34.第一回ハテノ村仮装ドッキリ(対象複数)そのに
今回は、祭(宴)に行きたいけど怖くて行けない。
そんな引っ込み思案なラーラお姉ちゃんと、
そんなラーラお姉ちゃんをあの手この手で連れ出そうとするりっちゃん。
リアンカ・まぁちゃん組とはまた違った従兄弟同士がメイン。
ちなみにラーラお姉ちゃん視点でお送りします。
宴の喧噪は遙か、高く。
楽しそうな声。
嬉しそうな声。
驚嘆を含む叫び。
一様に笑み崩れた声の響き。
賑やかな声は城壁を越え、私の耳をそわそわと擽る。
楽しそうだな。
輝いて聞こえる声は。私を外へと誘うよう。
だけど外に行ってみようかな、そう思う端から怯懦に塗れた声が響く。
胸の、ずっと内側から。
怖いよ。
辛いよ。
寂しいよ。
私はひとりぼっちという訳じゃないのに、何故か錯覚してしまう。
気心の知れた人ばかりのお隣の村。
だけど、だけど…
親しい人ばかりがいるはずなのに、どうしても尻込みしてしまう。
二の足を踏む、私の臆病な体。情けない心。
誰かが連れ出してくれるのを待っている癖に、その誰かを怖いと思う。
閉じこもってばかりはいられない。
なのに私は外に出るのが怖い。
人が怖い。
見られたくない。
行きたい、行きたいと弾む心は、今日も怖い、辛いという心が絡め取ってしまった。
私は今日も一人きり、此処で遠く外を眺めるだけ。
窓から少し、ほんの少しだけ顔を覗かせて。
「ラヴェラーラさん、俺と一緒に…!」
「いえ、僕と…!」
熱心な声に、びくりと体が竦む。
「ご、ごめんなさい………」
そもそも柱の影から出ることすらできず、私は誘いの声を断った。
今日はもう、こんなことばかり。
ごめんなさい。
臆病で情けない私で、ごめんなさい…。
もうそれしか言えないで、私はそっと駆けだした。
その場を離れることしか考えられなくて、逃げたかった。
脇目もふらず、駆けてしまう。
逃げるなんて失礼なこと、された方も悲しいに違いないのに。
「あ…っ ラヴェラーラさん!」
「………ああ、くそ。やっぱり駄目かぁ…」
聞こえた声に振り返ると、がっくりと肩を落とす姿が見える。
悲しそうな声が、胸に辛かった。
今日はお隣の人間さんの村で、一日ずっと楽しそう。
賑やかな宴、お祭? が開催されている。
少し変わった趣向で、仮装が必須。
その分、いつもの祭よりもはしゃいだ声が高く響く。
楽しそうな声に誘われて、今日はみんなそわそわ。
仮装のお祭なんて、考えただけで胸も弾む。
楽しそう。思うけれど、参加は怖くて気が引けた。
急な開催だから、みんな大慌てで準備を整えて。
飛び出すように、隣の村へ出かけていった。
そんな姿を横目に見ながら、私は縮こまって一人。
「はあ…」
寂しい溜息が、黒い前髪を揺らす。
官舎の中、自分に割り振られた部屋へ戻ろう。
部屋の中に一人でいたら、きっともう誘われることもない。
よく知らない人に誘われるのは怖かった。
その期待を裏切るのも辛かった。
今日はみんな、誰かと笑ってすごしてる。
そんな中で一人、部屋に籠もるのも辛いけど…
「ああ、此処にいた。探しましたよ、ラヴェラーラ」
背後から声をかけられて、ぴくっ。
良く馴染んだ声なのに、一瞬怯えて耳が震えた。
今日はもう、何度も背後から話しかけられた。
それが全部、お誘いの言葉で。
その全部を断って。
一瞬、またかなって思ってしまったから。
でも、耳がぴくぴくって。
この声はよく知ってるよーって、動くから。
恐る恐る振り返って、声の主を確認して。
心当たりが当たったことに、物凄くホッとした。
大丈夫。
彼なら怖くない。
この子は私のことを、怖がらせない。
声をかけられて緊張していた心臓を、指先で撫でて慰める。
「その様子だと、大変だったみたいですね。
今日は飛び回り走り回り、誘いの声から逃げ回ってたんでしょう」
「リーヴィル…知ってるの?」
「それはもう。いつもはおっとりしているラヴェラーラが、あちこちを走り回っているって目撃情報をかき集めましたから」
各所を走って逃げ回るので、追跡に苦労しましたと。
私の年下の従弟、リーヴィルが言う。
私をおっとりと言うけれど、リーヴィルも穏やかな方。
今だって身内限定のにこやかな顔で、おっとり微笑んでいる。
リーヴィルは私達黒山羊一門の御曹司で、天才と呼ばれるくらいに才能豊か。
十四歳で今の陛下の側近として選ばれたような、華々しい経歴を持っている。
そのことに少し、気後れしてしまうけれど。
私のとってのリーヴィルは、小さい頃の印象ばかり。
岩場で転んで眼鏡を割ったり、犬に吼え立てられて泣いていた子供時代の印象が強い。
リーヴィルが生まれた時から、私は知ってる。
それが大きな安心に繋がって、私は逃げることなく近づいてくるのを待つことができた。
「私を捜していたの、リーヴィル。どうして?」
「ええ、これを渡そうと思って…」
近寄ってきたリーヴィルは、背に持っていた包みを差し出してくる。
大きな、布の包み。
なんだろう?
もう十二年も前に私の背を越した、従弟。
その顔を見上げて首を傾げると、苦笑が返ってくる。
誰かの顔を、目を真っ直ぐに見るのはあまりない。
そうできる相手が少ないから。
新鮮な思いで、リーヴィルが話し出すのを待った。
「ラヴェラーラ、ハテノ村の宴に一緒に行ってみませんか?」
「え…」
私のこの厄介な臆病さをよく知っている従弟からの、意外な提案。
この子が私に、こんな事を言うなんて思ってなかった…
「リーヴィル、だけど、私…」
「たくさんの人に囲まれるのが、怖いんでしょう」
「分かっているなら、どうして?」
お隣の村の人達は、気心が知れている。
だから一人一人と向き合うのは、そこまで怖くない。
…全く怖くないとは言わないけど。
でも、今日は宴。
こんなに賑やかで、人手も沢山。
そんな中に入っていくのが怖いから、躊躇してるのに…
「でも今日は、仮装の宴なんですよ?」
知ってる。
そう言う前に、リーヴィルが私の耳の下に触れた。
指先が掠めるように撫でたのは、顔の横。
人間だったら、耳がある当たり…
撫でられた瞬間、バチッと顔の両側で静電気が爆ぜた。
「!?」
「驚きました?」
罪のない顔で首を傾げるリーヴィル。
「え、え、え…!?」
混乱して、痛みが走った当たりを触ると…
「……………………………あれ?」
触り慣れない、変な感触がした。
なんか、ふにふにしてる変な出っ張りがある…。
それを私の従弟は、
「人間の耳ですよ」
なんて言うのだ。
「リーヴィル、これはなに?」
「だから、人間の耳です。偽物ですけど」
「えー?」
どう言うつもりでリーヴィルがそんなことをしたのか、良く分からない。
答えを教えて貰って、納得はした。
確かに言われてみれば、この感触は人間の耳そっくり。
「リーヴィル、こんな術使えた?」
「まさか。部分的な変化は、高度すぎて手が出せませんよ。
これは魔王城の道具屋で仕入れた『人間セット・耳』です」
「ああ、あのジョークグッズ…」
言いながら、リーヴィルも自分の分を取り出した。
…なんだか本物の耳みたいで、気持ち悪い。
人間の戦では、時として敵を倒した証明に耳を切り取るって言うけど…なんだか、それみたい。
リーヴィルが人間の耳を自分の顔の横に持っていくと、静電気の爆ぜる音。
瞬き一つの時間で、偽物の耳はぴったり顔にくっついている。
繋ぎ目も全然分からない。
きっと私の顔の横にも、これと同じモノが付いてる。
「これで私達は『黒山羊一門の』ラヴェラーラとリーヴィルではなく、『黒山羊の仮装をした人間の』ラヴェラーラとリーヴィルです。どうです? これなら怖がらずに行けるんじゃないですか?」
恐がりな黒山羊のラヴェラーラじゃなく、此処にいるのは祭を楽しむ人間のラヴェラーラだ、と。
別人になったんだから、大丈夫。
そのまま別人の気分で宴を楽しみましょうと。
いつの間にか気遣いを覚えた、面倒見の良い従弟が笑う。
おずおずと這いずるばかりの心が、ちょっと浮上した。
空を見上げて深呼吸…
………でも、やっぱりまだ怖いかも。
そんな私にもう一押しと、リーヴィルが笑っていった。
「ラヴェラーラ、包みを開けてみたらどうですか?」
何か、含むモノを感じる。
困惑を感じながら包みを、促されるままに開いて…
「あ、これは…」
祭衣装!
包みの中には、黒山羊一門祭事用の伝統衣装!
「物凄く、久々に見た…」
魔王城じゃ、ちょっと見ない。
一族の里で、お祭の時に着る衣装だもの。
「懐かしいでしょう?」
してやったりと、従弟が笑う。
「うん」
私もしてやられたと、目をぱちぱちしながら頷いた。
懐かしい…。
この、優しい手触りが何より子供時代の記憶を擽る。
黒山羊一門の祭衣装は、色取り取り鮮やかな糸で刺繍がされた伝統衣装。
男女で違いはあるけど、その型は統一されている。
そこを、各家々の特色を出した刺繍で違いを出す。
動物や植物を図案化した模様に、概念的な意味を持たせた模様。
布地全面を刺繍糸が覆って、生地の色が完全に覆い隠されてしまうくらい。
むしろ、全部刺繍で覆ってしまうのが「出来の良い衣装」。
必ず黒山羊の紋章を何処かに入れる決まりだけど、それを何処に入れるかでも趣向を凝らして。
家毎に何色の糸を多用するかも違うから、兄弟姉妹は一目で分かる。
賑やかで、鮮やかで、色彩に溢れた祭そのものの衣。
特徴が出るから、衣装は一目で誰が縫ったか直ぐに分かる。
この衣装は、これは…
「母さん…?」
「ええ、そうですよ」
恐る恐ると推察を口にしたら、従弟がしれっと返す。
その清ました顔が、ちょっと小憎たらしい。
魔王城じゃ絶対に、この衣装は手に入らない。
私の為に母さんが誂えてくれた、特製の衣装なんて。
「叔父上と叔母上が心配していましたよ」
なんて、したり顔でリーヴィルが言う。
でも、言われなくても分かってた。
私、もう十年以上、里に帰ってない…。
「家に帰ってこないのは、親に会わせられないような男でもいるんじゃないかって」
「え、そっち…!?」
父さん、母さん、そっちの心配なの…?
なんだろう…ちょっと、がっくりきた。
「その件については私の方から絶対に有り得ないと、しっかり否定してきたので安心してください。
ラヴェラーラに関しては皆で目を光らせているので、妙な男ができる余地はないと言っておきました」
「年下の従弟に監督されているって、それもどうかと思わないでもないような…」
みんなって、誰だろう…?
でも、多分。
リーヴィルが敢えてわざわざこんな時に、こんな事を言うんだから。
多分、私の緊張を解そうって思ってのことだよね…?
うん、きっと。
「偶には実家に帰ってはいかがですか。叔父上達も寂しがっていましたよ」
「うぅ…分かっては、いるんだけど」
もう、十年以上帰っていない。
帰りづらいな、って。
ほんのちょっとだけ、躊躇う気持ちが足を縫い止める。
「ラヴェラーラ…」
昔は私を見上げていた従弟が、心配そうに見下ろしてくる。
「貴方が、死霊術の才能に恵まれなかったこと、気にしてるのは知っています。
だから、帰りづらいと思っていることも」
「…やっぱり、知ってた」
「皆、知っていますよ。貴女も知っているでしょう。気にしているのが自分一人だって」
親戚はやっぱり、容赦ない。
気遣いがないわけでも無神経でも、無慈悲でもなく。
私が本当に気にしている訳じゃないって分かっていて、故郷に帰らない理由を明文化していく。
私の躊躇いを、細かく分析して。
そうして私の心を、解きほぐそうと。
「うん…私は才能ない方だけど、全くないって訳じゃないし」
「ええ、貴女よりも才能がない人だって、里には沢山いたでしょう」
「でも、才能がないからってだけが理由じゃないよ」
「知っていますよ。死霊術師として大成できない。でもだからこそ、他の道を探したいと思った。
だからこそ、この魔王城で得た仕事を頑張りたいのでしょう?」
「あー…それも知ってた」
どうしよう。
この子、私が本当に帰らない理由まで知ってた。
私が仕事を頑張りたいから。
人一倍、頑張ってみたいから。
帰る暇も仕事に費やして、打ち込んでいること。
休暇がない訳じゃないのに、帰るよりも仕事を選んで没頭してること。
「貴女は、確実に働きすぎです」
…断言された。
リーヴィルは、職分としては私の上役で。
少し調べれば、私の勤務表も手に入る。
駄目だ。
完璧に下調べして、誘いにかかってる。
「偶には休みなさい。今日だって、もう二十日連続勤務でしょう」
知っているんですよ、と。
従弟が目を吊り上げる…怖い。
あの頃の小さなリーヴィルは何処に行ったの…。
……本当に怖いと縮こまっていたら、溜息吐かれた。
「休暇が、溜まりすぎて消費できていないと貴女の上司が嘆いていましたよ」
「………疲れては、いないのよ?」
「絶対に疲れています。無意識下に追いやって気付いていないだけです。
息抜き、休養、しっかり取ってください。倒れたらどうするんです」
「でも、まだもう少し…」
「往生際が悪いですね」
「でも、でも…あと少しだけ、ね…?」
「駄目です。もう今日の午後から、取り敢えず一週間の有給を申請しておきました」
「え………ええ!?」
そんな、勝手に…!?
「そうでもしないと、貴女は休まないでしょう」
「でもね、お姉ちゃんにも都合があるのよ…?」
「知りませんよ。そんな訳です。私と一緒に祭に行きますよ。
どうせ行くよう指示しても尻込みして行かないでしょうし、見ていないと貴女は休まないでしょう」
うう………全て見透かされている…。
そこまでお膳立てしないと動き出さないと見極められている…。
でも、それが本当は優しさで。
私がお祭に『行かなきゃいけない』大義名分を作るためだって、分かるよ。
分かるから、憎めなくて。
少しだけ、胸が温かくなる。
折角、衣装まで用意して貰って。
気持ちが切り替えられるように、姿も変えてくれて。
それでも躊躇してしまうのは、どうしてだろう。
こんなに行きたい気持ちは高まってる。
だって、ここまでしてくれたんだもの。
でも、どうしよう。
踏み出したいのに、足が一歩も動かない。
後一歩、踏み出せればきっと変わるのに。
変われるのに。
差し出されたこの手を、きっと私は取れるようになるはずなのに。
それでも尚。
気持ちは軽くなったのに。
確かに行きたい気持ちが高まっていても。
私の足は重く、どうしてか動かない。
心の中は焦りが無駄に高まって、混乱してしまう。
こんなんじゃ、駄目なのに。
私は、リーヴィルにとって年上で。
お姉さんみたいなもので。
もっとしっかりしたいのに。
しっかりしないと、いけないのに。
「ラヴェラーラ、焦らなくて良いんですよ。落ち着いてください」
ぐるぐる、ぐるぐる目が回りそう。
リーヴィルが困ったような顔で、私の背中を撫でる。
手の温かさに、ほっとして。
詰まっていた呼吸が、楽になった気がして。
目の前が、暗くなった。
私の呼吸を楽にしたのは、やっぱりリーヴィルで。
私は年上なのに、お姉さんなのにとやっぱり情けなくなる。
ああ、駄目だなぁ。
こんなに年下の従弟のお世話になって。
どっちが年上か、全然分からない。
そうしたらリーヴィルが、もっと困ったような顔になる。
「ラヴェラーラ、大丈夫ですよ」
あやすような声が、頭上からきた。
「誰も貴女を怖がらせやしませんから」
「リーヴィル、完全に私をあやそうとしているでしょう…」
私、年上なんだけど…?
恨みがましく見上げると、うっすら笑って流された…。
「ラヴェラーラ…いいえ、ラーラ従姉さん」
吃驚した。
思わずリーヴィルを見上げて、吃驚した。
もう、十年以上前。
リーヴィルが魔王城に出仕し出す前の、昔の呼び方。
もう仕事を始めたのだから、けじめを付けると言い出した十四歳のリーヴィル。
魔王城への出仕を切欠に、私の呼び方を完全に切り替えていたのに。
それに、この呼び方は私にとって特別な意味がある。
あれはリーヴィルが出仕し始めた頃のこと。
『ラーラねえさ……あ』
うっかり、リーヴィルが間違えて私のことをラーラ従姉さんと呼んだことがある。
丁度リーヴィルの傍には当時は殿下だった陛下と、リアンカちゃん達がいて。
その時の呼び間違えが切欠で、あの子達は私のことを『ラーラお姉ちゃん』と呼ぶようになった。
懐いて、近寄ってくれるように、なった。
どことなく馴染めずにいた私が、魔王城に、あの子達に馴染めるようになった…その、切欠。
だから、この名前で呼ばれると……恥ずかしくて照れるけど、胸に熱いほどの温もりが去来する。
その、呼び名を。
今この時に、ここぞとばかり持ち出すなんて…。
親愛の籠もった眼差しは、親戚への慈愛と許容。
困ったような顔だけど、口元が笑っている。
「ラーラ従姉さん、もう四の五の言わず、諦めたらどうですか。私と祭に行きましょうよ」
駄目だ。
本当に駄目だ、この子。
私が子供に弱いことを知っていて、こんな手を使う。
子供時代のリーヴィルを連想する言葉づかいを、敢えて此処で使ってくるなんて…。
強かに育った従弟に、戦慄した。
「ね、私と遊びに行きましょう。きっと楽しいですから」
「う、ううう…」
後一押し、そんな計算がリーヴィルの目に。
それが分かっていても、私は手の平で転がされる。
駄目だ…リーヴィルが私よりも上手すぎる……。
うんと言いたいのに、うんと言ってはいけないような。
祭に行きたいはずなのに、なんだか微妙に行きたくないような。
何とも言い難い気持ちで、頭がぐるぐるする…。
そんな私の意識を覚醒させたのは、新たな珍客。
ふわふわの翠の髪を揺らして、現れたのは…
「やっぽー☆」
謎の挨拶、ノリ?
変な調子で、ヨシュアン君がやって来た…。
………って、あれ?
「ヨシュア、陛下や姫様達はどうしたんですか?」
「姫様は先に行っちゃったよー。陛下はまだ自室で着替え中。
俺はこれから村まで仮装見せびらかしに行くとこ」
「様になっていないとはとても言い難いですが、激しく浮かれた格好ですね」
「良いじゃん。偶のこんな機会だからこそ、弾けなきゃ」
「全く………ん? ラヴェラーラ? どうしました?」
「あれ、固まってるね…」
男の子達が、二人。
私の目の前でひらひらと手を戦がせる。
それではっと正気に戻るけれど、クリアな視界を取り戻しても変わらない現実。
目の前の、フリルとレース。
大人っぽいリボンに彩られた、鮮やかな翠。
「ヨシュアン君………可愛いね」
「まーね♪」
…………………………ヨシュアンって、女の子だっけ。
目の前には、わさっとレースとフリルの群れ。
華麗にして豪奢な衣装が、似合いすぎて凄い違和感。
ペパーミントグリーンの髪に、黒いリボン。
紫なのにシックで、なのに軽やかで。
妙に違和感がないのが、逆に胸に引っかかる気がする…。
「ヨシュアン君、それどうしたの…?」
「仮装☆」
キラリーン☆
謎の後光が目に眩しい…。
「に、似合う、ね…」
それ以外に、言葉が見つからないよ…。
慣れた相手の筈なのに、怖じ気づいて逃げたい気分。
怖々見てみるけれど、やっぱり女の子にしか見えない。
「可愛いデショ」
自分の可愛さを十分理解した上で計算し尽くされた笑顔だ……。
あまりの輝きに、圧倒されそう…。
そんな私の背を支え、さり気なく逃げ出さないように腕を掴んで。
重々しく、リーヴィルが、
「可愛いのは、ヨシュアンだけじゃありませんよ」
私の意識を惹き付ける、決定打を、言った。
「今日はセトゥーラ姫の衣装もヨシュアンが用意した物です」
……………ヨシュアンの、このセンスで、姫様の…。
それ、絶対に可愛い。
「それだけじゃないよー。孤児院のチビ達の衣装も、今日は俺が手がけたんだから」
「ちびちゃん達のも…!?」
「おや、今日一番の食いつきですね。ラヴェラーラ」
え、え、え…っ
だって、だって…!
だって、絶対に可愛いんだよ…!?
私が無類の子供好きなのは、覆しようのない事実で。
孤児院の無垢な子供達は、私の癒しで。
可愛い子供達と遊んでいるのが、唯一心休まる時間で。
面倒を見れば見るほど、愛着が湧く子供達の…
その、晴れ舞台。
「どうやら行く気になってくれたようですね。良かった、良かった」
「う、うん…!」
何となく、はめられた感は否めないけれど。
でも、可愛いに違いない子供達も見たい…。
ヨシュアン君チョイスの可愛い格好をした姫様達も、見たい。
………だから、これは仕方ないよね。
こうして私は、従弟に手を引かれて。
年下の男の子達に背を押されながら。
浮かれ騒ぐ祭の渦中。
ハテノ村、仮装の宴に飛びこんで。
なんだかよく分からない、不思議な騒ぎに巻き込まれることになったのでした。
ハテノ村へ向かいながらの、三人の会話。
「俺も村に着いたら、リズやエディの晴れ姿見てやらないと。
可愛い可愛いって撫でくり回してやるんだ~」
「…あれ? ヨシュアン、二人のこと引き取ったんじゃなかったの?」
「そのはず、だったんだけどねー…」
ヨシュアンは遠い目で、口元に苦笑を浮かべるのみ。
大人びた、苦い顔だった。
「それがさ、引き取る段になってエディが俺のこと、女だと思ってたのが発覚して………さ」
「え、それって…」
無理もないとラーラは思ったが、一応口を噤む。
「やたらショックだったらしくて、エディの奴、俺の家を飛び出しちゃったんだよ。リズも連れてさ」
「…それで、孤児院に逆戻り?」
「その通ーりぃ…」
「「………………」」
「その、元気出してね…」
「慰めの言葉が痛み入るよ…」
しょんぼりと肩を落として、ヨシュアンは弱々しく笑った。
だけどそんなヨシュアンを見ながら、ラーラはこっそり思った。
幼い子供がヨシュアンに引き取らなかったことに、妙にホッとするな…と。
ヨシュアンには、実は孤児院に拾い子が二人。
名前はリズベットとエディアルド。
まだ十歳にもならない女の子と男の子。
画伯が二人を拾った時、男の子はともかく女の子を画伯が育てるのは拙いと周囲が総出で止めたのですが…
持ち前の観察眼と、可愛がり精神、そして気さくさが災い?しまして。
恐ろしいことに、子供達はヨシュアンに懐いてしまいました…
ヨシュアン、引き取る気満々。
勿論、副業のことは教育に悪いのできれいにまるっと隠し通して。
しかしこの画伯のカリスマ的に、放っておいてもいつか知れることは確実。
ヨシュアンに育児はどうだろうと、首を捻る魔境の人々です。
でも誰も積極的には止めないという。