39.第一回ハテノ村仮装ドッキリ(対象複数)そのなな
今にも肉食獣に捕獲されそうな勇者様。
そんな彼らの緊迫を知らぬ、黒山羊の二人。
一人は男なので問題はないが、もう一人は…と目を光らせる肉食系お姉さま方。
睨まれる先にいる黒山羊のお姉さんは、びくびくと小さくなって…
黒山羊青年の背後に隠れる彼女。
その姿は魔王が「守ってやらないと駄目かも」と不安に感じる常と同じく、傍目に弱々しい。
ラーラお姉ちゃんは、まぁちゃんの部下で守られる立場じゃないけどね。
しかし、あの殺伐とした状況。
はてさて、どうなることでしょう。
…と、まあ、ナレーションっぽく言ってみる私。
でも結局、手に汗握る展開にはならないだろうなぁと。
私達は高をくくっております。
理由は簡単、ラーラお姉ちゃんの人見知りです。
臆病で小心者で気が弱い。
そんなラーラお姉ちゃんが子供は例外として、人に慣れるのにどれだけ時間がかかるか…。
伝説の最短記録は二カ月だそうです。
それを打ち立て樹立した方は、しかも男性だそうで。
同年代の男性なんて、確実にラーラお姉ちゃんがガチガチに緊張する相手でしょうに。
余程、ラーラお姉ちゃんと相性が良かったのか、それともやり手だったのか。
その方を知っているらしいまぁちゃんは言います。
「彼奴は裏表を感じさせないし、他人に緊張やら警戒やら与えない類のイキモノだからなー…
ありゃ、本人の資質による功績だろ」
どうやら、相手の方個人が凄いみたい。
噂じゃ努力と根性に定評のある方だそうですが…
一度、お会いしてみたいものです。
それはさておき、目の前に現実に戻りましょう。
勇者様が、硬直するラーラお姉ちゃんに苦笑している気配を感じます。
初対面も酷かったですしね。
結局今に至るまで、勇者様とラーラお姉ちゃんは未だに馴染んでいません。
ラーラお姉ちゃんの人見知り、全力発動です。
そのリーヴィルガードの向こうから、小動物のようにこっそり覗いています………って、ん?
あれ、おかしいですね…?
何が気になるのか知りませんが、ラーラお姉ちゃんが心なしか勇者様の顔面を、凝視…………?
これが他の女性なら、定番化した恋の始まりかとも思うのですが。
相手はラーラお姉ちゃん。
だから、ありえないと思うんだけど…
でも、やけにラーラお姉ちゃんが勇者様をじっと見上げています。
その真直ぐな視線に、ミリエラさんの米神が引き攣っていることには、気づきもしないで。
あれ? これはどういうことだろう?
一気に興味を煽られて、自然と私達も固唾を呑んで見守ります。
気分は、懐くかどうかの瀬戸際にいる野生動物の保護観察です。
ちろちろチラチラ勇者様を見ていたラーラお姉ちゃん。
だけど皆がその自然に気付いて、自然と注目していたら。
意を決したように、ラーラお姉ちゃんが顔をあげました。
「あ、あ、あの………それ、獅子?」
ラーラお姉ちゃんが自分から勇者様に話しかけたのは、これが初めてでした。
勇者様が、吃驚した顔で見下ろします。
「あ、ああ…リアンカに遊ばれて。獅子だって言っていたからそうだと思う」
遊ばれたは余計ですよ、勇者様。
そんなこと言うと、全力で弄んじゃいますよ?
その時愉快なことになるのは、勇者様ですからね?
私が心密かに「勇者様弄び計画(災難)」を練っていると、前方で新たな動きが。
なんと、りっちゃんの背に隠れてちょこんと顔だけ覗かせていたラーラお姉ちゃんが。
あの人慣れしない野生の小動物みたいなラーラお姉ちゃんが、おずおずと出てきたんです。
そんな…ラーラお姉ちゃんが自ら、慣れていない人の前に進み出るなんて!
これはお赤飯を炊くべきでしょうか。
クラッカーを鳴らしてお祝いするべきなのでしょうか?
多分本人に聞いたら涙目で「やめて」と言いそうなので、まぁちゃんとアイコンタクト。
まぁちゃんの目は、もう少し状況を窺おうと言っていました。
異論はないので、私も大人しく前方へ注意をむけます。
私達、完璧に出遅れていましたしね。
なんかもう、目の前の一団に会話を切欠とばかり乱入する時機を逃しちゃいましたよ。
お陰で、ここから大人しく見守るばかりですけど…
ラーラお姉ちゃんは勇者様を…勇者様の獅子を模った仮面を凝視したまま。
そっと勇者様に近づいて、ますますじっくりと獅子を見て…
その手が思わずといったように伸びて。
勇者様の頭を、仮面越しになでなでと。
「ふふ……」
「!?」
ふんわりと。
柔らかく、どこか照れたように。
恥ずかしそうにしながらも、嬉しさの隠せない顔で。
優しく温かな、はにかみ笑いがそこにありました。
…ラーラお姉ちゃんが勇者様に笑うって、初めてじゃないかな。
本当にラーラお姉ちゃんてば、どうしちゃったんでしょうか…。
勇者様も狼狽した様子で、自分に笑いかけるラーラお姉ちゃんの顔をガン見しています。
心なしか、どうしていいかわからないという風におろおろと。
忙しなく、手が動揺のままにおろおろしていました。
私だってラーラお姉ちゃんの行動は思いがけないものでしたから。
勇者様は、余程ですよね。
本当にこれはいったいどうしたことなのかと。
私は問いかける目をまぁちゃんに向けるけれど…
答えは、前方から。
ラーラお姉ちゃんの背後で肩をすくめて見せるりっちゃんから齎されました。
「ラヴェラーラ、相変わらず獅子がお気に入りみたいですね」
………と。
何それ、獅子がお気に入り?
十年以上接していて、初耳なんですけど。
どこからどう見ても小動物系。
肉食猫科なんて、接したら食われそう。
そんなイメージのラーラお姉ちゃん、獅子好き?
なんだかそれこそイメージにそぐわなくて。
私はきょとんと、目を瞬かせました。
「ラーラお姉ちゃんって、獅子好きなの?」
ぐりっと顔を隣のまぁちゃんに向けると、そこには苦笑。
ううん、まぁちゃんだけじゃなくてヨシュアンさんまで苦笑してるよ。
待って、貴方達は何を知っているの?
眉をよせてじっと見つめても、まぁちゃん達は詳しく教えてくれない。
「あー…まあ、好きなんじゃねーの?」
「獅子が、というより思い入れのある誰かさんを連想して和んでるだけって気もするけどねぇ。
まあ、お気に入りなんでしょ」
「ラヴェラーラのお部屋、昔からライオンのぬいぐるみがベッドの上にいますのー。
蝙蝠っぽい羽が生えてるのが、いっぴき」
「せっちゃん、獅子は一頭じゃないかなー…
あと、それはライオンじゃなくてマンティコアだと思うよ」
小首を傾げて言った瞬間です。
「「彼奴は亜種だ」」
びしっと。
まぁちゃんとヨシュアンさんの声が奇麗に揃いました。
「……………」
「……………」
「……………」
ほにゃんと笑っているせっちゃんを除いて。
三者三様、無言で互いを見交わします。
「ねえ、それ確実に特定の誰かのことだよね?!」
私の疑問には、誰も答えてくれませんでした。
すねちゃうよ?
だから腹いせに、今度まぁちゃんの部屋とヨシュアンさんの魔窟に悪戯に行こうと思います。
何を持っていこう?
「土竜と蠍と鰈の煮付け…かな」
うん、良いかもしれない。
あ、ちょっと楽しみになってきた…。
「陛下ぁ…リアンカ嬢が何か唐突に脈絡のない発言を……」
「お前、確実に何か不穏なこと考えてんな…?」
戦慄する魔族のお兄さん達。
戦々恐々とした面持ちで、後日を楽しみに待つと良いよ。
私達が不毛なことをしている間に。
勇者様達のところでは新たな局面。
勇者様の頭なでなで+柔らかな笑み。
これに過剰な反応を示すのは…
「おお…人間とは思えない殺気が」
「あれ、視力には自信があったのに…背後に暗黒星雲が見える、気がする」
「おめめビシバシしますのー…すごぉい、ですの!」
「取り敢えず、スケッチしておこうかな」
見物気分で私達が注目する先は、言わずもがなですよね?
ミリエラさんです。
にっこりと微笑んでいるのに。
それがまた、妙な迫力を醸していますよ。
隣にいるネレイアさんも、ちょっと引き気味。
ちなみに勇者様はドン引きです。
風もないのに髪が舞っているのは…何故に?
彼女の眇められた目が、ラーラお姉ちゃんをロックオン!
ラーラお姉ちゃんは、りっちゃんバリアーの向こうに戻ってしまいました。
窺うように、りっちゃんの背後からおろおろ。
黒山羊さんの耳が、ぴるぴる震えています。
「私、なにか悪いこと…」
ラーラお姉ちゃんは何も悪くないと思うよ!
うるっとした瞳で見上げる各所、周囲の野郎ども。
眉を八の字にして目を潤ませるラーラお姉ちゃんは、無自覚に周囲の野郎どもを悩殺しています。
魔族さん達、保護欲そそる相手に弱いからなー…。子供とか。
このまま此処に置いておくのは危険と判断したのでしょう。
りっちゃんは挨拶もそこそこに、
「おや。ラヴェラーラ、あちらを御覧なさい。ひよこがいますよ、ひよこが。好きでしょう?」
ラーラお姉ちゃんの注意を他に逸らしながら、小走りに退散していきました。
当然の如く、ラーラお姉ちゃんの手を引っ張って。
ご苦労様です…。
これから彼らを待ち受ける、ドッキリ遭遇イベント…。
その成功如何はわかりませんけれど。
せめてもの健闘を祈り、その背中を見送りました。
危険なことは分かっているので、誰も引き留めることなく。
考えてみたら存在を察知していながら、あの二人は魔王陛下に挨拶しなかった訳ですが。
それで良いの、忠臣。
それで構わないと、魔王陛下は鷹揚に頷いておいででした。
それからも、私達は勇者様の後について方々を回りました。
時々、勇者様から救いを求めるような目線が来るのもご愛敬。
勇者様、良い年の男が捨てられた子犬みたいな目しちゃ、めっ!
少なくとも、そんな簡単に世を悲観しちゃ駄目ですよ。
最近魔境にいて、ああいう獰猛な手合いとの付き合い方を忘れてしまったという勇者様。
でも、やっぱり体に染みついていた。
一緒に行動するうちに慣れてきたのか、言動が変わってきましたよ。
過剰な接触と積極的すぎるお誘いを笑顔でかわしてますよ!
あ の、 勇 者 様 が !
おまけに形だけでもエスコートできるようになってきました。
「おおぅ……勇者様、あんな芸当もできたんだ」
「流石、王子様ってやつか? 笑顔の仮面に不自然さがねえ」
「勇者さんも多芸な方ですのね」
「でも偶に冷や汗凄いよね」
それは仕方ないと思いますけど。
ライオンマスクマンな勇者様は、穏やかな空気を身に纏っています。
この祭の混沌とした混雑の中、御一人だけえらく優雅なんですけど…
勇者様って、あんなお姿もお持ちだったんですね。
揉みくちゃ状態の人の波。
掻き分けなくちゃ、前には進めない。
そこを勇者様は自分の体で庇いながら、使者二人が苦しくないように進路誘導。
「大丈夫か、二人とも」
「ええ、殿下のお陰です…」
うわぁ、ネレイアさんが恋する乙女の顔だ。
うっとりと頬を染めて、目が輝いてるよ。
がっちりと、エスコートする勇者様の手を掴んでいるけれど。
「殿下、私の方も見てくださいませ…」
おお、二人の間に割り込むようにミリエラさんが乱入!
体の前面を押し付けるような接近に、勇者様がやんわりとミリエラさんの肩を押す。
「貴女も大丈夫そうだな。人ごみに流され、酔ってもいけない。少しあちらで休もうか」
そう言って誘導する先は、二人掛けのベンチ。
………上手いこと二人だけ座らせて、自分は立っていようという腹積もりですね。
だけどそのベンチの脇には、刺客が…!
「あれ、勇者さんだ」
「………むぅ殿、何をしてるんだ」
「販売」
そこには、村の薬師伝統の屋台【ぽいずんだーく】がありました。
別に、仕込じゃありませんよ?
本当に伝統なんですからね?
ちなみに私は、昼のうちにさっさと自分の店番当番を終わらせました。
他にも薬師見習いの子とかが店番の当番を回している訳ですが。
今はちょうどむぅちゃんとめぇちゃんの二人が揃っています。
あっちも楽しそうだなー…。
「販売って、見たところ………なんだ、この薬」
まあ、薬なのは見てわかりますよね。
屋台の上には所狭しと並ぶ色とりどりの薬瓶。
ただし、どこにも薬効その他が書かれていません。
「薬は薬だよ。見てって良いよ? 気に入ったのがあればお安くしとく」
「いや、購買意欲は全然そそられないんだが…」
勇者様は、なんだか凄く不審そうな顔で薬瓶を凝視しています。
幾ら見ても、中身の効能は見ただけじゃ分かりませんよ?
我らハテノ村薬師の実力は折り紙つきで、勇者様もそのことは身をもって知っています。
だけど、同じくらい勇者様の信用もありません。
傍にいる私のイメージが強いのか、ちょっと警戒していますね。
「何を売っているんだ…?」
勇者様の疑問に、むぅちゃんが硝子瓶を揺らしながらお答えします。
「門外不出の秘薬」
ちなみに、ガチで門外不出です。
門外不出のはずなのに、何故か祭で売るっていうね。
売ってる時点で、もう門外不出も何も無いけど。
お祭では不思議な現象が起こるわけですよ。
昔の薬師達が何を考えていたのかは、知りませんけれど。
謎の薬やヤバい薬や洒落にならない薬が売れる売れる、飛ぶように。
しかしそんな状況に、勇者様が黙っているはずありません。
案の定、お嬢さん方を置いてツカツカと屋台に詰め寄ります。
「おい!? 売るなそんなの!」
「でもこれ、うちの伝統なのよねー」
「代々、祭じゃ屋台で平時は絶対にお目見えさせない薬を売ってたらしいよ」
「なんだその嫌な伝統! どう考えても物騒だろうが、お前らは!」
「僕らが、じゃなくて僕らの薬が、でしょう」
「私達自身が薬と同じくらいヤバいみたいな扱いは不服だわ。危険なのは薬だけよ」
「しかも自覚ありか!」
「安心してよ。リアンカのオリジナルレシピほど物騒なのは置いてないから」
「だけど、秘薬なんだよな…?」
「うん。痛いのから辛いの、怖いのから気持ち悪いのまで揃ってるよ。結構効くと思う」
「他にもおぞましいのとか、身の毛もよだつのとか…」
「揃えるな、そんなの! 何に使うんだ、拷問か!? なんで全部邪悪な方向性なんだよ!」
「「店名が【ぽいずんだーく】だから」」
「真面目に掲げるな、そんな店名!! もっと違う薬を扱えないのか!」
「え、じゃあ気持ち良いのが欲しいの…?」
「それはそれで絶対に物騒な薬だろう…!? わかっているんだからな!?」
「精神がハイになった挙句に本当に灰になって自分の名前もわからなくなるよ」
「若しくは自我が崩壊して気付いたら何十年か経ってたり」
「ほらな! やっぱり物騒な薬だった!…というか、そんなもん売るな! 作るな!」
「二百年前の薬師が作った余りなんだよね。こんな時に売りでもしないと減らない」
「あの在庫、本当に邪魔なのよねー。こんな時にでも買ってもらわなくちゃ」
「だ・か・ら、売るな! 有効期限は大丈夫なのか、その薬!?」
「実験したら、立派に効いたよ。…ちょっと効き過ぎたけど」
「誰に!? 何で試したんだ!?」
「「いそぎんちゃく」」
「……………OK.そいつなら文句は言わない」
あ、勇者様が冷静になった。
全身から疲労感たっぷりに、ぐったりと屋台の柱にもたれかかっています。
「お前たち、そんな薬を売って大丈夫なのか…?」
「大丈夫、ちゃんと薬瓶に『使用の結果どんな結末が待ち受けていようと当方は一切関与いたしません』って書いてあるから」
「あと『自分で試す時は人生捨てる覚悟が決まってからにしてください』とも書いてあるから」
「全然大丈夫じゃなかった…!!」
勇者様は頭を抱えて蹲ってしまいました。
祭の時は、皆全力で羽目を外すもの。
それは村の薬師も変わりありません。
全力で羽目を外した結果、外部に流出させちゃいけないはずの洒落にならない薬(何故そんな薬を開発したかは謎)を売るに至ったという。
でも結構、好評なんですけどねー。
ジョークアイテムとして、割と買う人がいます。
その勇気、皆で称えよとばかりに注目を浴びますよ。
でも、どうやら勇者様の御気には召さなかったようです。
だけど気が変わったのなら。
私達はいつでも貴方のご来店をお待ちしていますよ。
毒から薬から、謎の秘薬まで、各種様々取り揃えております。
薬屋台【ぽいずんだーく】
その後。
何やら物騒ですが。
我らが薬屋台の謎すぎる商品にミリエラさんが興味を示しまして。
これこそ、まさに危険と。
私達は慌てて、全員総出でミリエラさんを薬屋台から引き離しにかかったのでした。
………どんな用途の薬を買うつもりだったんだろ。
呉々もあのお姉さんには薬を売らないように、と。
勇者様が厳しくむぅちゃんとめぇちゃんに言い含めておりました。
勇者様達と、別れた後で。
りっちゃんの感想
(そんなに気になるなら、尻込みしてないで自分から会いに行けばいいのに)
ラーラお姉ちゃん
(レオ君元気かなぁ…)
ラーラお姉ちゃんの部屋には、蝙蝠羽のライオンのぬいぐるみ。
18歳の頃にアルビレオと二人で作った思い出のぬいぐるみです。
ちなみにアルビレオの部屋には黒山羊のぬいぐるみがいる。
周囲の人間は、ラーラお姉ちゃんもアルビレオもいい大人なので特に何も言いませんが、りっちゃんはちょっと罪悪感。
自然消滅の原因の一つであるアルビレオの単身赴任(三年)を命じたのが、宰相やってるりっちゃんパパだったので。