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8.剣士の事情

1/14 誤字訂正

 センさんの暴れぶりが暴れ牛レベルになりました。

 最高に面倒くさそうな暴れ牛。

 だけどまぁちゃんは、楽しそうに大人しくさせました。

 縛り上げるという力業を持って。

 

 息荒く、まぁちゃんを睨み上げるセンさん。

 だけど体は荒縄で縛られています。

「まぁちゃん、こんな本格的な縛り方どこで習ったの?」

 魔王の基礎教育にそんなのありましたっけ?

 何だか拷問吏の様な見事さですが…

 まぁちゃんは私の疑問に肩を竦めて否定。

「七、八年前にヨシュアンの奴が人形相手に色んな縛り方実践してるのを見て覚えた。何してるのか聞きたくないんで、声はかけなかったけどな。なんで奴が軍の鍛錬場でそんなことをしていたかは謎だ」

 …ッ 画伯、貴方の仕業ですかー!?

 七年前って言ったら、私十歳! まぁちゃんは十四歳!

 そして画伯は十七歳ですよ!

 何してんの、画伯…

 あの人は、色んな意味で本当にぶれない…

 何をしていたのか大体想像が付くけれど、私は心の中での追求を中断した。

 そこまで思考を回らせたくは、なかったので。


 七年前、画伯はただ犯罪者の拘束術を復習していただけでした。

 しかしながら彼の肩書き故に、大いなる誤解が加速して…

 それを指摘する人は、何処にもいませんでした。



 さて、恥ずかしくも本格的に縛られちゃったセンさんですが。

 縄の食い込みに身を捩る芋虫と化した、彼。

 それを見下ろす超絶美青年なまぁちゃんと村娘の私。

 シュールな絵面だ…。

 芋虫は反骨精神だけはたっぷりに、私達を見上げています。

 何か言いたいことがありそうなので、猿轡を取ってみました。

「……ッッお前ら、俺を騙したのか!!」

「騙してないよー。黙ってただけで」

「五月蝿いっ あんたも魔族か!?」

「あ、私は正真正銘の人間でーす」

「…???」

 あ、センさんが混乱した。

 私とまぁちゃんを見比べる、芋虫センさん。

「……………従兄弟、なんだろう?」

「俺の片親は人間なもので」

「私の両親はどっちも人間です」

「?????」

 さあ、混乱している隙に畳み掛けましょう!

 反論できない今がチャンスです!

 今なら好き放題に何でも言えますよ!

 私達は芋虫を取り囲み、言いたい放題言い出しました。

「だからさあ、ここはそういう土地だって言ってるだろ」

「そうですよー。共存しているんですから」

「お前のそういう、波風立てるような態度は目について仕方ないの。わかる?」

「今は良くても、その内に絶対魔族から洒落にならない因縁付けられますよー。

あの人達、活きの良い戦士大好きだから」

「そーそ。リアンカ良いこと言った! 魔族を舐めるなよー?

反骨精神強くても、面白がられるだけだからなー」

「目立ってたら面白がって決闘百連戦とかさせられますよー。勝敗に関係なく」

「リアルに血の雨が降ると、後で俺が伯父さんに怒られるんだよ。

配下の躾も出来ないのか、監督責任がなってないって。俺、超迷惑」

「うちのお父さんの怖いこと、センさんもおわかりですよねー? それに魔族って強くて脳筋な人ばっかりじゃないんですよ? 変わり種の変人層だって異常に分厚いんですから。ほら、ヨシュアンさんを覚えているでしょう?」

「彼奴らは魔力や能力が強すぎて脳をやられてるんじゃないかと時々思う」

「誰よりも強いまぁちゃんが何言ってんのー?」

 正に言いたい放題。

 つけいる隙どころか、口を挟む隙は一切無しです。

 代わる代わる言いたいことを言いたいだけ言い続けると、センさんが目を回しました。

 …混乱してるところを畳み掛けたから、極致に至ったようです。

 ひとまず休息を取らせようと、私達は近くのベンチに芋虫を転がしました。


「――さて、リアンカちゃん」

「なぁに、まぁちゃん」

「此奴みてぇな奴の目、知ってるか?」

「なんなの?」

「うん。……復讐を誓った奴の目だ」

「それは…久々に物騒なお客さんだね?」

「まあ、魔王城には(たま)にそういうお客さんも来るけどな」

 さて、家族か恋人か友人か…

 呟くまぁちゃんは、滅茶苦茶面倒臭そうな顔をしていました。

 思案する顔は麗しいのに、内心では何を考えているのやら。

 まぁちゃんは言います。

「リアンカ、復讐を志す奴を止める方法ってわかるか?」

「復讐を成就させるとか?」

「それは、復讐者にとっちゃ理想の終わり方だな。だけど現実に、復讐ってのは達成できるとは限らない。おまけに魔族は他の奴のやらかしたとばっちりや二次災害も多い」

「まあ、一人の犯行がよく種族全体への恨みに繋がったりしてるよね」

「俺なんて、とばっちり食いまくりだぞ。いくら魔王でも泥被らせすぎだろって思わなくもねーし」

 皮肉な笑みを顔に貼り付け、まぁちゃんは内心の窺えない目でセンさんを見ている。

 センさんにどんな正当性があって魔族滅べとか言っているのかは分かりませんが。

 世界の流れ的に、大多数の人間にとって魔族は敵ですから。

 例え本当に復讐が目的だったとしても、違っても。

 彼が魔族滅べとか言うことに、違和感はありません。

 だけどまぁちゃんは、その発言は復讐心から来る物と完璧に決めつけている様子で。

 気を失っている芋虫の顔面に顔料で落書きし始めながら、蕩々と語り出しました。

「まあ、リアンカが言ったのは復讐を終わらせる方法で、復讐を止める方法じゃないな。

俺が言いたいのは、復讐を止めさせる方法」

「そんな、それこそ面倒そうな方法が重要なの、まぁちゃん」

「ま、俺だってこの村にはいつだってずっと平和でいてほしいからな」

「魔族の人って、この村が平和であることに拘るよね」

「良ぃだろ。この村はある意味じゃ俺の理想郷なんだよ」

「まぁちゃん、牧歌的にほのぼのした空間好きだもんね」

「生育環境があの寒々しくて禍々しい城だからな。自分の持たない環境に憧れるというか、城が禍々しいだけに村に来るとホッとするんだよ。この村にはずっとこのままでいて欲しいもんだぜ」

 そんな、平和を謳いながら。

 まぁちゃんの手元は休むことなく、争いの火種を量産し続けていました。

 センさんのお顔が、大変愉快なことになりつつあります。

 そして私も、実はまぁちゃんが顔料を取り出した時点で加わっています。人魔共同作業です。

 まあ、まぁちゃんは村の平穏に憧れているというだけで。

 自らが平穏で穏便に生きたいとは一言も言っていませんから。

 まぁちゃん曰く平和で平穏なこの村も、まあ。

 他所から来た人にとっては、色々と常軌を逸している訳ですし。

 そんな環境で育った私達が、過度な悪戯好きでも別に構いませんよね?

 今実際に被害に遭っている、センさん以外は。


 センさんの現状(顔面):

 平和を愛する青年らしく、まぁちゃんが均等・平等を唱えまして。

 無用な争いを避けるべく、私とまぁちゃんで陣地を平等に分けました。

 まず真っ先に、被害者の額から顎まで、鼻筋に反って真っ二つです。

 分かりやすく、赤の顔料で中心線を引きました。

 それから顔の右半分がまぁちゃんの陣地。

 反対側の左半分が私の陣地です。

 まぁちゃんは緑の顔料を使い、私は白い顔料を使うことにしました。

 センさんは肌がよく焼けているので、白はよく映えると思ったんですよ。予想通りでした。

 それから二人、会話をしながらも手は常に動き続けています。

 いつしか落書きも、顔面右と左に別れて無意識に統一感のある落書きが施されています。

 仮にテーマを付けるとしましょう。


 私のテーマ:トロピカル美人局(つつもたせ)(壁画風)

 まぁちゃんのテーマ:ハリケーン咬ませ犬(写実的)


 …うん、仮に名付けるとしたら、こんな感じだと思いました。

 そして「どんなだよっ!?」とツッコミを入れてくれたに違いない勇者様(ツッコミやく)が不在なので、私達に歯止めをかける人は誰もいませんでした。


 手元は悲劇を図画に描き出しながら、私達は会話を続けていました。

「復讐を止める場合には、幾つかパターンがある」

 まぁちゃんの声は深く、手元で大層なおふざけをしているとは思えないほど。

 全力で遊ぶ手とは、別の生き物だったかと思うほどに静謐で。

 私は耳を静かに傾けながら、やっぱり手だけは適当に動かし続けていました。

「どんな場合があるの?」

 私は尋ねました。

「大まかに分けて死ぬまで…殺されるまで止めない奴、復讐対象に何らかの特別を感じて殺せなくなる奴、復讐に見出していた価値を見失った奴、復讐とは別の目標を見付けた奴、それから新たな幸せを見付けた奴…ってところか。まあ、もっと大事なもんを見付けて止まれる奴は幸せだよな。葛藤が少なくて済む」

「そんなものなのかなぁ…」

「そんなもんだ。もしかしたら他にもあるかもだけど、俺がパッと思いつくのはこれくらいだな」

「ふぅん…? ああ、それで、センさんはそのパターンのどれに当てはまるの?」

「一番面倒臭いやつだ」

 まぁちゃんは、即答でした。

 それに驚きながら、私は好奇心を抑えずに問いかけます。

「一番面倒って、死ぬまで止まらないっていう?」

「いや、違うな」

 あれ、否定されてしまいました。意外な…。

 きっぱりと言う、まぁちゃん。

 それじゃあ一体、何なんですか…?

 まぁちゃんは言いました。


「奴は、新たな幸せを見付けるまで止めない奴と見た」

「うわ、確かに物凄く面倒そう」

 おやうっかり、正直な感想が。


 取り敢えず全ては推測の段階。

 これ以上は本人の口を割らせないことには分からないでしょう。

 そしてまぁちゃんは、その口を唐竹の如く割開く気持ちで一杯でした。

 なんでそこまで話を聞き出す気になるの?

 私の場合は単なる好奇心。

 そしてまぁちゃんの理由だって簡単です。

「被害の拡大を防ぐ為に決まってんだろ」

「被害の拡大? でも魔族の人は、襲いかかられたところで大喜びなんじゃ…」

「魔族に与える被害を心配している訳じゃねーよ。魔族は喧嘩に場所を問わないんだぞ?

監督不行届及び周囲への損害拡大で、俺が伯父さんに叱られる被害の拡大を恐れてんだよ」

「ああ、なるほど」

 他人のことより、まず自分。

 とても魔族らしい振る舞いだと思います。

 父さんに叱られるのが嫌で仕方のないまぁちゃん。

 放っておけば所構わず魔族に喧嘩を売るセンさんをどうにかしたいみたい。

 村で死闘でもされて建物を壊されようものなら、父さんの説教三時間コースですよ。

 だからと言ってセンさんに悪さをしたら、それこそ父さんに叱られるでしょうし。

 どうするのかな、と思っていたらまぁちゃんが言いました。

「取り敢えず、無差別に喧嘩を売るのだけでも抑制するか」

「そんなことができるの?」

「ああ。此奴が復讐者で、魔族を狙う理由は大事な誰かを殺されたからだと仮定して」

「推測だから本当にそうかは分からないけれどね」

「まーな。だけどもしそうだとした場合、実際に手にかけた魔族と無関係な魔族がいたら、セン何某とやらはどっちを狙うと思う?」

「ああ、成る程」

 それは問うまでもない問題だと思いました。

 つまり、こういう事ですか。

 センさんの復讐に関わる魔族をリストアップすることで、センさんの狙いをある程度絞らせる。 

 そうして限定されたとしても、魔族なら簡単に殺られるとは思えません。

 そうやってセンさんの目を惹き付けて誤魔化すんですね!

 これなら確かに、被害が広がることはないでしょう。

 より多くの魔族を殺したいセンさんです。

 でも大事な人を殺した魔族と殺していない魔族がいたら、殺した魔族を狙うに決まっています。

 というか、優先して狙ってくれるでしょう。

「その為には、殺されたのは誰で実行したのは誰か突き止める必要があるな」

「本人に聞いたら早いと思う」

「だな。だけど素直に答えると思うか?」

「口を割らせるのに時間かかりそうだね」

「自白魔法は精神障害の後遺症が出る恐れがあるし」

「それ使用禁止されてたよね」

「魔王にまで強制できる輩はいねーぞ?」

「使ったら間違いなく父さんに叱られるよ」

「まあ、俺も使わないけどな」

 さて、どうやって口を割らせましょうか。

 自白剤でも用意しようかな…?

 私も思わず物騒な考えにふけってしまいます。

 だけどその思考を、まぁちゃんが中断させました。

「リアンカ、こいつの出身は?」

「北方エムエルエス語を習得しているし、あの流暢具合から北方エルエス王国の出身だと思うよ」

「ああ、あのちっさい国な」

「小さいの?」

「おう。北方の小さな都市国家だな。国民性は粘り強くて活気がある」

「へえ。それならこの間のシェードラントより少し小さいくらい?」

「まあ、そんなもんだな。あんまり小さな国なんで、国民の殆どは互いに顔見知りって話だ」

「まぁちゃん、小さな国なのに詳しいね」

「出身者がいるだろ。孤児院に」

「あ、リス君?」

「ああ、奴に聞いた」

「ふぅん…? みんなが知り合いの国なら、後でトリスト君に何か知らないか聞いてみる?」

「良い考えだ。でもそれより先に割ってみるか」

 センさんの口を。


 ※残酷な光景のため、描写を割愛させていただきます。


「まぁちゃーん、物理的に割るの?」

「あ、つい」

「ついで割られて堪るか!!」

 あまりの衝撃で、センさんが目覚めました。

 その姿は相変わらず芋虫ではありましたけれど。

 目を覚ましてくれたお陰で、大いに話がしやすくなったと言えましょう。

 まぁちゃんと私はさも親切そうな顔で、センさんの肩を叩きました。

「私達の間には、大きな誤解があると思うんです」

「だな。俺達はお前にとっても同情しているんだぜ?」

「哀れなことにさせた張本人が何を言う…っ」

 あ、怒って頭に血が上ってるみたい。

 ちゃんと話を聞いて貰う為には、冷静になって貰わないと。


「画伯を呼びますよ?」


 センさんが、ぴたりと大人しくなりました。

 目、物凄く虚ろです。

 ここまで多大なトラウマになったんですね…。

 画伯の一言で虚ろになるセンさんは、それからは物言う屍状態で。

 私達に対しても、とっても素直になりました☆

 …いや、それで済ませて良い精神状態でも無さそうでしたけれどね。



 

「はぁ? 兄と慕っていた親友を殺された?」


 センさんの殺意の動機は、まぁちゃんの推測ピタリ復讐でした。

 一応、実行犯を捜すという私達の言葉にも応じてくれて。

 現在、ぼそぼそとですが事情を聞いている最中です。

「ああ。俺達の国に魔族が攻めてきた時、姿を見失った…以来、誰も見た奴がいない。俺の国はとても小さい。例え戦火にはぐれたとしても、生きていれば絶対に会えるはずなんだ。だけど、彼奴は争乱が終わっても出てこなかった…どこにも見あたらなかった…」

 暗い顔色でぼそぼそと語ります。

 普段の爽やかで活力に満ちた姿とは、これもまた別人のようで。

 このお兄さんは、一体どれだけの顔をお持ちなのでしょう。

 百面相みたいだなと、ぼんやり思う私。

 だけどまぁちゃんは、そんなこと全く気にしていないみたいで。

 話に引っかかる物があったらしく、考え込む顔つきで。

「それ、何年前だ…? 北方エルエスに魔族が進軍って、俺の記憶だと十年以上前の気が…」

「え」

 なんですと。

 私達二人がじっとセンさんを見ます。

「な、その兄貴分って何歳年上だ?」

「一つ、だが…」

「殺された時、何歳?」

「確か、十一歳……」

「「それはない」」

 図らずも、私とまぁちゃんの声がそろいました。

「は? ないって、何がだ??」

「いや、だって十一歳ってもろに子供じゃないですか」

「紛う事なき、子供だな」

「「だから魔族に殺されたという訳はない」」

 私達があまりにも強く断言したからでしょうか。

 センさんがぽかんと口を開けて固まりました。

 

 自分より強い者や名だたる武芸者には喧嘩を売りたくて堪らない、戦闘狂いの魔族さん。

 ですが彼らはそれとは異なるもう一つの習性を持っています。

 それは己より小さくか弱いイキモノを見ると、保護欲をかき立てられるという習性です。

 特に弱った小動物や子供が弱点と言えましょう。

 魔族は魔族だけでなく、あらゆる種族の子供を大事にします。

 野生動物なら放っておいても生きていけるでしょう。

 だけど人間の子供で、更に身寄りが無くて弱っているとなると、もう駄目です。

 彼らはまず間違いなく、拾って帰ります。

 「自分が守ってやらなければ、この子は死んでしまう…!」という気持ちに駆られるそうです。

 そして拾った後も心配で、心配で、何かと気を遣います。

 魔族は本当に、根っからの子供好きなのです。

 そんな彼らだからこそ、十歳前後の子供を殺したなんて有り得ない。

 事故という線も考えられるけれど、もし少しでも怪我を負わせたのなら全身全霊でもって回復させる為の努力に走りそうな種族なんです。

 これが本当に子供を殺したとなれば、自責の念で失踪するくらいはします。

 他の魔族に知れたら、間違いなく袋叩きですよ。

 そんな子供大好き魔族が、子供を殺した、とは…

 もしもそうなら、戦の最中だったと言うし、他の出兵した魔族達の間で噂になりそうなもの。

 詳しく調べる為にも、もう少しセンさんに細かく聞いてみましょう。


「その、被害者の特徴は? どんな子だった」

「線が細くて、黒髪。目は緑だ。小柄だけど手足が長かった気がする。

目端が利いて、度胸もある。あと、目が良すぎてよく目眩を起こしていた」

「…………」

「…………」

 なんでもないような、その特徴。

 だけど聞いていて、私とまぁちゃんは誰かを彷彿としました。

「……その人、孤児だった?」

「あ、ああ。火事で親を亡くして、俺の家で面倒を見てた。

親御さんが死んだ火事で手首を焼いてな。大きな火傷が左腕に…」

「そこまで聞けば充分です」

「は…?」

 …わあ、やっぱりどっかで見聞きしたような特徴!

 なんだかセンさんの言う人物の特徴に、大いに心当たりがありました。

「………ああ、リアンカ。さっき言ったパターンに一つ付け加えるわ」

「なにかな、まぁちゃん」

 さっきのパターンって、復讐を止める人の種類だよね?

 確認を取るとまぁちゃんは重々しく頷き、言いました。


「復讐の理由がそもそも勘違いだった奴」

「………だね」


 私達は大いに、肩すかしを食らった気分。

 二人で脱力して、溜息を吐いて。

 それからセンさんに、哀れみの目を向けていました。


「ちなみに、その死んだ彼のお名前は?」

「それも、調べるのに必要なのか?」

「ええ、ちょっと孤児院のリストの方に…」

「……孤児院」

「いえ、此方の話です。そもそもそれも必要なさそうですけどね」

「まあ、とにかく名前を言えよ」

 私達の再三に渡る要求に、センさんは首を傾げながら言いました。

 十年以上昔、魔族の餌食になったという少年の名前は…


「トリスト。トリスト・ゼルンクって名前だったはずだ」

「「わーお」」


 大当たり。


 やっぱり、という確信。

 私達は半笑いで、センさんの肩をぽんぽんと叩きました。



 名前はトリスト・ゼルンク、歳は二十五。

 黒髪で緑の瞳。そして左腕に火傷の痕跡。

 北方エムエスの出身であり、身よりのいない孤児。


 ええ、全ての特徴が当てはまりました。


 復讐の剣士、センチェス・カルダモン。

 彼の費やしてきた、復讐への努力と年月。

 それを思って虚しさを感じます。

 彼が復讐を誓ったのは兄と慕った親友故。

 

 でもね。

 全部、無駄かも知れないよ。



 だってその人、生きてるし。



 その事実を告げたら、センさんはどうなってしまうでしょう。

 真実を告げたその後を思い…私達は、彼が可哀想でなりませんでした。




「あ、ちなみに同姓同名の人がお国にいたりは…」

「それはないさ。うちの国は小さいって言ったろ? 誰かと同姓同名になんねぇように避けてたら、絶対に同姓同名の人間はいない」

「「……………」」


 断言してしまう、彼に幸あれ。






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