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25.刺客襲来そのに

 さあ、使者さん達がやってきました。

 そして変な光景を見られました。

 私は痛くも痒くもないけれど、勇者様はどうでしょう…?


 勇者様は、全力で、がっくり膝をついて項垂れていた。


 ……………大丈夫じゃ無さそうです。

 まあ、いつものことだと放っておきましょう。

 それよりも今は、使者の女性達に怖い視線を受けているルーミィちゃんが心配です。

 なんだか、今にも斬りかかってきそうな迫力が…

 このまま此処にいるのは危険ですね。

 兎獣人のルーミィちゃんは足に自信あり。

 逃げるのも大得意なはずです。

 という訳で、此処は逃げていただきましょう。

 その方が、面倒が少なくなりそうですし。


「まぁちゃん」

「おう」


 まぁちゃんがぱちんっと指を鳴らすと、(あらかじ)めかけてあった魔法が発動しました。

 本来は状態異常にかかることを、予防する為の魔法。

 それを今回の勇者様の修業に合わせて、即席で改良してくれた魔法です。

 

 具体的には、ルーミィちゃんの精神の表層に膜を張る魔法。

 魅了効果と、本来のルーミィちゃんの精神。

 その間に薄皮一枚挟んでおいて、時が来たら弾けさせる。

 それだけで、膜の上にべったり張り付いた魅了効果が膜と一緒に弾けます。

 本来は完璧に精神を状態異常効果から守る魔法なんですよ。

 でも上から被さった状態異常の効果が浸透しちゃうよう、膜を作り替えたんです。

 それを四分で改良したまぁちゃんは、本当に凄いと思います。

 既存の魔法を後からちょいちょい弄るのって、とても大変だって聞くもの。


 まあ、この魔法は本来ならまぁちゃんには必要ない物だし。

 一昨日、三分で魔法を叩き込んで覚えさせた、りっちゃんも凄いと思いましたけど。


 魔王様の魔法によって、正気を取り戻したルーミィちゃん。

「あ、あら…? 私、どうしていたのかしら…」

 きょとんと目を見張る、罪のない顔をした兎のルーミィちゃん。

 布団巻きを解除しないと、逃げられませんね。

 私は大急ぎでルーミィちゃんを戒める布団を引っ張ります。

「あわぁ…っ」

「うわっ ルーミィちゃん、ごめんなさいぃ!」

 しまった! 勢い余って独楽回しにしちゃった…!

 くるくる回って、目を回すルーミィちゃん。

 右足を支点に、まるでプリマドンナの様に八回転。

「きゅぅ…」

 ぱたんと倒れそうな彼女を咄嗟に支えたのは、いち早く駆けだしたむぅちゃん…

 ……ではなくて、何故か瞬時に移動したとしか思えない素早さで位置に付いたサルファ。

「大丈夫かい、お嬢さん…☆ さあ俺に、もっと、もっと全身で掴まって!」

「ご親切にありがとうございますぅ…」

 お前……サルファ、この男は…。

 サルファは女が絡むと身体能力が跳ね上がるのかと、いっそ感心した。

 くるくる目が回って腰の砕けたルーミィちゃんが、言葉に甘えたのか素直にしがみつく。

 そうしないと倒れそうなくらい、足下が覚束無い。

 ごめんなさい、ルーミィちゃん。

 私のせいだって、分かってます。

 分かってるけど、でも早く離れて!

 じゃないと平穏な兎夫婦(カップル)に夫婦喧嘩が勃発しちゃう!

 私はだらしなく緩んだ顔でウサギさんのお耳を愛でて堪能しているサルファにぼそっと一言。

「サルファ…その子、人妻」

「えっ!?」

 ぎょっと驚き、サルファの手がちょっと跳ねたけど。

 でも気を取り直した様に首を傾げます。

「でも、夫婦仲は冷えてるんだろ?」

 何を根拠に、とは言えませんね。

 でも、私は否定します。

「秋の終わりに五人目のお子さんが生まれるそうですよ」

「あんたら妊婦に何させちゃってんの!?」

「いえ、妊婦でも獣人さんは頑丈なので…」

体の心配(そっち)じゃねーよ!!」

 珍しく常識的なことを叫ぶなぁと。

 焦ったサルファの顔に、見当違いの感想を抱きました。


 そんな私の目の前を、びゅびゅんと駆け抜ける白い影。

 あ、あの人は…!


 颯爽と駆けつけた全長1.7mの真っ白もふもふ兎さん。

 二足歩行ながら兎らしく俊敏な動きで現れたのは…

「エドヴィンさん!」

「誰だよ!?」

 驚き慌てるサルファの前に、しゅばっと迫り。

 その眼前で、兎さんは一言。

「その手を離せ」


「ぐふっ」


 兎さんの力強いフックが、サルファの腹に食い込んだ。

 崩れ落ちるサルファ。

 その間にルーミィちゃんを担ぎ上げてしゅたたっと走り去る兎さん。

 兎さんの肩ごしにルーミィちゃんが手を振ってくれたので、私も振り返しました。

「り、リアンカちゃん… あの兎、は…」

「ルーミィちゃんの旦那さんです」

「や、やっぱり…」

 そう呟いたきり、

 サルファはがくっと首を落としました。


 兎さんは、臆病な獣人さんです。

 実は物陰から私達を見守ってたんですけど…とうとう我慢できなくなったんでしょう。

 駆けつけてから走り去るまで、鮮やかなまでに迅速見事でした。




 兎が現れ、サルファを殴り、兎をかっさらって逃走。

 いきなりの騒動で、すっかり気が抜けてしまったようです。

 修羅の形相(かお)をしていた女性達は、いきなりわき起こっていきなり収束した騒動に途惑い顔。

 しかしながら勇者様の(恐怖で見開かれた目による)凝視を感じ取り、我に返ります。

 大人しそうな方の女性がこほんと空咳一つ。

 気を取り直したように、先程までとは打って変わった優雅な仕草でお辞儀を一つ。

「殿下、お久しゅうございます…私のことを覚えておいででしょうか」

 勇者様の目が、クロールばりに泳ぎました。

 ああ、あれは覚えていないんですね…

「済まないが…」

 弁明をしない当たりは男らしいですが、やっぱり視線は逸らされたまま。

 それを後ろめたい故と受け取ったのか、女性はころころと笑う。

「致し方ありませんわ…私は、もう何年も修道院に身を寄せていたのですもの」

「君は…修道女なのか?」

 首を傾げる勇者様。

 さり気なく、先程よりも一歩、二歩と徐々に距離を取っていましたが…

 疑問に気を取られて足が止まりました。


 今こそ、勇者様の心の声が聞こえそうな気がします。

 つまり、「あんなに俗っぽく嫉妬も露わに修羅と化していたのに、修道女なのか?」と。


 私達の疑問には気付かず、目を潤ませた修道女さん?が露骨に勇者様との距離を詰めました。

「この度、還俗いたしました…。神に仕える身となってなお、殿下をお慕いしていたが故です…。

このような思いを抱えて、神に仕えるなど……」

 しっとりとした声で、艶っぽく勇者様を見上げる修道女(元)さん。

 頬を仄かに染めて、瞳はキラキラ………ギラギラしています。

 駄目だ、この人…目が感情を隠せていません。

 興奮しているのが丸わかりの、上擦った声。

「殿下……私が、今回の任に選ばれてどれほど嬉しかったか分かりますか…?」

 勇者様への思いの丈を口にしながら、瞳はがっちり勇者様をロックオン☆

 ひくり、と。

 勇者様の顔が引きつるのも、顔が青ざめるのも何のその。

 そのまま、そっと勇者様の手を握ろうとして…

 勇者様が、素早く後退。

 魔物の攻撃を避ける時のような、鋭い小刻みなバックステップ。

 だけど、修道女さんはめげない。

 あからさまに勇者様が避けたのにも気付かないのか…

 ……気付かないのか? いえ、あれはきっと気付いていますね。

 気付いていても尚、全く気にもせず勇者様へと身を寄せます。

 さり気なく勇者様を退路の封じられた位置に誘導して追い詰めようとしています。

 作為的に動くのが、一歩離れた位置からはよく分かりました。

 勇者様は勇者様で、焦りの表情を浮かべながらも一定の距離を保つのに腐心している様子。

 必要以上の接近を避けておいでです。

 危うく追い詰められるかと思われた時もありました。

 でも修道女(元)さんの隙を突いて上手く場所を入れ替え、決して距離を詰めさせません。

 おお、と勇者様恐怖の攻防戦を好奇の目で見守ってしまいます。

 くるくると、勇者様と女性の立ち位置がくるくると変わります。

 まるで踊っているかのように、見事。

 徐々に速度が上がってきているので、本当に踊っているみたい。

 やがて業を煮やした修道女(元)が大胆な行動にでも出ようとした頃。

 ようやっと、制止の声がかかりました。

 それはお仲間の女性によるもので、

「ミリエラ、貴女どうしたの? いつもはあんなにお淑やかなのに…今はなんだか、はしたないわ」

「そうです。ミリエラ様、殿下に失礼ですよ」

「…ネレイア、貴女も人のこと言えなさそうだけど。殿下の背後に回ろうとしていなかった?」

「そんなことは…」

「どっちでも良いけど、立場も考えずに不躾すぎだわ。自分のこと今、客観的に見られる?」

「「………」」

「二人ともあまりにいつもと違い過ぎよ。どうしちゃったの」

 呆気にとられてそう言ったのは、やはり使者さんの一人。

 ですけど先程から、嫉妬の怒りだのなんだのには参加せず、一歩離れたところで他の二人を見守っていた女性。

 こざっぱりとしながらも、まるで森の民みたいな格好の女性です。

 焦げ茶の髪を揺らして、彼女は心配そうに修道女(元)の手を取りました。

「あなた、疲れているの? 今まで強行軍だったから…」

「そんなこと…」

「いえ、やっぱり疲れているんだわ。ミリエラがこんなことをするんだもの。気づけなくて、ごめんなさい」

「……………」

 お姉さんが労るように修道女(元)さんの手を撫でます。

 気まずそうな顔で視線を逸らす、修道女(元)。

 どうやら気遣われたことで、人の視線という物を思い出したようですね。

 それでも名残惜しそうに勇者様を見る彼女の眼光は薄れていません。

「申し訳ありません…殿下との対面とあって、私もネレイアも少々舞い上がっていたようです」

 くりっと振り向き、改めて勇者様に向き合おうとする修道女(元)さん。

 口では謝っていましたが、その瞳は依然として勇者様をヘビの様に捉えていました。

 

 追いかけっこから解放された勇者様は、そっとさり気なく大樹の裏に隠れてしまいました。

 まるで、怯えた子猫のように。

 警戒して出てこないところなんて、特にそっくり。

 毛を逆立てた子猫ちゃん(笑)は、微かに小さく肩を震わせていた。


 そんな勇者様を、ちょっと可愛いとか一瞬思ってしまったことは秘密です。




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