32.深夜の密約そのよん
2/5 誤字訂正
まぁちゃんが言いました。
「仮装でいこう」
何のことか分からない人が続出しました。
程々に呑んで程よくとは言えないくらいに酔いどれて。
でも、一応は目的を忘れていなかったらしい皆。
サルファを論ってネタにして、笑ったりもしましたが。
そしてサルファの女性に対する情熱に理解できない壁を感じましたが。
何だかんだで数時間後。
何が切欠なのか、何故かみんな同時に正気に戻りました。
え、なにこの切り替わり。
「そろそろいーか?」
「そうだな…」
「え、なんのこと?」
頷き合うお兄さん達に、私はきょとんと首を傾げてしまいます。
勇者様が、苦笑で言いました。
「一応は宴会って口実で集まったからな…
周囲にも分かりやすく宴会の体裁を整えておかないと、疑われるだろう?」
「疑われて真偽を悟られたら、次からこの手は使えなくなるしな」
わあ、大変分かりやすい解説をありがとうございます。
成る程と頷いて、みんなを見ました。
まだ顔はうっすら赤いけど、目に理性と知性を取り戻しています。
過半数、は。
誰とは言いませんが、中にはまだ目の濁った人も…誰とは言いませんけど。
でも意識の切り替えは全員できているみたいですね。
「だけど酔って濁った頭で、まともに物を考えられるのかな?」
「「「「……………」」」」
野郎共が黙って、そっと目を逸らしました。
ん? どんな身に疚しいことがあるのか、私に言ってみてください。
よくよく考えなくても、宴会を装うだけならアルコールは摂取しなくても良かった気がします。
そこを遠慮なくがぶがぶ呑んだ彼らは…
「さーて、話し合うぞー!」
「おー!」
決して私と目を合わせようとしない、心に疚しさを持つ方々。
深夜の密会は、見当違いの方向で紛糾しそうな気がしました…。
もしかしたら酔っ払い共が、酔って浮かれた頭でおかしい提案を連発するかもしれません。
そして他の酔っ払い共が気付かず賛同するかもしれません。
これは…アルコールを摂取していない私が、時には方向を修正しなければいけないのでしょうか。
この、私が。
我ながら、終わったな…と思いました。
私の物事の判断基準は、面白いか否かに頼っている部分が結構強いと思っています。
自覚はしています。
そんな私をストッパーにして、果たして話し合いは無事に進むのでしょうか…?
私は内心うきうきワクワクしています。
「………リアンカ、一応俺もアルコールに手を付けてはいないからな…?」
「お前、俺のことも忘れてんだろ」
「チッ…」
そう言えば真面目な勇者様と、酒精の中和三秒のまぁちゃんがいました。
残念です。
どんな嗤えることにしてやろうかと思ったのに…。
そして酔いどれ共は正気に戻って後悔すればいいと思ったのに。
今日の論点は三つ。
一つは双転石を奪う算段。
二つめは使者の人達を王国に送り返す方法
三つめは騎士さん達が妨害しないように気を逸らす…
偶然、兵士Bとラーラお姉ちゃんを遭遇させる算段です。
ラーラお姉ちゃんに許可は取りません。事情も話しません。
だってそうしたら、絶対に気負って引きこもるから。
自然な出会いを演出するには、知らない方が良いだろうという判断です。
だからこの場で、私達が色々なことと一緒に決めてしまうことにしました。
「とにかくどうなれば一番良いのかな?」
「あの使者の女性達を双転石で故国へ送還し、ついでに二度とこっちに来させなくすること」
勇者様が即答しました。
その顔は狼を前に崖まで追い詰められた立派な牡鹿のようでした。
きりっとしていながらも、気丈に震えを隠そうとしています。
たかが女性と思うなかれ、勇者様のトラウマを前には積極性の強い女は皆モンスターです。
青ざめて思い詰める勇者様を、皆がまあまあと宥めます。
落ち着け、と。
…と、その時。
何かを考え込んでいた兵士Cが手を挙げました。
「はい」
「サイさんから挙手がありましたー」
「はい、サイ君」
許可を得て、サイさんが発言権を得ます。
「じっくり口説くにも時間が必要…僕の勝手な都合で悪いんだけど、お願いがあるんだ。
邪魔なあの二人はともかく、エルティナさんには此処に残留させて欲しいんだけど」
「一人だけ? 他の二人が帰るのに一人だけ残ってくれるかな? 他の二人が絶対に駄々こねるよ」
「少なくとも、自主的に残らせるのも強制的に残らせるのも、小細工と策略が必要そーだな…」
サイさんも難しいことを言い出しますね。
私達は困ってしまいます…が、サルファが画期的なことを言い出しました。
「何言ってんの。エルティナちゃんはベルっちが好きなんだから、簡単だって。
恋心くすぐって、恋愛成就の為には意地でも残らなきゃって思わせればいーじゃん」
「「「………」」」
あれ、誰かサルファに状況説明したっけ?
何故この場にサイさんがいるのかすら、説明した記憶がそう言えばない。
「サルファ…? あなた、何か知ってるの?」
「え? 見ればわかるでしょ」
「「「……………」」」
「ベルっちに、意中の女性をぶつけるんでしょ? だったら恋のライバル発生じゃん。相手が受け入れるか分からない上に長期戦覚悟ってんなら時間も長引くし。今ここで離脱したら恋が叶わないかもーって危機感煽れば残留決意すんじゃない?」
もしかしたらベルっちを諦めるかもだから、一種の賭だけど…と。
でも諦めたらそこでサイぽんが付け込めばいーじゃん、と。
ケロッとした顔で言い放つサルファ。
「「「………………………」」」
お前、いつもの空気の読めなさはどうした。
あまりにも的確に有用なことを言うので、目の前の男がサルファか不確かに思えてきます。
その顔に、顔料でヒゲが書きたくなりました。
…両頬に「髭」、と。
「あー、と…エルティナ嬢のことはひとまず置いておこうか。算段の方向性も見えたし」
「ん、そうだな」
勇者様の言葉に、まぁちゃんが頷きます。
「取り敢えず横に置いといて、他の案件に触ってみっか」
他の案件ってあれですね、他二名の使者さんと双転石。
でも何をするにしても、まずは双転石の在処が重要なんじゃ…
「念の為に聞くぞ? お前はあの女達が持ってる双転石の場所知ってるか?」
まぁちゃんが問いかけると、サイさんがふるんっと横に顔を振りました。
「ううん。いつも厳重に保管しているみたいだって事以外は何も…」
「まあ、下手に振動与えりゃ国に強制送還だしな。そりゃ厳重に保管するだろー」
うんうんと頷いて、もぉちゃんがなんだか分かったようなことを言います。
それからにやぁっと、なんだか悪い笑みを浮かべました。
「専用の容器越しにもわかるくらい激しい振動与えりゃどーかな?」
「却下」
即答だよ、リス君。容赦ない。
「もぉ太、よく考えろ」
「え、なにを?」
「分からないなら、世の中の物事がよく見通せるように額に第三の目を描いてやる。抽象的に」
「だから、何を!?」
リス君がさっと構えたのは、ナイフと染料。
あっはっは…入れ墨ですか?
ぱっと額を両手で庇いながら、もぉちゃんがじりじりと距離を取ろうとしています。
そして面白がったセンさんに羽交い締めにされてしまいました。
「一昨日の昼の恨み!」
「まだ昼飯にターメリックだけ出したこと根に持ってんの!?」
「お陰で以来、孤児院のチビ達にターメリックって呼ばれるんだよ!
誰かさんのお陰でターメリックマニアの称号を与えられたから!」
「ターメリックはお嫌い!?」
「特に何とも思ってなかったのがお前のせいで嫌いになった!」
…彼処は彼処で、なんか変な確執が生まれてますね。
孤児院のお兄さん達は仲良くやっているようで結構なことです。
もぉちゃんは孤児院の住人じゃないけど。
「さて、なんでもぉちゃんの意見は却下なの?」
「肝心の容器の構造が分からないのに仕掛けて、上手くいくか分からないだろう。無駄だ無駄」
「もしかしたら容器が耐えるかもしれないしな」
「勇者様は構造を知らないんですか?」
「俺自身は双転石を使ったことがないし…容器の構造は職人技の粋を凝らした企業秘密、だそうだ」
「どの程度まで耐久性があるのか分かんねぇのに試すのは、一か八か過ぎるだろ」
「だからといって過剰に衝撃を与えて、転送するまでもなく石が壊れたら本末転倒だし。
何事も程々が一番、ってことじゃないか?」
「成る程、ありがとうございます」
とても分かりやすかったです。
というか、もぉちゃん以外の全員が言うまでもなく分かり切ったこと、みたいな顔してますよ。
…サルファでさえ。
もしかしたら皆、一度は自分で検討して却下していたのかも知れません。
それを今更論点に上げたもぉちゃんは……
もぉちゃんは今、センさんにチョークスリーパーかけられて頻りに腕をタップしています。
でも誰も止めないという。
食べ物の恨みは恐ろしい物なんだよ、もぉちゃん…。
取り敢えず油断させて様子を見ようかという話になりました。
誰が保管しているのか、いくら推論を立てても無駄だと思ったからです。
エルティナさんは絶対に持っていないということです。
可能性があるのはミリエラさんとネレイアさん。
一行の行動決定権はミリエラさんにあって、補佐として支え、頼られているのがネレイアさん。
お金などの大切な物を保管しているのはネレイアさんだそうですが…
例えばお買い物の時なんかを見てみると、三人の関係性がよく分かるそうです。
使い道を三人で協議するにしても、エルティナさんが参考意見を述べ、ミリエラさんが許可を出し、ネレイアさんが支払うという体制が見受けられたとか。
ミリエラさんも、勇者様が絡まなければ冷静な判断ができるそうです。見たことないけど。
エルティナさんはやる気がなかったので、いつも一歩引いた態度を取っていたそうです。
だから重要な物は預かっていないだろうというのが、サルファとサイさんの意見。
ミリエラさんとネレイアさん、あの振り切れちゃってる二人。
どちらかが持っているのは確かでも、どちらと明言できないのは辛いところですね。
どちらをより重点的に調べた方が良いんでしょうか…。
いっそ寝ている間に持ち物検査をしてやろうかとも思うのですが、鍵のかかった容器を複数持っていた場合、どれか特定するのに時間がかかりそうです。
そこで、ケロッとした顔で奴が言いました。
「え? 俺、鍵開けできるよ?」
……………サルファのことを、完全に忘れていました。
「じゃあ、寝ている間に捜索に踏み込む?」
「待って」
「サイさん?」
腰を上げようかと言うところで、待ったをかけたのは兵士Cです。
「彼女達が、三人部屋だって忘れてないよね?」
「あ」
そういえば、そうでした…。
私達が踏み入ろうとした部屋では、今正にエルティナさんが寝ています。
「不審な行動がばれて疑いをもたれたら今後に差し控える…
……だから、持ち物調査はもっと折を見てからにしてくれないかな」
「まあ、確かにまともな人が寝ている間に侵入するのは胸が痛みますけど…」
「リアンカちゃーん、まともな人じゃなければ胸が痛まないって言ってるよーに聞こえるよ?」
「別に痛みませんけど」
「真顔で言い切った!」
「だってこの家、私の家ですよ? 家を動き回るのに、なんで制限されないといけないんですか」
「リアンカ……部屋を借りている身で何だけど、貸借中の部屋はその限りじゃないと思うのは俺の気のせいか?」
「勇者様だって、いない間にお布団干してあげてるじゃないですか。助かるって言ってたくせに」
「それとこれとは意味合いと場の状況が違うからな!?」
勇者様が何やら正論を言っているような気がしましたが、私は黙殺しました。
聞こえない、聞こえなーい☆
私が耳を塞いで蹲ると、勇者様が溜息を吐いて追求を諦めました。
「殿下、諦めが早すぎませんか…?」
「アディオン、お前も少し長めに滞在すれば分かるよ。魔境がどんな場所なのか…」
「いや、そのお言葉と目の前の遣り取りに関連は無さそうな気が…」
「そう、きっとお前も少しすれば分かるよ。『言っても無駄』という言葉の意味が…」
「殿下………なんだか、故国にいた頃より疲労していませんか?」
「お前の気のせいだ」
力強く言い切って、勇者様も耳を塞いでしまいました。
私と勇者様はおそろいのカタツムリ体勢。
やっぱり勇者様も、反応が魔境に染まってきているような気がしました。
少なくとも、数ヶ月前は黙殺なんてしなかったよね、勇者様?
さて、お話は冒頭に戻ります。
話し合いの論点はいつしか転がって、いつしか話題は人に対処した物へと流れていました。
荷物から盗み出すことが厳しければ、本人達に使う一歩手前までいって貰うことが最適でしょう、と。
ではどうやって、本当は嫌な勇者様をつれて彼女達が国へ! という流れまでいこうかとか。
それとは別で、どうやって兵士B運命の再会まで話を運ぶかとか。
そういう話題です。
そんな中で、まぁちゃんがぽんと膝を叩きました。
「よし、仮装でいこう」
………なにが?