も元は王国領だったので、当然な考えです。
王国は常に奪還を模索していましたが、唯一残ったカシム一帯が地龍ズムのテリトリーだった為に諦めていたところもある。
この領地の形は王国から突き出た杭の様な地形ですが、帝国から見れば帝国に打ち込まれたような杭なのですから。
事実、このカシムの地は地龍ズムが居なく成った事で、打ち込まれた杭になりました。
このカシムを抜ければ、直ぐに帝国本国とカシム方面の帝国貴族領を隔てる山の唯一の抜け道である渓谷へ出る事が可能なのです。
渓谷にある砦を落とす、いえ、落ちさずとも封鎖するだけでカシム側の帝国貴族領を分けることが出来ます。しかも、コチラにいる帝国貴族は殆どが小領地の貴族。
王国軍と十分渡り合える戦力は有していません。
好戦派の王国貴族を国王が抑えられるかですが、正直期待は薄いです。
「今の、あの人達がまともな判断をしてくれるとは思いませんし」
私は、王国から仕掛けない限りは帝国貴族がカシムに手を出すとは思っていません。
どんなに不満があろうともです。
帝国は多くの国から逃げて来た奴隷や異種族が、自分たちを守るために辺境に建国したのが始まりと言われ。戦争で奴隷が生まれる事をしないと建国の理念に掲げてもいますので、自ら戦いを起こす事は無いとは言いませんが、王国から比べればとても少ないです。
帝国は奴隷は禁止していますが、王国は禁止していない。これが事実です。
そして、何よりも肝心なのは、帝国貴族には他種族。エルフやドワーフなどの貴族がいる事です。
「私がしようとしている事が発覚すれば、裏切り者の汚名は免れないわね」
「フェルエナさまの御心のままに、私は何処までも着いて行きますから」
「ありがとう、セルルカ。貴女が居てくれるから私は前を見ていられる」
婚姻も決まっていたというのに、私に着いて来ることを選んでくれた幼馴染にして姉であり、親友であり、一番心許せる侍女のセルルカ。
ミィニアとは違う信頼と安心を私は彼女に持っている。
そのセルルカが、私の背を推してくれるのはありがたい。
だから、私は前を見ましょう。
「その為にも、早くガラテアさんたちが戻って来てくれると良いのだけれど」
ガラテアさんが戻って来たら忙しくなる。
帝国冒険者ギルドに王国冒険者ギルド。
きっと、どちらも良い返事が来てくれると信じているわ。
私にとってだけれど。
その為に、やるべき事は多いけれど打てる手は少ない。それでも、その少ない手を効率よく打たなければ次には繋がらないものね。
冷たく成った紅茶を飲み干し、私はフッと思い出す。
そう言えば、彼女、私の事を悪役令嬢とか呼んでいたわね。
ふふふ、そうか。
それなら、それで、悪役は悪役らしく。
行きましょう。
ふふふ。