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21.使者(という名の刺客)対策そのに

※訂正のお知らせ

  以前、勇者様の旅路を「三ヶ月」と表示していたことをご指摘頂きました。

  そちらは誤りにて、「半年」が正しい日数だとお考え下さい。

  此方の手違いにて、混乱させてしまい申し訳ありませんでした。

  今後は「半年」で統一させて頂きたいと思います。

 まぁちゃんがもたらした情報は、出てくるのが遅くても充分に素敵な物で。

 希望という光を見失って打ち拉がれていた勇者様がほら、あんなに元気。


「どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ!」

「いやさ、あの駄竜の主人はお前なんだから、勇者が駄竜と話し合って把握してるもんかと」

「必要に迫られた時以外ずっと壷に押し込めてるのに、和やかに会話するとでも?」

「封じてくれてるんなら、俺は万々歳だし。細かいことは知らないし?」

「まぁ殿、目を逸らさない! 顔を背けないで俺の目を見て言ってくれ」


 …うん、とっても元気。


 使者を頼らずに自分で戻る方法を見出した勇者様は、目が輝いていました。

 さっきまで、一週間前に死んだ魚みたいな濁った目をしてたのに。

 勇者様が活力を取り戻したので、アディオンさんもホッとしたみたいです。

 安堵の息をついて、今更ながら手付かずだったお茶を口に含みました。

 どう考えても冷めている、それ。

 

 口に含んだ瞬間、アディオンさんが噴き出した。


「ぶっっふぉぅ…!?」


 どうやら、アタリを引き当てたみたいですね。

 あまりの勢いに、動きを止めて勇者様とまぁちゃんが注目しています。

 げへげへと咳き込むアディオンさん、目に生理的な涙が…

「なん、なんですか、これ…!!」

「「お茶」」

「絶対に違います!!」

 おっと、私とまぁちゃんの声が見事にユニゾン。

 私達は顔を見合わせ、ハイタッチ。

 そうする間にもアディオンさんは喉を押さえてむせています。

 無理に叫ぶから、咳き込むんだよ。

「アディオン、何を呑んだんだ…?」

 恐る恐ると勇者様が、アディオンさんが放り出したマグカップの中身を確かめ…

「ぐぶふっ」

 一舐めで、噴きました。


 彼等が呑んだ物体Xもといお茶。

 先日、味覚がおかしいことで有名な蜥蜴の一族から頂いた物だったんですけど…

 ええ、どうやら自分で試さなくて正解だったみたいですね。←確信犯

 成分は完璧にお茶だし、調合もおかしな物じゃなかったのになー…

 普通の茶葉でどうやれば人が悶絶するのか、ちょっと好奇心がそそられました。


 さて、ちょっとした悪戯のお陰で見事に部屋の空気が変わってしまいました。

 まあ、先刻までちょっとぎしぎしと居心地悪い空気になりかけてましたし。

 勇者様がまぁちゃんに、鬼気迫る顔で食って掛かっていましたから。

 雰囲気明るい感じになりましたし、やっぱり今の方が良いですよね。

 人間の国出身の主従二人は、涙目で一心に水を飲み続けていますけれど。

 …水差し、中身を継ぎ足した方が良さそうですね。

 私は我が家御用達の湧き水「金剛火炎水」を水差しの中に追加しました。


 お茶の威力に常識人二人はノックダウン。

 でもこの方が話も進めやすいという物です。

 先程の話を、勇者様が蒸し返す前に。

 今の悪戯被害への憤慨を、アディオンさんが爆発させる前に。

 私達は次なる議題を提供しましょう。

 うん、些細なことはそれどころじゃなくなる様なヤツを。

 まぁちゃんが、言いました。


「ところで勇者、郷里(くに)には駄竜で帰るとして。迎えに来た使者はどーすんだ?」

「「…………………」」

 どうやら主従は声が出せないようです。

 仕方がないので、代わりに私がまぁちゃんの話に乗りましょう。

「勇者様、使者の方とはあんまり一緒に帰りたくなさそうだったよね」

「まー、そうだろな。だとして、一緒に帰らないのは確定だろ?」

「そうなると、使者さん達は双転石使って単独で帰るのかな」

「…大人しく、帰ると思うか?」

「え?」

「だって考えてもみろよ。これで勇者と別々に帰るなんてなったら、使者として与えられた仕事は全部全うできなかったことにならないか? 一緒に帰るのが仕事だったんだろ」

「ああ、そうだよね。それに裏に含む物として、勇者様と親密になるとか考えてたんだよね?」

「勇者が前に言ってただろ。既成事実作るのもお役目だって」

「わあ、勇者様………餌食になっちゃうのかな」

「…っま、まだなってない!」

 勇者様が無理をして叫んで、私達の間に割入ってきました。

 どうも黙っていられなくなってきたようです。

「そんでさー、勇者。俺としてはお前がまた魔境に来んのは分かり切ってんだから、魔境に留まってお前を待ちかまえつつ、その間に外堀を埋めるのがお役目的に一番的確なんじゃとか思うんだが」

「洒落にならない…いや、むしろ本当になりそうな具体的な予想は止めてくれ…!!」

「でも、考えておかないと対策できねーだろ」

「実際に一度置いて行かれていますしね…。まぁちゃんの言う通り、凄くありそう」

 どう考えても、追いかけるより待ちかまえる方が楽ですよね?

 うんうんと頷いて、私はつくづく納得してしまいました。

 勇者様不在の間に、魔境に根を張る肉食系お嬢様の図……うわ、怖っ!

 なんとなくイメージしてみたら、何故か女郎蜘蛛を思い出しました…。

「そんなことになったら、魔境から心安らぐ場所が消えてしまう…!!」

 似た様な物を連想したのか、勇者様ってば涙目。

 勇者様の顔から、ぐんぐん血の気が引いていきます。

 ただでさえ白い肌が、まるで石灰岩みたいに真っ白です。

 このままじゃ駄目だと、危機感が募ったのでしょう。

 勇者様が、私達の狙い通りに宣言なさいました。

「対策を、考えよう…!」

 まるで命がかかっている様な切実な叫びでした。

 さあ、そんな訳でどうするの、勇者様?


 考えれば考えるほど、さっきまぁちゃんの言った可能性は有り得る事でした。 

 この魔境まで来る様な女性達です。

 きっとただで済ます気はないでしょう。

 勇者様、真面目に貞操の危機に陥るかも知れません。

 不安なのか、勇者様は御自分の剣を強く握り締めておいでです。

 元は自衛の為に剣技を磨いたそうですが…性格的に、女性に手を挙げられる人じゃありませんし。

 剣技は無駄にはならないでしょうが、勇者様の直面する窮地を救ってはくれません。

 だから彼は自分で、助かる道を探さないといけないのです。

 

 だけどその為の道筋を示すくらいのお手伝いは、私達にもできます。

 ちょっと考えて、なるべく勇者様の心的被害が少なそうな案を出してみました。

「妥当なところだと、双転石を奪って使者さん達を転送させるか、勇者様も大人しく一緒に国に帰ると見せかけて、転送する土壇場で裏切るとかでしょうか」 

「あと、勇者が大人しく国に帰って、ナシェレットで戻ってくる案も追加しとけ」

「その場合、すんなりと容易く魔境に戻ってくる自信がない…」

 絶対に引き留められて遠回しなお見合い三昧だと、勇者様は頭を抱えてしまいました。

 式典を前にしていますし、その準備も割り振られて大わらわになるに違いないそうです。

 それは構わなくても、式典の準備にかこつけて、距離を詰めてくる女性達…

 ………そんな、他の野郎にとっては夢みたいな状況を想像し、勇者様が青ざめています。

 解放の救いが見えないから、それだけは絶対に嫌だそうです。

 希望は式典ギリギリに城に戻って、終わったら即座に帰ることだとか。

 そうはいっても式典以外にも色々とあるらしいので、式典だけに出ればいい訳じゃないとか。

 最悪でも式典一週間前にはお城にいないといけないそうですが。

「取り敢えず、基本は騙すか隙をつくかして、使者さん達だけ転送しちゃう…ってとこかな?」

「何にしろ、待ちかまえている俺達の方が有利だ。今の内に考えて、何か罠張っとこう」

 含みを持たせ、余裕顔で笑うまぁちゃん。

 いつの間にか、何やら勇者様と魔王が共闘する流れ。

 勇者様、お気づきでないようですがこれ、良いんですか?

 考えてみればよくある風景ですが、改めて首を傾げてしまいました。


 ふと、まぁちゃんが言いました。

「しかしまどろっこしぃよな。わざわざ罠に嵌めるのも面倒だったら、人間じゃ這い上がれねぇような穴でも掘って、突き落としちまうか? そうすりゃ勇者も安心じゃね?」

 わあ、珍しい。

 あまり聞くことのない、まぁちゃんの黒い発言ですよー。

 鬼畜発言とまでは言いませんが、それでも結構酷い。

 普段は此処まで露骨に黒いこと言わないのに、どうしたんでしょう。

「いや、まぁ殿…流石に貴族育ちの令嬢達に対して、それは酷いんじゃ…」

 勇者様も頭痛を堪える様な顔で、まぁちゃんを信じられないと言う顔で見ています。

「男に自分からちょっかいかけて追っかけるくらい図太いんなら、泥だらけくらい平気じゃね?」

「いやいや、それとこれとは違うと思う。どうしたんだ、まぁ殿。いつもは女性に優しいのに」

「まー、あれだ。(たま)には自分の肩書きを意識して、ソレっぽいことを言ってみよーかと」

「無駄な時に無駄に職業意識を発揮してくれなくても良いから!」

 ケロッとした顔で悪びれないまぁちゃんに、勇者様の顔が引きつっています。

 しかし普段、落とし穴がどうより酷い目に遭っている勇者様。

 それでも女性のみを案じられる彼は、やっぱり優しい人なのでしょう。


 まぁちゃんは悪いことを自覚ナシや、開き直ってやっちゃう人には結構容赦ありません。

 まあ、相手が社会的弱者なら多少は加減しますけど。

 女性相手でも、相手が悪いと思った時や必要と感じた時には平然と軽く制裁しちゃうんですよね。

 それも自分の身の回りに害有りと判断した時だけなので、無差別にやる訳じゃありませんが…

 今回、一番の被害者はどう考えても勇者様ですよね。

 そんな勇者様を苦しめる相手に、仕返しみたいなことを提案するなんて。

 まぁちゃん、勇者様のことを気に入っているなーとは思っていたけど。

 もしかして私の思う以上に、勇者様のことを既に内側の人間だと思っているんでしょうか。

 身内一歩手前、みたいな?

 どんな位置づけでも、勇者様の仕返しをしてやろうと思う程度に親しく思っているのでしょう。

 勇者様はどうか知りませんけど、まぁちゃんも勇者様をお友達と思っているのかも。

 大きく広がれ、親愛の輪! って感じかなー。


 私が友情について考えている横で、まぁちゃんがボソボソ何かを呟いていました。

「………それに今の内に、さっさと不安要素は排除してーよな。

勇者の側近くにいることだし、万一にもリアンカに害をなさねーか、心配でなんねぇ。

嫉妬に狂った女は、何するか分かったもんじゃねーし。手段は講じておかねーと」

 それを耳にした勇者様が、顔を青ざめさせて視線を伏せてしまいます。

 

 ぽやぽやと、微笑ましい気持ち。

 温かな気持ちで勇者様とまぁちゃんを見てしまいます。

 ぼんやり頭の平和なことを考えていましたので。

 私はするっと聞き逃し、まぁちゃんの呟きを耳に留めることはありませんでした。




「……………」

「…ん、どうした? アディオン」

「いえ…その」

 奇妙に怪訝げな顔で、アディオンさんは歯切れも物言いたげで。

 どうしたことでしょう。

 私達も首を傾げて、アディオンさんを見てしまいます。

「その、先程…彼が役職に相応しく、と言われましたが」

「あー…言ったな。確かに俺の肩書きがどーのって言ったわ」

 黒い発言云々の時ですね。

 まぁちゃん認めて頷いています。

 そのまぁちゃんに、アディオンさんが顔を曇らせて、


「役職に相応しく、とは………貴方は何者ですか」


 ああ、当然と言えば当然の疑問。

 さして詳しい紹介もしていないし。

 何かしらの役職を持っていて、それに相応しいのが黒い発言。

 となれば、確かに何者か気になることでしょう。

 考えてみれば、まぁちゃんの名前すら誰も言っていません。

 お陰でアディオンさんも、呼びかけにくそう。


 さて、そろそろ暴露してみよーかなと。

 相手が勇者様の従者では、隠している意味もないですよね?

 明かしても、良いんですよねー?

 にやりと笑って悪戯心が疼きます。


「魔王だけど?」


 だけど!

 私が何かを言うより早く!

 まぁちゃんに楽しみを奪われましたー…っ!


 それはね、確かに私が言うことじゃなかったかも知れません。

 だけど、だけど…!

 まぁちゃんが自分で名乗っちゃうなんて!

 私がそれやりたかったのにぃ…!


 にんまりと得意げに、まぁちゃん。

 そんな魔王様を御前に。

 アディオンさんが笑える顔で石の様に固まってしまっていました。


 わあ、どっかで見た光景。

 思いっきり誰かのことを彷彿としますね。

 ちらりと横目で勇者様を見て、忍び笑いを漏らしつつ。

 私は思いました。

 この人まで引き籠もっちゃったら、それはそれで面倒だな、と。





勇者様とアディオンさん、良く似た主従ですこと(爆笑)


その後の主従の会話。

「殿下、なに魔王と馴れ合ってんですか…!?」

「深くは聞かないでくれ…」

「相手は、魔王なんですよね!?」

「それはそうだけど…魔境の者は確かに邪悪だったり、奇特だったり、おかしかったりする。だけど…何故か憎めないんだ………」

「殿下………………それは毒されておいでです」


 諸々手遅れの勇者様。


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