ヌ、座敷わらしルールルちゃんに怯える
花嫁修業ってさ。
炊事洗濯を勉強し、お淑やかに妻となり母となる為の修業の事を言わないかな?
金鉱脈を発見後、後でフェルに報告として今はダンジョンの奥へと進んでいるところです。
あの後、二度。魔物と遭遇しました。
一度目はやはり虫系の魔物でゲジゲジのような奴で毒を持っていたため。遠距離からの風の魔法で攻撃し、怯んだところでジーラスさんが止めを刺しました。
二度目は、不意の攻撃で戦いが始まってしまい。
只今、ルールルちゃん、いえ、ルールルさんが只々殴りつけています。一方的に、容赦なく。無慈悲に、笑いながら。
今や元の魔物の原型がわかりません。
「あの魔物ってなんです?」
「たぶん足長コウモリだと思うが」
足長コウモリれっきとした魔物だそうだ。但し、ドラゴンの餌らしい。洞窟やダンジョンの奥に住み、夜に外に出て獲物を探す。普通のコウモリと同じ特性を持つが、飛ぶのは苦手で獲物を狩る時はその長い脚で走って捕まえるらしい。
体長はルールルさんとそう変わらない。羽はそれに比べるとかなり小さく、確かに飛ぶのは苦手そうである。
足長コウモリは小さな羽を広げ逃げようとします。飛ぶのが苦手でも、逃げる時は飛ぼうとするんだと感心していましたが、ルールルさんは容赦なく足を取って叩きつけました。
誰か、ルールルさんを止めて下さい。
完全にバーサーカーと化したルールルさん。誰も止められないまま、本人が満足するまで容赦ない拳が唸りを上げていました。
「うりゃうりゃうりゃぁぁぁぁ!」
何アレ、怖い。
「お嬢様、口元が汚れています」
ルールルさんがそっと差し出したハンカチで、口もとを綺麗にする。
二つ目の寝床で、只今、休憩中です。
保存の効く干し肉と硬いパンでお腹を軽く満たしました。
「お嬢様、お水をどうぞ」
「あ、ありがとう。ルールル」
戦っている時とのギャップに、顔が引きつってしまうのは仕方がないよね。
「でも此処までで二回しか蟻を入れても三回しか魔物に会っていないね。ダンジョンって最も魔物が溢れているかと思っていたけれど」
お水で喉を潤しながら、疑問に思った事を聴いてみる。
「そんなダンジョンはひと握りよ。第一、魔物だって生きているのだから、食物連鎖が成り立たなければ、数は維持なんて出来ないわよ」
「それでも、ここは異常だ。アントがあれ程少ない事はないし、他の魔物も少なすぎる」
ダンジョンに魔物が溢れている事はないけれど、それでもここの魔物に数は異常に少ないそうです。
「さて、行くか」
一息つき、再び進む為に軽く体を動かす。
「それにしても、この地鳴りのような音はなに?」
キルキスさんが周囲を見渡しながら、この寝床について聴こえてくる音に不安を隠せない。
「わからん、出来ることは用心しながら進むだけだ」
ジーラスさんの指示で、ここまで来た隊形を崩し。全面にジーラスさんたちが歩き、その後ろをわたしとルールルさんで着いていく。
しばらくすると、前を進んでいたジーラスさんたちが止まり。何かに驚いていた。
「何ですか、この穴?」
通路の横に突然煙突の様な縦穴が開いていた。
最初の寝床を抜けた辺りから、分岐が増え。ダンジョンぽく成り、道を行き来する様な事もあった。だけれど、どれも分岐でありこんな縦穴は無かったよ。
「わからん、地竜ズムが掘った穴だろうがこんな縦穴を掘る意味がわからん」
キルキスさんが光を上と下に交互に送るが、何方もかなりの深さのようで、キルキスさんのコントロール限界ではどちらも何もわからない。
「地鳴りここから聴こえてくるね」
あの不気味な地鳴りは、縦穴の下の方から聞こえて来ているみたい。
「外に繋がる別の出入口でしょうか?」
「かもな、だがこの角度では俺達では進めんし、ロープで降りるのはリスクが高過ぎる。それに何よりも」
ジーラスさんたちは穴の少し上を見て周囲を見る。
「探していた戦闘痕がある」
わたしには解らないけれど、冒険者として一流と呼ばれるジーラスさんたちは、ココで戦闘があったと判断したようだ。
「さて、これは本当に危険だな」
話し合いの為、一度寝床の方に引き返す事になった。
冒険に危険はつき物だが、自分たちの能力を上回る事態に迂闊に首をつこまない事。悪評と成っても場合によっては引く事などは、生き残る為には必要不可欠の要素みたい。
「何かが居るのは間違いないなだろうな」
「先行していた連中はダメか」
「そうね、血の跡もあるのに無事だとは思えない、しかも、アントが少ないのもその何かのせいでしょうね」
血の跡とかあったんだ。
「あの縦穴をそいつが掘ったと言う事は?」
「いや、それは無いじゃろう。あの穴は、ここまでの穴と同じ掘り方だからの」
ジーラスさんたちは、どうしてもあの縦穴が気に入らないみたい。
そんなに気になるのか尋ねれば、皆さん頷きました。ついでにルールルさんも頷いているしさ。
「ここで帰還するか、更に探索するか結論を出したい」
ジーラスさんはここで帰還するのも有りだと、主張する。但し、その場合は今回の依頼は失敗に分類されるであろうとも告げる。
驚いた事に、ジーラスさんはわたしとルールルさんにも意見を求めてきた。
「私としましては、お嬢様の安全が第一ですのでここでの帰還を提案します。お嬢様の意見は、こちらに来る時に私の判断に従うと約束されましたので帰還に成ります」
おぉ!
マジか!?マジすか!?
わたしの意見は聴いてもくれないのですか?
「その話しは聞いてはいるが、それでも意見くらい言わせてやれよ」
ジーラスさんは苦笑している。
「わたしは行ってもいいと思うかな。でも、ダンジョンなんて初めて出し、決定には従うよ」
素人のわたしに意見を求められても正直困るよ。判断する材料がわかんないだから。
ジーラスさんたちも意見を交わし、最終的には進む事に成った。
「よし行くぞ」
慎重に、より慎重に進んでいく。
手には武器を構え、何かが居るのは間違いないなので、戦闘に成った場合は先制攻撃出来るように魔法も準備を整えておく。
炎系の魔法もキルキスさんから使用を許可をもらっている。
潜るに連れて、地鳴りが大きくなっている。
どのくらい潜っただろうか、何時しか分岐は無くなり。ただ、緩やかな下りが続いている。
「しくじったな」
ジーラスさんたちは、自分たちの判断の甘さに既に後悔しているようだ。それでも進むのは、ここで引き返す事は更に悪手だと思うからだ。
会話は消え、言葉も消え。
最奥と思われる広いホールへと辿り着く。
キルキスさんの光がそれを照らし出す。
ホール全体に散らばる赤黒い塊。
それは上で出会ったアントたちの無残な死骸。
まともな姿で残っているモノはなく、どれも食い散らかした跡だけしか残っていない。
その残骸の上にそれはいた。
ボロボロに傷ついた鱗。
噴き出た血が固まったのか、赤黒い塊が大きな傷跡を際立たせ。
右側の脚が異常な方向を向き、爪は折れ。
骨も飛び出ている。
ボロボロな鱗を辿り更に照らせば、折れた角。
焼け爛れ、潰された右目が浮き上がり。
それを照らす。
それは傷付きボロボロな姿を晒す巨大な竜だった。
「地竜ズム」
誰かが呟いた言葉が、響く地鳴りに掻き消される事もなく。
耳に響いた。