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13.狂犬と剣士

 センさんも、猿轡されながら目を丸くしている。

 自分の知った、親友の過去があまりにも予想外すぎたせいか。

 困惑と、反発心。

 今までの年月を復讐に費やした彼にとって、魔族は憎むべき敵で、(わだかま)りは解けなくて。

 口ほどに物を言う、リス君の正気を問うセンさんの目。

 だけど気まずそうな顔も、浮かんでいて。 

 話を聞くに散々ではありましたが…よく、リス君も魔族嫌いになりませんでしたよね。

 それでも言葉の節々にリス君の義父への親しみが込められていましたから。

 そんな話をじっと聞いていて、彼は何を思ったのか。


 しかし、確かめる暇はありませんでした。


「………と、まあ、こんな訳だ」

 リス君がそう言って、立ち上がりました。

「何か、言いたいことは?」

 問われても、センさんは言葉もない様子で。

 というか、猿轡取ってないし。

 そそくさと猿轡を外してあげたけれど、ただはくはくと口を動かしているだけです。

「何も言葉がないのか?」

 というよりも、言葉が見つからないって感じだと思うけど。

 そんな些細なことは、リス君にとってはどうでも良いことのようです。


 そして。


 リス君は乱暴な仕草で自分の眼鏡をむしり取ると、ドスの効いた声で凄んだ


「表出ろや、この糞******が…!」


 え、今更!? と、誰もが思いました。

 言いたいだけの言葉というものを語り尽くし、後には憤りが残ったようです。

「そんな訳でな、俺は魔族に敵対するとか抜かしたお前を、殴らなきゃならない。

予備役軍人として。そして侮辱は拳で一万返しが魔族軍の鉄則だ」

 一万返し!?

 え、そんな鉄則あったっけ。

 物問い顔でまぁちゃんを見上げたら、ふるふると横に振っている。

 どうやら、柄の悪い下っ端軍人時代にそう教えられたらしい、リス君。

 それ、正式な規則じゃないよ!

 下っ端軍人さん達には、色々と独自のルールがあるみたいです。

 それがリス君の性にあったのか、気に入っているみたいで。

「嫌なら**を***して***する」

 そう断言して拳をかち合わせるリス君は、堂々としていました。

 

 リス君の発言の、その一部が。

 さっきからよく聞こえません。

 原因はまぁちゃんに耳を塞がれたからなのですが。

 何で耳を塞いだのかと見上げたら、まぁちゃんが苦笑いしていて。

 女子供にはお聞かせできない類の言葉なのだと理解しました。

 子供の目もあるので、リス君も孤児院の職員になってからは言葉遣いなおしてたのに。

 完全に狂犬時代と同じ爛々とした瞳に、剥かれる牙。

 ああ、懐かしいなと。

 (かつ)てを彷彿とするリス君の姿に、場違いにもなんかほのぼのしました。



 センさんは混乱の極地にいました。

 つい先程まで、和やかとは言えなくても何とか穏やかに会話が続いていたのに。

 そこから予想外の身の上話を聞かされ、ただでさえ混乱していたみたいなのに。

 いきなりいきり立ったリス君が、センさんの思い出の姿と真逆を行くだろう怒号を発し。

 そして襟を締め上げてきたら当然でしょう。

 咄嗟の動きでリス君から距離を取ったのは、完全に本能のなせる技だと思います。

 自己防衛本能の為せる技。良い動きしてます。

 縛り上げられていて、椅子ごと咄嗟に回避できる反射神経は素晴らしいなと思いました。


 だけど何故、その自己防衛本能は先程発動してくれなかったのでしょう。

 そう、地雷を踏む、その前に。

 肉体的な害意には反応しても、精神的な地雷には作用しないのでしょうか。難儀な。


 二人の生き様、その立場。

 真逆の考え方を持つだろうリス君とセンさん。

 彼等は今の考えを捨てない限り、分かり合えることはないでしょう。

 当然ながら、リス君がそんなセンさんの話を聞くはずがない。

 今や不良時代のギラつき具合で、リス君は完全にセンさんをぶちのめす気満々でした。


「耳の腐るようなことを聞いた気がする。御礼にお前の貶す魔族から習得した武技で、お前を完膚無きまでに**して***してやろう」

「ど、どうしたトリスト…!?」

「うるせぇ。俺の聞く耳は絶賛ハイキング旅行でお出かけ中だ!」

「形相怖い割に表現が可愛すぎないか!?」

「お前も俺の聞く耳と同じ場所へ送ってやろう! 三途の河原の一丁目まで!」

「違った! 全然可愛くなかった!」

「可愛いもクソもあるか、このど腐れ***!!」


 眠っていた狂犬が、完全に目覚めたようで。

 発言の節々に婦女子の前で発言するには不適切な単語があるようです。

 お陰で、その度に私の耳はまぁちゃんに塞がれて大変です。

 でも前後の文脈から、なんとなくどんな単語が繋がるか分かる気がします。

 憤るリス君は、地雷原を荒らされた怒りに武器を取る。

 何処から取り出したのか、その手に握るは…


 あれ? どっかで見たよ。


 握られているブツは、私の先祖檜武人に(あやか)(ひのき)木刀(ぼう)

 いつぞやのカーバンクルさん達みたいに、不揃いな深さで釘が打ちっ放しにされている。

 もろに凶器だ。

 え、魔族から習得したって、お義父さんからだよね?

 あの「うっひゃ~い(喜)」とか叫んで敵の大群に荒々しく突っ込んでいく、蛮族みたいな魔族のお義父さんだよね?

 まかり間違っても、カーバンクルさん達からじゃないよね?

 だってあの獣さん達の必殺技、頭突きと額からビームだよ?

 まさかリス君の額から紅い光線が出やしないかと、一瞬想像してしまいました。

 でもどうやら違ったらしく、リス君が放った攻撃は蹴りでした。

 おおう…見事なヤクザキック。

 蹴り転がされたセンさんは、頭の中の優しい親友の印象が強すぎるのでしょう。

 反撃どころか手も足も出ないでサンドバッグ状態。

 まあ、今のセンさんは雁字搦めという程ではないけど椅子に縛られているし。

 抵抗できないのは仕方ないんだけど。

 …リス君、生半可な相手じゃないよ?

 しかも怒っている相手に容赦するような優しさ皆無だよ?

 女子供には優しいけど、センさんごつい大人の男だし。

 無抵抗は、死ぬよ。


 このままセンさんは愉快な顔のまま死んでしまうのかと、ちょっと罪悪感がうずいた。

 あれが死に目になると言うのなら、ああまで愉快な顔にしなかったのに…。

 黙祷を捧げるべきか迷いを見せていると、私の隣でまぁちゃんが、


 ピリリリリリリ………ッ


 その手に何故か、ホイッスル。

 何かの試合のレフェリーみたいに。

 まぁちゃんが、笛を吹いて場の空気を切り裂いた。


 動きを止めた全員が、まぁちゃんに顔を向ける。

 私は驚き、センさんは救いを求め、リス君は変わらぬ表情で。

 それぞれの顔で、まぁちゃんを見た。

 そしてまぁちゃんは、

「仕切り直しを要求する!」

 高らかな声で、宣言した。


 まぁちゃん曰く、

「闘うなら外! 孤児院の中で喧嘩なんざしたら子供達が危ないだろうが!

ちゃんと暴れるなら暴れるで、相応しい場所でやれ!!」

 とのお言葉で。

 その言葉に納得して頷いた、私とリス君。

 センさんは信じられない! みたいな顔していたけれど。

 まぁちゃんの提案によって、私達は場所を移すことになった。

 再び芋虫状態になった、センさんを引きずって。

 場所は近いところと言うことで。

 村の直ぐ外に広がる草地に決定した。

 さも皆さん見物しろと言わんばかりの場所だった。

「………ここでも、存分に殴り合いなんかできないぞ」

 疑惑の目を向けてくるリス君。

 それにまぁちゃんは、自信満々堂々と胸を張るのです。


「殴り合いでの決着は、却下だ!」


 一斉に、ブーイングが巻き起こりました。

 それ以外で決着を付ける術など最初から眼中にない魔族さん達からは、特に大きなブーイング。

 だけどまぁちゃんは、気にせず言ったのです。

「彼奴らを見てみろ! 彼奴らの目を!」

 まぁちゃんがびしっと指差したのは、見物人の一角。

 そこに、鈴なりの子供達…孤児達の姿があった。

 良識があるとは言えないけれど、流石に大人達も気まずい顔。

 でも、よく見てみようよ。

 あの子達の、目を…


「リス、兄……?」

 頼りなげなか細い声で、孤児の一人がじっとリス君を見ている。

 手に凶器、顔に獰猛な表情という姿だったリス君が顔を逸らす。


 だけど。


「リス兄、格好いい…!」

 子供達の目は、めっちゃ輝いていた。


 普段は子供に優しい顔しか見せていなかったリス君が、目をぎょっと見開く。

 困惑と、焦り。

 リス君の途惑いを受けて、まぁちゃんが言った。


「見ろ、すげー輝いてんじゃねぇか! 変に感化されて、お前をまねてグレたらどうする!!」


 まぁちゃんの言葉に、リス君は無言でぱちりと。

 手に持っていた凶器を、ホルダーに収めてカバーを掛けます。


 殴り合いの喧嘩は、中止になりました。



 しかしそれにしても気は済まない。

 何らかの形で決着が必要だとリス君は主張します。

 嫌そうな顔のセンさんの意見は誰も聞き入れず。

 見物人も成り行きなど知らないだろうに決着付けろと騒ぎます。

 でも、どうやって?

 殴り合いが却下された今、どうやって?

 血の気の多い魔族に代替案などなく、皆で首を傾げる。

 …と、まぁちゃんが、

「平和で穏便な解決。しかし気が済んですっきりするような。そこで双六対決はどうだ」

 なんて言い出しました。

 リス君、しかめ面。

「ガキの遊びかよ」

「ちなみに会場設営協力、孤児院の衆」

 指差した先には、既に舞台が整っていて。

 遊びの一環だと勘違いした子供達が、期待する目で此方を見ていました。

「……………」

 この魔境で、誰より何より重い魔王の提案。

 そして子供達のキラキラした、期待で一杯の目。

 最終的に折れたのは、リス君の方だった。


 こうして、魔境の孤児院前広場にて開催です。

『第一回、人間すごろく大会』が。


 会場の設営は子供達が率先してやりました。

 そして双六の目に書き込む内容に、私達は目一杯の遊び心を忍ばせました。

 他にも面白がって双六の目を書き込む協力者。

 皆、ろくでもなく性質(タチ)の悪い悪戯者ばかりです。

 果たして、リス君とセンさんの命運や如何に…?




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― 新着の感想 ―
[良い点] この先を読むのがとても躊躇われる(楽しみな)酷いすごろくが出来上がったようですね♪
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