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死望理由書

作者: 神崎 陵

「はい、次の人ど〜ぞ」

 書類をめくりながら了承の意を扉の向こうにいる人に伝えると、すぐにノックの音がし、断続的に扉が開いた。扉の先には若い女の人がいた。若い、たぶんまだ学生だろうか。中学、高校生ぐらいだと思う。その子はゆっくりと入ってくると、俺と机をはさんで置かれているイスに座る。

カタカタと震える指先から察するに、ゆっくりと、おびえているようだ。

 まぁ、どうでもいいけど。

「はい。んじゃ、君が死にたい理由はこの書類に書いてあるけど、本当に君はさ、死にたいって思ってる?」

「…はい。見たならわかるはずですよ、私が何で死にたいのか」

 いや〜、ね。それはわかるよ、書いてあるしさ、ばっちりと。

 彼女は、彼女の義父に、強姦された。何度も、何度もね。ずーっと小さいころからさ、いままで。彼女の義父とは母親が連れてきた愛人だ。そしてめでたく結婚して、幸せな家庭を築け―――たらよかったのにね。男の目的は母親じゃない、娘だったんだ。まだ小学生だった彼女は何も知らないまま、泣き叫びながら抵抗したが犯された。そしてずーっと、誰にも助けてもらえなかった。もちろん幼かった彼女は母親に助けを求めたが、母親は助けるどころか娘を叱った。殴って、蹴って、暴言を浴びせて、なにをしたかな? で、現在に戻って死にたい、と。

 …で? その程度で君は死にたいの?

 生きたいのに死ぬことしかできない人間がいるのに? 身体を売ってでも生きている人はいるのに? 心がズタズタでも這いつくばって生きている人もいるのに? 呼吸しかできなくても生にしがみついている人もいるのに? 生きることを望んでいる人もいるのに? 生きたいと思っている人もいるのに?

「きみは、死を望むんだね?」

 別に死を望むことは悪いことじゃない。この社会、ストレスはたまる一方だし解消する術も年々減ってきている。それも君が望んでいるならいいよ、強要されてないならいい。俺には関係がないからさ、生きようが死のうが、そんなのどうだっていいんだよ。ただ俺の給料がちょっとばかし減少傾向になるかもしれないってだけ。だけどさ、気になるんだよね。その程度の絶望で、君は死を望むんだよね?

 生という希望を捨てて、死という絶望を望むんだよね?

 それが、君の希望なの?

「死を、望みます。死にたいんですよ、死にたくて、死にたいんです!!」

 彼女の体は震え、震えていた。恐怖のせいか、希望のせいか、はたまた絶望のせいか。

 それすらも、俺にとってはどうでもいいこと。

「んじゃ、どうぞ。これで死ねるしさ、使い方ぐらいはわかるでしょ?」

 机の引き出しにしまっておいたものを彼女の方にぽいっと投げる。投げたものは、36口径の拳銃。装填した弾は1発だけ。

 死ぬのに必要なのは、1発のみ。

「…えっ?」

「あのね、ここで、この時点で君は死ぬことが許可されました。だけどね、俺が殺すとはいってないのよ、決まってもないし。殺されることは許可されてるだけ、老人とか、身体が欠損しちゃってる人ようにね。通常の人も気分次第では殺してあげてるんだけど、君の場合は無理だったからさ。だからさ、自殺でもいいよ。死にたいんでしょ、死んだら?」

「…でも、自殺は……」

「大丈夫だって。ここでは、大丈夫なの。だからさ、死んでよ」



 この世界は変わった。自然災害や少子化とかで、人口は衰退の一途をたどっていた。人口の死亡理由でふせげるものはふせいでいこうと、政府から「自殺禁止令」が施工された。内容は自殺を禁止する――だけではなかった。

 人類は監視された。24時間、ずっとだ。ふせぎようがある死因のみ、人類は助けられ生かされている。むしろそれ以外は、全く手を触れないし、口を出さない。申請でもしない限り。イジメとか、強姦とか。そういう類いのは助けない。死にたくてしょうがないのに死ぬこともできない。自殺をしようとしても、無理やり生かす。絶対に助けられる。死ねないのだ。強制的に、人類は生かされる。

 反対ももちろんあった。が、ある施設の建設と共に苦情は消えた。

 それが、ここ。「死望事務所」だ。かつ俺の職場でもある。国に一つだけの国家機関。

 でも、建てたからってすぐに人を死なすわけがない。まず書類考査が3回で、そのあと面接が2回。で、最後に判決を下す閻魔的な役割が俺に与えられた。「生」か「死」か、決めるわけ。俺のところに来られるのは死にたい人のほんのわずか。殺すわけにはいかないし、生かし続けるためにね。

 人って、変なところで必死だよね〜。

「……死…にた…い」

「うん、知ってるよ。ほら死んだら?」

 拳銃を握りしめ、自らのこめかみに押し当てる。後は引き金をひくだけなのに、引かないと死ねないのに…。なのにさ、死のうとしない。

「…死ねよ」

 ボソリとつぶやいた瞬間、パッンと爆音がした。

 彼女は――死んでない。

 弾丸は、俺の後ろの壁にめり込んでいた。位置は、俺の首元からわずか2センチ程ずれた場所。

「…なにしてんの?」

「…なんなのよ、アンタ。何様よ、アンタ! 自分だけ高みの見物で、辛いことなんかありませんみたいな顔して、アンタなんかに私の気持ちなんか、わかるわけがない! アンタが、死ねばいいのに!!」

「は?」

 なんだコイツ、逆ギレ? マジかよ、ここで? 言ってることもわからないし、つか意味がわからない。俺はお前の気持ちなんかわかるわけがないじゃないか。つか、なにさ? たかが強姦が何年も続いたぐらいで死のうとしてるの?

 アホらしい。バカらしい。

 それに、こいつには死ぬ気がない。だから、もういらない。

「お〜い、こいつは失格。連れてって〜」

 言い終わりと共に、スーツ姿の男が二人入ってくると、彼女を抱えて連れて行く。さんざん抵抗して「人殺し」とかなんとかわめいていた。まぁ、どうでもいいけど。そうですよ、人殺しですけどなにか? 

 俺はね、好きで人を殺したことはない。仕事だよ、ビジネス? ワーク? そんな感じでシクヨロってことで。

 と、冗談を言っているうちに天井に取り付けられたスピーカーから就業時間を知らせる音楽が流れ出した。はい、今日のお仕事は終わり、おつかれさまでーすと。身支度をとっとと整えると会社から出た。こんなところ、長居する理由もない。

 正面入り口を通りかかると、いまだ希望者が列をなして並んでいる。これをほぼ毎日見るたびに思う。「甘えるな」って。

 その言葉は自分にも言える。他人なんか、頼るわけにはいかない。だから、死にたかった。無性に、理由――はあったが。

 両親が、兄弟が理不尽に殺されました。友人が目の前で殺されました。俺だけが生き残りました。何度も殺されかけました。犯されることなんて日常でした。殺すことも日常でした。血を雨のように浴びました。殺されたくて、殺したくて、わけがわからなくなりました。

 死にたくて自殺しようとしたら、止められました。

 意味がわからなかったけど、生かさしてくれるから、殺さしてくれるから、やめた。

 それが俺の、役割だった。

 人を殺して、その亡骸の上でやっと、俺は眠ることができる。でも、何時も目を閉じるときに一つしか考えられなかった。



「――――死にたい」



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