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3.剣士襲来そのさん

ヨシュアンさん VS. センさん。

しかしずっとヨシュアンさんのターンが続く。


 うふふと物騒に笑む私を止めたのは、勇者様でもセンさんでもありませんでした。

「まあまあ、リアンカちゃん落ち着いて。そんな怖い顔で笑ってたら、顔が固まっちゃうでしょ。

 俺が陛下に怒られちゃうよ」

 私の目の前に舞い降り、苦笑する天使っぽい魔族。

 当のヨシュアンさんが、私の頭を優しく撫でてくれました。

「でも…」

「うんうん。心配してくれるのは有難いけど、俺だって魔族の男なんだからさー。

自分で落とし前くらいつけるって」

 朗らかにそう言って、くりっと振り向く。

 物騒な顔で飛びかかろうとするのを、羽交い締めにされるセンさん。

 勇者様は旧知の剣士を羽交い締めにしながら、うんざりした顔をしていた。

 決してヨシュアンさんを庇っている訳じゃなく、むしろセンさんを案じてのことだと思う。

 だけどそれがわからないセンさんは、まるで捕らえられた野犬のような暴れぶりで。

 それを苦労しながらも押さえ込んでいる勇者様との実力差は明らかだけど。

 それでも今にも勇者様の戒めをはね除けて飛びかかってきそうな勢いがありました。

「あんなに恨まれるような大した奴じゃないんだけどな、俺」

 呆れと苦笑を混ぜて、ヨシュアンさんが複雑な顔をします。

 常日頃から野郎共の崇拝を受ける画伯ですから。

 戦闘時でもないのにあんな風に殺意剥き出しで威嚇されるのが、多分珍しいんだと思う。

「勇者くん、手ぇ離してやってよ」

「だけど、大丈夫なのか…? こんな野犬のような奴でも、俺にとっては旧友なんだ。

再起不能にされるのは御免なんだが…」

「おいこらぁっ 頭上でなに俺が負ける前提で話してやがる!」

「俺は心を折られやしないかと心配しているんだ」

「誰が折られるか!」

「………知らない奴は、幸せだなぁ」

 吼え猛るセンさんの頭を、勇者様が再びポカッと。

 …新鮮で珍しいけれど、勇者様がよく手を出しています。

 遠慮のない関係という奴なんでしょうか、魔境であんなに遠慮しない勇者様は初めて見ました。

「大丈夫だから放してやって。君も勝負に臨むからには見苦しい振る舞いはしないこと。わかった?」

「ヨシュアン殿がそこまで言うのなら…センチェス、手を放すが大丈夫だな」

「チッ……お前、誰の味方なんだよ」

「俺自身は、王国と臣民と己の信念の味方だ」

「嫌味か…?」

 勇者様が何か偉そうなことを言っていますね。

 言いながらも、野犬っぽい荒んだ雰囲気に様変わりしたお友達を放してあげています。

 なんか本当に偉そうな口ぶりですが、そんなに断言して良いんですか?

 そんなことを言いつつも、心や常識やその他諸々を折られまくっているのは、勇者様の方です。

 果たして、勇者様の言う「信念」は魔境に来る前と変わらぬ「信念」なのでしょーか?

 その辺を追求したら泣きそうな気がするので、尋ねませんけど。


 さて、勇者様を気にしている場合じゃありませんね。

 私は傍らで風にふわふわ(そよ)いでいる翠の髪の毛を引っ張りました。

「ヨシュアンさん、大丈夫なの…?」

 思わず心配になります。

 だってさっきから、振る舞いを見ているとヨシュアンさんがかつて無く 年 上 っ ぽ い 。

 いつもの破天荒ぶりに関して、人のことは言えませんが。

 まぁちゃんやりっちゃんがいる時の自由ぶりはどうしたの?

 本当に心配です。

「まあ、リアンカちゃんは心配なんてせず、心穏やかに構えていてよ」

 そう言って、私の頭を撫でる。

 ふっと不敵な笑みを示すヨシュアンさんは、未だかつて無く頼もしく見えた。

 一瞬、こんなのヨシュアンさんじゃないとか思うけど。

 そもそも、これは彼に売られた喧嘩だ。

 ヨシュアンさんが片づけると言うのなら、私に出る幕はない。

 私は、大人しく下がって見ているしかないのだと。

 私自身、よく分かっていた。


 天空という、圧倒的なアドバンテージ。

 それを自ら捨てて。

 ヨシュアンさんは、軽快な仕草で地へと降り立つ。

 ふふふ、と美少女そのものの顔が、妖艶に笑む。

 そこに、彼が母から継いだというセイレーンの血が垣間見えた。

「争いを回避するなら今の内だよ」

「ほざけ…願ってもない」

 開放され、見苦しい振る舞いを改めたセンさんが、向い立つ。

 場は一瞬で、決闘場と化しました。


 かつて、ヨシュアンさんが言っていたことがあります。

 軍人として、軍人たる者の矜恃。

 その、自分に対する信念を。


『俺は陛下の臣であり、戦士だからさ、一応。だから無益な争いは…陛下の益にならない争いは、可能な限りは避けるのが自分としてあるべき形かな~っと』

 

 それを聞いた時は、なんて「らしくない」んだろうと思いました。

 ヨシュアンさんらしくないし、魔族らしくもない。

 だけどそこを敢えてそうするのが、ヨシュアンさんなりのまぁちゃんへの忠誠なのだそうで。

 まぁちゃんにそこまで尽くす気持ちがあったのかと、二度吃驚(びっくり)しました。


 その信念を、曲げるの? ヨシュアンさん。


 それはもしかしなくても、魔王陛下(まぁちゃん)の従妹である私を庇って…?

 疑念を、既に問いただせる空気じゃなかった。

 いつも緩いヨシュアンさんの顔が、真剣味を帯びていたから。

 後で聞いてみようと思ったけれど、きっと答えちゃくれないでしょう。

 でも、後で御礼を言うか言わないかは、私の自由だと思います。

 私は勇者様と二人、空気を読んで決闘の為の場を空けた。

 取り敢えずは、決着まで見守ろうと決めて。



「俺、君とは初対面…で、良いよね?」

「それがどうした、魔族」

「ヨシュアンって名があるんだけどなぁ…ま、良いや。でもきっと、何か誤解があると思うよ。正直、他人への恨みをぶつけられても困っちゃうんだよね」

「つべこべ五月蝿い奴だ。さっさと構えろ。そのくらいは待ってやる」

「余裕ぶっちゃって。俺達、理解が足りないよ。正しい相互理解は自己紹介から。って訳で!」


 向かい合ったまま、よく喋るヨシュアンさん。

 勇者様と二人、闘うんじゃないのか! とぼそぼそツッコミながら見物すること(しば)し。

 ヨシュアンさんが、懐から取り出した何かをずばっとセンさんに投げつけた。

 反射的に、思わず受け止めるセンさん。


「………なんだ、これは」


 それは片手で持てるほどの紙袋でした。

 外側から、中に長方形の何かが入っているのが分かります。

 問われたヨシュアンさんは、ふっと笑った。


「『私は、こういうものです』」

「って名刺か!!」


 苛立ち交じりにセンさんのツッコミが炸裂した。

 勢いよく、紙袋を地面に叩き付ける。

 良い音がしました。

 それにヨシュアンさんは、露骨に傷ついた顔で、


「ああ、扱い酷い…。ただ、俺がどんな奴か端的に分かりやすく伝えようとしただけなのにー」


 その言葉で、アレの中身が何か大体察しが付きました。


「何だ、賄賂か…?」


 カリスマ画伯の威光を知らないセンさんが、訝しそうに紙袋を拾ってしまいます。

 ある意味、賄賂かもしれない。

「……画伯って、こうして信者増やすんだ」

 なんか、一気に気が抜けた。


 さっきまでは、あんなに年上のお兄さんっぽかったのになー…

 今では、悪ノリの冗談きつい画伯にしか見えない。

 つい先程、御礼がどうのと自分で考えていたけれど。

 …うん、後で御礼を言うか言わないかは、私の自由だよね。

 先程までの感謝が嘘のように晴れていくのを、私は実感していました。


 一気に緊張感が抜けて脱力したこちらの気も知らずに。

 画伯の芸風を知らないセンさんは警戒を露わにしていた。

 そんな様子に苦笑しながら、画伯が薦める。


「怖い物は入っていないから、とにかく開けてみてよ。それで俺がどんな奴だかわかるから」


 うん、分かるにしても露骨すぎると思うよ、それ。


「そう言って、呪いの呪符か何かじゃないだろうな…

開けた途端に小悪魔が襲いかかってくるんじゃないか?」

「失礼な! こんな短い合間に対象不定の呪いを準備できるほど、俺に呪いの才はない!

それは一族固有の特殊魔法しか使えない俺に対する皮肉か何かかな!?」


 ヨシュアンさんは本気で憤慨していました。

 彼にあるのは、画才と戦闘センスと商才だけです。

 もしかしたら他にも何かあるのかも知れませんが、ぱっと浮かぶのはそれだけでした。

「…リアンカ」

 隣から、最近ヨシュアンさんに修業を付けて貰っていた勇者様が袖を引いてきます。

「彼の、種族固有の特殊魔法って…」

「ヨシュアンさんのですか? 確か、セイレーンとガルーダの雑種(Mix)なので…」

 ………あれ、結構思い当たるものが多いな。

 指折り数えて、愕然とした。

「えーと、私の記憶が確かなら、母方のセイレーンから水と風の加護を受け、幻惑系の魔法と催眠・催淫系の魔法、歌魔法の才能を継いでいるはずです。それから父方がガルーダですから、炎熱系の魔法に適正があるんじゃないでしょうか。光の加護もあると思います。あと鳥の王の異名が確かなら、鳥を従えられるんじゃないかと。あ、竜種に対する優位補正があるので、条件付魔法も何か使えるかもしれません。光属性があるので、確かに呪いの適正はないと思いますけど…」

「……………充分じゃないか?」

「ですよねぇ…」

 画才と商才と、戦闘センスだけじゃなかったよ、画伯!

 意外に多彩なヨシュアンさんの才能。

 意識していませんでしたが、どうやら魔王直属の肩書きは伊達じゃなかったようです。

 それだけ色々使えたら、普通の魔法や呪いは使えなくても良いと思います。

 なのに中々階級が上がりませんよねー、あの人。

 …画伯として、副業に精を出しすぎじゃないんですか?

 それだけ恵まれているのに、副業は(エロ)本作家ですよ?

 才能に恵まれず武の道を断念した人が目の前にいたら、それこそ怨嗟の声を上げて呪うと思う。

 人生、ままならないものとは言いますけれど…。

 ヨシュアンさんに画才と芸術センスが無ければ、立派な軍人になっていたかもしれません。


 あまりに華々しすぎて、呪いを警戒するセンさんが滑稽です。

 画伯が本気を出したら、多分呪いに頼る必要はないでしょう。

 馬鹿らしくなったのか、勇者様が声をかけます。


「それは多分、精神汚染の危険はあっても危険物じゃないと思う。警戒せずに開けてみたらどうだ」

「待て、精神汚染ってなんだ!?」


 勇者様、正直すぎです…。

 しかしそこまで言われて、流石に気になったのでしょう。

 センさんが、ようやく紙袋に手をかけ。

 中から出てきたのは………


「って、なんだコレ!? エロ本かよ!!」


 いきなり予想外の(ブツ)が出てきて、腰が抜けそうになっていました。

 ああ、緊迫した空気が完璧に崩壊する音が聞こえる…。

 決闘を決意していたお兄さんは、手の中のエロ本に盛大に狼狽えていて。

 何故こんな物を渡したのかと、疑惑の目を画伯に向けるけれど。

 画伯は、さらりと良い笑顔をしていた。

 すっごいすっきり爽快! 爽やか全開120% って感じで。

 ぐっと親指立てて言うことには、


「俺はこういう者です」

「これで何を察しろと言うんだ! エロ本が名刺代わりとでも言うつもりか!?

なんとなくどんな人格か察するものはなくもないけどな!」

「それ、俺の作品の中で一番スタンダードなヤツなんだ。評価も高いし。

だから初対面の男には名刺代わりにプレゼントしてんの」

「っって、お前が描いたのかよ!!?」


 わなわなと震えながら、センさんが驚愕の顔つきをしています。

 手の中の卑猥物と目の前の美少女顔を何度も何度も、何度だって見比べるセンさん。

 うん、すっごいギャップだよね。

 パッと見、信じられないよね。


 画伯曰く、彼の作品で一番スタンダードなピンクの書籍。

 遠目ながらに、タイトルが見えました。


『 淫乱令嬢ロリータのイケナイ☆悪戯 』


「………わあ、見るからにピンク色」

「あ、リアンカ! 見ちゃ駄目だ!」

 私が乾燥した目で呟いていると、気付いた勇者様が慌てて私の目を塞ぎます。

 もう手遅れですよ、勇者様。

 ちらっとですが、完全に表紙見ちゃいました。

 ピンクと肌色全開の、あの表紙を…。

 あまりにインパクトが強すぎて、目に焼き付いてしまいました…。


 後で知ったことですが。

 ヨシュアンさんは初めて会う相手には本当に名刺代わりにエロ本を渡しているそうです。

 十代後半からの、若い男性限定で。

 相手が喜ぶからって…未成年者はやめた方が良いよ、画伯。

 そして女性には、愛らしい小動物や花の絵を描いたカードを渡しているそうです。

 そちらもとても評判が良いとか。

 なんで男女両方それにしないの、画伯…。

 …愚問でしたね。それが画伯だからに他ありません。




ヨシュアンさん、軍人と言うよりも画伯として勝負に挑む…!

どうなる、センさん。

彼の精神汚染は軽度で済むのだろうか!?

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