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22.使者(という名の刺客)対策そのさん

1/27 誤字、内容修正

 硬直するアディオンさんは、精神的な不調を訴えて蹲ってしまいました。

 魔王を身内とする我が家。

 こんな家の中でお世話になるのも微妙な様子です。

 しかし主がこの場に留まり、馴染んでいます。

 それを放って離れる訳にもいきませんよね。

 何を考えているのか、苦悩の顔で黙り込んでいました。

 そんな従者を気遣い、勇者様も心配げで。

 まぁちゃんは鷹揚に笑って、そんな二人を眺めていて。

 まったりと悪戯の行方を見守る中。


「でも一年くらい、勇者様がいない状態でお国の方は回ってたんですよね?」


 ふと、私は呟きました。

 それは、勇者様がお国に帰っちゃうんだなぁとしみじみ思っている中。

 待ち受ける勇者様の受難を心配していたら、思い至ったこと。


「…暫く勇者様がいなかった反動とか出ないかな。

久しぶりに見た女性の方々、熱狂しちゃうんじゃないですか?

倫理観と犯罪指数振り切っちゃうくらいに」


 思いっきり場が静まりかえりました。

 なんだか一瞬で、空気が凄く重くなりましたよ。

 まぁちゃんが、私をみて「あーあ、言っちゃった」って顔しています。

 その顔は…まぁちゃん、あなたもその可能性に気付いてたでしょ。


「………リアンカ、君、俺の危機感を煽るのが上手いよな」

 勇者様の顔は、絶望の表情(イロ)をしていました。

 わあ、何だか今の顔を切り取って、【絶望】って題付けて額入りで飾りたいくらい!

 見事な不幸顔で、紙の様に生気を薄っぺらにして。

 勇者様は、がっくりと膝をつきました。

 今日は随分とよくテーブルに懐く日ですね。

(いえ)に帰りたくない…!!」

 とうとう突っ伏してしまった勇者様は、本当にこの手の話題になると情緒不安定ぶりが凄い。

 見ていてどうしようもなく哀れになります。

「…まぁちゃん」

「ああ、そうだな…」

 前々から目にしていても、土壇場だと本当に凄まじい嘆きようで。

 私達の心配も、最高潮。

 もう仕方ないよね、放っておけないよね。

 勇者様の哀れな姿を見て、私達は腹をくくって諦めました。


 いえ、諦めるというとちょっと違います。

 でも、なんとなくこうする…この選択をするだろうなと、私達は思っていました。

 本当に、心配すぎて放っておけないから。

 私もまぁちゃんも、勇者様を突き放せないくらいには絆されていたんです。


 まあ、諦めと言えば語弊たっぷりで。

 仕方ないとか言いつつ、滅多にない機会に私達も内心でウキウキわくわくしていたんですけど。

 そう、あれです。

 体良く、言い口実と切欠があるなら、実行するしかないよね☆


「勇者、お前も迸るほど不幸だよな。凄ぇよ、その星回り」

「悪運の凶星の元に生まれたとしか思えないよね…」

「だからこそ、放っておけねぇ」

 

 まぁちゃんが、項垂れる勇者様を宥める様にぽんぽんと。

 軽く叩く様な仕草で、その頭を撫でる。

 かなり気安い態度に、アディオンさんが何かを言おうとしましたが。

 それよりも先にまぁちゃんが言った一言で、人間の主従が絶句しました。


「仕方ねぇから、俺等もついてってやるよ」

「そうですよね、心配ですし」

「人間の国でも心配するな? 俺達がばっちり助けてやるぜ☆」


 きらりーん☆ と、まぁちゃんの歯が光って。

 その爽やかな笑顔が、胡散臭いまでに清々しく美しい。

 まぁちゃんのキラキラ具合が得体知れなく嘘くさくて。

 嫌に予感するものでもあったのか、不安が募ったのか。

 勇者様の既に血の気が抜けていた顔が、更に青くなってしまいました。

 わあ………人間って、こんなに漂白できるんだ。

 勇者様、人体の神秘が垣間見えてますよ!?

 さっきまでとは違った意味で、私の心配が凄いことに。

 だけど勇者様は私の心配など何処吹く風で。

 瞬く間に顔色をぎゅーんと戻すと、血相を変えてまぁちゃんを凝視しています。

 あれ、人間ってこんなにいきなり血の気戻して健康に悪くないのかな。


 気にかかること膨大な勇者様が、まぁちゃんの襟首掴んで叫びます。

「まぁ殿!? 自分の素性を何て言う気なんだ!」

 勇者様、ごもっとも。

 流石に王子様の付き添いが身元不明じゃ怪しすぎますよねー。

 まさか魔境の外で素直に「魔王です」とか言う訳にはいかないか。

 嘘でも、冗談でも、言い訳でも。

 表向きの肩書きとか、仮の素性とか、名乗るのに必要だよね。

「さて、まぁちゃん。人間の国に行って、まぁちゃんは何て名乗ろっか?」

「そーだな…」

 話を振られたまぁちゃんは、暫し考えて軽く言いました。


「大陸の果てにある魔法の国『マジカル☆ランド』の王様なんだ☆…とかどうだ?」



 ………

 ……………

 ………………………………


 勇者様とアディオンさんの動きが、完全に止まった。


 まるで石の上で日向ぼっこする蜥蜴みたいに動きません。

 そんな二人を横に、私はぽむ、と手を合わせて輝く笑顔を向けました。

 わあ、まぁちゃん素敵!

「それならせっちゃんはマジカル☆ランドのお姫様だね! 人間の国に修行に行かなきゃ!」

 私がハキハキと声を上げたら、音に反応したのか勇者様がはっと動きを取り戻しまして。

 時を取り戻した勢いを乗せて、叫びました。

「あながち間違いでもないと一瞬でも思ってしまった自分が嫌だ…!!」

 色々と苦悩する部分もあるのか、頭を抱えてぶんぶんと横に振っています。

 お悩み多いお年頃ですからね、深く考えるのは疲れますよー。

 まぁちゃんもそう思ったのか、ぽんぽんと勇者様の肩を叩きます。

「まあまあ、難しく考えるなよ。魔境で友達になった謎の人とでも言っておけばいいだろ」

「その説明は全然安心できない上に身元が不審すぎるだろう…!?」

 しかしながら、結局なんて説明すべきか分からないのでしょう。

 顔を歪めながら、あわあわと言葉を探しておいでです。


 最終的に、まぁちゃんの身元は嘘ではなくて当たり障りのない方面で。

 ハテノ村村長の甥(事実)ということで押し通すことが、話し合いの結果決定しました。



 粗方の方針が決定して、一息。

 私達の人間の世界訪問(物見遊山)を阻むことはできないと諦めた勇者様、嘆息。

 最近、勇者様は諦めが早くなりました。

 様々諸々、今までのアレコレを経て、勇者様も成長なさったのでしょう。

 駄目な方向に。

 私達がこれと決めたら阻止できないと、経験で学ばれてしまった勇者様。

 気苦労多き貴方に、幸あればよいですね☆ ←超他人事


 ぐったりとした勇者様に、今度はまともなお茶を用意します。

 労を労う意味も込めて、取って置きの一杯をお出ししました。

「あ、美味いな。これ」

「殿下の肥えた舌を唸らせるとは、本物ですね」

 お茶を出すとなった時、私達を警戒してでしょう。

 毒味を申し出たアディオンさんに、ひとまず先にお出しした時。

 本気で吃驚していたアディオンさんが、勇者様の美味い発言に更に驚きました。

「うふふ…えっへん胸張っちゃいますよー」

「リアンカが、これを入れたのか?」

「これ、リアンカの取って置きじゃねーか」

 手酌でポットからお茶を注ぎつつ、味を確かめたまぁちゃんも感心してくれました。

「お? 前より、更に味が良くなったな」

「え、本当? やった、まぁちゃんに誉められた」

「本当に美味いな、このお茶。微かに果物の風味がする…どこの産か聞いても良いか?」

「私オリジナルの調合なんで、魔境産ってことになるんでしょうか」

「調合………調合?」

 勇者様が、ふわっと顔に不安を滲ませました。

 今までの数々の私の傑作を思い出したのでしょうか。

 恐る恐ると、私に目で問うてきます。

 私は彼の疑問に、笑顔で答えてあげました。

「………成分は聞かない方がいいですよ?」

「何を仕込んだ!?」

「何も混ざってませんよー? ………体に出てくる猛毒の類は」

「何を入れたんだ…!」

 え、そんなに聞きたいんですか?

 私は答えるべきか否か考えながら、内容物を指折り数えて思い出しました。

「えーと………ひの、ふの、み……………八十四の原材料が潜んでいます」

「八十四!?」

「内容はひ・み・つ♪」

「不安感を煽るだけ煽って、その反応はない!」

 本当に毒は入ってないんですけどねー?

 勇者様は警戒心が高まったのか、それ以上お茶を飲もうとはしませんでした。

 

「それで? 結局何が入ってるんだったっけ」

「え、と…ミルクオレンジの皮と、雫水晶の結露と、飴林檎の花と、香撫子の蜜と、凪雪の露と…

あと隠し味に屍茜の体液、アギトマダラヘビの血に、妖怪小雪蝶の鱗粉とー…」

「待て、もうそれ以上はいい」

「??? いいの?」

「ああ。間違っても、それを勇者には言うんじゃないぞ? 特に隠し味」

「うん…?」


 半笑いで、くすくす声を漏らして。

 まぁちゃんは私の頭をぽんぽんと撫でて、意外にも強い口調で勇者様には言うなよと。

 私にそう言い、至極楽しそうに笑うのでした。



 お茶から目を逸らしながら、勇者様は憂鬱そうに溜息一つ。

「は……それにしても、本気で国に帰りたくないな」

「殿下、お気持ちは察しますが…」

 国に帰りたくないという王子様に、従者さんは曇り顔。

 帰りたくない理由は女難一択だと分かりますが、王子様の台詞じゃないですよね。

「この忌まわしい魅了効果に惑わされない女性を知ってしまっただけに、余計に鬱だ」

「魅了効果なぁ。状態異常付与は、必要としなきゃ本気で邪魔だよな」

「まぁ殿は、確か確認された状態異常付与の全てを持っているんだったか…」

「ああ、まーな。支障が凄ぇんで、死ぬ気で制御会得したぜ?」

「制御か」

「前に言ったよな、そういや。勇者お前、制御法覚える気はねーの?」

 まぁちゃんの言葉に、勇者様が浮かない顔をします。

 あれ、なんで浮かない顔?

 勇者様の事情なら、それこそ死に物狂いで会得しようと奮闘するでしょうに。

 私とまぁちゃんが揃って首を傾げてしまいます。

「なに? 覚える気ねーの、勇者」

「そういう訳じゃない。だが…」

「自分の魅了効果制御できるよーになりゃ、気苦労も随分減るだろーに」

「それは分かってる。分かっているが…この歳までそんな方法考えたことがなかったからな。

人間には、状態異常付与なんて能力を持っている者は早々いない。だから、な?」

「うん?」

「その、この魅了効果を制御って、どうやって会得すれば良いんだ…?」

「「あ」」

 そうですよね、勇者様は人間でした。

 制御も何も、根本からどうやれば良いのか分からなかったんですね…

「まぁ殿に聞こうとも思ってたんだが…以前は、村に帰るなりバタバタしていただろう?

あれで尋ねる機会を逃して、そのままずるずると…」

「なんだ。そう言うことなら、早く聞きゃ良かったのに」

「だったら、今尋ねても良いか? この厄介な体質を、どうやって制御すれば良いのか…」

「まあ、そうだな。考えてやるから、まぁちゃんに任せとけ」

 自信溢れるまぁちゃんが、頼りがいたっぷりに頷きます。

 快く引き受けた魔王様に、勇者様がほっと息をつきました。

 その背後で、アディオンさんが絶望した様に頭を抱えているんですけど…

 魔王を頼りにする勇者って何だろうって、本気で思いました。

 度々思うけれど、今回も敢えて指摘はしませんけどね!


「そうだな…」

 暫く勇者様の体質改善について考えて、まぁちゃんが言いました。

「お前の魅了効果は美の女神と愛の神が加護を与えてるせいで相乗効果MAX状態だ」

 まずは確認とばかり、勇者様の体質について口にします。

 勇者様本人が自分の体質をよく分かっていませんからね。

 本人に自覚を促す為か、困った体質の由来を口にして…

 勇者様が忌々しげに、舌打ちしています。

 彼の愛と美の神に対する信仰心は、着実に底辺を彷徨っているようです。

 信仰心が激減しても、加護は減っていないみたいですけど…。

「手っ取り早く制御する方法はねーな」

「そんな…!」

「まあまあ、落ち着け。早合点すんな。方法がねーとは言ってないだろ」

 不安からか、縋る様な眼差しの勇者様。

 なんだか端から見ると、怪しい占い師に騙されつつある善良な人みたい。

 まぁちゃんの一言に一喜一憂、引きこまれている姿が切羽詰まった心境を物語っています。

「方法は選ばせてやるけどな。今のところ思いつく方法は、自力で制御法を会得するか、呪いのアイテムでも使って制御するか…もしくは、元々の加護を相殺するかしかねーだろ」

「そんなことができるだろうか…」

「方法は三つだな。神に見限られる…のは、勇者の場合無理だろ」

「それは人間として喜ぶべきか、俺の人格として嘆くべきか…」

「一応喜んでみたらどうでしょうか。今日日(きょうび)神の加護を四つも持ってる人って早々いませんよ」

「リアンカ、それは全然嬉しくない…。それでまぁ殿、他の方法は?」

「愛やら美やらの神と相性最悪の神から加護を貰うか? 効果が相殺されるぞ」

「あのな、まぁ殿。神から加護を貰うなど、簡単に実現することじゃないんだが…」

「既に複数の神から加護を得ている人が何か言っていますよー?」

「その加護が不要で困っているんだ。俺には大迷惑なんだ…!」

 嘆き悲しむ勇者様に、皆の哀れみの目が殺到します。

 可哀想に思ったのか、まぁちゃんも勇者様の頭を撫でてぽつっと呟きました。

「後、思いつく方法としては…根本的原因の排除ってことで、神を倒すか」

 呟きが、皆の耳に入った途端、音が聞こえました。


  ちゃき…っ


 その音は小さいのに、やけにハッキリと響きます。

 小さな金属音の音源に目をやると、そこには剣に手をかけた勇者様。


 目が、据わってました。


「勇者様、なんで剣を抜くんですか。その剣じゃ流石に神殺しはきついと思いますよ」

「疑問視しながら助言を出すあたり、リアンカはどんな展開を期待しているんだ…?」

「面白い展開をよろしくお願いします」

「落ち着け、お前等」

「まぁ殿」

「勇者、特にお前は落ち着け。倒すっつっても、どうやって天上の世界まで行く気だ」

「………上昇するだけなら、ナシェレットを使って…」

「ばーか。無理に決まってんだろ」

 勇者様の無謀な言葉を、まぁちゃんが一刀両断に一蹴します。

 呆れた様に言う言葉は的確で、その理由も教えてくれました。

神族(あいつら)、ただ天空にいるって訳じゃねーんだよ。この世界とは微妙に次元のずれた場所に住んでんだ。ただ空高く目指しただけで辿り着けるってんなら、俺の愉快な御先祖の誰かがとっくの昔に「レッツ☆殴り合い」とかほざいて喧嘩売りに行ってるって」

「根っからの戦闘中毒(バトルジャンキー)一族の癖に、どうしてそこで根性を見せなかったんだ…!」

 そう言う勇者様の声は、血の涙を流さんばかりに本気で追いつめられた響きをしていて。

 真剣な目に浮かぶものは、殺意ですかねー…?

「おいおい…まるで神を殲滅しとけよって言ってる様に聞こえるぞ?」

「勇者様、流石に勇者が根絶やしに神様滅ぼすのを推奨するのはどうかと思いますよ」

「どうかどころか、どう考えても駄目でしょう! 殿下、正気にお戻り下さい…!」

「済まない、アディオン。俺は正気なんだ…」

 ふっと疲れと憂いを滲ませて、勇者様が遠い目。

 傷ついた様な顔で、アディオンさんが痛ましいと勇者様を凝視します。

「殿下…国を出てから貴方に何があったというのですか…! 以前はこんな方ではなかったのに!」

「見事に悪い方向に魔境に感化された結果だろ」

「悪い方向? まぁちゃん、この程度は序の口でしょ。全然悪くないよ」

「あなた方が原因ですかーっ!?」

 叫ぶ、アディオンさん。

 私達はそうだともそうでないとも言えず、そっと目を逸らします。

 まあ、思い当たるところが無い訳でもありません。

 ですが、それを馬鹿正直に言う必要もないでしょう。

 決して目を合わせない私達に向けられる、恨みがましい視線。

 それをものともせず、私達はお茶を啜って誤魔化しました。


 少しだけ、考えて。

 勇者様がはっとした様子で顔を上げます。

 何を思いついたんでしょうか?

「そうだ、神獣のヤタガラスなら天界まで行けないか!?」

 出てきたのは、全然駄目な意見でした。

 勇者様…本気で切羽詰まってるんですね。冷静になって下さい。

 そして思い出しましょう。あの烏の欠点を。

「一日一回、十五分が限度って言ってませんでした?」

「勇者、死ぬぞ」

 真顔でツッコミを入れた私達の前で、勇者様ががっくりと項垂れました。

 床に膝をついて、テーブルに懐いておいでです。

「それに神様を全滅させたら、勇者様を加護する幸運の女神も死にません?」

「そうなったら勇者も死ぬな。この運の悪さは相当だし、共倒れ決定か」

「今こうして生きておいでなのも、幸運の女神のお力が大きいでしょうしねー」

 勇者様の数々の悲運ぶりを思い出し、しみじみと語る私達。

 それがトドメとなったのか、勇者様は本格的に倒れ臥してしまいました。 

 段々リアクションが大きくなっていくけれど、これ、天然なんですよねー…

 作為も含むところもない天然の反応が、ゆっくりと磨かれていく様に感嘆としました。





 その後、計画の参加を呼びかける為に必要なことを改めて話し合いました。

 取り敢えず魅了どうこうの修行は後に回して、目先の困難回避に努めましょう。

 使者を騙くらかすには、村民の協力が必要じゃないかと意見が出ます。

 それには、協力を扇いで損はないだろうと結論が出ました。


 なので。

 その日の村民会議(という名の酒盛り)で事情を説明したのですが…。


「勇者さん、帰っちまうのか…!?」

 驚愕、まさにそれ。

 事情を聞いた村民の一人が、顔色を変えます。

 血相まで変わった様子で、勇者様に詰め寄りました。

 その迫力に、勇者様たじたじ。


「そんな、あと少しで『ゆうしゃのいえ』が完成するってのに…!」

「なんだかとても気になる名前なんだが、何の家だって!?」


 え、何が完成するって?

 謎の施設名に、私達は揃って首を傾げました。


 皆様は覚えておいででしょうか。

 (かつ)て、私の父の指示によって勇者様の家が建てられたことを。

 儚くも、その家は入居一日にして勇者様とナシェレットさんの喧嘩で倒壊しましたが…

 その後、確かに家は再建されることとなったはずでした。

 しかし話は決まったものの、家は待てど暮らせど一向に完成せず。

 それどころか本当に再建しているのかも謎で。

 あれから暫く経った今となっては、私達もすっかり忘れていたのですが。

 どうやらあの計画は、今も消えてはいなかったようです。

 そう、倒壊した家は生まれ変わろうとしていました。


 『ゆうしゃのいえ』という、施設として。 


 何でも、未来までも末永く、魔境を訪れた勇者専用宿舎にする予定だとか。

 まあ、数十年から数百年程度の周期で勇者様は絶えず魔境に来ますからね。

 その目的は、何れも魔王城の魔王様。

 となると、時にはハテノ村に滞在するのも珍しいことじゃなく…

 その度に、私達村長の家でお世話するのが慣例になっていましたけれど。

 改めて勇者専用の宿舎を作り、居場所を用意するのも無い話じゃないですよね。

 今更ながら、逆に今までなかったことの方がおかしいのかも知れません。

 私達は目に鱗の面持ちで、おおと感心してしまいました。

 着工している村人の一人が、楽しそうにその構想を語ります。


 何でも、未来の勇者が仲間を連れてきたことを想定して、最大十人が収容可能だとか。

 その人数が寛げる、大きな家を建てているという話です。

 

 だけど、それを聞いた勇者が顔を青ざめさせてしまいました。

 忘れてはなりません。

 そんな勇者様の仲間を志望する、貴族令嬢達がいることを。


「どうか勇者と仲間の家は分けてください…! 絶対に!

むしろ一人暮らし用の宿舎にしてくれないか!?」


 切実な様子で頼み込む勇者様は、恥も外聞もなく切羽詰まっておりまして。

 既に家の建設に取りかかっているという話を聞いて、真っ白になりながら。

 意地でも何としてでも、余計な仲間候補は絶対に排除すると、勇者様は心に決められたのでした。




 余談ですが、勇者様に与えられた神の加護

 陽光の神の激励/美の女神の寵愛/愛の神の暇潰し/幸運の女神の同情/

 選定の女神の期待(←勇者の指名)

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