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5.剣士襲来そのご

 ヨシュアンさんとの勝負で精神的に不安定になってしまったセンさん。

 画伯も容赦ない。

 心折られた彼をこれ以上に酷な目には遭わせられないと、勇者様は修業を切り上げられまして。

 私達はまっすぐ村へと帰ります。

 休養を必要とする、哀れなセンさんを引き連れて。


「それでお前、結局何をしに来たんだ?」

 勇者様がやっとセンさんにそれを聞けたのは、三日後のこと。

 いつぞやの勇者様のように部屋に閉じこもって出てこなくなったセンさん。

 彼が、やっと部屋から出てきた夜。

 画伯による衝撃の問題(デビュー)作を知っているらしい父さん達の好意で、センさんには温かいシチューが振る舞われています。

 勇者様とは違い、閉じこもっている間はずっと私達の出すご飯も食べませんでしたから。

 何食べてたんでしょうね、この人。糧食?

 温かい食事と、温かいココア。

 ぼろぼろと泣き出すセンさん。

 そんな一幕が一段落した後に、勇者様が切り出したのです。

 場所は温かな雰囲気溢れる我が家の居間。

 勇者様は困り顔で、父さん達も困り顔でした。

「勇者君、なにも今、尋ねなくても…」

「そうよ、勇者さん。この人も大変だったみたいだし、待ってあげたら?」

「いや…構いません、村長さん。夫人」

 ちなみに我が村では、誰も勇者様を名前で呼びません。

 勇者様は勇者様です。

 本名? なんだったっけ…。

 だけどセンさんは違うようで、彼は勇者様を愛称らしきもので呼んでいました。

「ライは一国の…それも大きな国の王子だ。もしかしたら一刻を争う知らせを持ってきたかも知れないと思ったんだろ?」

「まあ、その場合はセンチェスがそこまで悠長にしているとは思ってないけど…」

「いや、これは一刻を争うかも知れない」

「なに…?」

 勇者様の気配が、一気に張り詰めます。

 何を言うのか、悪い知らせかと。

 全身で話を聞こうと、息を詰めて。

 自然と私達親子も、会話を邪魔しないように息を殺します。

「ただし、王国にとって重要な知らせって訳じゃない」

「え?」

お前(・・)にとっての、重要で一刻を争う知らせだ」

「……………っ」

「詳細は、お前の従者から手紙を預かってきた」

 そう言って、懐から一通の手紙を取り出すセンさん。

 若干の怯えを滲ませながら、勇者様は手紙を読み始めたけれど…


 全身の毛が逆立つような、先程以上の緊張感。

 勇者様は目を見開き、体を強張らせていた。


 だけど手紙を渡したセンさんは肩の荷が下りたという様子で。

 のほほんと食事を再開、ココアをすする。

 それを見て、私達も首を傾げました。

「何事ですかねぇ、あなた」

「さあ、我々には関係なさそうだが…」

「お父さん、勇者様が固まっちゃったよ」

「あの様子じゃ、心配は無さそうだ。案ずるな」

「あらあら、勇者さんのぶんのココアも必要かしら~?」

 どうやら深刻な話でもないらしいと感じ取りまして。

 私達親子はのほほんと、勇者様を見守ることにしました。

 すると程なく、誰かが廊下を歩いてくる音。

 カチャリとドアを開けて入ってきたのは…


「伯父さーん、屋根直ったぜ」


「あ、まぁちゃん」

 そう言えば、いま来ているんでした。

「……まぁちゃんに何か修理して貰ったの?」

「ああ。丁度、雨漏りの存在を思い出して…」

「おとーさん……」

 ハシゴと大工道具片手に現れたまぁちゃんは、頭には拗り鉢巻きで、驚くほど似合わない。

 だけど本人は一向に気にすることなく。

 固まっている勇者様と、見知らぬ青年センさんを見付けて、怪訝に片眉を跳ね上げた。

「なに? 開かずの間二号が開いたのか?」

 我が家に出入りして事情を知っているまぁちゃん。

 だけどセンさんは初対面。

 ただ者じゃないオーラを漂わせるまぁちゃんを、警戒の眼差しで見るけれど…

 まぁちゃんは普通に見ると、どこからどう見ても人間にしか見えない。

 顔が、絶世の美貌過ぎるけれど。

 こんな辺境の呑気な田舎村には、とてもいそうにない顔です。

 いや、ある意味特殊すぎて私達の村にはナニがいてもおかしくないのですが。

「あんた、何者だ…?」

「それ、ご厄介になりながらずっと閉じこもってた奴が言うのか?」

 まぁちゃんが呆れ顔を隠さないから、センさんも困惑気味だ。

 しかも自覚のある無礼を指摘されて、気まずそうな顔をしている。

 ですがセンさんは、まぁちゃんを何だと思っているのでしょう。

 まぁちゃんの気安い空気に、今の今まで我が家の大工仕事をしていた事実。

 どう考えても身内以外に無いと思うだけど。

「村長さん、彼は…?」

「私の甥だが」

 父さんが、事実だけど全てではない答えを返しました。

 いや、親戚としては正しいご返答だと思いますけれど。

 あまりにも端的すぎて、肝心の素性が含まれていません。

 我が家の隣に聳える、魔王城の主であるという事実を。


 私の従兄のまぁちゃんは、魔境に君臨する魔王様。


 この魔境では誰もが知っていますが、勇者様は言われるまで気付きませんでした。

 さて、この青年は気付くでしょうか?

 ………いえ、気付かないでしょうね。

 だってセンさんは、まぁちゃんに訝しみはしても警戒が見えません。

 相手が画伯より危険…いえ、別の意味では画伯の方がずっとずっと危険ですが。

 画伯よりも強い魔族の親玉とはまさか思わないでしょう。

 本当に、まぁちゃんはどこから見ても人間そのものですから。

 肉体の構造は絶対に人間とは懸け離れていますけど。


 彼我の実力差故に、まぁちゃんにとってセンさんなんて歯牙にもかけない些末事なのでしょう。

 全く意に介した様子なく、すったすったと無造作に近づいてきます。

 それから何でもないように、当然という顔で私の隣に座りました。

 隣に座っていた勇者様との、間に割り込むような形で。

「それでなんで勇者は固まってるんだ?」

 言いながら、勇者様の肩にしなだれかかります。

 まぁちゃん…見た目、傾国の美女みたいだから。

 センさんが見てはいけない物を見たという反応で、そっと視線を逸らしました。

 ………何か誤解が差し挟まった気がします。

 それに気付かぬまぁちゃんは、代わりに勇者様の手の中身に気付きました。

 百合の印が刻印された、上品な白い便せん。

 勇者様を固まらせた、問題のお知らせとやらです。

 ひょいっと、まぁちゃんは躊躇いなく手紙を指から抜き取りました。

 まぁちゃん…人の手紙を勝手に読んじゃいけないんだよ?

 ですが、そこに勇者様硬直の答えがあるのは明らか。

 私もなんだかんだ言って、気になるわけでして。

 まぁちゃんが取り上げたんだから仕方ないよね、と自己弁護。

 私は勇者様にしなだれかかったまぁちゃんの肩にもたれかかり、顔をくっつけるようにして手紙を覗き込みました。

 三人団子の状態を、センさんが微妙な顔で見ていることも気にせずに。

 ちなみに我が両親は問題なく流しています。

 むしろ、あらあら仲良しと微笑ましく見守っています。

「あら、べったりくっついちゃって可愛いわね」

「仲良きようで結構」

 二人にとっては、私達は子供の頃からずっと変わらぬように見えているのでしょう。

 実際に、やってること変わってませんし。


 手紙を抜き取る程度の無礼には気付かず、勇者様はひたすら固まって現在の自分がどんな状態かも分かっていない様子。

 その間に、私とまぁちゃんはさっさと手紙の文面に目を通しました。

 律儀で丁寧な時候の挨拶、その他以下同文を読み飛ばし…

 問題と思われる箇所は、すぐに分かりました。

 追っ手という不穏な単語が見えます。

 だけど断片的な手紙の内容だけじゃ、全然意味不明です。

 喉にかかった小骨のような疑問を解消すべく、まぁちゃんは行動しました。

 即ち、勇者様の頬に軽くビンタ入れて正気に戻しました。 

 …仕草はこの上なく軽いのに、ビンタとは思えない音がしました。

「…っ痛!」

 ……この攻撃で首がねじ切れない勇者様も余程ですね。

 普通にビンタ喰らった、みたいな顔ではっと正気に戻ります。

 それから状況を把握するためかきょろっと周囲を見回し…

 私とまぁちゃんの驚きの近さにぎょっと仰け反りました。

 しかしまぁちゃんも私も体重をかけて密着しています。

 仰け反ろうと、私達の間に距離は生まれません。

 むしろ重心が余計に傾いたことで、私達はソファの上、三人折り重なるように倒れ込みました。

 一番下は当然勇者様で、完全に私達に潰されて呻いています。

 一番上の私はまぁちゃんの背中の上、ノーダメージ。

 慌てて頭を上げると、胡乱な眼差しのセンさんと目が合った。

「………なにやってんだか」

 呆れたようなセンさんの目が、ちょっと痛かった。



 追っ手に対して注意せよと言う警告の手紙。

 穏やかじゃない様子が漂います。

 勇者様は未だ精神的なダメージに狼狽えておいでで。

 落ち着くまでの場つなぎに、センさんの話を聞くことにしました。

「俺は各国で行われる御前試合や拳闘大会を回って腕を上げようって暮らしをしててな」

「名じゃなくて腕を上げようってあたり、勇者様と同じく修行中の身なんですね」

「最終目標は?」

 なんと無しに分かっているのでしょう。

 画伯からの報告もあったはずです。

 ニヤニヤ笑いながら促すまぁちゃんは、意地が悪い。

「最終目標は、魔族を根絶やしにすることだ」

 ああ、ほら当たった。

 まぁちゃんは一層楽しげに膝を詰める。

「そんなこと不可能だって言ったら?」

「不可能だろうと、人類がその境地へ到達できる一助となるよう、俺は力を尽くすだけだ。

今は力を養い、時に備えるべきだと思ってたんだがな…」

「なんだ? 魔境には図らずも来たって言うのか」

「そうだよ。ライの国は大国の中じゃ珍しく騎士共に骨がある。戦士も多いし質が良い。

勇者の選定国だって自負がそうさせるんだろ。だから俺は、ライの国で毎年行われる御前試合には必ず出場することにしていた。ライも毎年出場していたしな」

「成る程、勇者様とはそこで会ったんですね」

 流しの剣士が、一国の王子様と親密だなんてどんな事情があるのかと思ったら。

 肩を竦めて、センさんは剽軽(ひょうきん)な仕草で肯定してくれる。

「ライは別格に強いが、俺だって中々のもんだ。試合では毎年、準決勝までは勝ち上がってた。

そこで自然と顔を合わすようになったのさ。何しろ控え室が共用だったからな」

「大国なのに控え室足りないの?」

 同じにしたら、揉め事でも起こりそうですけど。

 勝ち上がっていけば誇り高い戦士が集うかも知れません。

 でも、卑怯な手でも勝ち上がろうとする卑劣漢もいませんか?

 私の疑問を顔色から読み取った剣士は、ニヤリと笑って返します。

「いや、揉め事が起きても自力で解決しろって意味だ。そこも含めての強さを見てんのさ。

ライの国は強さを尊重するからな」

 へえ、勇者様の国ってそんな国なんだ…。

「それに嫌気が差したら控え室には最低限いるようにして他所に行けばいい。

ライは避難所代わりにしてるのか、控え室から梃子でも動かなかったけどな」

「避難所? 何からのですか?」

 普通に出てくる疑問だと思います。

 だけど俯いたままの勇者様が、私の言葉にびくっと肩を跳ねさせました。

 その反応で、分かります。

「ああ…」

「女だろ」

 あっさり無情に、まぁちゃんが斬り捨てました。

 彼は先頃、勇者様と共にシェードラントに赴きましたから。

 勇者様への熱烈な歓迎ぶりの一部始終を共にしました。

 その経験から、あっさり思い至ったようです。

「そうさ、女。俺は勿体ないと思うんだぜ? ライに憧れる貴族の女だけじゃない。御前試合でライに一目惚れした庶民の女達にだっていい女は大勢いるってのに。此奴、控え室から出てこねぇ」

 呆れたような物言いで、理解できないとセンさん。

 この物言いは、飲みか女遊びにでも誘ったことがありそうです。

 そして勇者様に猛然と抵抗された口でしょう。

「まあ、女のことは良いか。それで数ヶ月前、御前試合を目的にライの国に行ったんだ。ライとの対戦を楽しみにな。そうしたら、ライの奴いないって言うじゃねえか。それも勇者として選定されて旅立ったってな! 俺はがっくりしちまった。楽しみにしていた甲斐を奪われたんだ。がっかりするのも当然だろう? 俺は御前試合へのやる気も失ったさ。そんな気じゃなくなっちまった。それよりは魔境目指して旅立ったっていうライの事を思ったね。正直に言うと、羨ましかった。公然と魔境に赴く口実を与えられ、魔族を好きなだけぶっ殺せるライのことがな」

 語るセンさんの目は、またギラギラとして。

 画伯に襲いかかろうとした時と同じ、野犬のような目になっていました。

 うわあ、凄い憎悪!

 まぁちゃんは興味深げにセンさんを眺め、二度三度と頷いている。

 ………何に対する反応かは、ちょっと分からない。

 その頷きに、どんな意味が…。

 私がまぁちゃんに気を取られている間に、センさんは綺麗に殺気を覆い隠してしまって。

 先程までのアレは錯覚というくらいに平然と、

「そうしてつまらなく街をぶらぶらしていたら、ライの従者に声をかけられたのさ」

 いよいよ、勇者様の固まった事情の核心に触れようとしていました。




精神的ダメージ被害、次回勇者様にも伝播。

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