10.変わり果てた親友
1/15 誤字訂正
さあ、アイデンティティと幻想崩壊の時がやって参りました!
生ける彫像と化したセンさんは、目だけで信じないと訴えています。
疑惑でなく、確信でもってトリスト・ゼルンクはこんな無愛想な男ではないと。
人間、成長と共に変わるものなんですよ、センさん。
現実を見ましょう。
魔境のこの、理想と常識を完膚無き迄に打ち壊す、現実という名の非常識。
現実を受け止めて人が大人になるのなら、今のセンさんは駄々をこねる子供になっちゃいますよ?
それでも頑なに現実から目を背けるセンさん。
溜息を吐いたのは、リス君でした。
呆れたような、冷めた目で。
センさんの過去評とは173°違う仕草と表情で。
リス君が左腕の袖をまくり上げ、センさんに突きつけました。
そこに広がるのは、醜く引き攣り広がった、赤い火傷の跡。
センさんが、自らリス君の特徴としてあげた証拠。
これを突きつけられて、センさんに認めないでいられることができるでしょうか。
…できたぁぁああああっ!
ぷいって。
ぷいっっって!
この男、子供のように顔を背けましたよ!?
あまりに外見、性格に反する態度。
とっても似合わないので、みんな反応に困りました。
それが気にくわなかったのか。
「チッ…」
リス君が舌打ちながら、センさんに蔑む視線を…
気配で気付いて、センさんがチラリと垣間見、彼の中のリス君象とのギャップ故でしょう。
驚き立ち竦むセンさん。
証し立てしておきながら、冷めた目でそっぽを向くリス君。
親友という言葉が事実なのか…
事実だったとしても、過去の物なのか、それともそれは現在まで続く物なのか。
どちらにしても、再会した二人が解り合うには時間と、絶対に話し合いが必要だと思う。
例え片方には話す気が更々なさそうでも。
例え片方は話すまでもなく地蔵と化していようとも。
話として聞いた内容を吟味するまでもなく二人が凄まじく変わったのは察せられます。
片や定職にも就かずに親友の仇討ち(的外れ)を志し、強さを求めることに腐心して大人となった男。
片や、十五の歳には盗んだ馬車で爆走し、十八の歳には魔族軍で管を巻き、二十三の歳には孤児院で歌声を披露するようになった男。
近くで見ていた立場としては、リス君の今の姿も半生も、あまり違和感ないけれど。
だって私は魔境に来る以前のリス君を知らないし。
初めて会った時にはもう今みたいに育つ素養がありましたから。
むしろセンさんの語る過去が今のリス君と一致しない。
そっちの方が違和感凄くて、まぁちゃんと二人で首を傾げました。
でもきっと、その過去のリス君しか知らないセンさんは私達以上に戸惑っています。
全身で拒絶して、リス君に顔を顰められるくらいに。
さて、果たして彼等はこれからどうするのでしょう?
センさんの復讐の行方は?
意思確認せずに再会させましたけれど。
リス君としては、どんな感じを受けているのでしょう。
この再会を肯定的に取っているのか、否定的なのかさえ顔色からは窺えません。
突然の再会にどう振る舞い、どんな行動を選択するのでしょう。
引き合わせた張本人として、私達には見守る義務があるよね?
→ただの野次馬根性。
動かない当事者二人。
動かない場の状況。
そして野次馬。
勝手な憶測を上げ連ね始める衆人環視。
互いの推測を話し合い、賭けも始まって。
そちらには見向きもせず、己の疑問を解消する為。
手を挙げて救いを求めたのは、短い金髪を跳ねさせた肌の浅黒い男。
「あのさ、全然分かんないんだけど、これどんな状況?」
そう言ったのは、人の姿に戻ったフィンサ…もぉちゃん。
この気まずい空気の原因を知っていそうだと察してか、私とまぁちゃんにこそこそと声をかけてくる。
「なにあの二人、知り合い? なんかカップルの別れ話に居合わせた並に居心地悪い空間になってるの、俺の気のせいじゃないよね」
あの愉快な顔を笑うに笑えない…いや、場の状況が緊迫しているだけにある意味より笑いがこみ上げるのが辛い。そう言って、もぉちゃんは困惑気味。
もぉちゃんは空気の読める笑い上戸です。
今は笑いも忘れた心配な顔で。
彼にとっては相棒の大事ですしね。
私とまぁちゃんは、説明・解説してあげることにしました。
例えこれが原因で、明日には近隣一帯に噂が出回ることとなろうとも。
私達には実害ないし。
「…同郷の、元親友?」
「センさん曰く、ですけど」
「両者の認識がどの程度一致してるかは、こうなると謎だけどな」
私達が話している間にも、再会した二人は依然として膠着状態。
野次馬の中には退屈して興味を無くすどころか、どのくらい環境が劣化しても続けられるか賭け始める者が出る始末。あれは…ちゃんと見ておかないと、賭け金が出そろったあたりで弓矢なり魔法なりを嗾ける奴が出そうです。
竜巻を模した魔法くらいなら、魔境で育ったリス君なら余裕で避けられると思うけど。
でもセンさんはどうか分からない。
何しろ私達は、誰も彼の腕前を見ていないんだから。
ヨシュアンさんとの決闘では精神的被害により膝を折り。
まぁちゃんとの立ち会いでは、実力を出すまでもなく瞬殺され。
反射神経がどんなものかさえ、私には分かりません。
仕切り直しの為にも、場所を移動した方が良いかもしれません。
考えていると、同じ提案をリス君の方からしてくれました。
「騒がしい奴らが増えた。今日はもう訓練になりそうもないし」
つまらなさそうな顔で、溜息一つ。
「まぁ坊、今日はもうこれで訓練切り上げさせろ。
あんたがいきなり此奴を連れてきてこうなったんだ。構わないよな?」
「構わないぜ? 実はもう既にお前のとこの部隊長にも通達済だし」
「チッ…早く言え。無駄に長居した」
「こーら、トリスー。口慎めよー。本当、ハテノ村の奴らって魔王様相手に度胸あんだから」
「お前もだろうが。自分棚上げに俺だけ咎めようってつもりなら、また寝てる間に全身虎刈りにしてやろうか? それとも、次はゼブラカットに挑戦してやろうか」
「俺をシマウマに改造するつもりなら、俺はお前の髪をプリンカラーのモヒカンにしてやる」
「………そんな奴を背中に乗せたいか?」
「それはお前にこそ問いてぇな」
憎まれ口を叩きながら、リス君はもぉちゃんに色々な物を投げつけます。
模擬武器や何やらの、軍の備品。
訓練が終わったら、保管庫に直す必要のある品々です。
訓練の中座が許可されているのは、リス君だけ。
それを当人達も分かっているのでしょう。
場を離れられないもぉちゃん。
リス君は口で指示はしないけれど、自分の分の備品を任せているみたいで。。
そしてそれを当然の様に受け止める、もぉちゃん。
二人は必要なことを言わなくても、互いに解り合っていて。
相棒としての信頼関係が、そこにちらりと見えていました。
リス君の帰る準備が整ってから。
そして、
「………ぐぁ!?」
そして、センさんの後ろ襟を強引に掴む。
そのまま引き摺って、リス君は歩き始めました。
「ちょ、苦しっ――」
「とっとと来い。話つけに付き合ってやる」
そう言うリス君は、凄く…
何故だか凄く、怒っていそうな顔をしていました。
ほんの少しだけ、どう接して良いか分からないと戸惑いを瞳に滲ませて。
滲む戸惑いを見て、私達は察します。
いきなりの再会に、彼も戸惑っている。
だけどそれは非情に曖昧で、小さくて。
リス君と付き合いの長い、私達でないと分からない小ささで。
きっと、読み取りにくいあの色は、センさんには分からない。
それともセンさんにも、分かるのでしょうか。
親友と呼んだ頃とは変わった青年の、あの読み取りにくい複雑な顔色が。
今は首が絞まって、それどころじゃなさそうだったけど。
私とまぁちゃんは心配でした。
そして野次馬根性が溢れていました。
特に二人きりにして欲しいとも、言われていないし。
それを良いことに、私達は堂々と二人の後に付いていきました。
まあ、古い遊び友達で遠慮のない関係だし。
どうしても外してほしかったら、リス君ならちゃんと言うはずです。
それを言わないということはいても良いと言うこと。
もしかしたら、気まずくて二人きりにされるのが逆に嫌なのかも知れません。
特に来いとも来るなとも言わないけれど。
言わない気持ちを酌み取れる程度には、私達だって一緒に過ごしていたのですから。
それから、延々引き摺って。
延々、延々センさんを引き摺って。
辿り着いた場所は?
「俺の家、兼、職場だ」
たったそれだけの説明を、引き摺るセンさんに言い放ち。
首が決まってそれどころでないセンさんをやっと解放するリス君。
センさんが、見たのは私達の村で一番大きく立派な建物。
ハテノ村の、孤児院。
魔境に着たばかりのリス君が、二年を過ごした場所でした。
頑なな警戒心で、中々彼を拾った魔族に慣れなくて。
そんな彼が二巡りの季節を過ごした建物は、不気味な深さでセンさんを呑み込みつつありました。
次回、ハテノ村の孤児院(別名:魔族の聖域)。