26.刺客襲来そのさん
毛を逆立てて怯える、子猫ちゃん(笑)
今にも背を向けて全力逃走しそうなので、私とまぁちゃんはすかさず保護に走りました。
だって、可愛かったんだもん。
「ちちちちちっ ほらほら、よしよーし」
「ほーら勇者様。怖くない、怖くなーい」
「怖いのは寄せないからなー。だいじょーぶ、落ち着け」
今にも手に猫じゃらしを取り出しそうな私達。
木の後ろで縮こまりながら、恐る恐ると警戒していた子猫ちゃんは、呆れた目を私達に向け…
「………リアンカ、まぁ殿、俺は猫や犬じゃないんだけど」
「分かってます。分かってますよー」
「そーだな。普段犬っぽいのに今限定で猫みてぇとか思ってねーぞ?」
まぁちゃん、語るに落ちたよ…。
真意を隠せない私達を前に、勇者様は何かを堪えるような顔。
ただ、感情をぶつけるように木の幹を叩いていました。
勇者様、馬鹿力なんだから木が倒れるよ…?
そんなことを思ったけれど、空気を読んで言いはしませんでした。
出会い頭に挨拶そこそこ、過激に暴走してくれた狂信者のお二人さん。特に修道女(元)。
まだまともに名前も聞いてないのになー?
だけど彼女達はそれどころじゃないようで。
困惑するポニーテールのお姉さんを顧みることもせず、強い視線を…
………あれ? なんか、私が睨まれてません?
なんだか物凄く、睨まれているような…
勇者様の背中を宥めるように撫でながら顔を上げると、鷹のように鋭い二対の眼差し。
私はグサグサに刺し貫かれました。
正直、怖いです。
魔境で生きていて、こんなに殺意たっぷりに睨まれたことありません。
何て嫌な初体験☆ ←まだ余裕が垣間見える
怖くなってまぁちゃんの裾を握ったら、頭上から呟きが落ちてきました。
「………後顧の憂いは、潰すべきか」
見上げたら、私を睨む女性達をまぁちゃんが乾いた目で見ていました。
「ま、まぁちゃん…!?」
「ははっ 安心しな、リアンカ。お前が悪さされそうになったら俺が助けるから」
「……………」
………穏便に、なんて言いたくありませんよ?
だけど熾烈な争いが勃発しそうな予感に、私の胸は騒いでなりませんでした。
仲間達の不穏な眼差しに、顔を引きつらせているお姉さんが一人。
焦げ茶の髪をポニーテールにして、動きやすそうな服装の女性。
手に弓を持っているので、狩人かも知れません。
他二名の様子がおかしすぎるので、気付くのが遅れましたが。
彼女は、勇者様の前で何故か正気を保っているようで…
…異常に見えない異常に、首を傾げてしまいます。
おや?と思って見つめる先。
魅了に中てられていないらしい、彼女。
何故なのでしょう…?
何のことはありません。
原因は直ぐに彼女の態度からも、言葉でも察せられました。
流石に不審に思ったむぅちゃんが、彼女に尋ねます。
「初期症状どころか、お連れさんは末期みたいですね。大変危険な気がします。
でも、貴女は勇者さんを前に何ともないんですか? あの人の魅了効果、どぎついのに。
異常な胸の高鳴りとか、体温の急上昇とか、麻痺する感覚とか、感じませんか」
多分、むぅちゃんは薬師としての興味本位からの疑問だったと思います。
何のことか分からないらしいお姉さんは、首を傾げて、
「何のことか分からないんだけど…」
「僕は、勇者さんを見て、何とも思わないのかと聞いています」
ハッキリとむぅちゃんが言うと、ああとお姉さんは頷きました。
「だって、見てないもの」
……は?
むぅちゃんも顔をしかめて、お姉さんに更に疑問をぶつけます。
「見ないって…あの人が目的で此処まで来たんでしょう?」
その質問に、帰ってきた答えは…
「………本能的に危険な気がして、理性の奥で何かが騒ぐのよ。私の勘が叫ぶの。
――殿下を見たら、手遅れになる。やばいって」
いきなり常とは違う行動を取りだしたらしい仲間二人に気を取られてしまったのでしょう。
彼女は勇者様のことを見ていなかった。
少なくとも、顔はそう言えば見なかったとか言っています。
でもやがて、胸の奥が不穏なざわめきを見せ…
何故か、勇者様を見ようとすると胸の内から制止の声が聞こえると。
どうやら彼女は人間にしては勘が鋭いようです。
枕詞に「野性の」とかが付く類の勘が。
なんだか目を向けたら取り返しが付かなくなるような…
拙いことになりそうな気がして、どうしても勇者様を見られないのだと。
OK.その判断で正解です。
貴女は正しいと、私達はひっそり頷きました。
お名前はエルティナさんというようで、素敵に有望な方ですね。
是非そのままでいてくださいとお願いしたくなったのでした。
只今、勇者様はまぁちゃんの背後に避難しています。
そして私も、女性達の目が怖いのでまぁちゃんの背後に避難しています。
無敵の防壁、まぁちゃん。
まさかの従兄バリアー再び、です。
お願い、私達を守って…!
「………保護対象がなんか増えた」
呆れ顔のまぁちゃんが、ぽんぽんと私達の頭を撫でました。
「お兄ちゃん…! まあちゃん、貴方は立派なお兄ちゃんだよ…!」
「ああ…今、俺は無限の頼りがいを感じている…」
「おい、勇者。お前それで良いのか…?」
「良くはない…だが、背に腹は代えられない」
「開き直ったな、お前」
「この問題に直面する限り、俺の自尊心は零だ…! 俺は体面より命が惜しい!」
「そこまで言い切るとは…」
いっそ感心しました。
勇者様としてはあるまじきことですが、女性達の尋常じゃない眼差しを前にしていますからね。
余裕がマイナス振り切る、その気持ちも分からなくはありません。
アレは、体面を惜しんではならない類の脅威です。
実際にか弱い(?)女性が相手。
紳士の勇者様には、暴力という直接的な排除もできず。
そうなると穏便な手段を執るしかないのでしょうが、アレは対話が通じるとも思えません。
とすると、アレ、お手上げ?
そのことを経験で知っているらしい勇者様は、逃げの一手です。
冷や汗が凄まじく、正に恥も外聞も捨て去っていました。
それを許容してか、魔王様は軽く肩を竦めるだけ。
この件に関しては、心底同情してたしね。
それ以上の言及もなく、勇者様のデコを軽く弾いただけでした。
「………真剣に、まぁちゃんってお兄ちゃんだよね」
「通常時からそう呼んでも構いはしねーぞ?」
「それは断る。まぁちゃんは、まぁちゃん!」
「お前、自分で言い出しといて。ホントに自由だよな…」
呆れたように苦笑いを浮かべるまぁちゃんは、素敵なお兄さんでした。
流石、幼少期から私とせっちゃんに振り回され続けてきただけはあります。
時には共犯となりつつも、大概は振り回していた幼少期。
まぁちゃんがお兄ちゃんみたいになるのも、無理はないかも。
そう思いつつ、今後もまぁちゃんに甘えるのは止められないんだろうなと思いました。
ですが流石に、勇者様は野郎の背中に隠れるのは無理があったのか。
そんな勇まし勇者とは懸け離れた姿に、戸惑う男が三人。
あれ…? なんかどっかで見たような?
首を傾げていると、向こうの方から声をかけてくれました。
「お久しぶりです、勇者殿。それに、リアンカさんも息災なようだ」
「「あ」」
それが誰だか思い至り、私と勇者様は同時に声を上げていました。
私と勇者様、共通の知り合いで人間の騎士というと、条件は絞られます。
そんな相手、そう多くはありません。
具体的に言うと、狩り祭騒動で騒がせたシェードラントの騎士だけです。
中でも私の顔と名前を把握しているような相手は、限定三人。
そして目の前にいるのも、三人。
ああ、兵士A、B、Cだ。
だけど名前が出てこない。
時間が経っても、騎士だと分かっても。
私の脳内での扱いは以前と変わらず、こんなものでした。
「アー…ポリプロピレンさん、でしたっけ?」
「アスターだ! どっから出てきたその名前!?」
「………覚えていますって。忘れませんよ。逆さ吊りにされた挙げ句に疑惑をかけられたことは」
「根に持った上での嫌がらせか!!」
相変わらず、Aとは相容れない物を感じました。
何で彼らが魔境にいるのか、とか。
どうしてそれで使者の人達と合流しているのか、とか。
更に言うとなんでそれにサルファまで加わっているのか、とか。
色々と疑問に思う言いたいことはありますが。
それでも使者が到達したのなら、やらなければならないことがあります。
うん、双転石を奪わなくては。
一応、使者の人達の用件は知らない振りをする方針でした。
その方が、時間を稼いで引き延ばせるから。
アディオンさんは見つからないよう、隠れていると言って潜んでいます。
知らない振りをして時間を稼ぎつつ、何とかこちらのペースに持ち込みたい物です。
「お前ら、何の用かは知らねーが、長旅で疲れただろ。ちょっと休んでけよ」
立ち話も何だから、と、まぁちゃんがもっともらしいことを言いました。
女性の視線が、殺気が私にびしばし刺さっています。
物言いたげな視線に宿るのは、疑惑と憎悪。
勇者様の間近にいる私に気付いて以来、気に食わないようです。
お育ちのよろしい使者のお姉様達は、それでも露骨に私のことを上げ連ねたりはしませんが…
お役目そっちのけで、目が言っています。
そっちの女は、何者やと。
その説明を聞かないことには、話を終わらせる気はないぞ、と。
じっくり言い分を聞かせてもらおうじゃないか、と。
女の憎悪、マジ怖いです。
ゆっくりお話望むところと、お姉さん達は場所を移す提案に頷いたのでした。
しかし新規のお客さんが六人(サルファ除外)。
勇者様にアディオンさんもいるから…総勢、八名。
アディオンさんは勇者様の部屋に潜んでいるとはいえ、大人数です。
そんなに沢山、いきなりのことだったし。
「………食材、足りるかな」
ちょっと、心配になりました。
今のこの村に、宿屋はないのです。
そして『ゆうしゃのいえ』も建設中。
どうせ宿泊するのなら我が家だろうと、脳内でお持て成しの算段を立てるのですが…。
時刻は既に、午後を大きく回って夕方間近。
もしかしたら、準備が整わないかも…
そうしたら私の心配を見透かしたのか、まぁちゃんが買って出てくれた訳ですよ。
「それじゃ、何人か城の方で預かろうか?」
「………城?」
勇者様が頭を抱えました。
怪訝な顔で仰ぎ見るご新規さん達に、まぁちゃんはくいっと。
くいっ、と背後を親指で指しました。
そこに聳える黒い城。
露骨に邪悪な魔王城。
「城って、城って、魔王城!?」
吃驚仰天の、ベルガさん達。
「あれ、魔王城だろ!? 預かるって、アンタ…!?」
あからさまに面倒ごとの臭いが漂い出しました。
流石に、魔王城云々はマズイと思いますよ。まぁちゃん。
円滑かつ、面倒を避ける為にまぁちゃんの素性は隠そうって決めていたのに…
うん、勇者様の立場もありますしね。
だけどまぁちゃんが、余裕で言い切りました。
「あれが魔王城? 面白いことを言うな、アンタ」
「え…???」
「もしもアレが魔王城だとしたら、幾らなんでもこの村超お膝元過ぎんだろ」
もしもも何も、そのままアレが魔王城なんですけれど。
明確な否定は口にしていませんが、意識をすり替えようとしていますね。
まぁちゃんがさも当然、みたいな顔をしています。
自信満々のその様子に、初見の人達は怪訝ながらも騙されつつあるようです。
まあ、嘘は言っていませんからね。まぁちゃんも。
誤魔化す様に、ぼやかした言い方をしているだけで。
でも騎士のお一人が、眉を寄せて尋ねました。
「じゃ、アレは何ですか…?」
そうですよね。どっからどう見ても魔王城なのに。
それを違うなんて思いこまされたら何が何だか分からなくなりますよね。
騎士さんの当然の質問に、まぁちゃんは自信たっぷりに言い切りました。
「 テーマパークだ 」
「………!!?」
言い切った! 言い切ったよ、この人!!
それで騙し通せると、本気で信じているの!?
勇者様が絶句して、驚愕のお顔です。
隣でサルファも呆気にとられる中、勇者様は膝から崩れ落ちました。
「て、テーマパーク? テーマパーク、あれが!?」
それはきっと、世界で一番邪悪なテーマパークですね。
普通に考えて嘘です。
だけど魔境に馴染みのない彼等は、真偽の程を推し量る顔で。
ちらちらと勇者様に問う視線を向けています。
勇者様が一緒にいることで、まぁちゃんの素性に暈かしが入ります。
まさか勇者と一緒にいる人が、魔王とは露程も思い至らないのでしょう。
まあ、まぁちゃんは外見が人間そのものですしね。
動揺する一同を前に、平然と嘯くまぁちゃんが凄すぎます。
「あれ、本当にテーマパークなの…?」
「ああ。魔境を代表するメインテーマパークだ」
その名を『魔王城』というテーマパークですね。
確かに魔境でメインのお城ですけど。
「一大テーマパークだぞ? じっくり存分に楽しめ」
そう言って笑うまぁちゃんのお顔は、妖艶でとってもお綺麗でした。
その後、必死で勇者様が誤魔化しに走りまして。
ややこしいのは勘弁してくれと、まぁちゃんも説教されて。
勇者様が頑張りました。
途中からサルファが茶化しに入ってきて、苦労が倍増。
うっかり発言乱発で、時にはめげそうにもなりました。
それでも彼は諦めず、負けませんでした。
どうにかこうにか、まぁちゃんの発言は冗談だったとお客様方に納得させた手腕は凄い。
まぁちゃんの素性をうやむやにすることに成功しましたよ、この人。
ただしその時には、既に日もとっぷりと暮れていたのです。
紅く染まる空を眺め、私は一つ頷きました。
「うん、ご飯にしましょう!」
ちなみに異論は認めません。
時間も時間だと言うことで、仕方ありません。
詳しい話は明日に回して貰いましょう。時間稼ぎもかねて。
お客様方には疲れを癒す為にも早目にお休みいただくことにしました。
夕餉は何とか用意を調え、笑顔で配膳して回ります。
突き刺すような、二人のお姉さんの視線が痛い。
ですが一応、此処は彼女達にとって他人の家。
それに勇者様や父の目があります。
父は傍目にも立派に威厳がある村長さんです。
数々の魔族を下した『無言の圧力』を前に、実の娘を弾圧できるのならばしてみれば良い…!
あ、本当にやるのは止めてくださいね?
「あの、貴女と殿下はどういう関係で…?」
物問い顔で、さり気なく尋ねられます。
なるべく、距離を取っていたのに、逃げは許さないと目が言っています。
此処は逃げようと、私は差し障りのない顔でさらっと言いました。
「大家と店子…じゃない、家主と居候の関係です」
答えた私に向けられたのは、「一つ屋根の下かよ」という不満の眼光。
「貴女、身の程は弁えていらっしゃいますわよね…?」
物凄く、面倒臭い予感がした。
お嬢様達が私を露骨に見下しています。
分不相応な立場にいると、責める目で見ています。
近くにいても良いじゃないですか、お友達なんだから。
なんでお友達の傍にいるのに、あんな目で見られないといけないの?
彼女達にそんな指図を受ける謂われはないのに。
なんだか、物凄く苛っとした。
一時的な物でしょうが、沸々と湧く感情があります。
後になったらきっと萎む、今この時だけの苛立ち。
今まで魔境で非難の目を受けたことがなかったから、彼女達の目が苛々して仕方がない。
普段の私が、これを受け流せないはずはない。
怖いと思いつつも、深刻に気にしたりはせずに流せるはず。
だけど殺意を込めて睨まれて、私も動転していました。
それが、怒りに転化されても。
でも、後々のことを考えたらここで爆発するわけにはいきません。
私達は彼女を騙そうとする立場。
油断してくれているのなら、それに越したことはないし。
私がここで怒ったら駄目。
だけど。
思わないでは、いられない。
ああ、もうっ!
覆せない程の女としての格の違いを見せつけてやりますよ!?
ただし、せっちゃんが!!
完膚無きまでに彼女達を打ちのめし、格の差を思い知らしめる存在。
その条件を頭に浮かべた時、一番に該当したのは我が従妹せっちゃんでした。
もう、本当に呼び出して見せつけてやろうかなー…
魔境の可憐な黒百合、せっちゃんを。
まぁちゃんの実妹だけあって、せっちゃんは将来が楽しみな超美少女。
今は未だ幼いあどけなさが残っていて、可愛らしい感じ。
だけど将来は妖艶な魅力を醸し出すだろうと容易く想像できます。
美少女で、可愛くて、天真爛漫。
純粋無垢で心優しい…ただし天然。
彼女を前にすればぐうの音も言えないだろうに。
確実に使者さんよりも勝っている、せっちゃん。
上には上がいるという実例を、今この場で見せつけてやれない悔しさ。
私は不満たっぷりに、魔王城を仰ぎ見るのでした。