33.第一回ハテノ村仮装ドッキリ(対象複数)そのいち
まぁちゃん「仮装」
その真意は如何に…?
それは、一見して華やかな宴だった。
だけど内情は騙すことを目的としていて。
虚偽と絢爛さに惑わされた熱い夜。
篝火の火花がちりちりと踊る。
その、祭りという仮面の下で。
私達は盛大な熱狂と共にいました。
お祭り長大好きな魔族と、村人達の悪巫山戯と悪ノリの集大成。
想定以上のド派手さ、大袈裟さを増した仰々しい舞台裏。
熱気に浮かされる様に、私達も浮かされて。
浮かれ頭に宴の雰囲気。
私達は今、確実に、
目的も忘れて大はしゃぎしつつありました。
アレですね。
祭の雰囲気って、普段以上に冷静な判断とか良識を奪わせます。
普段からそんなモノ、あまり良い仕事はしていませんでしたけど。
なけなしの良心たる勇者様が、今回は誰よりも乗り気だったせいもあるでしょうけれど。
現在、宴という非日常空間の、更に目的を持った熱狂の中。
私達の勇者様は自分のことに精一杯で。
私達を止める、だとか。
自重を知らない私達に自重を促す、だとか。
欠如した常識を補う為にツッコミを入れる、だとか。
私達の制御を、完全に忘れていました。
私達、普段からただでさえアレなのに。
勇者様が止めなかったら、普段以上に悪ノリしちゃうよー?
良いのかなー?
そんなことをわたしがぼんやり思ったのは、宴の初めの方だけでした。
ただ今、私達。
まぁちゃんの提案で仮装宴会を開催中であります!
多くの村人達が魔族の様に偽の角や耳を身につけ、普段は着ない様な奇抜な衣装を着込み。
そして魔族は素知らぬ顔でそこに混じり入って、さも人間ですみたいな顔で宴に参加して。
宴の主会場たる広場は、一見してそうと分からぬ偽装を纏った複数の種族が混ざり合って。
事情を知るも知らぬも、関係無しに。
大いに混沌と化していた。
彼女達が目を覚ましたのは、私の読み通り二日後の夕方でした。
「………え?」
「二日間、眠っていた…?」
当人達が、信じられぬ様子で目を見張る。
言われて初めて空腹を意識し、頭の鈍い痛みに顔を顰めながら。
最後の夜の記憶も曖昧な様子で、淡々と告げるエルティナさんの顔を見つめる。
「そうよ。きっと慣れない過酷な旅で心身共に疲れ切っていたのね…気づけない私も、ごめんね」
「いいえ、そんなことはありませんが…本当に? 眠っていたせいかしら…実感がないわ」
「私もです。こんな、行軍訓練の時でも、翌日には定時に目を覚ましていたというのに…」
「それに、私達と同じ旅程を共にしたエルティナだって平気そうですのに」
「私は……森育ちで、二人よりも悪路や体力勝負に慣れていたせいかしら…?」
本人も何故自分だけ二人程の疲労がなかったのかと、エルティナさんが首を傾げます。
何か引っかかりを…異常を感じているのでしょう。
ですが現実に何が祟ったとも言い切れない様子で。
ミリエラさんはともかく、軍に所属するネレイアさんまで、ですからね。
エルティナさんとネレイアさんに、実際大きな体力差はないように見受けられます。
だからこそ信じられないという思いで、三人は三者共に困惑を露わにしていました。
「あら?」
重要なことを思い出したと、姿だけなら清楚なミリエラさんがハッとします。
「私達が二日も目を覚まさなかったのなら…エルティナ、殿下へのご説明は…?」
「流石に何もしないって訳にはいかなかったし。殿下にも此処を離れる準備が必要でしょうから」
「そう、私達が寝ている間に説明してくれたのね」
「そうはいっても、軽くよ? しっかり話した訳じゃないの」
「私達に遠慮しなくても良いのよ? 遙々訪ね来たんですもの。早く目的を話さなければ不敬だわ」
「そうですね。私も同意見です。…私達が眠っていたのは残念ですが、厚かましい真似はできません」
神妙に頷く二人の姿は、二日前と同一人物には見えませんでした。
これも、もしかしたら勇者様がお近くにいないことが原因でしょうか…?
二人とも勇者様が絡まなければ穏やかな女性なのかと、目から鱗がダース単位でざらざらと。
落ちそうになったけど……ここで感心すると後でお腹一杯笑えない気がしたので自重しました。
「それでエルティナ、私達の目的を聞いて、殿下はどう…?」
「結果的には、了承してくれたわ。かなり渋られたけれどね」
「まあ、本当ですの!?」
喜色を盛大に溢れさせ、ミリエラさんの笑顔が咲き誇ります。
そこには黒いモノなどない、一点の沁みもない白い笑顔。
だけどチラリと私に視線をやって、一瞬だけ勝ち誇った様な顔をする。
ミリエラお姉サーン、貴女のその優越感は見当違いですよー。
そして勇者様の承諾というのは、勿論 演 技 です。
今後の予定と思惑を淀みなく進める為の、下準備に過ぎません。
でもそんなこと、彼女達は知らないから。
使命を果たせるのだと、ようやっと道を同じくできるのだと。
ホッとしながら全力で喜ぶ顔は、少々胸に刺さりそうで…その実、刺さりません。
内心を覆い隠して「良かったですね」と適当な相槌を打つ私。
気付かないお姉さん達は、喜びを隠さずに話を続けます。
「ええ。私達と一緒に王国まで戻って下さるそうよ。勿論、一時的にでしょうけど」
「充分だわ。そうなれば次の時にはきっとご一緒できるのですもの」
「ええ。それに私達は選ばれた供ですから。王国に戻った後も、お側にいることができるでしょう」
未来を楽観視するのは、肩の荷が下りたせいでしょうか。
ですが彼女達の山場は、これからが本番と待ちかまえております…。
私は彼女達の喜びに水を差さない様に気をつけつつ、機を見て口を挟みました。
「使命の成就、おめでとうございます」
先ずは神妙に、ペコリと一例。
だけど私もまた嬉しいですと装って、親しみの籠もった笑みを顔に貼り付けます。
女は愛想が大事…! 心の中で、思ってもない言葉を六度呟きました。
ちなみにミリエラさんに三度、ネレイアさんに三度用です。
「ですがいきなり帰られるとなると、寂しくなります。
特に勇者様は、此方にもう長くいらっしゃいますから…」
「あら、あら…」
ミリエラさん、話が途中です。
そんな子兎を見つけた鷹の様な目で見ないで下さい…
「名残を惜しみたいと村の者共も申しております」
ええ、本当に。
村の モ ノ 共 が…
「つきましては、ささやかながら勇者様や使者様方をお見送りするべく宴の席を献じたく…」
「あら、まあ…」
お嬢様、一瞬口が「なんて殊勝な」とか動いてましたよ?
更にそう言いつつも、目が鋭さを増していますよー…?
そんな魂胆を探ろう何てじっと観察しても、何も見えませんからね?
そんじょそこらのお姉さんに、私の腹を探ることなんてできませんからね?
私はだめ押しの笑顔を浮かべました。
空々しくならない様に気をつけて、にこっと。
「此方は村の伝統でして…皆さんの衣装を用意させて頂きました」
「衣装? このままではいけないのかしら」
「用意して頂かなくても、いざというときの礼服なら…」
「ああ、いえ。礼儀の問題じゃありません。言ったじゃないですか、伝統だって」
「「伝統…?」」
訝しげに此方を見据えてくる、二人の眠り姫。
先に宴の主旨や形式を説明されていたエルティナさんが、呆れた様な…
でも、何かを面白がって期待する様な、楽しそうな顔で衣装を広げる。
その衣装を、正確に言うならば付属の小物を見て、ミリエラさん達の顔が固まった。
そこにある衣装は…
シンプル、に一件見えるけれど…所狭しと隙間無く施された刺繍は緻密で。
そして何より付属の小物が目を引いて。
エルティナさんが広げた衣装には、ぴんと三角に尖った犬の耳と、ふさふさの尾っぽ。
ざっと見立てただけだけど、きっと凛としたネレイアさんに、よく似合う。
「宴は今夜。参加者は皆、魔族を真似た仮装をするのが村の習いです…」
そんな習い、村の掟の何処にも書かれていませんけどね。
私はしれっとした顔で、愉快さを全て笑顔という仮面の下に押し隠し。
硬直する二人を見つめ、瞳の奧だけでじんわりと笑い転げておりました。
そう、今宵の宴は仮装が必須。
理由も目的も、歌い呑み騒ぎたい参加者達には関係ない。
だけど私達、宴の主催者には意味がある。
人間と魔族の境を曖昧に、あやふやに、あべこべに掻き乱して。
垣根を目に見えなくして、混乱させたい人がいる。
ラーラお姉ちゃんが魔族だって、深みにはまるまで気付かせたくない人が。
だってその方が、後で気付いた方が懊悩が深くなって葛藤する間は時間が稼げるって。
無情にも慧眼な我が従兄様と彼の同僚Cさんが仰いまして。
そして、勇者様も。
その存在を惑わして、掻き乱して、欺く為に。
まあ、私やまぁちゃんの遊び心が多分に含まれてはいる訳ですが。
二つの目的を裏に隠して、虚偽を身に纏う浮かれた祭が始まりました。
使者のお姉さん達の戸惑いも常識も狼狽も、ずっとずっと後に置き去り取り残したままで。
そのまま煙に巻いて混乱させて混沌に突き落として。
そうして、お姉さん達を惑わす為に。
ラーラお姉ちゃんとBの遭遇ドッキリイベント、どうしようかなー?
遭遇した二人、ラーラお姉ちゃんの反応。
A.逃げる
B.泣く
C.気を失う
D.きょとんとする
E.りっちゃんの背に隠れる
前向きな案が一つも思い浮かびません…。