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6.勇者様の事情そのいち

勇者様がずどんと落ち込むの、次回に持ち越しです。


1/26 修正

 センさんが勇者様のお国に足を向けたのは、勇者様が旅立った二週間後のことだったそうです。

 そこで従者に手紙を託され、魔境へ走ったそうですが…

「……待て、お前、どうしてこんなに早く着いたんだ」

「わあ、勇者様。いつ頃から話を聞いていたんですか」

 いや、特に何か隔たりがある訳でもないし、耳を傾けたら何とはなしに聞こえるでしょうけれど。

 自分の世界に閉じこもっていると思われた勇者様。

 それが、いつからかセンさんの話を聞いていたようで。

 いよいよセンさんの話が核心へと到達すると、勇者様は自分の疑問を口にされていました。

 でも、ちょっと待って。勇者様。

 私は首を傾げます。

「むしろ遅いくらいじゃありませんか? 勇者様が魔境に来てから随分経ちます。

二週間なんてとっくに過ぎたのに、到着にこんなに差が出てますよ」

「俺は、持てる限りの全てを使って魔境を目指した。今までに出したことのない切り札も使った」

「…?」

 何を言いたいんでしょうか?

「俺は、追っ手を振り切る為だけに最短時間での魔境到達を目指したんだ」

「追っ手、ですか…?」

 説明が不親切です。

 意味が分からなくて首を傾げても、勇者様はむっつりと黙り込んでいます。

 そんな私の疑問を解消してくれたのは、センさんで。

「金もコネも権力もフル使用で魔境目指したんだよ、ライの奴。

使用に面倒な許可申請やら使用料やらかかる転移門も、権威を惜しまず使って押し通りやがって」

 それ、権力に物を言わせて強引に突破したって事ですか?

 金、コネ、権力って…嫌な三種の神器が発動した訳ですか。

 でも、それを使ったのが勇者様?

 この謙虚で生真面目で善良な?

 清廉潔白を絵に描いた様な勇者様が?

「……なんだか、勇者様の性格に合いませんね? 違和感があります」

「それだけ必死だったんだ、俺は…」

「お陰で追う俺もどんどん引き離されて、見ろ、数ヶ月の遅れだ。お前、どれだけ必死なんだ」

 聞けば、センさんも勇者様の従者に通行証やら何やら都合して貰ったそうで。

 普通の旅人よりも有利な条件で勇者様を追ったそうです。

 しかし、引き離される差は広がるばかり。

 最短距離を、一直線に突き進まれてしまったそうで。

 普通の勇者様なら、そこは敢えて遠回りやなんかして、経験を積んでいく所じゃないんですか?

 そうやって強くなりながら、魔境を目指すと聞いていたんですけれど…


 なんと、勇者様が魔境に到達するのに費やしたのは半年だそうです。

 しかもその殆どの時間は移動時間。

 

 そんなことするから、最終局面の魔王城を目前にして自分磨き(レベルあげ)なんてする羽目になるんじゃ…


 疑惑の目を向けたら、勇者様はただ必死だったと繰り返します。

 センさんじゃありませんけど、本当にどれだけ必死だったんですか。

 そして、なんでそんなに必死だったんですか?

 尋ねても、勇者様は黙して語らず。

「聞くに、そこでその『追っ手』とやらが関わってくるんだな?」

 まぁちゃんの問いかけに、諦めた様子で一度だけ頷き。

 だけど口は硬く噤んでしまいました。

 さて、どうしよう。

 しかし私達の疑問に関係なく、センさんと勇者様が会話を続けます。

「………(ここ)での様子を見て、もしや治ったのかと思ったんだが…

……その反応、ライの奴まだ女が怖ぇんだな?」

「治るわけがないだろう!?」

 ああ、勇者様が猛然と反言を。

 跳ねるように顔を上げて、強く否定します。

 でもその物言い、ちょっと情けないですよー?

「お前は、女性の集団が如何に恐ろしいか知らないから…!」

「俺はお前の反応の方が理解できねえ。あんなに女の子にモテモテで、何が不満だ」

「命と貞操の危機があるところだよ! これはもう、条件反射で怖いんだ!

彼女達の、常軌を逸した眼差しが!」

「どんな目に遭ったら、お前みたいに強い男がそんなに怯えるんだ…!?」

「……………」

 勇者様は貝のように黙り込んでしまいました。

 言葉よりも明確な拒絶に、余程のトラウマがあるのだろうと感じます。

 センさんが重苦しく溜息を一つ。

 これは、触れると厄介になりそうだと誰だって分かります。

 だからでしょうか。

 センさんも触れるのは止めたようで白けた顔で。

「……ったく。横に女の子連れて平然とした顔してるから、改善されたのかと思ったのによ」

「いや、私の方が特別なんだと思いますよ?」

 何しろ私は、まぁちゃんのお陰で美形に耐性がありますから。

 それに状態異常に対しては無敵状態ですよ、私。

 魔王(まぁちゃん)の状態異常付与に接している内に、耐性ができましたから。

 でもセンさんはそんな事情を知らないので、私の顔をきょとんと見ています。

 …何を思いついたんでしょう?

 じっと私の顔を見ながら、センさんがぼそりと。


「あんたが特別、ね……なに? やっぱあんたライの恋人か何か?」


 違います。やっぱりってどういう意味ですか。

 …と、私が否定を入れるよりも先に。

 間髪を入れる勢いで、


「なんてことを言うんだ、お前は!!」


 立ち上がる人がいました。

 勇者様です。

 彼は憤然とした様子で、ぽかんとするセンさんの襟首を掴み上げました。

「若い女性相手に失礼な勘違いは止めろ! 何より、まぁ殿の前でなんて事を言うんだ!

お前は俺を殺したいのか!?」

「え、どういう意味?」

 そう言う意味だと思います。

 私の隣で不気味に笑む、まぁちゃん。

 瞳が一瞬だけギラリと光り、勇者様は怯えたように肩を震わせました。

「……リアンカやせっちゃんを嫁にしたけりゃ、俺を倒してからにするんだな」

「よく言った、まぁちゃん。本当に、娘の安否は君に任せれば安心だな」

 うんうんと頷きあう、伯父と甥。

 私のあずかり知らぬところで、何の密約ですか。

 意気投合する、我が身内。

 どうやら私と結婚する相手には多大な苦難が待ち受けている様子です。

 未来の恋人がどんな人かは知りませんけれど。

 私との結婚という道は、魔境で一番波乱に満ちた物になりそうです。

 私、結婚できるかな……。

 自分の未来という先の見えない暗黒に、寒々とした絶望が待ち受けている気がしました。


 

 話が脱線しました。

 混沌に陥りかけた場を、父さんが手を一つ叩いて注目を集めます。

 …そういえば、何気なく父さんも拝聴しているんですよね。

 どうやら父も話の先が気になる様子。

「皆が騒然としてきたので、今出ている情報を整理しよう」

 ゆったりと穏やかなのに、有無を言わせない口調。

 魔族獣人妖精、人間。その他。

 様々な人種が入り乱れ、魑魅魍魎が闊歩する魔境。

 そのただ中で我が村を統率してきた男の威厳が醸し出されております。

 それに飲まれたのか、騒いでいた勇者様やセンさんも黙って座り直しました。

 すっかり、全員が大人しくなっております。

 流石父さん、魔王親子が恐れる男(笑)。

 魔境の名だたる豪傑が『男前』と認める父さんならではの静かな迫力です。

 子供の頃に説教されたのを思い出したのか、まぁちゃんが正座になっていました。

 気付いたら私も正座になっていました。

 いや、母さん以外の全員が正座でした。

 そんな私達を尻目に、父さんがゆったり続けます。

「勇者君は追っ手を恐れ、勇者に選出されるや全速力で魔境を目指した。

そしてセン君は手紙を携えて後を追ってきた。此処までは良いとしよう」

「……………はい」

「………仰るとおりで」

「勇者君は聞くところによると、人間の国々では名の知れた剣士だそうだな?」

「まぁ殿を前にしてはお恥ずかしい限りですが、はい…」

「おい! 恥ずかしいって…彼奴、そんな強ぇの!?」

「セン君、話の脱線は控えてもらえないか」

「………はい」

 父さん、独壇場。

 しかし場の雰囲気はお葬式のように静まりかえっている。

 母さん一人がにこにこと笑っていて、無敵状態。

 私達全員に精神的苦痛が襲ってきそうです。

「さて、人間の国では王子の身分にあり、強さを知られ、勇者として選ばれた勇者君。

そんな君が全速力で逃げるほど恐れる追っ手とは…?」

 淡々と続ける、父さん。

 でもそうやって情報を整理して言われると、なんとなく分かります。

 というか、一つの結論しか出てきません。

 私とまぁちゃんは、微妙な顔で勇者様を見やりました。

 勇者様は、顔を上げることができないでいます。

 ……ああ、これは当たりでしょうね。

 父さんもそう思ったのか、断定口調で言いました。


「君がそこまで恐れる追っ手とは……単刀直入に言って、女性だね?」


 勇者様は、

「仰るとおりです…」

 全面降伏と言わんばかりに、がっくりと項垂れていた。



 なんだ結局、痴情のもつれかよと言うに(あら)ず。

 勇者様は、女性が絡むと普段より割り増しでとことん不憫になります。

 美貌と神のご加護という名の呪いによって、凄まじい女難に苛まれて生きてきたような人です。

 なんと言っても、顔は清廉な超絶美形。肩書きは王子。

 陽光と幸運と愛と美の神々から加護を受けておられる人なので。

 →その、愛と美の二つの加護が大問題(笑)


 具体的に何があったのかは知りませんが。

 私と初対面の時に、私が彼に魅了されないと知るやいなや拝まれたくらいです。

 がしっと両手を握って、友達になってほしいと熱く懇願されましたよ。

 それから「奇跡はあった…!」とか言いながら、天を仰いでいたような…。


 本当に、何があった。


 勇者様の過去は謎です。

 ですが多分、同情する以外に何もできないような悲惨で笑えるエピソードの宝庫でしょう。

 そんな彼は魔境に来た時にはすっかり女性不信の恐怖症。

 お国元では徹底的に周辺から女性を排除して生活していたそうです。どこの修行僧ですか。

 道中、殆ど休息を取らずに旅路を急いだという話ですが…

 多分どこかで立ち止まろうものなら女性に取り囲まれていたでしょう。

 だから急ぎ足に走り去ったのではないでしょうか。休息も取らずに。


 幸い、魔境には状態異常付与の能力を持つ生き物は沢山います。

 まぁちゃんだってそうです。

 そしてそれと同じくらい、状態異常に耐性のある生き物もいる訳で。


 魔境では、勇者様って言うほど息苦しく無さそうなんですよね。

 女性が怖いという割に、女性とも普通に接していますし。


 まあ、なんという事もないのですが。

 女性の方に軽く魅了耐性があったりしますし。

 全く耐性のない人間の国の女性達みたいに過剰にメロメロにならないだけという。

 魅了されたとしても、女性の方がそう言う時の対処を弁えていて、どこか冷静です。

 少なくとも、勇者様と取り囲みはしても拉致監禁はしません。

 勇者様は自分に異常な執着を示す女性が少ない分、安心して過ごすことができているそうです。

 曰く、女性に限っては魔境の方が人間の国より怖くない、と。

 そう言う勇者様は、とても健やかそうでした。

 いや、それって普通のことだと思うんですけどね。

 もう魔境に定住した方が良いんじゃないかと思わなくもありません。

 お国のお世継ぎだそうで、いつか必ず帰ってみせると言ってはいますが。

 その為には、最難関まぁちゃんを倒さないといけないんですよ…?

 勇者様の過去と現在を思い、落涙くらいはしていい気がしました。


 


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