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20.使者(という名の刺客)対策そのいち

1/26 誤字訂正

 お国に帰らないといけない。

 その理由に思い至ってから、勇者様は意気消沈していました。

 特に、迎えの使者と合流しないといけないことに気落ちしています。

「勇者様、帰っちゃうんですか?」

「ああ……帰らないと、いけない…ん、だろうな…」

「物凄く歯切れが悪いな」

「そういう心情なんだ。慮ってくれ…」

「でも勇者様、まぁちゃんを倒すまで国には帰らないって言ってませんでした?」

「ぐふ…っ」

 あ、勇者様の心にクリティカルヒット。

 なんだか会心の一撃を放っちゃったみたいです。

 勇者様は先程以上に肩を落とし、情けない困り眉で。

「………また、来る。式典が終わってから、また来ても良いか?」

「それは構いませんけれど…」

 うん、それは本当に構わないんだけどね?

 不安そうな勇者様にこんなことを言うのは気が引けるんですが…


「でももう一回こっちに来るとして、その時にも追っ手を振り切れるんですか?」

「ぐ……っ」


 ………勇者様が呻いて、(うずくま)ってしまいました。

 どうやら、心に痛い一撃だったみたいです。

 相変わらずメンタル面の弱い勇者様。

 しかし復活の早い彼のことです。

 直ぐに立ち直るはずなので、私の胸も特には痛みません。

 まぁちゃんは呑気に、今回は何分で復活するかとカウントを取っています。

「ちなみに、勇者様のお国から魔境までどのくらいかかるんですか?」

「………全力で急ぎに急いで、半年…」

「式典は何時なんですか?」

「…予定が以前と変わっていないなら、来月」

「ああ、それじゃあ使者と一緒に双転石で帰るしかないですね」

「ぐ……っ」

 おっと、大変です。

 どうやら私、追い打ちをかけてしまったようですね。

 改めて距離の遠さを突きつけられ、勇者様が心臓に大打撃!


 そんな私達の何とも言い難い一連の行動。

 奇妙に見えるのでしょうか、アディオンさんが思いっきり疑いの目で私達を見ています。

 初めて会いましたが、アディオンさんは忠勤の人です。

 それはいくらなんでも私にだって分かります。

 だって遙か西の国から遠く魔境まで従って来ちゃうような人ですよ?

 生半可な忠誠じゃ、そんなことはできないでしょう。

 …アディオンさん、見るからに文官っぽくて強く無さそうだし。

 さて、彼の目には私達はどう見えているのでしょう…?


「失礼ですが、」

 内心で反応を窺っていた私達。

 意を決した様にアディオンさんが話しかけてくるまでに、時間はかかりませんでした。

「あなた方は…特に、貴女は我が君とどのようなご関係で…?」

 全力で怪訝そうに聞かれてしまいました。

 本気で分からないようです。

 微かに滲む警戒と疑いは、勇者様の女難の宿命(さだめ)故でしょうか。

 勇者様ご本人も、以前言っていましたからね。

 ――「女性と友人なんて、なれる訳がないと思ってた!」って。

 力強く断言する勇者様に、ちょっと哀れみの涙が出そうになった思い出です。

 そんな勇者様の詳細な過去を、直ぐ傍で逐一見守っていたのでしょう。

 きっと、時にはそんな勇者様を助けてきた筈です。

 アディオンさんの緊張感溢れる視線は、がっちりと私に固定されていました。

 有事の際には、体を張ってでも勇者様を救出しようという意気が漲っています。

 茶化すのも悪いかな、と思いましたが。

 ちょっとだけ、その忠心ぶりを見てみたくなりました。

「ちなみに、どんな関係をご希望です? いえ、どんな関係だと思われますか?」

 尋ねてみたら、考え込まれました。

 全力で難しい顔をしています。

 そんなに考え込むようなことなのでしょうか…。

「最初は定番通り、我が君に対するつきまといか何かかと思いましたが…その割には、我が君の態度が妙です。変に気安いというか…警戒が見えません。それどころか、気を許してさえいるように見えます。しかし我が君に限って、それはないと…」

 ………どうやら、そんなに考え込むようなことだったようです。

「疑念と猜疑心に塗れておいでですか。

これで私が勇者様に仇為す存在だったら断罪されそうな勢いですよね」

「………仇為すおつもりですか?」

「結果的にそうなることがあろうとも、私は勇者様を酷い目に遭わせるつもりはありませんよ。

だって憎い訳じゃありませんし」

「……………」

 私は今のところ、正直な心内しか話していません。

 その内容の真偽を計ろうと、私をじっと見つめてきますけど…

 やがて、はっとした様子で忠実なる従者さんは顔を上げました。

 その顔面に、驚愕が彩られています。

「まさか、本当にまさかですがもしや殿下に我が世の春到来ですか!? 本当にまさかですけど!」

「そこまで言われるって、勇者の女難どんだけだよ」

 まぁちゃんが呆れて、全力で脱力しておりました。

 暴走しているわけではありませんが、話運びが微妙な方向に転がりそうです。

 私は騙す気なんてこれっぽっちもありません。

 だから、早々に正直なところを教えてあげることにしました。

「おともだちです」

「………は?」

「だから、私と勇者様の関係はお友達ですってば」

「まさかそんな、殿下に女性のご友人っ…!!? これは何の奇跡ですか!!」

「え、そんなに驚くの…!?」

「殿下、殿下おめでとうございます! 真面目に生きていれば、良いことある物なんですね…」

 終いには天を仰いで祈りを捧げ始めました。

 え、そんな反応見せられて、私にどうしろと…。

 戸惑う私。

 未だ復活しない勇者様。

 そして腹を抱えて笑うまぁちゃん。

 だけどやがて、笑いの発作を治めたまぁちゃんが、真面目な表情で顔を上げる。

「ところでお前ら、友達だったのか?」

「え、何だと思ってたの…?」


「被害者と加害者」


 まぁちゃんは、己の思うところをずばっと口にしてくれちゃいました。

 初見の人を前に、誤解を招きそうですね。

「私達のことそんな風に見てたの、まぁちゃん酷い! 別にあながち外れてもないけれど!」

「って、自覚あったのか!?」

 あ、勇者様が復活。

 ツッコミどころを提供すると、本当に復活が早いですね。

「勇者様、それってどういう意味です…?」

「いや、ああ、うん、なんだ……ははは」

「笑って誤魔化しても駄目ですよ!」

 うっすら透けて見えた本音に、私は笑顔で詰め寄ります。

 勇者様は明後日の方向へと視線を逸らしながら、さり気なく距離を取って…

 逃げそうな雰囲気だったので、勇者様のスカーフの両端を掴んで引き留めました。

「何処に逃げる気ですか、勇者様」

「……………」

「先程、逃げ場は…逃げる猶予はないと自覚されたばかりでしょうに」

「いや、今はそれとは別件でとても逃げたい気分なんだ」

「逃がしません」

 にこっと笑って。

 私は勇者様の腕をがっちりと掴みました。

 別に、勇者様が本気になったら私程度の力は容易く振り払えるでしょう。

 でも、ですが。

 勇者様はお優しい方ですから。

 弱い私を無碍にすることはできないし、乱暴なんて以ての外。

 無理矢理に腕を振り払うなんて、勇者様にはとてもできないと分かっています。

 それを分かっていて、私は微笑みかけるのです。

「それで、先程の言葉の真意を窺いましょうか…?」

 勇者様の顔が引き攣り、そして…

 

 私は勇者様の麗しい御尊顔に、顔料でヒゲを描いた当たりで勘弁してあげました。

 白いお肌に、異質な黒いヒゲがとてもよく映えておいででした。


 →勇者は「ドラえ●んヒゲ」を装備した!

  かっこよさが1下がった!


「………ま、あの二人はあんな関係だ」

「仲が良さそうではありますが…コメントは差し控えます」

 呆れたように見守る二人の視線が、ちょっと痛かった。

 苦笑いで主を見守る従者さんの視線は、温かい。

 …温かいを通り越して、生温い。

 それに気付いた勇者様が、気を取り直すように咳払い。

 だけどほっぺたのヒゲが間抜けすぎて、全然しまらないよ。

 笑いを堪える私達。

 気付かない勇者様。

 自分じゃ、どんなヒゲを描かれたのか分かりませんものね。

 勇者様は自分が今、どんなに間抜けになっているかも知らず。

 困ったように考え込んでいて。

 その顔が真面目であればあるほど、滑稽さがましているんだけど。

 誰も黙って指摘しないまま、勇者様の滑稽さを愛でていました。

「…だけど、気が重いな。決して悪い人間ではないと分かってはいても、彼女達と合流しなければならないなんて。この魔境とも、長く離れなければならないかと思うと…」

 ぶるっと。

 勇者様の肩が震えました。

 凄まじい悪寒に襲われたと言わんばかりです。

 何を連想し、思い出したのでしょうか。

 魔境の外はそんなに怖いのでしょうか。

 それともお迎えの使者が怖いのでしょうか。

 魅了耐性のない女性と顔を合わすのは、気が進まないのでしょう。

 やがて悪寒に耐えられなくなったのか、勇者様は盛大にブルブルと震え始めました。

「い、嫌だ…っ 修羅の群れに飲み込まれる! あれは正に生き地獄だった!」

 やがて取り乱したように、激しく現実を拒絶し始めました。

 勇者様、お気を確かに!

「…どんなトラウマが刺激されたら、基本は落ち着きのある勇者様がこんなになるんでしょうね」

「聞いてやるなよ」

「そっとして差し上げてください…」

 あまりに哀れなお話ではありますが。

 どうやら息のしやすい魔境という環境を知ってしまった後となっては、魅了耐性のない恋に狂った女達が余計に恐ろしくなってしまったようです。

 そうですよね、どんな不幸も「それ以上」を知って初めて不幸と気付く物。

 比較対象として「マシ」な体験をしないと不幸だとは思えない物です。

 勇者様に狂わない女達、そのまともな対応を知ってしまった代償のようなものでしょうか。

 このまま人間の国に一人で(アディオンさんはともかく)戻して、勇者様は大丈夫でしょうか。

 正気で耐えられるのでしょうか…?

 なんだか、物凄く心配になりました。

 誰か、勇者様を助けてあげる人が必要なんじゃないでしょうか。

 不安に駆られて、まぁちゃんを見上げます。

 まぁちゃんも私と同じく、哀れみと不安の目で勇者様を見ていました。

 勇者様、本当に哀れ。

 魔王に女難を同情される勇者様って、何なんでしょうか。


 あまりにも哀れだったからでしょうか。

 それともただ単に、今に思い出しただけでしょうか。

 ふと、まぁちゃんが言いました。



「そういや駄竜(ナシェレット)に全速出させりゃ、勇者の国までかかって三日、ってとこだったはずだぜ?」



 嘆いていた勇者様が、ぴくっと、小さく反応して。

 部屋にいた全員の注目が、まぁちゃんに集中しました。


「いま、まぁ殿、なんて…?」

「ん? だから、真竜の翼なら大陸の西まで三日」

「それを早く言えーっ!!」


 噴火した勇者様が、まぁちゃんに大激怒。

 うん、まぁちゃんも早く言おうね…。

 一人何のことかわからないアディオンさんを置き去りに、私達は驚き騒ぐのでした。

 ナシェレットさん、活躍という名の酷使の予感。




勇者の心境

「………旅路に費やした俺の半年間は、一体…」

 凄く虚しい模様です。


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