14.双六そのいち
いざ双六、という段になって。
リス君が言い出しました。
「別に、自分をコマにしろとは言わないだろう?」
なんと、自分がコマになることを拒否。
賽子は振っても、コマは別人を指定するとのこと。
…持ち前の野性の勘で、嫌な気配でも察知したのでしょうか。
もしかしたら運営側に私とまぁちゃんがいるのを見て、危機感を覚えたのかも知れません。
彼はコマに、もぉちゃんを指定しました。
「なに? なんなの??? なんでいきなり巨大双六?」
いきなり連れ出され、訳も分からず参加させられるもぉちゃん。
誰も事情を説明しなかったので、釈然としない顔をしていました。
そんな彼を相手に、センさんは…
「相手が別のコマを使うのに、俺が自分をコマにしたら公平な勝負とは言えないだろ」
一理あるので、別のコマが用意されました。
此方も無理矢理引きずり出されてきた、勇者様が。
魔境に来たばかりのセンさんに、他に話を通せる相手などなく。
だけど往生際が悪く、勇者様は暴れていた。
「は、放せ! 俺は準備をしなきゃいけないんだ! 奴らがっ 奴らが来てしまう!!」
「追っ手が来るのは当分先だって。それより助けてくれよ」
いきなり捕まった非常識に、勇者様は取り乱していた。
そんな彼にもどうにかこうにか人間双六の趣旨を説明。
そうしたら、もっと切羽詰まって暴れ出した。
「運営にリアンカとまぁ殿が混ざってるじゃないか! どう考えても罠だろう、これは!」
…随分な言い様です。
どういう意味ですか、勇者様。
私は信用されていないんですね。悲しいです。
私はあまりの悲しさに、勇者様の肩に手を置いてぼそりと嘆きの言葉を漏らしました。
「勇者様………追っ手がやって来た時、知らせと情報欲しくないんですか?」
「すまん。やっぱり参加させてください」
こうして、二組のコンビが苦楽を共にする双六大会が始まった。
~ルール説明~
双六のマス目は、全部で百八。
内容はみんなで張り切って作りました☆
そしたらこんなことに…ドンマイ、参加者達。
プレイヤーはサイコロを振り、コマを進めます。
止まったマス目に書かれている内容を実行してください。
…参加者、全員が。
「ちょっと待てぇぇぇえええええ!!」
勇者様、大抗議。
「なんだ、なんだこの『参加者全員が』って一文は!」
悲壮感漂わせながらも、一応は旧友のために助力を決意した勇者様。
しかしルール確認の段になって逃げそうな雰囲気です。
彼の気になった部分が、わからないでもありません。
他の参加者も、顔を引きつらせていました。
「わざわざ、別にコマを用意した意味がないだろ」
不服と睨み付けてくるリス君。
それを聞いて、一理あると思ったのでしょうか。
「それもそうか」
納得した様に頷いて、まぁちゃんが付け加えました。
「じゃ、こうしよう。コマ共はマス目から移動不可。プレイヤーは移動可能逃亡自由ってことで」
「それで済ませる気か?」
何の権限を持ってしてか、ルールを決めたまぁちゃん。
自分への抗議の視線には、しれっと言いました。
「公平を期すなら、ここまでやるべきかと思ったんだよ。
体力気力の消耗激しい内容なら、片側だけが損害被るのは不公平だろ?」
「そこもルールの一環じゃないのか!?」
「ようはギブアップするか、ゴールするかのどっちかだ。
その課程の苦しみは全員で共有してやれ。真に打たれ強い者が最後に勝ち残る……と思う」
「そんな重々しく言われても!?」
「ただ苦しみだけの共有なんて、何の意味があるんだ」
全員が抗議に乗り出しても、まぁちゃんは薄い笑みで余裕そう。
「一応、特典もあるぜ?」
そう言って、まぁちゃんは付け加えました。
出されたお題をいち早くクリアできたチームは、余分に賽を振ることができる。
つまり、張り切ってお題をクリアすれば、その分多く賽を振るチャンスが増えると言うこと。
………形振り構わない死闘が開催されるかも知れない。
☆ 一回目 ☆
最初の一回目は、公平を期して第三者が賽を振ることになりました。
どちらかがコマを進めるのでなく、両方がコマを進めるわけです。
本当は、最初のスタートからお題を付けてクリアした方が賽を振る…
……と、しようかとも思ったわけですが。
最初から飛ばしすぎなくても良いでしょう。
私は六面賽子を手に、手元の紙を覗き込みます。
書かれているのは罰ゲーム…じゃない、各マス目のお題です。
最高で六進めるので、六マス目までを確認しました。
一、ドラゴンブレス(水)
二、逆立ちで腕立て百回
三、イメチェン:テーマ「またぎ」
四、ドラゴンブレス(水)
五、縄跳び:あやとびでハヤブサ三百回
六、アンゴル種モア山羊でロデオ
…お題を書いた人は、彼らを殺す気なのかな?
何だか洒落にならないお題が複数見えるんだけど…
内容的に、身近な人の犯行っぽい気がします。
チラリと隣のまぁちゃんを見ると、ぼそっと囁きかけてきました。
「まぁちゃん的に、ドラゴンブレス希望」
そんな都合良くいくかは分かりませんが…
折角のリクエスト、当たればいいけど。
私は賽子を天高く放り投げました。
軽い賽子は簡単に飛んで、やがて墜落していく。
地面に落ちて、二度三度。
跳ねて転がる賽子を、孤児院の子供達が追いかけます。
やがて拾った女の子が、賽子を掲げて叫びました。
「…四!」
どうやら、大当たりのようで。
賽子は、まぁちゃんの期待通りの数字を示していました。
それを確認してから、私は笑顔で参加者達にお題を発表します。
「水竜のドラゴンブレスです!」
全員の顔が、確かに引きつった。
「おい、どこから用意するつもりだ。そんな化け物」
困惑の、センさん。
未だ魔境がどんな場所か知らない彼は、怪訝な顔で。
現実を知る他の三人は、確かに絶望しているのに。
非現実な言葉を聞いたと言わんばかりのセンさん。
「馬鹿だな、センチェス…。ただでさえ此処は魔境で、竜種なんてその辺にごろごろしているって言うのに」
「ああ。今回は運営にリアンカ嬢がいるんだぜ? 確実だろう」
魔族の予備兵コンビが、意味ありげに私を見ています。
…まあ、水竜と書かれている時点で、何を期待されているのかは分かっているつもりです。
勇者様も心当たりがあるので、顔を青くしていました。
一人だけ何も分かっていないセンさん。
「なんのことだ? あの娘が、何か…」
誰も彼の疑問には答えません。
答えなくても、分かる事実だからです。
「まぁちゃん、これって私に期待されてるんだよね」
「まあ、リアンカにというより…奴にかな」
「あの子なら、確実だもんね」
「それじゃ、呼び出してみろよ」
「うーん…コレやるの、実は契約して以来初めてなんだよね」
できると確信はしています。
だって、そういう契約を結んだんですから。
だけど初めてのことだから。
やっぱり、不安は不安で。
それを後押しするように、まぁちゃんが私の背中を押して。
私は覚悟を決めると、
確かに自分から伸びゆく、目に見えない光の綱…
私と彼を結ぶ、魔力の繋がりをたぐり寄せました。
感覚的には、触れない紐を握って引っ張る感じです。
伸びる魔法的な繋がりを手がかりに、召喚の光が浮かび上がります
魔法の適正がない私が、絶対確実に使える『技』。
魔法のような術式によるものじゃなく、契約の力。
目に見えるようになった光の綱は、輪を描いてくるくる回る。
光り輝き、回転する光の輪。
そこから出てきたのは…
硬質な艶を持つ、青い髪。
細身の小さな、少年の姿。
「リャン姉…?」
私の使役、真竜の若子。
水の属性を持つ真竜、ロロイがそこにいました。
「…真竜って、竜種最高峰の化け物だったよな」
ぽつりと、諦めを滲ませたもぉちゃんの呟きが寂しく響きました。
「それだけじゃ済まない。ああ見えて、ロロイは確か王族だ…」
「え、そうなのか」
「あれで、アンタの使役しているナシェレットよりも格上だ。成竜になったら、かなりヤバイ」
「今は………?」
「………さあ」
勇者様は強い光の加護をお持ちです。
そして父親に鍛えられ、リス君は炎系の攻撃に耐性があります。
その辺りが、ドラゴンブレス(水)と指定されていた所以でしょう。
彼らの中に、水の属性を持つ人はなく。
勇者様は天を仰ぎ、手で顔を覆っています。
いきなり光の中から出てきた少年に、センさんがぽかんとしていて。
リス君は諦めたように遠くを見ていて。
もぉちゃんは、地面にしゃがみ込んでいる。
双六参加者達は、人生を半ば諦めた。
そして彼等は、水柱と共に全員吹っ飛んだ。