イ、座敷わらし異世界へ
座敷わらし。
東北の古民家に住むという、幸運をもたらす妖怪。
元は、その家の子供が転じて妖怪になったとも言われている。
その姿は、見た人によって異なる場合もあるが、多くは着物姿にオカッパ頭。
そんな座敷わらしは、途方にくれていた。
それこそ侍達がいた時代より住み続けた家が、取り壊されたから。
長年、家を守ってきた者達は総じて座敷わらしを大事にしてきたが、新しく家を継いだ男は早々に家を売ってしまった。
売った理由は、ここにショッピングセンターが建設予定で土地が田舎ながら高く売れるかららしい。
あと、家自体が立て直しや増築で、歴史的価値が低いのも理由のよう。
住みやすい方が良いと思ったから、住人が祀ってくれるなら住み続ける気でいたのにな。
これからどうしよう。
座敷わらしは途方に暮れながら、ショッピングセンターの予定の看板を見上げ呟いた。
「よし、異世界に行こう!」
家を祀るものがいないのなら、長年の夢である旅に出よう。
でも、この世界にいるときっと日本の情報に触れて寂しくなるから、異世界へ。
座敷わらしはウキウキしながら、姿を変えた家を後にする。
家や一族への座敷わらしの加護も、もう要らないだろう。
どうせ見たこともない相手だ。
遠慮する事はないが、別だん祟る気もない。
ただ、加護を外すだけだ。
向こうも好き勝手にするなら、こちらも好きにする。
そんな事を思いながら、知り合いの天狗の所に走る。
家から離れ、町から離れ、森を抜け、山を登る。
「天狗や〜い」
天狗を呼ぶ。
「誰かと思えば座敷わらしか、何用だ?」
「わたしを異世界に飛ばして!」
「は?」
天狗は何を言っているんだと、冷ややかな視線を送ってくるが気にしない。
「家がなくなったの、でね、いい機会だから異世界に旅に出ようと思って」
旅に出ようと思った気かけを天狗に話すと、天狗は神妙な顔をする。
「理由は分かったが、どうして異世界に行くのだ?
東京や別の土地でも、それこそ海外でも構わんだろう」
理由はコレと、袖からスマホを取り出す。
「これでネットを見ていて行きたいと思ったの。わたしには難しいけれど天狗には出来るでしょう」
「やれやれ、見た目はともかく実年齢は数百歳だろうに落ち着きのない。まぁ、よい。だがワシの力では送り出すだけじゃ。しかもどんな世界に飛ぶか分からんぞ」
戻って来ることは叶わないし、人が居ない世界かもしれんぞと脅されるが、気にしない。いや、少し気にする。
「人のいない世界は嫌かな、でも、それはそれか」
覚悟を決めて、改めて天狗にお願いした。
「分かった、ならばこれは餞別じゃ」
天狗が差し出したのは鍔のない刀だった。
「今のこの国では、妖怪でさえ必要がなくなった物じゃ。辿り着く世界にもよるだろうが、持って行くがいい」
鞘のまま持ってみて気がつく。
これ、付喪神化しつつあるね。
「ありがとうね!」
このまま持つのは大変なので、刀の力を使って小さくして、懐刀の様に帯に挿した。
「ふ、それでは座敷わらしよ旅立つがよい!」
天狗が扇を振るい体が軽くなる。
「あ、天狗、これあげるよ。どうせ使えるとは思えないから、刀のお返し!」
手にしていたスマホを天狗に放り投げる。
「まて、ワシはこんな機械類は苦手なんじゃ!」
「大丈夫、簡単だから、あ、一応はキャリアだから通信料は払ってね。二口女に頼めば手続きしてくれるし、料金もお布施で賄えるから大丈夫だよ」
「キャリアってなんじゃ!」
二口女は人間に紛れて暮らしている。
基本、日本美人だし口も達者だから夜の世界でもてているらしい。
「だから、どうしてお前がワシのお布施を知っている!」
「じゃぁね」
天狗の慌てる声を聞きながら、わたしは見知らぬ異世界へと旅だった。
「うっひょぉぉぉぉぉ」
落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる!!!!!墜ちている。
天狗の力を元に異世界へと旅だった、わたしですが、出現したのは遥か上空。
空の上。
雲の上。
現在、落下中です。
ま、妖怪なんで死ぬ事はないですし、良い事もありました。
遠くに街らしきモノを見つけたのです。
オレンジ色の屋根が特長的で、見る限りヤッパリ西洋風でしょうか。
遠くからではよく分かりませんから、このまま向かいましょう。
「妖術、天の羽衣!」
風の羽衣が体を包み浮かせる。
天女のお姉さんを脅して、ゲフンゲフン、教えてくれた風の羽衣で空を舞う。
風が、キラキラと衣のように輝くのが特長的です。
似合わないって?
余計なお世話です!
「では街へ・・・ん?」
『助けてぇぇぇぇ!!!!』
悲鳴が聞こえました
街とは反対方向からですね。
「ん一、あ!」
小さな人影を発見、妖怪じゃなければ見える距離ではないね。悲鳴が聴こえる距離でも無いけどね。
その小さな人影に何か大きな物が襲いかかっているようだ。
「仕方がないね」
見えちゃった以上、助けなければ嫌な気分に成ってしまうし。この世界の情報も得られるかもしれません。
軌道を変更し悲鳴の方に向かう。
「ドラゴン?」
全長十メートル程の西洋竜が、馬車を襲っています。
壊れた馬車と逃げようとして暴れている馬。
怯えているメイドさんと、メイドさんを庇う様に立つドレス姿の女性。
男の人が居ませんね。
ドレスの女性が風の魔法で対抗しているようですが、これは時間の問題ですね。
では、ドラゴンさん貴方に恨みはありませんが、か弱い女性を襲った罰です。
反省しなさい!
「ウルトラ、スーパー、ダナミック、グランド、バスター、天狗直伝キッーク」
風の羽衣を解いて、上空からのダイビングキック。
足に履いているのは、当然下駄ですので痛いですよ。捻りもオマケでつけましょうね。
「沈め!」
ドラゴンの後頭部に直撃しました!
ドラゴンが断末の叫びを上げる間もなく、十メートルの体ごと地面にめり込みます。
流石、上空からの蹴りです。
ドラゴン。
動かなくなってしまいました。
やり過ぎたみたいです。
「ごめんなさい」