27.夕飯戦争
こそこそと父やまぁちゃんの背後に隠れる私。
庇護される立場、万歳!
夕食の席で簡単な自己紹介はしました。
お姉さん達の納得いって無さそうな顔が、凄く分かりやすい。
まあ、紹介と言っても村長の娘と名乗るばかりで終わらせました。
勇者様との関係性には一言も触れずに終わらせてやりましたよ!
触れても、お友達の一言じゃ納得しそうにない気配がひしひしと伝わってきます。
面倒なことになりそうだなぁと苦笑しちゃうよ。
苦く笑っていたら、夕食のご相伴にあずかっているまぁちゃんの顔が目に入りました。
「……………」
「……………」
無言で見つめ合うこと、暫し。
変な間を持たせた後で、まぁちゃんがにこっと微笑みました。
……………わあ、怒ってるー…。
お姉さん達は自分でも気づかぬ内に、窮地に陥っていることにどうか気付いてください…。
彼女達は今も、勇者様の凄まじい魅了に当てられて必要以上に勇者様をガン見しています。
お陰で、まぁちゃんは眼中に入っていないようです。
だって、勇者様から視線を逸らさないから。
偶に視線を逸らしても、私か、家主の父しか見ません。
まぁちゃんの方を一目でも見ようものなら、まぁちゃんの美貌に視線を奪われたでしょうに…
その美しい顔に、笑顔に気付けば釘付けにできるだろうになぁ。
どんなに美しい顔も、見なければ意味がない。
もしもまぁちゃんの方に心移りでもしたら、勇者様の負担は減るでしょうに。
………まあ、まぁちゃんは自分の状態異常効果を制限していますし。
完璧な制御で魅了効果も押さえられています。
同程度の美形の二人を並べても、今なら魅了全開の勇者様の方が視線を集めるのは当然のこと。
埋没するとは言いませんが、見えづらくなっているような状態です。
だけどちょっとだけ。
ちょっとだけ、まぁちゃんが劣るみたいな扱いに少~し、だけ。
なんか、腹立たしく感じました。
まぁちゃんは、私の自慢の従兄です。
そのまぁちゃんが、麗しのまぁちゃんが。
勇者様に美貌で劣るなんてことなく、美しいまぁちゃんが!
何故でしょう。
女の子に注目されないまぁちゃんは、とても珍しいから。
勇者様が現れる前は、魅了を抑えていてもまぁちゃん一人勝ち状態。
まるで求愛中の牡孔雀の様に人目を集めてましたからね。
女の子が見向きもしないという状況が、珍しくも少し面白くありませんでした。
様々な胸中渦巻く嵐のぶつかり合う、食卓。
居心地の悪そうな騎士三人。
見て見ぬふりで平然と食事を勧める両親。
そんな中、サルファは周囲の空気にも気付いていないんでしょうか…。
素晴らしい図太さを発揮して、ぱくぱくとご飯を食べています。
「うわぁ…! こんな美味しいご飯初めて食べた! 奥さんってば美人の上に料理も美味しいなんて出来過ぎじゃないっすか!? こりゃ旦那さんが羨ましい! こんな果報者はないって!」
「あらー…お上手ねぇ。もっと食べなさいな。魔獣のお肉はお好き?」
「いただきます! うわぁ、これも美味そ!」
「このジャガイモ、まぁちゃんが育てたのよ~。魔力で」
「それをこんなに美味しく調理するんだから、奥さんってば天才!
俺も奥さんみたいな彼女がいたら自慢できるのに~」
「あらあら。こっちの紅芋も、まぁちゃんが育てたのよ~。魔力で」
「いただきます! 誰が作った野菜だって、奥さんの手料理なら食わない訳にはいかないっすよ!」
「うふふっ でも、お腹いっぱいになったら無理しないでね?」
「そんな、奥さんのご飯美味いから! いくらだって入るって!!」
………サルファ、あんた人の母親に馴れ馴れしすぎない?
母、べた褒めにされて満更でもなく嬉しそうです。
比例して父の機嫌が急降下していく…。
「うふふー♪ お母さん、こんな女神の如く褒め称えられたことないからドキドキしちゃった!」
「……………」
ひぃっ 父さんの眉間の皺が、凄いことに…!
父さん、特に母さんの料理を褒めたりしないからなぁ…。
熟年夫婦間に波風を立てるような言動を慎まないサルファ。
だけど彼も、母さんだけを構っている訳じゃない。
「あれ、アスたん! それ食べないの?」
「あ…っ」
「勿体ないからー俺が食ってあげるー☆」
言うが早いか、サルファのフォークが閃いた。
あっという間に、兵士Aの皿からおかずがかっ攫われる。
ああっチキンカツ(巨豚に非ず)が空を飛んだ…!
「な、な、な…! 最後に取って置いたんだよ!」
「えー…でも、もう食べちゃった☆」
「ぶっ殺すぞ!?」
人の母親に声をかけていたかと思えば、他に声をかけないという訳でもなく。
今度は兵士Aにちょっかいをかけて首を絞められかけています。
密かに、父がぐっと拳を握りました。
父さん…。
家主が騒動を止めない中、憤然と立ち上がったのは兵士Bでした。
「こら! 二人とも、招かれた食事の席で暴れるな!」
「だって、ベルガ!」
「おかずの一つや二つでガタガタ言うんじゃない!」
「――そう言うんなら、ベルっちはぁ取られても文句言わないよねー?」
ひょいっと、今度は兵士Bのミートローフが奪われる。
「貴様ぶっ殺すぞ!?」
「………ベルガ、人のこと言えないですよ」
ぼそっと呟いた兵士C。
哀れ、次の標的は彼のようです。
私はサルファの目がキラーン☆と輝くのを見逃しませんでした。
夕餉の席は、一時サルファVS男共のおかず争奪戦に様相を呈しまして。
果ては父さんやまぁちゃんのお皿からもおかずを奪ったあたり、チャレンジャーだ…。
私はうっかり奴の図太さを尊敬しそうになりました。
女性の皿からは決して奪わないことに、奴らしさを感じつつも。
サルファうぜぇという、刺々しい使者さん達の視線が飛び交ってますよー…。
お陰で私への険呑な視線がちょっと減ったのは、良かったですけど。
サルファには全員に満遍なく声をかけるというルールでもあるんでしょうか?
おかず争奪戦が落ち着いても、サルファは悪びれなく明るくて。
食卓を同じくするあちこちに声をかけて話を振っています。
「そーいやぁ、勇者の兄さんやまぁの旦那とご飯一緒にするのも懐かしーな」
「こっちは特に懐かしくもないけどな…思い出すだけで、疲れるぜ」
「またまたぁ、まぁの旦那ってば! 照れてるのー?」
「いや、本当に疲れているんじゃないか? 俺もまぁ殿に同感だ」
「うわぁ、二人とも酷っ」
「ほんの数ヶ月前のことなのに、あんまり思い出したくない旅だったぜ」
「楽しいっちゃ楽しかったじゃん☆」
「どこがだ? 馬鹿竜は図に乗るし、せっちゃんは攫われるし、サルファはうぜぇ。
それに若い男女が泊まりがけなんて暴挙を容認する羽目になったし、リアンカはのぞ…」
「まぁちゃんストップ! それ以上言ったら、食卓が血に染まるから!」
父さんの前で、なんてことを!
それ以上口を滑らせたら、父さんがサルファを本気で排除にかかりますよ!?
血塗れの食卓で悠長にご飯なんて食べたくない!
私、まだお腹減ってるのに…!
「………こほん」
私の言いたいことが分かったのか、まぁちゃんが咳払いを一つ。
「まぁちゃん? リアンカが、何か…」
「あははははっ 伯父さん、気にすんなよ」
「………?」
「えーと、食事の話だったな。なあ、まぁ殿」
「あ、ああ。そうだったよなー、サルファ」
「その通り♪」
話を誤魔化そうとバトンを投げ渡す内に、なんてことでしょう。
何故か地雷を踏みそうな危険の高い奴にトスしてしまったまぁちゃん。
まぁちゃん、気が動転してたんだね…。
サルファは、今度はきりっと顔を引き締め、キラキラと目を輝かせて私の手を握ってきた。
馴れ馴れしいよ。
「特にリアンカちゃんとまた食事できるなんて、俺ってば感激…! 運が良いかも…☆」
部屋の空気が、固まった。
主に、男性陣が座っている方向から、何やら不穏な空気が…
私は怖くてそちらを見ることができませんでした。
ご飯を食べながら愛想を周囲(主に女性)に振って、マメな男です。
暗雲轟きそうな空気のこまめなガス抜きになっています。
偶に、凄い地雷踏むけど。
本人は、無自覚っぽいですけど。
珍しく、役に立っている…。
しかし、使者さんや私はともかく、母にも愛想を振り蒔くとは。
…守備範囲広いな、此奴。
でも必要以上に母さんにちょっかいかけたり、口説き文句まがいのことを言うのは止めて!
父さんの機嫌が悪くなるぅ…!
食事の終わりも近づいた頃。
とうとう奴は最大級の地雷を踏み抜きました。
それは、勇者様に話しかける使者さんの言葉から始まって…
「ライオット殿下、いつもこのような食事をしていらっしゃるのですか?」
「あ、ああ…村長さん達には世話になっている。この料理も美味くていつも驚いているよ」
逃げ腰ながらも、食卓の席なのでちゃんとお相手する勇者様。
基本、お行儀が良いから話しかけられると相手をしちゃうんでしょうね…。
どんなに相手が怖くても。
さり気なく我が家のことを持ち上げてくれた勇者様。
庇う様なその発言に不満を感じたのか、修道女(元)が私の方を見ます。
何か不服ですか? 是非、父さんの前で言ってみてください。
「こう言ってはなんですが…殿下は、こんな騒がしい食事では落ち着かれないのでは…?」
「………食事を饗される立場で、その言葉は失礼だろう」
「あ、申し訳ありません。悪気はなかったのですけど…お気を悪くされました?」
修道女(元)の言葉に、なんだか論えられるものを感じて憮然としてしまいました。
こんなで悪かったですね。
言外に何を含んでいるのか、用意した母さんの罪のない目を見て言ってみろ…!
「ミリエラちゃ~ん、気にすることないよ☆」
苛っとしていたら、修道女(元)の隣にサルファが乱入した。
さり気なくしなだれかかる図々しさ、鬱陶しさが良い仕事してます。
この時ばかりは、褒めても良いと思いました。
この時、ばかりは。
「勇者の兄さんだってさー、俺と初めて会った時は野宿でボロボロだったしー。むさい男(副団長)の手料理に舌鼓打ってたしー。一般ご家庭のご飯だって美味しくいただけるさぁ☆ こんなに可愛い奥さんが手ずから作ってくれたんだから♪」
「あら、お上手♪」
「いやぁ、奥さんの料理マジで美味いって! むっさい男の料理とは雲泥の差だね!」
あの時、勇者様がボロボロだったのは激しい崖の上り下りその他が主な原因なんだけど…。
そして副団長さんの手料理に舌鼓打っていたのは、あんたもでしょ。
「お宿の方だって、って………そう言えば」
…サルファの言葉が、不自然に途切れました。
何? 何で途切れたの…?
「勇者の兄さんばっか、狡ぃよなー…」
「………ちょっと待て、サルファ。てめぇ何を言い出すつもりだ!」
まぁちゃんの制止は、間に合いませんでした。
「今こうして粒ぞろいな美少女☆に囲まれまくってんのに、あの時はあの時でリアンカちゃんと同じ寝床でくっついて眠ったりさ! 一人で良い目見過ぎじゃん!」
「……………」
「………………………」
「……………………………………」
父さんの、お姉さん達の視線が本格的に痛い…!
こ、此奴は…父さんの、そして恐ろしい女性陣の前でなんてことを…!!
弁明はしません。
あの時は確かに勇者様とくっついて眠っていました。
しかし加えて言うのであれば、決して二人きりではなかったこと。
そして疚しいことは皆無であったことを主張させていただきたい…!
アレは正しく「 雑 魚 寝 」だった…!
多分、父さんはともかくお姉様方は聞く耳を持たないけれど。
私の生命の危機が、一歩近づいてきました。
私の引きつった顔は、きっと笑ったように見えたでしょう。
逃すつもりはありません。
私はサルファにハッキリと言いました。
「サルファ…食事が終わったら、顔貸して」
「え…」
待て。
なんだ、その期待した顔は…
「もしかして、夜這い…☆」
言った瞬間。
馬鹿の体には勇者様とまぁちゃんの拳がめり込んでいました。
「ぐふ…っ」
食卓に崩れ落ちるサルファ。
見下す様な氷点下の目を向ける超絶美青年×2
そしてしまったなぁという顔で気まずい私。
「それでリアンカ? 言いたいことは?」
「自分を大事にしないと、まぁちゃん怒るぞ…」
詰め寄る二人に、私の冷や汗が出番を見せます。
それでも何とか、辛うじて声を絞り出して…
「ち、ちなみに集合場所は勇者様のお部屋で、と…付け加えるつもりだったのですが」
「「ならば良し」」
こんな時にばっかり息のあった結託ぶりを見せる過保護なお兄さん達です。
私は大事にされているのを実感して溜息が重くなりそうでした。