17.剣士の身の振り
今回はまぁちゃん視点になります。
リアンカを部屋から閉め出した後、びしょ濡れの男達が大体身なりを整え終わった後。
一息吐く野郎共の中からセン…?何某かを選んで俺はじっと見据えた。
魔族を(誤解を含みつつも)恨み、憎んでいると口にした男。
敵と口にした通り、魔族であることを明かした俺に、敵愾心を隠さない視線を送ってくる。
さて、そろそろじっくりと話でもするべきかね。
「さてこれで、魔境で魔族を敵に回すとどんな面倒臭ぇことになるか…
…最初の予定とはちっと違うが、大体わかったか?」
「……………」
セン何某は、何も言わない。
だけどたった今、魔族を害そうとした結果を味わったばかりだ。
魔族と、それ以外の…人間の恨みを買った事実を目の当たりにしたばかり。
さて此奴は、一体どんな反応に出るのやら。
そんなつもりはなかったと言うか?
それとも魔族の肩を持つ奴も、皆敵だと言うか?
そのお前の隣にいる、執着を持った相手…トリストも、魔族の肩を持つ一人だ。
それを実感した後で、お前はどんな反応を見せる?
執着から懊悩するのか。
それとも執着を断ち切って、其奴も敵だと判じるのか?
できれば、どろどろと面倒な愛憎劇を繰り広げて欲しくはねーんだが…本当に面倒臭いし。
この村にはずっと平和でいて欲しいって、俺は本気で思ってるんだぜ?
それにこういう奴は、最終的に「魔王が全部悪い」とか思い切って立ち向かってきてくれちゃったりするんだよ。
そうなったら悪くなくても、なんだか俺が悪い気がしちまう。
こんな弱っちいのが一所懸命向かってくるんだ。
それだけで、可哀想になる。もう、居たたまれないくらいに。
ごめんなー? 俺、お前みたいに弱いのに負けてやることはできねーんだよ?
そんなことを口に出したら怒りを煽るだけだし、苛つくだろ。
分かり切ってるから、言わないけどな。
あまりにも可哀想なんで、なんとか恨み辛みは思いとどまってほしーんだよな。
恨みも、まあ大部分は誤解だったことだし。
まあ、魔族が悪いのは変わりゃしねーんだけど。
ちょいとお灸を据えるつもりで、魔族を敵に回すと面倒臭いと思い知らせるつもりだった。
本当だったら、予定じゃ違う方面から攻めるつもりだったんだが…
まあ、これはこれで良いだろ。
魔族のシンパ(の、中でも一際特殊な者共)が、魔境には確かに存在する。
魔族を敵に回すってのは、魔族だけじゃなく魔族に共感・支持する者も敵に回すってことだ。
それなりに共存共栄している種族が、魔境にはそれなりにいる。
実益重視の提携だけで、結構なもんだ。
交流のない奴らでも魔境の今の秩序が乱れるのを嫌って、不穏分子を排除する奴らがいる。
魔境には魔族も人間も、妖精も精霊も、獣人も竜種も、魔物も魔獣もいる。
それ以外にも半神やら神獣やら、国津神やら道祖神やら妖怪やら何やら。
数え切れねーよ! って軽くキレるくらいの多種多様さが展開してる訳だが。
それら全部を敵に回す気は、この男にもねえだろう。
やってやるとか剛毅なことを言い出したら、殴って止めるしかない。
それこそ、全部を相手にしてたら人間一人じゃ身が保たねーよ!
その一端を思い知らせることに、結果オーライでなったと思う。
それでセン何某の反応は…
「……………」
「…………………」
「………………………………」
何故か、部屋の壁際で固まっていた。
はて?
首を傾げていたら、呆れ顔の幼馴染み達に肩を叩かれた。
「まぁ太……」
「まぁちゃん…」
「なんだよ?」
「何を考えていたのかは知らないが、」
「思考回路でどんな結果が出たのかも知らないけど、」
「「気配と魔力が駄々漏れだ」」
二人に指摘されて、思わずきょとんとしちまった。
改めて見てみれば、セン何某は壁際で硬直しつつ、だらだらだらだらと脂汗が滝状態。
ついでに視線を流してみたら、勇者が臨戦態勢になってこっちを警戒している。
「しまったな…」
つい、うっかりうっかり。
どうやらちょいと気が緩んでいたみたいだ。
そんな俺に苦笑いしながら、豹の獣人はセン何某の背中をパンッと叩いて。
体の硬直を解いてやりながら、微笑み交じりにこう言った。
「魔族を敵に回すってことは、あのまぁちゃんともやり合わなきゃなんないってことだぜ?」
「………っ!?」
舌の強張りが中々解けないらしく、セン何某は声が出ない。
しかし声がなくともハッキリ分かるくらいに、その顔が青ざめていて。
呼吸困難に喘ぎながら、目は見開いて俺を凝視している。
視線を逸らしたら、食われるとでも思ってんのかね。
絶望の味を漂わせる有様は、見るからに哀れだった。
極度の緊張状態から停滞し、滞る部屋の空気。
呑気なのは俺の気配に慣れた幼馴染み。
トリストとフィンサは俺など気にもせず、てきぱきと着替えた後の始末に忙しそうだ。
皆の脱いだ濡れた服と、体を抜いたタオルをバケツの上で絞って、窓から干して。
あまりにも日常過ぎて、そこを見ると脱力しそうだ。
だけど、まあ、セン何某は緊張したままだし。
人間にしちゃ破格の強さを持つ勇者だって、居心地が悪そうだ。
先刻、俺がついうっかり駄々漏れにしちまった気配のせいなんだろーが…
俺も、気まずいし居心地わりぃ思いを味わっていた。
そんな部屋の空気を塗り替えたのは、さっき閉め出された俺の可愛い従妹殿で。
「みぃんなぁ、もう部屋に入って良ぃーい?」
間延びした声が、部屋の緊張感をびりびりに引き裂いた。
なんて呑気な声を出すんだ。
まるで眠たそうな猫みたいに、柔らかな声だった。
ドアを開けてやると、嬉しそうに笑顔。
「あったかい飲み物、持ってきたよ」
そう言って、部屋に入ってくる。
…リアンカを追いかけていったロロイが、何故か鍋を持っているのが凄まじく気になったが。
部屋の雰囲気を変える良い息抜きかと、俺は気にしなかった。
ちょっと考えれば、ここで凄まじくツッコミ入れても良かったのに。
飲み物と称して、リアンカが皆にマグカップを配る。
ロロイが机の上に、鍋敷と鍋を置いて。
お玉を手に、立っているんだが………
「……………リアンカ、これはなんだ?」
「あったかい飲み物☆ですが」
「うん。それは良いから、これは?」
熱いほどに温かく、香ばしい匂いの立ち上るマグカップ。
遠い様々な場所と密かに交易のある魔境では、そこまで珍しくない中身。
独特な匂いと味は、一度味わったら忘れられない。
その中身の正体を、リアンカはあっさりと口にした。
「カレーです」
マグカップからは、スパイシーな香りがした。
ごろごろと大きな具が、見え隠れ。
烏賊と、帆立と、魚の切り身と…シーフードカレーか。
カレースープですらなく、そのままカレー。
スープのようにさらさらしてない、どろどろのカレー。
何故、マグカップに入れて出した。
そして米かパンかナンか…主食は何処だ。
「マグカップでそのまま一気飲みしろと言うのか!?」
状況を認識した勇者が、ツッコミを入れた。
俺達の心境を代弁、ありがたや。
俺達はマグカップを片手に、困惑している。
確かに、体は温まるかも知れないが…
意外すぎるチョイスに、固まっていたセン何某すら動揺している。
奴のだけ、何故かマグカップですらなくジョッキだった。
なんだ、その特別扱い。
特別扱いの意図が、よくわからない。
まぁちゃんは今、ちょぉぉぉっとリアンカちゃんの考えが理解できないんだが。
本当に、何故これを選んだ…。
いつもなら「楽しければいっかー」で済ます様な俺も、自分にまで出されると気になった。
いや、さっきまでの深刻な部屋の空気とのギャップに動揺してるのか? 俺が?
細かいことが気になるのは、混乱でもしてるのか?
いや、それはない………よな?
ちょっと、自分で自信が持てなかった。
ふと、思い出すようなトリストの口調。
「そう言えば、昨夜はカレーだったな」
「二日目だから、美味しいよ☆ って孤児院のみんなに勧められてコレにしちゃった」
「そんな、得意げに言うな…」
飲み物で何故かカレーを持ってきたリアンカが胸を張る。
まぁちゃん的に、カレーは飲み物じゃなくて食い物なんだが。
さっとロロイの方へ視線を走らせると、動じることなくお玉を掲げてきた。
お前もやっぱり共犯か。
そしてどうやら、やっぱり鍋の中身はカレーらしい。
カレーばかりおかわりを持ってこられても。
主食がないと食べづらいだろ…?
頭を抱える勇者。
苦笑する俺。
フィンサは、首を傾げてトリストの肩を叩く。
「トリス、そういや茶葉が切れたから買い出しに行くって言ってなかったか?」
「ああ、そうだった。今日、訓練の帰りに買いに行く予定だった………ん、だが」
「……俺らがこのセン何某を連れてったから、うっかり忘れた訳か」
つまり、今この孤児院にカレーはあっても茶はないらしい。
事情は分かった。
こうなった経緯も。
「だけど、それでもやっぱりマグカップはないだろ?」
困惑顔の勇者は、やっぱり俺達の気持ちを代弁していた。
せめて、米かパンかナンを寄越せ。
今日この日、色々と様々なものがうやむやの内にうちやられた。
問題の先延ばしだけどな。
でも延ばしに延ばして五十年くらい延ばしたら、問題から逃げきれねーか?
それはそれで一つの結果ってやつになんじゃねーかな。
終わりまで延ばしきったら、それで終わって良いだろ。
結論が出なくたって、結論を出さないという終わり方だってあるんだ。
セン何某の今後はよく分からん。
だがよく分からんなりに、考えるところはあったらしい。
何より、魔王に向かってきても勝てるはずがない。
少なくとも、今の実力のままじゃあな。
魔族に対しても、複雑に思うところがあるようで。
存分に思い悩み、考えてから結論を出すという。
取り敢えずは、再会できたトリストと親交を深めてみたいらしい。
人間の国では侵略をするばかりの魔族。
それが、魔境というホームグラウンドではどんな生き物なのか。
観察と、考察を重ねたいんだと。
だから、暫く魔境に留まることにしたようだ。
本音を言えば、魔族と馴れ合うハテノ村にはいたくないらしい。
だけど此処にはトリストがいる。
そして魔族を観察するのに、此処以上の適地はない。
そんな訳で、センチェス・カルダモンの長期滞在が決定した。
律儀にも、いつまでいるか分からんから当座の生計を立てる仕事を探していた。
別に、魔境じゃ金が無くても生きていくだけはできる。
それでも意地なのか何なのか、何かしらの役割に自分を組み込んでみるとのことだ。
その結果、どんな結論を出す気かは知らんが。
村の連中は、全力で取り込んでやるぜ☆と意気込んでたぞ…
まずは子供を使って絆してやるぜ☆とも。
アイツ等が本気になったら、誰も逃げ切れない気がするのは俺だけか…?
ま、それは言わなくても良いだろ。
存分に苦悩すりゃいーさ。
色々と適正を考えた結果、奴は自分には剣しかないと言う。
それに、トリストがどう生活しているのかも気になるとさ。
それを聞いたリアンカは肩を竦めて、
センチェス・カルダモンを村の自警団に叩き込んだ。
しかも本人に承諾を得ず、トリストと二人で魔族の軍隊予備役に登録手続きを完了させてたぞ。
なんだ、その良い笑顔。
セン何某、泣くんじゃねーか?
身元引受人として奴の身柄を引き受けるとトリストが言い出し、奴は孤児院に引き取られた。
子供達の相手なんてしたことが無さそうな奴だったが…
扱き使われ、振り回される今後が簡単に想像できる。
絶対に、面倒な雑用を押しつけようって腹づもりだ。
何を考えているのやら…
取り敢えず、慌ただしくも心をへし折るセンチェス・カルダモンの新しい日常が目に見えた。
センさん編、これにて終了ー!
次回は従者編に入ります。