29.深夜の密約そのに
さて、皆さんの予想は当たったでしょうか…。
犯行現場を目撃された私。
足下には倒れる二人の女性。
非常にマズイ状況ですね?
目撃者は私達が一望できる距離から、此方を感情の読めない目で見ています。
さて、そんな私の取るべき行動は…
A.誤魔化す
B.しらばっくれる
C.開き直る
D.同じ目に遭わせる
E.口止めする
F.濡れ衣を着せる(New!)
→ D.同じ目に遭わす
一瞬の躊躇いも迷いもなく。
頭の中にビコンと光って自己主張してきたのは、選択肢D。
目撃者である騎士を使者さん達と同じ目に遭わせてやろうかという考えで。
私はじりりと距離を測りつつ、さり気なく新しい瓶を指先で探しました。
確か、ポーチの中にあと六本くらい入っていたはずです。
先手必勝不意打って殺れ!
内なる声が、私に指示を下します。
そして私は、ソレに忠実に従おうと…
したんです……が、ねえ……………?
結論から言います。
私は、結果的に兵士Cをお姉さん達と同じ目に遭わすには至りませんでした。
良かったね、兵士C。
そして残念、私。
…ん? 残念、なのかな?
私が兵士C改めサイさんに毒霧食らわそうとした時です。
指先が懐の瓶に触れ、人差し指一本で引き寄せて。
取り出す流れで呷ろうと、一息で行動するべく息を整え…
しかし予備動作の段階で、ばれました。
「別に、誰かに言う気もないし、必要だとも思ってない。
だから、僕にソレは止めてくれないかな…」
そう言って、サイさんは私から一歩距離を取る。
その一歩で、毒霧の射程距離を完全に測られていることを悟りました。
ギリギリ射程外という、その的確な距離感が憎い。
貴方は、一体何時から私の犯行を見守っていたんですか…?
予備動作だけで分かるって、確実に、犯行前から見てたよね?
だからといって私のことを咎めるでもなく、走り去るでもなく。
じっと、私の顔を見ています。
一体、何のつもりなんですか…?
何をするつもりか分からなくて、得体が知れない。
でも、彼が何をするつもりなのか興味が出てきました。
私はサイさんの意を計るくらいのつもりで、そっと小瓶を元の場所に戻します。
このことを後悔することは、多分無いでしょう。
何かあったら、手遅れになる前に手を打てばいいのです。
我が家という絶対的なテリトリーの中、私の気はいつも以上に大きく……
…いや、いつもと変わりませんでした。
いざとなったら、父さんに聞こえる様に叫べば良いのです。
そう、「きゃぁああ! サイさんが! 何をするの!?」とでも。
それだけで、THE END…多分、決着がつきます。
私は黒い思考で自分を納得させ、出方を窺う視線をサイさんに送りました。
念の為、いつでも叫べる様に姿勢を正しながら。
私が怪訝な顔で見ていると、サイさんは感情の読めない曖昧な顔で。
それでも私の指が小瓶から離れたのを察したらしく、慎重な足取りで近づいてきました。
ひょいひょいと…先程のこと、見ていたでしょうに。
物凄く無造作に、軽快な口か付いてくるので逆に私が身構えそうになりました。
疚しいことは多々ありますが、さっきのアレは正当防衛ですよ!
確実に、過剰防衛の域に入りそうですけど!
※疚しいこと→使った薬が実は魔獣用。
だけど私の警戒を余所に、サイさんは自ら使者の二人を担ぎ上げたのです。
「おお、二人いっぺん…!」
あのお姉さん達、武装だ何だで結構重そうなのに!
特に、剣とプレートメイル付けてるネレイアさん!
「意外に力持ちって、よく言われる」
私の驚きに頷きながら、何故かサイさんはスタスタと自主的に使者のお二人を運んでくれます。
一体、何のつもりですか…?
怪訝な気持ちいっぱいに、つい見送ってしまいます。
もしかしたら事情を聞くことなくこのまま解放してくれるのかなって、一瞬思いました。
でも、そうそう事は上手く運ばない様で。
くりっと。
振り向いたサイさんが、私に念押ししてきたのです。
「この二人、ベッドに放り込んでくるよー。だからその間、其処で待っててね」
「…はーい」
ここで逃走したら、後々どんなことをしてくるか分からないし。
思惑を計りたい立場として、私は大人しく待っていることにしました
本当に、何のつもりだろ?
サイさんの多くを語らない行いは、私の好奇心を擽るに充分だったのです。
落ち着いて話を、ということで。
場所は所変わりまして、まぁちゃんの部屋。
…いえ、本当は客間の一つです。
ですが、幼少時から遊びに来たまぁちゃんの使っている、専用部屋でもあります。
いつしかまぁちゃん専用の部屋になっていた其処は、まさに我が家に置けるまぁちゃんの部屋。
他の人に貸すこともないので、まぁちゃんの私物が色々置かれています。
一角マンボウの剥製とか。謎の角…うん? 鹿っぽい何かの角? とか?
別に話をするだけなら、私の部屋という選択もあったんですけど。
よく知りもしない男の人を自分の部屋に入れたとなると…
後々ばれた時、まぁちゃんや勇者様の反応が恐ろしいことになる気がしました。
自分のみが可愛く惜しいので、私はまぁちゃんの部屋を勝手に使います。
…密室で二人きり、も何だか逆鱗付近を刺激しそうな気がしましたけど。
いざとなったらまぁちゃんの部屋にある鈍器で殴りましょう。鹿の角でどついても良いです。
密会自体は私とサイさんの両方が黙っていれば大丈夫です。
……大丈夫と、信じています。
「それで、何なんですか。私をわざわざ待たせたからには、何か用なんですよね」
「うん、まあね」
サイさんは、あっさりと肯定しました。
にこりとも笑わないので、とても気まずいです。
「それじゃあ、単刀直入にお願いします」
「うん。じゃあ話すけど、さっきのアレコレ口止めされてあげても良いよ」
早い! 話が早すぎですよ、この人!
ちょっと吃驚しました。
驚きですが、話が早いってことはその分含むところがあるんですよね。
何を言う気でしょうか? その要求がちょっと読めません。
でも、これだけは確かです。
「その代わり、見返りが欲しいんでしょうか?」
首を傾げてしまいますね。
見返りと言っても、私に出せる物は無いんですけど…
首を傾げる私に、サイさんはこっくりと頷きました。
「アタリ」
素直というか、何というか。
正直ですね、この人。
私も悪びれないし、見返り欲しいという彼も悪びれない。
悪びれない二人が顔を突き合わせて、どんな相談になるんでしょう。
サイさんが、うっすらと笑みました。
胡散臭いとか、不気味とか。
そんな感想を持つのは、きっと私の心に疚しいところがあるからですね。黙殺しましょう。
「それで、何をお求めで?」
「簡単な話、ちょいちょい協力してほしいことがあるんだよね」
「私にできないことは、了承しかねますよ?
さっきのアレも、確かに見られて気まずいけど…大きな弱味とは、言えないし」
「大丈夫。難しいことや割に合わないことじゃないと思うから」
その念押しが、私の猜疑心を高めるんですけど。
本当、何を言うつもりなんでしょうね。
言葉を待つ私に、サイさんは言いました。
「僕、エルティナさんを気に入ってるんだ」
「………」
それが、どうしたんでしょう。
何を言いたいんですか、貴方。
それって少なくとも、私に言うことじゃありませんよね。
私程、恋愛相談に向かない人間もいないと思うんですけど…
疑惑たっぷりに眺めやれば、先程よりもずっと気さくな苦笑。
「本人に言えって、思った?」
「ええ、正しく」
「だけどねぇ、彼女はベルガのことを気にしているみたいなんだ」
「それは、それは…」
「せめてある程度の勝算を得ないと、先に進めようがないよね」
泥沼ですね、と続けそうになって口を噤みます。
でも、それ以外の感想なんて逆さに振っても出てきませんよ。
「それで、私に何を求めているんです?
はっきり言って、今日初めましての相手なんですから縁の取り持ちなんて無理ですよ」
そうです、エルティナさんがどんな人かも分からないのに。
それに比較対象が酷すぎるせいか、エルティナさんのことは使者達の中で一番好感が持てます。
特に親しく話をした訳じゃありませんけれど。
他二人がドロドロ内心に渦巻く物を持っているからか、さっぱり風味に感じられてとても爽やか。
サイさんのこともよく知らないし、後々で責任の取れない縁結びはしたくないですね…
それに、縁をクラッシュする自信はあっても取り持つ自信はありません。
「そこまで求めないよ」
一度そう言って、サイさんは先走りそうになる私の勢いを沈めました。
それから、穏やかにゆっくりとした口調で続けます。
「ただ、僕も魔境に詳しくはないし、逢い引きに良さそうな場所教えてくれない?」
「え、それだけで良いんですか?」
「僕も男だし、気になる女性くらい自分で落とすよ。余計な手出しはあまり好きじゃないし」
でも、連れ出そうにも適切な場所がわからないと。
そう言ってサイさんは、魔境の住民である私に尋ねるのです。
「景色が綺麗な旬の場所とかあったら、是非」
「それだったら、碧玉水晶の泉とか? 今は泉の畔に白い花が満開で旬ですよ」
「綺麗な名前だけど、どんな場所? 一応軽く説明できる位の知識も良かったら教えて」
「良いですけど、本当にそれだけ…?」
「僕が今欲しいのは、情報。連れ出しに成功したら、後は自分で何とかするよ。
ただ、エルティナさんは僕のことが少し苦手みたいだけどね…」
「それ、誘って連れ出せるんですか…?」
この人の恋愛手腕がどんな物か、知りようもありませんが。
それでも妙に自信がありそうです。
それに、さっきエルティナさんは誰かが気になってるとか言ってませんでした?
「さ、サイさん…? エルティナさんは、えーと、ベルガさんが…」
「言い難いなら、CでもBでも良いよ」
「…!?」
何故、それを…!?
ぽやんと変わりない様な顔で、この人…!
私の心の中限定の呼称を言い当てましたよ!?
「前からだけど、時々うっかり言いかけてるし」
「なんと!?」
「口の形だけね。実際に口にはしてないから、ベルガやアスターは気付いていないと思うけど」
アスターなんか、気付いていたら絶対に文句を言うし。
そう言ってしみじみとサイさんは頷くんですけど。
気付かれていたなんて…私、形無しですか?
「特に拘り無いから、好きに呼んで良いよ。その分、しっかりと協力してくれたら有難いけど」
「そうは言っても、場所に関する情報提供だけなら誰にだってすることだし…
それで見返りにはならないような…」
「ふうん? 君って、強かな様で根は人が好さそうだね」
「初めて言われましたよ、そんなこと」
驚きです。
お世辞だろうと、そう言われて悪い気はしません。
そうなったら、つい協力にも力が入りそうです。
このサイという人…もしかしたら、凄く、侮れないんじゃ…
「気になるんだったら、もう一つくらい情報を提供して貰おうかな」
「なんですか? もう心境的に何でも聞いて下さいって感じなんですけど」
さっきから関わって、一つ確信したことがあります。
この人、自分の関与すること以外はあまり興味なさそう…!
どうやら敵に回りそうにもありませんし、私はだれてました。
「エルティナさんの連れ出しに関しては、自力でやるって言ってましたよね?」
「うん、当然。彼女はベルガが気になっているけど…やりようがない訳じゃないし。
デートに誘う絶好の場所があるから下見に行かない?とでも言って誘うよ」
「ああ、彼女達の強さなら魔境の一人歩きは危険でしょうしね」
そうやって連れ出しておきながら、実はデートに誘い込むつもりなんですね。
油断させて、脇から掠め取るとか上手そうだな…。
このぼんやりと穏やかな風体。
それでいて実は手練れという意外性。
サイさんは、私の予想以上にやり手かも知れない。
「実はベルガにもね、気になっている女性が今いるみたいで」
「わーお、四角関係。超泥沼」
待って! なんか人間関係が凄く複雑になりつつあるよ!?
私は本気で吃驚しました。
なんで、余り親しくもない人々の泥沼話を聞く羽目に…?
この上は巻き込まれない様に退避したいんですけど。
「ベルガは忘れられない女性がいるんだけど、相手の素性その他諸々を一つも知らない。
名前すら分からないんだ。それなのに忘れられないみたいで、よくぼんやりしてる」
「それ、妄想の中の住民とか言いませんよね?」
ベルガさん、そんなやばそうな人には見えなかったのに…
人は見かけによらないと、私は兵士Bへの誤解を深めようとしたんですけど。
そんな生温い考えは、サイさんの話で全部吹っ飛ぶ一分前。
「その女性とは、以前の…あの、魔族との闘争の中で出会ったそうだよ」
一瞬、物凄い動揺しそうになりました。
落ち着け、私。
魔族との戦場にいるなんてただの女性じゃない…
というか、人間じゃないんじゃ…なんて早合点かもしれないし!
私は内心の動揺を押し隠し、感心した様に相槌を打ちました。
「へえ。魔族との争いに紛れ込むなんて剛毅な女性ですね」
「…君は人質になってたけどね」
「それで、なんでその女性がどうしたんですか」
「うん。誰も知らないし、見てないって言うんだけど…もしかしたら、勇者さんが何か知らないかと思って。それで、できれば君の口から聞いてきてくれないかな?」
「勇者様が知ってるって…なんで? 理由を窺っても?」
魔族、戦場、勇者様…いけない、何かのキーワードが揃いつつある様な…。
私は胸の動機に知らぬ振りをしながら、何とか先を促します。
だけど無情にも、次の言葉で頽れる羽目になりました。
「だってその人、戦場のど真ん中…
勇者さんが山羊の魔族と争っていた、その現場に倒れていたって言うんだ。全裸で」
「……………っ!?」
へ・い・し、びいぃぃぃぃぃいいいいいいいいっっ!!!
後で殴ろう。
そう思いました。
ラーラお姉ちゃん(の、裸体)が忘れられない兵士B
その兵士Bが気になるエルティナさん
そのエルティナさんを狙いつつ、上手いこと兵士Bの気をラーラお姉ちゃんに向けたい兵士C
兵士Bはラブコメの神のお気に入り。
そのお陰か、昔から女の子にモテます。
しかしながら兵士Bは興味の向かない女の子には鈍い。
結果的に兵士Bは自分の知らない間に惚れられ、知らない内に振られること数多く。
しかし本人は気付いていないので、逃した魚の数も大きさも知らない。
そしてそんな兵士Bを昔から側で観察して温い目を向けるAとC。
その内の何回かは、同じ騎士団の騎士が掠め取っていたり。
結果的にベルガが(意図せずして)馴れ初めとなり、結婚する若い騎士続出。
ベルガは結婚式でそれを知って「え!?」となるタイプ。