ワ、悪役令嬢は教育ママ?
フェル視点その二。
「少し休憩を取られては如何ですか?」
「そうね」
大量に積まれた書類から目をはなし、眼鏡をおく。
セルルカが淹れ直してくれたお茶を一口。
溜め息をつく。
「書類が終わらないわ」
山の様に積まれた書類に、もう一度ため息が出る。
「仕方がありません、コチラの街道を通る商人が増えた上に金山の発見ですもの」
そう地竜ズムの巣に金鉱脈があったのです。
ただでさえ街道を通る商人が増え、村に戻る人達の対応に追われているというのに、そこに金鉱脈の発見。
冒険者ギルド経由で、帝国から優れたドワーフの山師を雇って確認したところ。かなり有望な鉱山だと判明した。
お陰で仕事は増え、ミィニアとお茶をする暇もない。
「そう言えばミィニアは、今何をしているのかしら?」
「今の時間ですとバレエの時間ですね」
「あら、そうなの?」
バレエは帝国で流行っている舞台用のダンスで、王国ではまだ余り見られない。勿論、私はやった事はないが、帝国で流行っているのならとミィニアに教師を付けた。
最近、分身ちゃんは使わずに勉強は真面目に取り組んでいるようだ。
少し寂しい。
「そう言えば、ふふふ」
「どうしました?」
「ミィニアにバレエを習わせると言った時のあの娘の顔と行動を思い出してね」
「あぁ、ブレイクダンスでしたか?」
「そうそう」
驚いた表情から突然、床で回転したり、飛び跳ねたり、前に歩くようにして後ろに下がったりと見せてくれた。
「あの時は、はしたないから止めなさいと怒ったけれど。理解が足りなかったわね」
バレエも今の王国から見れば十分にはしたない。
「そう言えば、その他の教育はどうなの?」
「どれも十分に成果を出しているようですよ」
それはそれは。
「やはり優秀ね」
ミィニアは、私の想像以上に器用で物覚えもいい。
ミィニアが何者かは知らないけれど、エルフのキルキスさんが名前をつけろとアドバイスしてきたくらいだから、人族ではないのだろう。
それならと、私は妹の名を渡した。
もう、顔もよく覚えていない妹の名。
ミィニアが助けてくれなければ、私もセルルカもここには居ない。だから、ミィニアにこの領地をいつかは譲り渡す気でいるし、私には結婚するつもりもない。
だが、それを今は外。特に王国のあの人達に知られるわけにはいかない。
たくさん積まれた書類の横の床に散らばる、それを見てやっぱりため息が出る。
「昨日よりも増えているわね」
「そうですね、金山の情報も流れているようですし。王国も、捨てられた領地がこうも、旨味のある領地になるとは思わなかったでしょうし」
「そうね、本当なら私から取り上げたいのに、それも今は出来ない」
だから、こんな搦手を使って来るのでしょうけれど。
床に山積みのもう一つの書類の束。
それは王国貴族からのお見合いの申し込みだ
今の王国でこれ程までに、活気が出て来ている領地はない。私は、半ば追放のような形で家を興し、領地を与えられた。
その領地は、地竜ズムの為に荒れに荒れた土地だったが、今や地竜ズムは倒され。金山もある。
喉から手が出る程欲しいだろう。
それでも、王国の国王の命で領地を渡した以上は、私が王国に対して反抗しない限り。
あの人達も何も出来ない。
だから、今は密かに事を進めなければいけないのだけれど。
「流石に人を雇わないと難しいわね」
もう一度、机の書類を見る。
そうしないと、私とミィニアの時間も確保出来ないわ。
「とはいえ、信頼出来る人を雇うのは難しいものね」
迂闊に、人を雇えばスパイの一人や二人入って来るだろう。
「実家から引き抜ければ楽なのに」
私が、彼等の罠に落ちたせいで実家の立場も厳しい。
実家には私の信頼出来る者達が大勢いるけれど、その人達は今の実家でも信頼出来る大事な人達なので、引き抜けない。
「それでも、ミィニアにはいい侍女が付けられたわ」
ルールル。
鬼人族の女性。
戦うことも出来、護衛も兼ねている。
彼女のお陰で、セルルカの仕事は少しは減らせた筈だ。
ミィニアに付けたと言えば、教師たちもそうだ。
彼ら彼女らも、なかなかにいい逸材だった。
こんな地方の寂れた領地で、あれ程の教養を持っている教師が集められるとは思っていなかった。
お陰で、ミィニアにはよい教育が受けさせてあげられる。
本人は、不満そうだけれど。
だから、セルルカの提案に乗って息抜きで、冒険者ギルドを任せたのだけれど。
ミィニアが、私の知らない所で危険な事をしているのが怖い。
ミィニアが強いのは知ってはいるけれど、私はミィニアに危険な事をさせる気はない。
私としては、ミィニアを素敵な淑女に育てあげ。この領地を任せる積もりだ。
その為に必要なのは、あと、何かしら?
「あ、そうだわ。ピアノを買いましょう」
「ピアノですか?」
「そう、帝国の最新式のピアノ。グランドピアノと言ったかしら、それを輸入して一早くミィニアに教えるの」
「ですが、お嬢様は今もバイオリンを嗜んでおられますけれど」
「バイオリンはかなり上達したと聴いたわ、それに今の先生はピアノも出来るとか」
「そう言えば、言っておられました」
そうよ。
せっかくピアノも教えられる教師が居るのだもの、活用しない手はないわ。
「ガラテヤさんに手配をお願いね」
「はい」
セルルカにピアノをお願いして、ミィニアのピアノを聴くのを楽しみに再び仕事に戻る。
ミィニアのピアノが聴けるなら、この書類の山も直ぐにでも消え去ることでしょう。
ウキウキしている私とは対象的に、セルルカは溜息をついていた事は知らない。
「これで、お嬢様の勉強の科目は十。そろそろ、キレそうですね」