40.第一回ハテノ村仮装ドッキリ(対象複数)そのはち
さてさて、そろそろ宴もたけなわ。
祭も佳境となってまいりました。
いよいよ今夜の一大イベントの開幕が近づいています。
のんびり、まったり、とはいかない祭見物を殺伐と楽しんでいた勇者様達に、救いの声。
「準備が整ったから、勇者さん達は壇上へあがってくれ」
呼びに来たサムソンが、ステージを指差します。
いつしか村人の飛び入り出し物大会は終わりを迎え、壇上には四人掛けの席が設えてあります。
言わずもがな、勇者様と三人の使者さん達用です。
「な、なんという派手な…」
勇者様、たじたじ。
彼の為に特別に誂えられた椅子には、村人の遊び心(笑)。
ええ、ええ、ど派手に飾りましたよ。薔薇の花と茨の蔦で。
今にも生贄に捧げられそうな椅子です。
何の行事予定も通告されていませんからね。
使者さん達も戸惑い顔で椅子を見ています。
取り敢えずこっちの勝手なイメージで、椅子はそれぞれ飾らせてもらいました。
ミリエラさんは、多頭竜の彫刻が施された椅子。
ネレイアさんは、鷲獅子の彫刻が施された椅子。
エルティナさんは、一角獣の彫刻が施された椅子です。
全部、村の家具職人の一点物ですよ。
今から何が始まるの?と。
使者の二人は首を傾げています。
「おーい、責任者!」
誘導係が、私の元へ駆けてきます。
「指定の人物、一人足りないんだけどさぁ。何処にいるか知ってる?」
「エルティナさんかな?」
「そうそう、その人。ステージに案内しようとしたんだけど、見当たらないんだよ」
「えーと、それだったら先刻、実行本部に連絡行かなかった? 私の方には連絡来たよ」
「なんて?」
「ルートBの方で惨事が起きたから、入院者の付き添いで医療棟の方に行ったって」
「マジかよー…じゃ、あっちの方まで迎えに?」
「行かなくて良いよ。本人の意思確認も済んでるし、入院者が心配だからこっちに残留するって」
「え、じゃあもしかしてステージの椅子いっこ撤去した方が良い?」
「うん、撤去して」
支持を下すと、あわただしく誘導係が駆けて行く。
さて、にわかに忙しくなってきました。
実行委員長なのにふらふらしてたけど、ここからは飛ばしていきますよー!
勇者様達は、舞台裏に誘導して。
さてさて、予定の確認です。
最初にカーラスティン兄弟の生演奏と魔獣の雄叫びとともに、使者二人が入場。
次にファンファーレで獅子マスクが入場。
それから個々の紹介と、今回のいきさつについて司会が説明。
司会役は、バイタリティに富んで芸達者な人に任せようと思いまして。
思い切って、まぁちゃんにお任せしました。
→ 魔王 は 顎で使われて いる!
一通り獅子マスクと愉快な仲間達を曝し者にして。
「それから、最後の演目で勝負です!」
そう言って、私がびしっと指した先。
そこには演目の段取りが書かれている訳で。
「まあ、大変ですのね~」
せっちゃんが呑気に感心しました。
最後の演題として、スケジュールに書かれているのは…
最後の演目:獅子マスク、使者の方々御帰国
いきなりです。
いきなり、何の思考も反論も挟まない勢いで、帰れ、と。
そう突き付ける予定な訳ですが。
まあ、多分ですけど使者の方々は喜ぶでしょう。
一刻も早く、勇者様をお連れして帰りたいに違いありませんから。
何しろこの魔境じゃ、勇者様が超活き活き。
お国にいた頃は一切の女性を寄せ付けなかったそうですから。
魔境だと、近寄る隙があります。
ですが引き換えに、より馴れ馴れしく勇者様に親しくする、私とかせっちゃんとかがいる訳で。
私はともかく、せっちゃんは超絶美少女ですからね。
そんな生き物が近くをうろうろ♪
意中の人と親しげにしていたら、勇者様を狙う猛獣の方々も気が休まらないでしょう。
何しろどう見ても、女としての格は完膚なきまでにせっちゃんが上です。
せっちゃんがあの二人よりも低いのは、年齢くらい。
そして恋愛面において、若いというのはアドバンテージだと誰かが言っていました。
多分、リス君あたり。
確か、正確には、
「女は若さに焦りを覚えるもんだ。特にせっちゃん当りが相手だと顕著に反応するだろうな。せっちゃんは確か十五だろう? そのくらいの年だったら、マイナスにはならないと思う」
だ、そうです。
あまりに年齢がかけ離れていると逆にハードル高いそうだけど。
勇者様とせっちゃんの年齢差は四歳。
そのくらいなら常識的にも許容範囲だと、ヨシュアンさんも太鼓判を押しました。
ヨシュアンさんに聞くとか、倫理面どうよ?とか思いますけどね。
でも男女間のセオリーを聞くのに、何故か画伯だと外れない。
あらゆる路線に理解がありすぎる男だけど、一応紙面の外の常識は弁えています。
いえ、むしろ紙面で無茶苦茶やっている分、弁えているのかも。
現実面でのあれこれを厳しくチェックしているのかもしれません。
そんな画伯も言いました。
「え、姫を対抗馬に当てた場合? ああ、そりゃ~焦る、焦るって!」
なんとも愉快そうに言いました。
その意見を信じます。
なので今回、可愛い黒猫仮装のせっちゃんには一つ任務を与えました。
司会補助のふりをして、とりあえずステージ上で常に獅子マスクの隣に立っていろ、と。
あの二人が、親密そうに隣り合って立っている(フィルター越し画像)。
それを突きつけられるだけで、どう思う?
使者さん達は一刻も早く己の知りつくした戦場に帰りたいと願うはずです。
女の戦場…その本場たる、勇者様の故郷では競争率激しそうですけどね。
でも少なくとも、あちらにはせっちゃんみたいな問答無用の美少女はいないそうですから。
絶対に、今だって腹の底で煮え繰り返るほどに焦っているはずですから。
今から帰って! と言ったら一も二もなく満面の笑顔で頷くはずです。
獅子マスクの腕を、がっちりと握って。
そんな私達の計算と策略のもと、横断幕が祭の夜に翻りました。
大きく銘打たれた文字は、「勇者様さよなら式典」。
その文字を目にして、ミリエラさん達も吃驚です。
「さ、さよなら?」
疑問の声には私がお答えしましょう!
「ええ、さよなら、です」
「殿下が…その、どういうことでしょうか」
「読んで字の如く、そのままですが」
「え???」
「ですから、さよならですよ。双転石をお持ちなんですよね。
そしてお方々は勇者様をお迎えにきた」
「ええ、その通りですけれど…」
「ですから、今これから使ってもらおうという」
「今から!?」
「ええ、今からです。皆さんも早くお帰りになりたいんじゃないですか?」
尋ねると、ミリエラさんは考え込むような顔つき。
腹の底でどんな計算をしているのかは存じませんが、心惑っておられるようで。
あと、一押しかな。
「ミリエラさん達は二日間眠っていたのでご存じないと思います」
「……なにを、でしょう」
「勇者様の、決意です。私達村人は、みんなその言葉を聞いて今日の宴を準備したんです。
盛大に、華々しく、お別れを名残惜しむために」
「まあ。殿下が、決意を…」
「そう、決意です」
そう、決意。
決して、使者さん達とは国に帰りたくないという。
しかし恋する乙女は超前向き。
どうやら明確な言葉にしなかった部分は、自分たちの都合の良いように捉えて下さったようで。
まあ、狙いどおりですが。
勝ち誇った目で見られても、全然悔しくありませんよ~。
「その意を汲んで設けられたので、今夜の宴は『勇者様さよなら式典』なんです。
その別れと門出を祝う、私達の心尽くしです」
特に、勇者様が誰とサヨナラするのかは言及しませんが。
さて、もう一押しして畳みかけましょうか。
「せっちゃんも…あの猫耳の神々しい美少女のことですけど、せっちゃんもお別れを寂しいと言っていました。もっと一緒にいたかったって。でも、相手の為を思って涙を呑んで見送るそうです」
現在のせっちゃん→壇上で楽しそうな活き活き笑顔。超笑顔。
だけどそんな素敵な美少女が、別れを惜しんで…
……という世迷言を耳にしたお姉様方の顔色は一見の価値がありました。
わあ、羅刹女だぁ!
本当に、ミリエラさんってコツさえ掴めばお手軽操作で誘導できる人だったみたいで。
此方の予想通りに操作するのが全然難しくありません。
今だって、ほら。
「ふふ…そうですね。さよなら式典、とても素敵な趣向ですもの。ここは御厚意に甘えなくては…」
羅刹女に火が付いた!
まるで戦場へ赴く重騎兵のように。
ミリエラさんは肩で風切り、ステージ舞台裏へ向かいます。
「ちょろいなぁ…」
そして残されたのは、ほくそ笑む私。
さてさて、どうなる事か特等席で見守らせてもらうとしますかね。
名残惜しむように、振り返りながら。
勇者様が舞台袖に消えて、反対側の舞台袖に使者さん達が向かって。
私やヨシュアンさんは、ステージがよく見守れる特等席へ向かいました。
使者さん達の席は、ステージの右側に作られています。
だから私達は、彼女達から認識しづらい位置へ…
ステージ右側よりの、外側の席。
それも舞台に思いっきり近い位置へと陣取りました。
関係者席として確保してあったので、悠々と座ります。
やがて、使者さん達がステージ上に出現し。
高らかなファンファーレとともに、ステージ上に獅子マスクが姿を現わした頃。
私の隣の空席に、虎マスクがやってきて無言で座りました。
見るからに、ぐったり疲れています。
「お疲れ様」
「……………」
どうやら、声も出ないようですね?
じっと見守っていると、か細く低く、潜められた声がしました。
「………あのマントは、酷いと思う」
ああ、私が彼に刺繍してあげた、あのマントのことですか。
どうやらこの虎マスクは、私の悪戯にやっと気付いたようで。
都合が悪いので、彼の言葉を封じることにしました。
「ちょっと、喋らないでくださいよ。気付かれたらどうするんですか」
「………」
私がちらちらとステージ上を目線で示しながら言うと、虎マスクも心得たのでしょう。
無言で溜息をついています。
「それで、首尾はどうですか?」
喋るなと言ったその口で、舌の根も乾かぬうちに問いかける私。
虎マスクは、苦笑しながらも指を上げて。
ぐっと、サムズアップ。
どうやら上手くいったようですね。
「そうですか、上々ですか」
私も満足げに頷いて、私達は視線をステージへと戻しました。
「それじゃあ後は、ライオンさんの手腕を見守るとしましょうか」
異論はないようで、虎マスクも深く頷くのでした。
次回、ドッキリ佳境。