36.第一回ハテノ村仮装ドッキリ(対象複数)そのよん 神々の悪戯(ラッキースケベ)編
今回、ラッキースケベの神が降臨します…!
客観的に場面を見た方がアレかと思い、特に誰視点という訳でもなくお送りします。
追記:今回、ラーラお姉ちゃんの野生が一瞬めざめます。
何でこんなことに。
思いながら、空の光が目に染みる。
意識は、体とともに宙を舞った。
刺々しい青年の口調が、馬を刺した。
「なんですか、その馬の頭。貴方それで格好良いとか思っているんですか?
失礼ですが、美的感覚を矯正した方がよろしいんじゃありませんか?
今すぐ牧場に帰って調教師に躾て頂いたらどうでしょう」
馬の肩が震えている。
「ちょっと!」
その背後から、声がした。
どうやら馬は一人ではなく、仲間を連れていたようだ。
それがなおさら、黒山羊青年の癇に障った。
――仲間連れ…それも、女性含みの仲間連れですか。
他の女性を引き連れて女性を追いまわそうなど、舐められたものですね……。
青年にとって、黒山羊お姉さんは親しい身内。従姉。
その彼女を軽んじられることは、我が身を侮辱されるに等しい。
どうやら先走って一人先駆け、仲間を置き去りにしていたらしい馬。
追いついてきた仲間に文句を言われている彼を見据えながら…
黒山羊青年は思った。
馬刺しにしてやろうか、馬房に送り返してやろうかと。
馬こと、兵士B改め、ベルガ。
彼は仲間である騎士の二人と、一人の女性を連れていた。
エルティナである。
どうやら他の二人の使者は勇者様に夢中で、肩身の狭い思いをしているらしい。
一緒に祭を回りたいという意向を示してきたので、馬は快く頷いた。
まあ、その時はまだ、馬の頭など装着していなかったのだが。
彼は知らない。
エルティナの意図した状況と、今の食い違いを。
彼女は、なけなしの勇気を振り絞り、二人で回りたいと誘ったつもりだったのだが……
後は結果をご覧の通り。
鈍感にも女性の意図を計りきれなかった男と、確信犯的に同行に踏み切った男。
そして何も知らない兵士A。
思惑が混じり合い、お祭を男女で二人きり☆というリアルが充実にも程がある結果は回避された。
二人きりのはずが、気づいてみれば余計な男が二人。
結局四人グループで回るという、それはそれで楽しそうな結果になっていた。
それに、当のBは現在馬真っ盛りだ。
ロマンもムードもへったくれもない。
それでも楽しみを見出せるのが、恋する乙女という生き物の凄まじいところ。
それなりに楽しみながら、屋台の間を四人で群泳していたのだが…
いきなり馬が走りだしたと思ったら、この事態である。
慌てて後を追い、追い付いてみたら見知らぬ風体の男と対峙している。
更にその背後には、どう見ても怯えた女性。
客観的に見るのなら、馬がどう見ても狼藉者にしか見えない状況だが…
何事だ、と二人は思った。
そして一人は始まった、と思った。
そう、これから始まるのだ。
二人の男と二人の女、その他を取り巻く神々の悪戯が………
「……………(もがもがもがっ)」
「は? 何が言いたいんですか? 残念ですが全く理解不能です」
おまけにリーヴィルは聞き取る努力すら見せない。
意思の疎通は一方通行で、リーヴィルの言いたい放題だ。
「女性を連れているのに他の女性を追い回すなど、どちらの女性にも失礼です!
やはり馬房に強制送還させて差し上げましょうか。それとも牝馬の群に放られたいですか?」
今こそまさに独壇場といった具合で、黒山羊の青年は言い募る。
普段は振り回される側だからだろうか。
リーヴィルは嬉々として馬を遣り込めにかかっていた。
そんな、自分は言いたいことを伝えられず、相手ばかりが主張(しかも正論)を挙げ連ねる状況に。
とうとう、馬がキレた。
「こんな頭! お望みなら今すぐに投げ打ってやるさ…!」
苛立ちも顕わに、兵士Bは被っていた馬の頭を投げだした。
足もとにごろんと転がる、リアルな馬の首。
大変異様で気味が悪い。
転がった馬の首と目が合い、「ひっ」とラヴェラーラが息を呑む。
だけど彼女は、馬の首を投げ捨てたBの顔を見た時…
目に見えて明らかに、更に狼狽を見せた。
「ふえ………っ?」
その時、彼女の脳裏に蘇ったものは……………
激しい剣劇の音が響き連なる、戦場。
浅ましくも見苦しい姿をさらす、自分。
常よりも大きな体となった自分を、精悍な顔の男が激しく糾弾してくる。
――『ならば、俺が相手だ!!』
あの時、強い眼差しが険しく私を睨んでいた。
――『魔族め…俺は騎士ベルガ! 貴様は何者だ!』
羞恥を覚えた、私自身の高らかな笑い。
それに対して返されたのは、鋭い剣先。
そう、あれはカーバンクルに端を発する一連の事件の中で。
ラヴェラーラには、分不相応な大役がまかされた。
それはことを穏便に収める為、目に見えて分かりやすい明確な敵という虚像。
魔族達を率いる、将軍に扮するという大任。
その、最中。
彼女を追い詰め、最初に提示されていたよりも役割を困難にしたのは……
なりたくもない形態を取らせられる要因となり、彼女に勇猛果敢と剣を向けてきたのは………
いま目の前にいる、この男ではなかったか。
うろ覚えだった記憶が、鮮明になる。
目に焼き付いていた、恐怖。
自分を追い詰めた男の顔と、いま目に見える現実が重なる。
ああ、同一人物。
この男だ。
この男で、間違いない。
それらの記憶を瞬時に思い返したラヴェラーラの中には…
穏やかに臆病な、彼女の中には……
恐怖と、怯えしかなかった。
「い、いやぁ………っ」
そして衝動のままに、彼女は逃亡を図る。
けれど。
「あ、待っ…!?」
本能的に逃げようとした、ラヴェラーラ。
咄嗟に彼女の腕を掴んで引き留めようとした、ベルガ。
その瞬間、遠い、遠い空の彼方で。
ラッキースケベの神が、指を鳴らした。
瞬間、ベルガの足が、地面に転がったままだった馬の首に躓いた。
それは何とも絶妙の状況、絶妙のタイミングで。
走る時の踏み込みと同等に、前へ進もうとしていた勢いも災いして。
ベルガは、勢いよく。
誰もが目を見張るほど、勢いよく。
彼は前方へと向けて、転ぶ勢いで飛んでいた。
その、正面。
彼の目の前には、ラヴェラーラがいたというのに。
作為などどこにもない、明らかな事故であった。
誰かが助ける暇も、救う余地もなかった。
誰も悪い者等いない。不幸な偶然が重なっただけ。
……だが、世の中には「事故」では済まない惨事というものがあったのである。
縺れ、揉み合い、絡み合う。
その、渦中。
ラヴェラーラの目が、極限まで見開かれる。
口は、勝手に悲鳴の動きを形取る。
そして、傍目に見た二人の体勢は……
男の両手が、わっしりと女の太腿を掴んでいた。
破廉恥な。
更に前屈みに倒れこんだ男の顔は女の身体に…
抽象的に言うならば、二つの柔らかな山。その山間に生じた深い谷。
……男の顔は、転倒の勢いによって、女の柔らかな谷間へと捻じ込まれ、食い込んでいた。
あまりの光景に、皆が暫し動くということを忘れた。
気まずく、何とも言い難い沈黙が満ちる。
喧騒にざわめいていた周囲の客引きでさえ。
すべてが全て、言葉というものを忘れたように黙り込む。
そして、言い訳の許されない事故を起こした者と、起こされた被害者とを全員が注目していた。
思考停止という、共通の現象に見舞われながら。
「いっ………いやぁあああああっっ!!」
全ての時を止める沈黙。
それを切り裂いたのは、他ならぬ被害者その人。
柔らかな肉体に男の重みで圧し掛かられた、ラヴェラーラ当人だった。
その瞬間、遠い天上の遥かにて。
ラッキースケベの神とラブコメの神が腹を抱えて爆笑中。
二柱の神々は、互いにサムズアップでGJと叫び交わしていた。
無視しようのない重みに、心の傷を負った。
叫ばずにはいられなかった。
そして心の命ずるまま、ラヴェラーラは……
一瞬呆けた、その後。
我に返るよりも先に、叫びだした口。
そして肉体の方も、また。
頭の奥で、本能が命令する。
闘いを好む、戦闘種族の血が。
精神が平衡を取り戻すよりも先に、肉体は本能の命ずるまま動き出そうとしていた。
被害にあったその時、脳髄を駆け抜けた一つの命令。
思考回路を突き抜けた向こう…遠い思い出の彼方で、蘇るもの。
それは草食系小動物の獣人たちを相手に、定期的に行われる講習会。
所謂、痴漢講習会の場にて、体術師範の言っていた言葉。
――乙女の柔肌に許可なく触れる男は、須らく死刑。
再起不能上等。殺す気で、やりなさい。
その言葉そ蘇った瞬間。
ラヴェラーラの筋肉は、反射としか言いようのない速度を編み出し…
命令を受けるよりも早く、我に返るよりも早く、体が取るべき動きを模倣していた。
それは、爆発するような勢いで。
我に返るよりも早くだった。
だから考えるという余計な行動を挟まず、体が動く。
前屈み体勢で己を鷲掴みにする男。
勢いをつけて男へと向き合う構えを取れば、自然と足の動きが男の両手を弾き飛ばす。
腕が開き、空いた胴。
女の膝が、男の胸を蹴り上げた。
ぐ、と鈍くくぐもった声。
だけどそれを意に止めてしまえば、正気に戻り、体は動かなくなってしまう。
女の体は、無意識に黙殺を選び、全身のばねを後押しする。
男の上体が、宙を泳ぐ。
それを引き戻すように首へと一撃。
浮きかけていた体は引き寄せられ、地面に叩きつけられる前に顎へと掌打を見舞う。
無防備に開いた体。
女は男の腕を掴むと、反動と力に任せて肩越しに投げ飛ばしていた。
男は僅かな時間を宙に舞い。
そして、地面へと叩きつけられた。
がは、と。
男の肺腑から呼気という呼気が全て押し出される音がした。
→ ROUND1 K.O.
WINNER ラヴェラーラ!
誰もが止める暇もなく、言葉を失ってラヴェラーラを茫然と見ていた。
その中で、一人。
ぱちぱちぱちと拍手を送る者がいる。
リーヴィルが、本当に本心から感心したという顔で。
そして、本気の賛辞を従姉へと贈る。
「ラヴェラーラ…! 貴女はやればできる人だと思っていました」
そう言う黒山羊青年の目に、感動の強い色が見える。
ほのぼのと温かく、褒め称える色が見える。
「今まで散々痴漢講習会の悪い見本と呼ばれてきた貴女ですが…
練習で幾ら実力を出せなくても、本番で発揮できるのであれば何ら問題はありませんよ。
これで痴漢講習会の悪い見本なんて汚名は返上ですね」
よくやった、と。
まるで幼子が初めて逆上がりに成功した瞬間を目撃し、褒め称える保護者のような。
彼は穏やかな笑顔で、ラヴェラーラを称賛している。
その声を受けて、遅まきながらラヴェラーラは正気に戻った。
ハッと。
活性化を見せた体に、大きく遅れた覚醒であった。
自分が今何をしたのかも分かっていないような顔で、困惑を重ねる。
しかし何かをやった自覚はあるのだろう。
恐る恐ると、手の平をじっと見て。
それから地に伏すBを見つけて。
ラヴェラーラの顔が、急速に青ざめた。
それはもう、さばーっという勢いで。
「た、たい、へん…!」
自分でやっておいて大変も何もないだろうが。
それでも、ラヴェラーラは本気でそう思っていた。
恐怖も忘れて、己のやらかした取り返しのつかない事態を見極めようと……
…動かないBに近寄り、具合を確かめる。
ラヴェラーラの顔が、更に青ざめた。
やった。やっちゃった…。
彼女の顔には、露骨にそう書いてあった。
隣に屈み込み、ラヴェラーラよりも治療の術に優れたリーヴィルが、冷静に診断を開始する。
ざっと診たところ、この男の容体は………
「全治、二ヶ月ですね…肋骨が折れています」
それ以外にも細々とした怪我はあるが。
怪我と乱闘と波乱に満ちた生態を持つ喧嘩好き好き種族の診断は確かだ。
リーヴィルの真剣な目が、的確にベルガの損傷具合を読み取っている。
どうしよう、取り返しのつかないことをしたと。
あわあわ泡を食っているラヴェラーラ。
その両肩に、そっと手を乗せて。
真正面からリーヴィルが健闘を祝う。
「今の貴女を見たら、きっと痴漢講習会の師範が泣きますよ……感涙で。
ラヴェラーラがいつも青い顔で立ち竦んでしまうこと、いつも案じていましたから」
彼の知る限り、頼りなく情けなく、弱々しかったラーラ従姉さん。
人見知りが激しすぎてよく知らない相手とは喧嘩もままならないラヴェラーラ。
その快挙に、ほぼ知らない相手に拳打を見舞うという快挙に。
リーヴィルはそっと目頭を押さえた。
「今日は、とことんお祝いしましょうね。何でもラヴェラーラの好きな物を買いましょう…!」
祝福されすぎて、自分を加害者だと思っているラヴェラーラ自身は気まずいことこの上なかった。
おまけに、年下の従弟のこの様子。
祝われすぎ。
私、どれだけ心配されてたの。
リーヴィルがなんだか喜びすぎで、孫馬鹿のお祖父ちゃんみたい。
微妙な感想に、ラヴェラーラの眉が情けなく垂れ下がるのだった。
浮かれる御祝いムードの彼等の前で。
叩きのめされた男がよろよろと立ち上がる。
再起不能と思われたベルガ。
しかし、どうやらまだ再起できた様で。
起きあがれるとは思っていなかったラヴェラーラが、びくっと身を竦める。
巣穴に隠れる栗鼠みたいに、さっとリーヴィルの背後に隠れる。
自分が悪いと思っていても、彼女の臆病は健在だ。
どんな反応が返ってくるかと、びくびく小さくなって窺い見る。
そんな、小動物の様な反応を見せる加害者を、前に。
叩きのめされたベルガが、申し訳なさそうな、痛々しい顔をする。
もしかしたら、ただ体の痛みに顔を歪ませていただけかも知れないが。
「す、すまない…」
そうして出てきた、小さく弱々しい声。
肋骨の痛みにか、掠れて熱に浮かされた様な声。
ベルガの、声。
「無体を、働い、た……も、もうしわ…け、な、い…………」
そうして、絞り出した物は。
明らかな、謝罪。
「それ、それにっ………」
「な、なんですか…?」
一音一音、懸命に振り絞る必死さ。
その歪んだ顔と、必死の様に心を動かされてか。
臆病で人慣れしないラヴェラーラが、おずおずと応じる。
それに勇気を得てか、ベルガがちょっと笑った。
小さな、小さくて歪んだ笑みだったけれど。
そうして口許を歪めたまま、ベルガが最後の言葉を振り絞る。
「お、おどろか…せ、て、…………悪かっ…た…」
その言葉を最後に。
ベルガは、ずしゃっと音を立てて崩れ落ちた。
「………!!?」
血相を変えて、皆々で思わず駆け寄る。
「死んだ!?」
「ベルガ…いい人だったのに」
「いや、死んでませんよ」
取り乱した声に、リーヴィルが淡々と返す。
「死ぬ様な怪我じゃありません。そんな生温い負傷じゃ死ねやしませんから」
その言葉が正しいと示す様に。
顔面から倒れ臥したベルガの、顔の辺りから「ううぅ…」と呻く声が上がる。
誰がどう聞いても、苦悶の呻き。
倒れ臥したベルガを、仲間達が大慌てで担ぎ上げる。
「あ、一応暴行を働いたのはうちの者ですからね。悪いのはその方ですが。
ですが一応、怪我を負わせたのは此方ですから。仕方ありませんしね」
しつこい前置きを置いて、リーヴィルが指示を出した。
「一応、治療に責任を負いましょう。此方の指示する場所へ運んで下さい」
賑やかで明るく浮かれ上がった広場から。
そうしてベルガは運び出されていった。
その後、ベルガが運び込まれたのは魔王城の医療棟で。
気が動転していた仲間達が正気に戻る前に、ベルガは病室に担ぎ込まれた。
その後、重い責任を感じたラヴェラーラが看病を請け負い…
完治までの間、ベルガはラヴェラーラの管理する病室で養生することになる。
そのことに本能的に危機感を感じたのだろうか。
対抗意識を燃やしたエルティナは、国にも帰らず頻繁に見舞うこととなる。
その結果に秘かに満足を覚え、サイは一人頷いていた。
これからが、自分の頑張りどころと心得て。
痴漢講習会/魔王城の軍人の当番持ち回り制。
3~5人で組となり、主に草食小動物系の獣人の里を回っている。
ラーラお姉ちゃんは講習でも萎縮して動けなくなるので、「悪い見本」と呼ばれている。
一方、ヨシュアンの方は「良い見本」から「痴漢役」まで一人でこなす有能ぶり。その能力を見込まれ、ラーラお姉ちゃんと組んでフォローに回ることが多い。
ちなみに軍人たちの持ち回り制なので、文官のリーヴィルは不参加。