1.剣士襲来そのいち
「4」の最後に予告した通り、「5」の始まりです!
今回もアレな内容で進んでいく予定ですが、皆様大丈夫ですね?
よくわからない、前作までを知らないという方は前作までをご参照下さい。
前作を知らない方には唐突とも思えるイキモノがいたりしますので、ご注意下さい。
それは麗らかなある日のこと。
「あそこが、そうか………ってか、予想以上に分かりやすいな」
若干呆れ気味に呟いて、男は歩みを再開した。
遠い道程を、一歩一歩確実に歩んできたこと。
それが果てしもなく遠く、そして苦難の道程であったこと。
それを見ただけで窺わせる、草臥れた身形の男だった。
だけど草臥れても尚、活力に満ち溢れた男だった。
身に纏う装束がどれだけ擦り切れても、武器が摩耗しても。
鎧に大穴が空いていても………大穴?
男が纏う鎧の腹部には、明らかに貫通した跡が鮮やかに残っていた。
あれ、何で無事なんですか、このひと。
見る者に疑問を与えながらも、男はしっかりとした足取りで。
そうして、旅の初めから変わらぬ目的に向かって、歩みを進める。
目指す先に聳えるのは、黒き百千の塔。
連なり、天を突き刺すようなその姿。
天に徒なす黒剣の城。
魔王城。
それ以外に相応しい名など無いと、威容を振りかざす城。
彼は目指す。
まるで天に徒なす闇の城……ではなく、そのお隣の牧歌的な村を。
何処からどう見ても異常な環境に対して異質な、平和ぶり。
素朴にのんびりと穏やかな空気を醸し出す、不思議な村。
魔王城に最寄り過ぎるというか、最寄りにも程があるというか。
ほぼ隣接する勢いの、初めて見る者を混乱と混沌に誘う村。
名はハテノ村。
人々はその村を、人類最前線と呼んだ。
しかしあまりにも、その村は位置が最前線過ぎた。
「…って、ちかっ!! いやいやいやいや近すぎだろ! 近いにも程があんだろ!?」
男は、初めて村を訪れる人間の8割と同じ言葉を呟いた。
道を聞いた相手、誰もが「見れば分かる。実際に行ってみろ」と言ったものだ。
その言葉の真意を、男は我が目で確かめる。
懐疑的に、異常な物を見る目。
「……………大丈夫なのか、あの村」
心配そうな顔つきで、男は村へと歩いていった。
男の名はセンチェス・カルダモン。
遠く人間の国から来た、腕利きの剣士である。
今日も今日とて、勇者様は修業中。
何か色々と吹っ切れたのか、最近は割り切った感が漂っています。
どの位、割り切ったのかと言いますと。
「あれ、勇者様。今日もヨシュアンさんに修業付けて貰うんですか?」
「ああ。今は空からの攻撃に、どう対策立てるかを実践しているんだ」
「ご苦労様です。でも染められてこないでくださいね? 村のお姉様達が泣きます」
「あ、ははははは…(空笑い)」
なんと、宿敵であるはずの魔族に稽古を付けて貰う開き直りぶり。
うん。開き直りすぎですよね。
ちなみにヨシュアンさんに稽古づけてもらう報酬は、修業後のお喋り1時間だそうです。
( → 勇者様の故郷での女難話:ネタ提供)
元手はタダだけど、過去を振り返ると精神ががりごり削られると、物悲しそうに仰ってました。
そんな思いをしてまで、自分磨きにかける勇者様はご立派だと思います。
ちなみにヨシュアンさんの次回作は、粘着質でストーカー気質の主人公が病んでる系の相棒と大活躍するホラーテイスト大活劇(だがしかし艶本)だそうです。
どんな話か全く想像できませんが、読もうという気が全く起きません。
リアリティに迫りたいから勇者様の感想が欲しいとヨシュアンさんは言っていましたが。
私だけでなく、きっと勇者様も読もうとはしないでしょう。
何よりもまず、トラウマが刺激されるだけでしょうから。
でも勇者様の最終目標/魔王退治なのに、協力して良いんですか? 魔族の軍人さん達…。
我が従兄ながら、まぁちゃんに関してはまぁちゃんを倒すよりも世界を滅ぼした方が早くね? って感じなので、魔族の皆さんも安穏と構えているのかも知れません。
勇者様、どんだけ強くなっても無駄なんじゃ…
だけど、頑張ってますよね。
応援しちゃおうかなって、思わせてくれるくらいには。
だから今日も、私はお弁当を届けに行きます。
まぁちゃんと3時間かけて完成させた、『魔王弁当(鮭)』を。
味は料理上手な母の保証付き☆です。
これを食べた勇者様の精神がまたがりごり削られるかも知れない。
うっすらそんな予感はしつつも、私はお弁当を鞄に詰めました。
だって、想像したら楽しそうだったんだもの。←確信犯
「こぼすなよ。だけど温かい内に」というまぁちゃんの無茶ぶりに応えるべく、私は急ぎます。
多面的な鍛え方をしたいとかで、勇者様は最近修行場にも凝っています。
勇者様は自分を追い込む趣味でもあるのか、今日は足場最悪の岩山で修行中です。
そんな場所に行ったら、ヨシュアンさんに有利すぎて勇者様死なないかな?
不思議に思いながら、私は村を飛び出しました。
「ちょいと其処行くお嬢ちゃん」
そうしたら、見知らぬ謎の人に声をかけられました。
あれ? 誰でしょう。
私が知らないって事は、もしかして余所者ですかね?
よく見たら、どうやら人間さんみたい。
となると、完全に余所者でしょう。
私が知らないと言うことは、向こうも私を知りません。
当然私の後ろ盾も知らないのでしょう。
そんな相手には、何をするか分からないから注意するよう言い聞かせられているんですけど…
「どちらの方か存じませんが、私になにか?」
「あ、言葉通じた!」
「何語でも結構ですよ。それで何か…」
「何語でもって…マジかよ」
「マジです。マジマジ」
「え、じゃあ…『この言葉分かる?』」
「『分かりますよー。北方エムエルエス語ですよねー?』
謎の人が、ぽかんと口を開けて驚いている。
目を見張り、私の顔を見入る謎の人。
「あんた、どこの学者だ…教養ってレベルじゃねぇだろ」
「いえいえ、偶然そこ出身の知人がいるだけですよ」
例によって、魔族の拾い子です。
年回りが私達に近いので、子供の頃はよく遊んだものですよ。
「知人? あんな遠方の人間がこっちにもいるのか…」
驚き顔で感心する男の人。
年齢は………少なくとも、私や勇者様よりは年上ですね。二十歳超えてそう。
短い茶髪が健康そうと言うか、爽やか健全!って感じで好感が持てます。
ただ目がアレですね。これは村でもよく見ますよ。
完全に、悪戯坊主と同じ目をしていました。
うん。内面は全然爽やかじゃ無さそう。
遠くから来たのか、旅装姿もボロボロで。
なのに陰りなくカラッと笑うお兄さんです。
…随分と、メンタル面が強そうな感じですね。図太そう。
鎧の土手っ腹に空いた穴が物凄く気になるんですが…どちら様?
私が疑惑の目で見ていると、男は苦笑気味に後ろ頭を掻く。
仕草だけ見ると、本当に爽やか。
「ちょいと聞きたいんだが、此処は人類最前線で合ってるか?」
「できれば村名で聞いてほしかったところですが、間違ってはいませんよ」
「じゃあさ、勇者いるか?」
「勇者イルカ?」
海洋性ほ乳類?
「え、ちょっとニュアンス違わないか!? 発音おかしかったよな、いま!」
「気のせいじゃないですかねー…それで勇者様がどうかしました?」
「ああ、知ってるなら所在教えてくれないか?」
「安くないですよ」
「金取るのか!?」
吃驚した目のお兄さん。
おやおや…コレは中々、よろしいツッコミで。
何やら勇者様と、同類っぽい匂いが微かにします。
どういうご関係でしょう。
「お兄さんは、勇者様の所にご案内してもいい人ですか?」
気になったので、率直に尋ねてみました。
まあ、案内しちゃ駄目な人でも、そんなことは自己申告しないでしょうと分かってはいます。
だけど何となく、このお兄さんが何と答えるのかに興味がありました。
「おう。案内して良い人だ。俺はセン。勇者の古馴染みさ」
「馴染みの人なら、大丈夫なの? 馴染みの刺客とか言いませんよね」
「刺客じゃねーし。それに俺、女じゃないだろ?」
男だから案内しても大丈夫と、どうやら言いたいみたいで。
そこまで言うならと、試しに案内してみることにしました。
拙い相手だったら、冥府送りにすれば済む問題ですよね?
出先にはヨシュアンさんもいるはずですし、滅多なことにはならないでしょう。
綺麗に隠した内心で物騒なことを考えながら、私はにこやかに先導しました。
行き先は、我がご先祖『檜武人』の祀られた崖山。
その中腹にある、危機感ギリギリの岩棚です。
いざ連れて行ってみると、崖山を見上げてセンさんは唖然。
垂直に切り立つ崖の果てを見上げて、センさんはひっくり返りそうだ。
かつての勇者様を彷彿とさせる反応を見るに、人間の国では滅多に見ない難所なのでしょう。
「……ここ?」
「此処です。正確に言うなら、此処の中腹当たりにある岩棚に」
「こんなとこで、何やってんの…?」
「鳥になるそうです」
「!?」
「あ、間違えました。鳥に勝ちに行くそうです」
「!!?」
正確に言うなら、「鳥の性質を持った魔族に」ですが…
済みません、出来心です。
このお兄さんがあまりに良い反応をくれるので、つい。
「それじゃ、勇者様に会いに行く為にも登ってください」
「登ってくださいって…え? 此処から?」
「此処以外も全部こんな感じですが」
「え? 登りやすそうな場所とかは…」
「檜武人の廟まで行くのに楽をしようなどあるまじき、と言って先人達が悉く潰したそうですが。何処も等しく此処と一緒です」
魔族さん達はやることが徹底しています。
そうして今。
その為に苦労を背負ったお兄さんが、呆然と立ちつくしていた。
まあ、今回は廟への参拝じゃありませんし。
用があるのは勇者様にだと言うことなので。
仕方がないので、今回ばかりは運んであげることにしました。
巨大でロックな鳥を見て、センさんの目は更に丸く見開かれた。
「おいおい…本気で何者だよ、この娘………」
疑惑に満ちたセンさんの呟きは華麗に黙殺して。
さあ、目指すは崖の中腹!
登っていく途中で、岩棚から転がり落ちる山羊と三回ほどすれ違いました。
「山羊も転がり落ちるってどういうこと!? 此処に住んでるんじゃないのか、あの山羊!」
「此処はそう言う場所です」
「え、その一言で済ましちゃうの?」
「それ以外になんて言えば良いんですか」
「いや、あの山羊の安否とか…」
「あの山羊さん達は環境に適応して無敵の防御力を誇る山羊毛に覆われているので、落ちても多分死にませんよ」
現在地点:標高500mくらい?
「山羊強すぎだろ!! なにその生命力!? 何の冗談だ!」
「山羊は山岳最強の生き物ですよ?」
「それは魔境の常識なのか……?」
「いえ、この崖山だけの常識ですけど。他の場所には他の場所で、それぞれに突飛な生き物がいますのでお楽しみに」
「わー超期待しちゃうー…(棒読み)」
虚ろな目で鳥にしがみつくセンさんは、そっと山羊から目をそらす。
そのまま全てを忘れることにしたようでした。
甘いですね、センさん。
この程度の現実を直視できないようじゃ、魔境じゃやっていけませんよ?
勇者様でさえ、今では転落する山羊と擦れ違っても動じません。
……勇者様の精神が擦れすぎてきただけでしょうか?
いや、でもこの前にぼそっと何か言っていましたね。
何でしたか………
…「転落に備えて、じゃなくて転落しないように適応しろよ…」とか言っていた気がします。
うん、山羊のことですね。
…目をそらすようになっただけで、動じていない訳じゃないんでしょうか。
今度、本人に確認してみようと思いました。
ちなみにこの崖山に生息する山羊はアンゴル種モア山羊と言いまして。
その毛は行商人に高値で売れるので、私達も重宝しています。
熊獣人の一撃にも耐える、優れた耐久性と防御力が売りです。
毎年、モア山羊が山から下りる時期になると、一斉に捕獲して毛狩り祭が始まります。
(毛刈りにあらず。)
魔境の住人はお祭り大好きですので大盛況に皆が騒ぎます。
一番多く毛を手に入れた猛者には、皆で麦酒を奢るのが習慣です。
…モア山羊の抵抗、凄まじいですからね。
去年はりっちゃんが跳ね飛ばされて入院していたなぁ…しみじみ。
今年は誰が入院するのかな? ←誰かが入院するのは定番。